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未来を紡ぐ者達  作者: 聖那
第1章 邂逅
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伝説のさなか

どれほどの間、沈黙が二人を支配しただろう。一分か・・一時間か・・秀因にはそれがとてつもなく長い時間に感じられた。


(永遠とはこんな感覚なのだろうか)


テーブルを挟んで座る祈秀の眼は、目の前の何かを見ることもなく、遥か遠くを見つめているようだった。秀因は、テーブルの湯呑みに手を伸ばし、カラカラに渇いた喉を湿らせた。


祈秀の視線が自分に移ったことを感じた秀因は、目の前の祈秀の口から語られる言の葉に、意識を集中した。


『秀因、スターフォードは何故、軍を保持しておる』


突然の問いに、一瞬驚きはしたものの、その問いは自分の中に湧き上がっていた疑問と合致していた。

秀因は、左手に右肘を乗せ、その手であごを触るお得意のポーズで、答えるというよりは、頭の中の思考がそのまま口から零れ落ちた。


『軍、そう称している以上、自国の防衛等を考えるのが普通とは思いますが・・・』


『そうよのう。しかし・・防衛とは攻撃から身を守る手段。何から守る?』


『それは・・ここスターフォード城に入ったときに感じた違和感。隣国ランティスがスターフォードと事を構えるはないでしょうし、まして、周辺の小さな町々には強国スターフォードと敵対する理由がない。というより、今は平和そのもの・・』


『じゃぁ、理由もなく形式上(・・・)で軍を敷いていると・・』


『それは無いと思います』


言い切る秀因を見据える祈秀の目は、師が弟子を見るというよりは、かわいい我が子を見守る父親の温かい眼差しだった。


『ほぅ、そう言い切れるのは何故じゃ』


『私達が城に足を踏入れたときに感じた、肌を刺すような緊張感、演習場で見た兵士達の鬼気迫る訓練、あれほどのものを、とりあえずや形式上のことで出せるとは到底思えません・・・・ただ』


淀みなく流れるような秀因の言葉が途切れた。


『ただ?』


自身の中でも未だ答えが出ていないのか、整った秀因の顔に煮え切らない表情が浮かぶ。


『預言の塔で北東の紅星(こうせい)を見てからの父上の態度と、兵士達から感じた鬼気迫る緊張感と、街の人達のいつもと変わらない生活ぶりや、軍の上層部であるレイ殿の妙に落ち着き払った態度。その温度差みたいなものがあまりにも極端すぎて、正直、分からないのです』


『ほぅ、分からない?』


『はい。父上の言う、この国で何が起ころうとしているのか。あるいは・・』


『・・・・』


秀因の含みを無言で返す祈秀の額に、うっすらと汗が浮かぶ。


『あるいは、このガイア大地全体で何が起きてしまったのか』


二人の間に再び沈黙が訪れる。


(我が息子ながらこの洞察力・・やはり先代が言っておったことも伊達(だて)ではないのかもしれんのぉ)


相変わらず、自らのあごをいじりながら考えを巡らせる目の前の息子を見つめる祈秀の意識は、刻々と流れる時間を飛び越え、ここではない遥か遠くへと想いを馳せていた。



稀代の天才、十三代目陰明寺家当主、陰明寺晴秀(おんみょうじせいしゅう)は、千年以上続く陰明寺の歴史の中でも、陰明寺家の開祖、陰明寺空秀(おんみょうじくうしゅう)を越えるとまで言われたほどの能力の持ち主だったと今に伝えられる。


かつては暴流だった「鬼哭川の鬼退治」伝説に始まり、数々の陰明術の開発と、それを詳細に記した「陰明術解書」を箸し、さらに、人々を苦しめていた難病を、祈祷や薬草術によって鎮めるなど、その逸話は数多く残されている。


その晴秀の再来と秀因が言われるようになったのは、秀因が僅か十五才で、数ある陰明術を会得し始めた時からだった。


----陰明術

初代陰明寺家当主、陰明寺空秀が魔竜バ・ハームを封印するために開発したと言われ、その多くは謎に満ちている。自然界に棲む数多(あまた)の精霊と術者が、精神世界で交信することで、人間には()り得ない万物を識ることが出来る秘術と言われ、全て、術者の精神力の高さに左右され、精霊界に棲む霊獣を召喚する「陰明召喚術」(二代目陰明寺家当主、陰明寺乱秀(おんみょうじらんしゅう)が開発)や、初代空秀が得意としていたとされる「時空転生」などが、晴秀の書き記した「陰明術解書」によって伝えられている。



