女子高生が同級生の女子に告白される予知夢を見る話
私こと大平唯奈には特殊能力がある。
夢で見たことが現実で起こってしまう――言ってしまえば予知夢ってやつだ。
具体的には夢を見て目が覚めた日を一日目として、七日目にそれが起こる。
ご丁寧なことに夢の中にいる私は毎回時間や場所を確認しているので、七日目の何時にどこで起こるかも完璧に把握している。
予知夢を見ても起きたら忘れてしまう、なんてことは一度もない。逆に言えば普通の夢を見た場合は起きると忘れてしまうタイプなので、そこで私は区別をつけている。
夢の内容は私自身が関係することに限られる。たとえば私の知らない遠く離れた国の誰かがどうにかなる、なんてのは見たことがない。
当事者が私、もしくは私がその場面を目撃しているなどの状況に限られる。だから夢の答え合わせも自然とできるというわけだ。
けれど夢の視点は私主体じゃない。なぜか私を映すカメラ視点で一貫している。
なので私がどんな状況になっているかがよくわかるし、自分の顔と声を突きつけられる苦しさもよく味わえる。何度も予知夢を見てきたけれど、こればっかりは慣れない。
明晰夢みたいに内容を操ることはできないし、自分の意思で予知夢を引き出すこともできない。前兆もなくある日突然見てしまうし、いい場面で夢が終わることもある。
でも、的中率は今まで百発百中。
私にとってはそれが当たり前なので今更驚きもしない。
最初にその夢を見たのがいつなのかは思い出せない。おそらく物心つく前から見ていたような気がする。
現に、これら予知夢の仕様や特徴なども自然と私の頭の中にあった。そういうものだからそうなる、というようなイメージで。
呼吸をどうするかとか、心臓をどうやって動かすかとか、どうやって歩くのかとか……そういうのを教わってないのと一緒。
予知夢と言うと深刻な事件に巻き込まれそうなイメージがあるかもしれない。
しかし幸か不幸か、夢の内容はほとんどが取るに足らないことばかりだった。
クラスメイトの子が日本史の授業で教科書を忘れて隣の子と机をくっつけて見せてもらったとか、スーパーのタイムセールに卵を買いに行ったら残りが二つで、ちょうど私が取ったところでもう一つを綺麗なお姉さんが手に取って売り切れとか。
正直そんなの見なくてもいいじゃんと思うレベル。見てどうするんだと言いたくなるけど私にできることはない。
ちなみに夢を見た時点で運命的な歯車が確定しているのか知らないけど、何をどう抵抗しても確実にその未来は訪れる。
忘れ物をしないようにさりげなく言ってみてもあの子は教科書を忘れたし、スーパーへ行こうとしなくても親が急に出かけることになって買い物に行かざるを得なくなる。
まあ回避しないと自分に損があるってわけでもないのでいいんだけど。しょうもない夢しか見なくて助かっている部分ではある。
だから、何をどうこうするでもない。
私は予知夢を見ることができる。その未来は変えられない。たったそれだけのこと。
特殊な能力を持っているからといって運命に翻弄されるとは限らない。
そう思っていた。
あの夢を見るまでは。
――――――――
「――っは」
目覚めてから一体どれくらいたったのだろう。
体の火照りは、寝起きに感じる布団の温もりによるものだけじゃない。
もっと内側から湧き上がる、衝動や激情が具現化したような熱だ。
朝に弱い私には珍しく目が冴えている。
寝癖のついた髪に指を突っ込んでガシガシと揺らす。それで今の記憶が消えてくれるなら儲け物だけど、余計に夢の内容が鮮明な形となって浮かんでしまった。
夢の中ではいつものように私がいて、今回はすぐ近くに他の人がいた。
誰だろうとよく見れば、クラスメイトの田村千華さんだった。私とは違うサラサラの髪を持つ美人タイプの女子だ。
