16:選択はあるようでない
雨巫女が見送りをした後、残った二人が同時に言った。
「「我が領へ是非」」
お互いを牽制しつつ、いかに自領が困っているか主張し合う狐獣人のファースと人族のディルクの二人は気がついていなかった。雨巫女がまったく話を聞いていないことを。
雨巫女はなんだかうるさい声が聞こえるなぁなんて思いながら、赤ジソはどっちでミントはどっちにしようか、ドクダミもお土産につけようかな。なんて呑気に考えていた。全て繁殖力の高い植物である。
もちろんどちらかの領に行くことは考えていない。だって面倒なんだもん。
必死に雨巫女を誘っていた二人は、俯いていた雨巫女が顔を上げると神託を授かる神官のように緊張した面持ちで黙った。
どちらが選ばれるのか。
どちらに先に訪れてくださるのか。
どちらが優位に立てるのか。
でも雨巫女は空気を読まず言ってみた。
「私は行かない。お土産あげるから帰って。
赤ジソかミントか選んで欲しいな。即決ならドクダミもつけてあげるよ」と。
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畑に生えると困るけど、青ジソ赤ジソもドクダミもミントも全部役に立つ。
青ジソは天ぷらにしても美味しいし、そのままでも風味がある。
赤ジソは梅干しの色付けにも使えるし、紫蘇ジュースにしても美味しい。
ドクダミは乾燥させれば健康茶として飲むこともできる。
ミントは香り付けやハーブティーとして楽しめるしいろんな活用方法がある。
どれも道の駅でおばあちゃんのお友達が売っていた。
どれも繁殖力が旺盛で、勝手に生えてくるので商品にして売っていると言っていた。
どれもちょっと気を抜くとあちこちに生えて手入れが大変と言っていた。
作り方? もちろん私は知るわけないじゃん! 渡したら後は放置だよ。人に頼ってばかりだと成長しないっておばあちゃんが言ってたもん。
でもそんなこと気にしない。
手間いらずでどんどん増えるのはイイよね。と雨巫女はニコニコしながら選択を迫った。
一瞬何を言われたか分からなかった二人は、即答できなかった。
彼らがドクダミやミントとは何か質問をしようと口を開きかけた瞬間、雨巫女が言った。
「もう。返事が遅いじゃん。いいよ私が決める。
ファースさんは赤ジソとドクダミね。
ディルクさんはミントとドクダミね。
あ。反論は認めません。私も了承なしで勝手に呼ばれたからね。
こっちも勝手に決めさせてもらうもんね」
雨巫女は「私って親切〜」と楽しげに言いながらチューリップの杖をくるりと回した。
すると四つの光る塊が二人の上に現れそれぞれの両手にポトンと落ちてきた。
ファースの右手に赤ジソ。左手にドクダミ。
ディルクの右手にミント。左手にドクダミ。
根の部分を包んだ海綿からポタポタ水が垂れ落ちる状態で二人は固まっていた。
「おお! 4個いっぺんにできた」と雨巫女は上機嫌である。
「それは共通通貨100で譲るね。持ち帰り用の麻袋はサービスでございます〜」
瞳をキラキラさせながら楽しそうに販売する雨巫女の様子を見て、二人は半ば諦めていた。
本音としては領地に来て欲しいのだが雨巫女の意思は固い。
今は手土産の赤ジソとドクダミを持って一旦上の指示を仰ぐのが良い、とそう最初に判断したのは、狐獣人のファースだった。
「ありがとうございます雨巫女様。
俺はこの植物を、自領で育ててみます。
でも我が領へのお招きも諦めておりませんのでよろしくお願いしますよ」
代金を払い、切れ長の目を細めながらファースはそう言って獣人族領へ帰って行った。
実行部隊の隊長をしているだけあって行動が早い。
ちょっと強引かな?と思った雨巫女でさえ思わず「早っ」と言ってしまった。
雨を降らせてお見送りをしたが、既にファースは遥か彼方を走っており尻尾の先がちょっぴり湿っただけだった。
彼はアマリアの時の土砂降りを見て、体毛が濡れることを嫌がったのかもなんて考えて「獣人可愛いじゃん」と雨巫女は思ったが口には出さず一人でくふくふ笑うのだった。




