軍事国家スターフォード 真紅の五芒星
ガイア大地北部に位置する「霊山玄武」。山の傾斜は緩く、種類豊富な木の実や山菜がよく採れる。そんな木の実などを食料とする猪や鹿、野うさぎなどの動物達が数多く棲息する比較的低い山ではあるが、かつて、人間と魔竜の戦いが繰り広げられたとき、人間は魔竜の強大な力を封じるために、玄武山の聖精霊獣「大地神クロム」の力を借り、辛くも戦いに勝利したという伝説がこの地で語り継がれ、今でも、玄武山は神聖な霊山として崇められている。
玄武山の麓から広大なガイア大地がどこまでもどこまでも続く。その広大な大地に暗灰色の巨大な石の壁で国をまるごと囲いこむ「軍事国家スターフォード」はあった。
天にも届くほどのスターフォード城の威厳に満ちた佇まいに、この国の人々は安心と勇気を与えられる。
国をぐるりと囲う城壁や、天まで伸びるほどのスターフォード城は、「霊山玄武」より切り出した巨石「玄武岩」が使われており、その硬度は非常に高く、鉄の刃でさえなかなか歯を通さない。そんな玄武岩を整形し積み上げた城壁は、どんな攻撃にも耐え得る鉄壁といっても過言ではなかった。
今尚、城壁を積み上げるスターフォードは、石切職人や、切り出した巨石を運搬する石工や石細工職人などで活気に満ちており、城下の街は常に人で溢れ、賑わいをみせていた。
スターフォードには、出入口が全部で東西南北に四つあり、その全てが、高さ十メートルはある鋼鉄製の巨大な観音開きの扉で、昼間は開け放たれているが、夜には全て閉ざされ入ることも出ることも出来なくなる。その堂々とした扉は、かつて魔竜の強大な力を封じた「大地神クロム」の力が宿っていると信じられていた。
黒に塗布された鋼鉄の扉の中央には、スターフォードの言い伝えで「救世主・力の象徴」と神聖視される紅星を型取った「真紅の五芒星」が、深々と刻み込まれている。城内や街中のあらゆる場所にも、白い生地の中心に黒の五角形を配し、その真ん中に重なるようにシャイニングスターが描かれた国旗が、この地方特有のザラザラとした乾いた風に揺られていた。
南側の重厚な扉の奥に広がるのは、スターフォード城下の街「商街区スタッツ」。人々で賑わう街の喧騒が辺りを包む。特にメインストリートである「スタッツ通り」は、一際活気に満ちており、許可さえ受ければ誰でも出店が可能なことから、「自由商特区」と呼ばれ、溢れんばかりの人でごったがえしている。
通行の邪魔にならないように、区分けされた道の端に敷物を広げる者や軒を構える者、各々が思い思いの品物を所狭しと並べている。
商街区スタッツは、三つの区域に分かれている。
一つは、玄武山から採掘した玄武岩を運搬し、城壁に使う巨石に加工する工房や、軍事国家スターフォード擁する「聖ガイア軍」の武器防具を量産する工業区「ビナード」。
もう一つは、「ビナード」で働く職人達やその家族が暮らす住民区「キャフエ」。
そして、スタッツ通りを含む自由商特区「スタッツ」の三つである。
スタッツ通りに所狭しと広げられたとりどりの品物は、それぞれの店で様々だ。
「昨日の店主は今日の客」
日によって店も変われば人も代わる、日々変化しているからこそ、毎日新鮮さを味わえると、スタッツ通りは人々で溢れているのだろう。
今日も変わらず通りは賑わいを見せ、バラエティに富んだ品物が並べられている。
玄武山で採れた山菜をメインとする惣菜屋、それをつまみに酒を出す立ち呑み屋、傷によく効く薬草や熱を下げる丸薬、気つけの為の蛇の酒漬けや、大型で獰猛だが食すと滋養強壮に良い、燕とほぼ同じ大きさからこう呼ばれる燕蜂のハチミツ漬けなどといった珍品を並べる薬屋もある。また、色彩豊かな女性物の衣服屋や、木や石などを彫って作ったブローチや飾り物を置く小物屋。さらには、革で造られた軽装の防具や、お世辞にも斬れ味が良さそうには全く見えない短剣や、刃毀れのひどい錆びついた大型の剣などを売っている店もあり、実に様々な店や人が、朝から日が傾く夕方まで毎日のように通りを賑わせていた。
人々で賑わう昼時のスタッツ通りを、そこには全くと言っていいほど不釣り合いな男二人が、人並みを縫うように足早に歩いている。売り物には目もくれず、編笠を目深に被り、黒の布衣に身を包んだ陰明寺祈秀と、その息子秀因である。
人々の溢れる笑顔を傍目に、黙々と通りの奥に聳えるスターフォード城へ向けて歩みを進めていた。人々でごったがえす通りを抜けようとしたその時、突然、刺さるような視線を背後に感じ、祈秀の後ろについて歩いていた秀因は思わずその場に立ち止まった。
徐に視線を感じた背後を振り返ってみると、そこには「天下一のメロンパン」と、黄色の生地に真っ赤な文字で書かれたド派手な幟が目に飛び込んできた。しかし、その店の前に客らしき人は見えず、周りの店の繁盛した様子からは想像もできないほどの閑散とした空気がその店の周りにだけどんよりと漂っていた。
ただ・・その店の前に奇妙な客?が腰を下ろしていた。その奇妙な客とは、店のすぐ目の前に"チョコン"と腰を下ろし、大きな欠伸をしている全身真っ黒・・・・ではなく、前後両方の足先だけが白く、まるで白い靴下を履いているように見える黒猫だった。その姿は黒の布衣に白の足袋を身に付けている祈秀や秀因の姿にどことなく似ていなくもない。
(まるで我等のような猫だな)
思わず失笑する秀因の顔をジーッと見ている。
『どうした秀因』
『いえ、何も』
秀因から全く視線を逸らそうとしない黒猫の瞳は、まるで海の底のように深くて暗い。
(さっきの刺さるような視線はいったい・・)
まだ目を逸らさずに秀因を見つめる黒猫を尻目に、再びスターフォード城へと歩みを進める祈秀と秀因。
なんとなく気になり、秀因は歩みを止めることなく顔だけ後ろを振り返ってみたが、そこにはもう黒猫の姿はなく相変わらず閑散とした空気がその場に漂い、ド派手な幟がまるでこちらに手を振るようにその場で行き場なく風に揺られていた。