そんな田村さんと私は親密なのかと言えばそうでもなく、たまに話す程度の仲という微妙な関係。ぶっちゃけ特別仲良しってわけじゃない。きっかけがあれば談笑するくらいではあるけど。
場所はすぐにわかった。学校の校舎、それも端の方。移動教室のついでにチラ見するような、用がなければ行かないであろう一角。
時間は夕方。カメラさんが都合よく映した景色は夕暮れで、おそらく下校時刻の前後といったところか。
目前には田村さんの顔。さっきから神妙な面持ちをしていると思ったら、いきなり急接近して私の手を掴んできた。
「大平さん……私、大平さんのことが好きなの!」
何もかもが唐突すぎる。
だけど田村さんの声は震えて余裕がない。顔が真っ赤になっているのは夕焼けのせいではないだろう。
夢の中の私は、その告白が真剣なものだと理解していた。
だから動揺し、隙が生まれ、虚を突かれた。
「いきなりごめんなさい……でも、もう自分でも気持ちを抑えられないの」
元々近かった距離が更に縮まって。
気付いた時には唇を奪われ、私は夢の中でファーストキスを済ませてしまった。
未知の感触なのに、やけにリアルなキスの心地良さがわかるのは夢の中だからだろうか……頭が痺れるという濃厚な感覚を味わった。
夢見心地とも言える桃色の浮遊感に目を閉じて、ゆっくり目を開いたところで目が覚めた。
目の前に見えるのは田村さんではなく見知った部屋の壁。しばらく夢の内容を頭の中で再確認して、口が半開きになっていることに気付いて慌てて閉じる。
え、なんなのこの夢は。
なんで私がこんな目に遭うわけ?
――――――――
あんな夢を見たからといって学校が休みになるわけじゃない。一般的な女子高生である私には通学の義務がある。
表面上はいつもの私を取り繕えているはず。教室でいつものメンバーとくだらない話もできているし。
しかし内心は今朝の夢のことばかり考えていて、そのせいで田村さんのことを教室に入ってから今までずっとチラチラ横目で窺っている。
確かに田村さんは女性の私から見ても美人だし可愛い部類に入る人種だと思う。なんというか華があるし絵にもなる雰囲気。雑誌のモデルとかやったら似合いそう。
見た目だけじゃなく性格もいい。周囲の時間が穏やかに流れてるような物腰。しかも成績はクラス上位の常連。そういえば体育の授業でもバシバシ好成績を出してたっけ。
そんな完璧ガールがなぜ私に告白を?
住む世界が違うとまでは言わないけど、大した接点もない。この一週間で何かイベントが起こるってこと?
私はどうなっちゃうの?
結局その日は授業にも身が入らなかった。先生に「この問題を解け」って指されることもなかったので誰も私の変化に気付かなかったはず。私は自分の問題で精一杯なんだ。
夜になっても頭の中はざわついている。でも気疲れしていたせいか、思いのほか寝つきはよくすぐに夢の中へと旅立てた。
夢の中で私は田村さんとデートしていた。
しかも手をガッチリ繋いで密着してて、誰がどう見てもラブラブカップルといった風情で目のやり場に困るやつ。
「唯奈ちゃん」
「どうしたの、千華」
「んー、呼んでみただけ!」
「えっ何それめっちゃ可愛い。もう一回呼んで」
「ゆーいーなちゃん」
「なーあーに?」
やめろやめろやめろ!
はぁっ?
なんでこうなるの?
飛び起きた私の中に疑問と叫びが渦を巻く。
告白翌日にもうそんな雰囲気になってるの?
そもそも私はなぜ告白を受け入れてるの?
いきなりキスされてこれでしょ?
その後何がどうしてこうなってるの?
なんで無理矢理ファーストキスを奪われた相手といちゃついてるの?
お願いだから前後関係を全部見せて!
今から二度寝するからさあ!