陰明寺家に生を受け、幼い頃から厳しい修練を重ねても術を会得出来るのは、ほんのごく僅か。己の一生をかけてでさえ涙をのむ結果となる者が殆んどだった。

それを、わずか十五才という若さで数々の術を会得したのは、これまでの陰明寺の歴史の中でも、晴秀と秀因、只二人だけだけだった。

厳格なことで有名だった祈秀の父、秀光(しゅうこう)ほ出来すぎる孫を「十三代目の再来」と大いに褒め、滅多に笑うことのなかったその顔を笑顔で綻ばせるほどだった。


しかし・・・


(此奴の観察力、精神力の高さには、もはや儂なんぞ既に遠く及ぶまい。しかし・・・)


祈秀の前で、じっと次の言葉を待つ秀因の左半身に、窓から射し込む柔らかい陽の光が当たる。陽の光が届かない右半身は、黒の布衣(ほい)がその暗さを際立たせる。


(陰と陽・・・決して切り離せぬもの・・・。我等が知らなければならぬのは、平和の内に語られる(ひかり)の伝説ではない・・・天才と称された十三代目の晴秀ですら止めることが出来なかった負の螺旋、血塗られた戦い、(やみ)の伝説こそ、我等が知らなければならぬこと・・・否、決して忘れてはならぬこと)


『父上』


目の前の秀因は、姿勢を正した真剣な面持ちで祈秀を見つめていた。一方、祈秀は、眉間にしわを寄せた難しい表情に、膝の上で握る両の手の平は、汗でじっとりと濡れていた。


『父上、話してください。私はどんなことでも受け止められる心を持ち合わせていると自負しています』


いつもよりもずっと大人びて見える秀因に、嬉しさと哀しさが入り混じった、複雑な感情が祈秀の心を覆う。


(未だ子離(・・)れが出来ておらんということじゃな)


『いかんのぅ、どーもいかん!年は取りたくないのー』


『父上・・・』


祈秀は、ニコリと柔らかい表情を浮かべ、直ぐに真剣な面持ちへと変えた。


取り巻く空気がピリッとしたものに変わる。


『魔竜バ・ハーム・・・伝説は知っておるな?』


『はい、千年以上も昔から幾度となく復活を繰り返し、その度に人竜戦争を巻き起こしてきたと言われる・・』


『ウム。近々、恐らくは数年で、その魔竜バ・ハームが復活する』


僅かな沈黙を秀因の軽い口調が破る。


『しかしあれは、伝説の中の話で・・・』


そこまで言って秀因は言葉に詰まった。というよりは、浅はかな考えを易々と口にするのを(はばか)ったからである。今日この瞬間までの不可思議だった数々の破片(ピース)が、辻褄(つじつま)という形を合わせるようにはまり始める。


『お前の言うように、確かに魔竜バ・ハームは語り継がれてきたただの伝説じゃ。しかし、そもそも伝説とはなんじゃ?後世の者が語り継ぐもの、それが伝説と言うならば、魔竜バ・ハームの伝説は未だ終わってなどいない。たった今、この瞬間も』


『・・・』


伝説が伝説として終結してはおらず、今、この瞬間でさえまだ伝説のさなか、・・・そして、


『まさか・・・負の螺旋とは』


『そう、永遠に繰り返される人竜戦争のこと』


遠い昔から・・・これから遥か先の未来も・・・


『永遠に・・・』


秀因の中の疑問という氷解がゆっくりと溶けだし、絶望という猛毒に変化して体内を徐々に蝕んでいく。

全身が痺れたような感覚に襲われた。止まってしまいそうな思考回路をなんとか繋ぎ止め、状況を把握することに必死に努める。


(紅星(こうせい)は魔竜バ・ハームの復活の兆し。すると、異常なまでに高く積み上げられた城壁に、軍の鬼気迫る演習、各国の代表が集まって行われる円卓会議は、魔竜バ・ハーム復活によって起こる人竜戦争の備え・・・永遠に繰り返される負の螺旋とは、魔竜バ・ハームがこれまで幾度となく復活を繰り返し、その度に戦い続けてきたという事実で・・・)


いつしか、秀因の思考は完全に停止していた。何処に考えを巡らせればいいか分からなくなっていた。


時は止まることを知らず、終わりのない永遠の中を、静かに、そして確実に、この瞬間を歴史というページに刻み続けていくのだった。


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