忘れ去られた地
聳え立つ険しくも神々しい山々は、まるで四方を守る鉄壁の壁のように、あるいは、外界とこの地の一切を遮断する長城のように、堂々としたその姿を天空へと伸ばす。
この地に住む人々は、東西南北を山々に囲まれたこの地を「ガイア大地」と呼んでいた。
しかし、世界中のどの文献にも一切その歴史は残されていなく、「忘れ去られた最果ての地」として、世界から完全に隔絶されていた。
四方を囲う山々
北方の「玄武山」
南方の「朱雀山」
東方の「青龍山」
西方の「白虎山」
四つの山々を合わせて「四神山」と呼ばれ、太古の昔から、ガイア大地を守護する神々と崇められてきた。
ガイア大地の凡そ中央には、遥か昔、この地に伝わる伝説の大蛇が暴れまわって出来たとされる、うねりの激しい大河「鬼哭川」が、大地を真っ二つに東西へと引き裂き、その荒々しい姿を横たえていた。
鬼哭川の源流となっているのが、北の玄武山と東の青龍山のちょうど間、北東の鬼門の位置にあたる「鬼竜山」で、ここもまた、「魔竜バ・ハーム」の封印された地として、ガイア大地の人々に伝えられてきた、所謂、いわくつきの場所だった。
「鬼竜山」
ガイア大地北東の鬼門に位置する死の山。千年以上もの昔から、人間との間で激闘を続け、幾度も復活を繰り返してきた「魔竜バ・ハーム」が封印される呪われた地。
山全体はどす黒い瘴気で覆われ、太陽の光はほとんど届かない。木や草花は枯れ果て、新しい命を産み出すこともできない。大気はいつも毒々しい紫がかった靄で澱み、一年中肌寒く、この地を太陽の光が照らすことも、暖めることもなかった。
頂上付近にはいつも当然のようにかかる暗雲。この身を封じ込める怨山への怒りがそうさせているかのように、竜の咆哮を思わせる大気を砕く凄まじい轟音と、憎き人間が住む大地を切り裂かんと鋭い竜の鉤爪のような眩い紫電、雷光がさらに大気を引き裂き、怨山を震わせていた。
殆んど霧に近い濃い靄が辺り一体に立ち込める鬼竜山の麓、湿った大地に何度も足を滑らせながらも焦るように飢えた山肌を登る男の影があった。
ヒョロヒョロと大人の腰くらいまで伸びる痩せ細った雑草を押し分けて進むと、ゴツゴツとした岩が剥き出しになった道なき道を、男は肩で息をしながら必死で登っていた。
その顔は埃などでうっすら汚れてはいたが、そこに光る双眸は何かにとり憑かれているかのように眦は上がり、血走り、その奥に狂気さえ窺えるほどに険しく、そして怪しく光っていた。
岩場を越えた山の中腹あたりまで辿り着いたとき、眼前の景色と周囲を取り巻く空気が変わった。
『ほう・・』
男の口から不意に溜め息が漏れる。立ち止まり、周囲を見回すと、さっきまでは気が狂いそうになるほど重く、息苦しい空気感だったのが、まるで嘘のように消え、その場所だけは別空間に存在するのではないかと錯覚しそうなほど空気が澄み渡っていた。
しかし、男の心はなんとも言えない虚無感で満たされていく。
『これは・・』
茫然と立ち尽くす男の口から、これ以上の言葉は出てこなかった。男には、今、目の当たりにしている光景が、この先の未来を暗示しているかのように見えたからだ。
辺りを見渡す限り、数百、数千・・、赤黒く変色した二本の剣が、お互い寄り掛かるようにクロスした形で大地に深々と突き刺さっていた。
それぞれの剣は一つとしてまともな形状の物はなく、かなりの年月を経て石化したものや、更に風化して刀身がボロボロに崩れ落ちているものなど多数だった。
男は一面クロスに刺さる剣を眺め回し、きつく奥歯を噛み締めていた。
これまで幾果てることなく繰り返されてきた人と魔竜との戦い。そのくだらない戦いでこの地に散っていった数えきれないほどの尊い生命達。そして、そのくだらない戦いが起こる度に生命を懸けて聖剣を鍛造し、製錬し続けてきたかつての錬金術士達。その生命の成れの果てが、今、自分の目の前で、無残にも無数に大地に突き刺さった歴代の英雄達の墓標ともいえる聖剣の残骸なのかと、血塗られた歴史を違うことなく歩むこの国の宿命に絶望をおぼえ、男の顔は苦渋に歪む。
『全ては無駄な死だ・・負の連鎖を断ち切らない限り』
天を仰ぐ男の瞳には、頭上で紅々と燃ゆる凶星がメラメラと輝いて見えた。