もちろん眠気は完全に吹き飛んでいるので寝られるはずもなく、そもそも学校に行かなければならない。
私の叫びは誰にも届かず頭の中で響き続けるのだった。
――――――――
それからの私は学校では田村さんを盗み見ながら何か発見がないかと奮闘し、夜は見たくもない夢を見るという日々を繰り返した。
もちろん普通のではなく予知の方で、内容は田村さん一色。
こんなに毎日自分のベタ甘イチャイチャシーンを見せられる拷問を受け続けたせいか、次第に私は自分を客観的に見られるようになっていた。
わかったのは、夢の中にいる自分がとても幸せそうだということ。明らかに田村さんとの付き合いを心から楽しんでいる。
そうでもなければ自分から田村さんにキスを求めたりするはずがない。
「千華ぁ……んっ」
「はぁっ、んちゅ」
自分がキスしてるシーンを見せられるとか今までの中で最高にキツいんだけど、カメラは私の意志では動かせない。
ご丁寧に唇が重なっている部分にズームまでしてくれたので、唇や舌が絡み合う場面を視界いっぱいで観察せざるを得なかった。
予知夢ふざけんな。
毒づいて目覚めた私だったが、意識せずともわかるくらい心臓が高まっていることは認めなければならなかった。
客観的に自分を観察できたからこそわかってしまう。
いつの間にか、私自身が田村さんのことを好きになってしまっていたのだ。あんな魅力の塊みたいな人を好きにならないはずがない。
それでも言いたい。
なぜだ。どうしてこうなった。
こんな状態で告白されたら受け入れるに決まってるじゃないか。あんなにキスを見せられたら興味も出てきちゃうでしょ。あと数日で実際にするみたいだけどね!
……待てよ。
それって本当に?
もし今までの予知夢が的中していたのは、すべて単なる偶然が続いていただけだとしたら?
本当は予知でもなんでもなくて、未来は簡単に変わってしまうって可能性は?
そもそも田村さん、学校で見てる限りじゃ私に気がある素振りなんて全然なかったし!
えっ、じゃあもし予知夢が外れたら私に芽生えた恋心はどうなるのさ!
響いていた叫びはいつしか不安へと姿を変えて。
私は人生で初めて予知夢が叶ってほしいと願っていた。
――――――――
相変わらず平穏の二文字が遠ざかっていく私の日常。
予知夢に疑問を抱いたあの日から、私は田村さんのことを見られなくなっていた。
自分の気持ちや不安が伝わってしまうんじゃないかと根拠のない思い込みに囚われて、見るどころか近寄ることすら避け続ける始末。
しかもあれ以来、予知夢を一切見なくなった。ふざけんな、と暴言を吐いた瞬間の私にふざけんなと言いたい。
こんな状況で告白とかしてくる?
どう考えてもあり得なくない?
悩みは尽きぬまま、運命の日を迎えた。
予知夢の通りなら今日の放課後、私は田村さんに告白されるはず……なんだけど。
何事もなく一日が過ぎ去り、放課後になってしまった。もちろん田村さんに声を掛けられてもいない。むしろ目も向けていない。同じクラスなのにそれは酷いと自分でも思うけどしょうがないじゃないか。
このまま帰宅して予知夢は露と消えるのか……なんてガチヘコみをしながら鞄を手に取ったところで、いつも一緒に帰るメンツの一人が両手を合わせてきた。
「ゴメン! 急に部活のミーティング入っちゃって」
一緒に帰れないことを詫びながら教室から去っていく。
たまにはそういうこともあるよね、と思ったのも束の間、どうやら今の言葉が何かのトリガーを引いたらしい。
「実は私も用事ができちゃって」
「あたしはそれに付き合うことになって」
「今日は急いで帰らないといけなくて」
あっという間にいつもの仲間たちは解散。私は一人寂しく教室に取り残されてしまった。
一人というのは文字通りの意味で、教室には他に誰もいない。もちろん田村さんの姿もない。
……別にいいか。
今の私には一人になる時間が必要だ。
鞄を肩に引っ掛けて教室を後にする。人の気配はしないのに、どこかから聞こえる生徒たちの声。BGMとしては少し弱い。
なぜ下駄箱へ真っ直ぐ向かわなかったのかは自分でも説明できるように思えて難しい。いつしか私はあの場所へと歩いていた。
田村さんに告白されるはずの、夢で見た校舎の一角へ。
校舎の端、静かな場所。生徒の声もここまでは届かない。
そこには私以外誰もいない。
「大平さん」
いや、いなかった。
今この瞬間までは。
「……田村さん」
振り向けば、今一番会いたい人がそこにいた。
同時に理解する。この場面こそ夢で見た景色そのものだということを。
しばしの静寂を経て。
思い詰めた表情で近付いてくる田村さんが掴みやすいよう、私はそっと手を差し出していた。
「大平さん……私、大平さんのことが好きなの!」
一言一句、夢と同じ告白だった。
何度も思い返していた、私が望んでいた愛の言葉。
次に何が起こるかわかっているから、私は微動だにせず田村さんの言葉を待つ。
「いきなりごめんなさい……でも、もう自分でも気持ちを抑えられないの」
シナリオ通りのファーストキス。待ちかねた瞬間だった。
夢と違うのは、感触がリアルであり田村さんの存在を強く感じられるところ。夢の出来事なんてノーカウントだ。
そんなに長く唇を重ねていたわけじゃないのに、まるで千年越しの愛を叶えたような高揚感が私の胸を満たしている。
「ごめんなさい、でも私……本当に大平さんのことが好きなの。好きで好きでどうしようもなくて……ごめん、なさい」
夢で見た景色は終わった。
ここからは私の時間だ。
「謝らないで、田村さん」
震えながら涙を流す愛しい人の顔を上げさせ、潤んだ瞳と対峙する。
何度も田村さんの告白を反芻したのと同じだけ、私は告白の返事を練習していた。
「私も田村さんのことが好き。告白してくれて、キスしてくれて……すごく嬉しかった」
「……うそ」
「嘘じゃないよ。好きって言葉が信じられないなら、もう一度キスしてもいい」
「……大平さ、んっ」
私からのキスを、田村さんは柔らかく受け止めてくれた。
夢で何度も見せつけられたせいでイメージトレーニングは完璧。自分でもスマートなキスができたと思う。予知夢ありがとう。
それからの私たちは人知れず抱き合って、互いの存在を確かめた。
田村さんの涙も止まったようで、少しずつ話を広げていった。夢で全部わかってたことだけど、わからないことだってある。
「田村さんは、なんで私のことを好きになったの?」
一番の疑問点。実際に告白をされて受け入れたわけだけど、どう考えても思い当たる節がない。
「あのね、ずっと前から大平さんのことが気になってたの」
私にはなんでもないことでも、田村さんにとっては違ったらしい。些細なきっかけで生まれた恋心に田村さん自身も戸惑っていたという。
そんな折に起こったのが私からのチラ見攻撃だった。好きな人が隙あらば目を合わせてくるとなれば心が揺れ動くのは当然の結果。
もしかしたら両想いなのかも、なんて淡い期待を持って幸せになったのはわずかな時間だけ。
その後何が起こったかは察しの通り。私は田村さんを遠ざけてしまったわけである。
なんで急に見てくれなくなったの……昨日までは何度も視線がぶつかったのに……まさか気付かれた、何かしちゃったかな、避けられてる、嫌われた、嫌だ、嫌だ、好きなのに、好き好き好き……
こんな感じで抑えていた想いが爆発した、という流れだ。
ほとんど自暴自棄に近い告白で、キスしてきたのも田村さん自身がしたかったからだったらしい。
言ってしまえば自分勝手な行動なんだけど、結果オーライみたいなところもあるし何より私が受け入れているから問題ない。
はぁ……こんな風に思えるようになるとか、一週間で人って変わるもんだね。
「――だから、大平さんがこの気持ちを受け入れてくれて、とっても嬉しい」
あーもう!
こんな可愛いこと言われたら何もかも許しちゃうに決まってるじゃん!
「私も嬉しいよ。田村さんに好きって言われると、すごくドキドキする」
何はともあれ、終わりよければすべてよしってとこかな。
結局は予知夢に振り回された感はあるけど、過程よりも結果がすべて。この現実に目を向けようじゃないか。
だから私は受け入れる。
とても愛しい恋人ができたという事実を。
「田村さん、これからもよろしくね」
「うんっ!」
明るく微笑むとても大切な恋人と、私は改めて誓いの口付けを交わした。
――――――――
その夜、私は久々にスッキリした気持ちで眠りにつくことができた。
布団がとても心地良く全身を包み、新しい朝を迎えることへの祝福をしてくれているようだった。
翌朝、私と田村さんがセックスしている夢を見てベッドから転げ落ちた。
史上最悪の目覚め。田村さんに押し倒された自分の悩ましい声が鼓膜に張り付いて離れない。
どうやら私の生活は、まだまだ落ち着くつもりはないらしい。
予知夢ホントにふざけんな。