9:営業してみる
「いらっしゃいませ〜」
アールドが宿屋らしき建物に声をかけてみると、別棟から可愛らしい声が聞こえた。
ひょっこりと顔を覗かせたのは、紅い瞳に銀の髪の小さな女の子だった。赤いチューリップの髪飾りを付け、ウサギフードのついたワンピースを着ている。
「いらっしゃいませ。お食事ですか?お泊まりですか?」
足元に四羽の黒ウサギがウロウロしたまま、爽やかな笑顔での接客だ。
これは当たりの宿屋かもなと、アールドも微笑んだ。
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初のお客様来店だ。この星に召喚されて、精霊以外で接する初めての相手だ。緊張する。
だけど、道の駅でおばあちゃんに鍛えられた接客スキルを発揮する時だ。
一つ笑顔で、二つも笑顔、三つ飛ばして皆笑顔。とにかく笑顔である。
しかし、雨巫女は見た目は10才くらいの少女なので、いくら笑顔でも、砂漠の真ん中のオアシスで子供一人では不審すぎる。
これは精霊に人型になって貰うしかないかなと思いつつ、笑顔を浮かべていた。
「ここは宿屋もやっているのかい?」
宿泊できるのであれば幸いと彼は、馬の手綱を揺らしながら聞いてくる。
「はい。準備します。少し待ってください」
そう言って、雨巫女は裏手にまわり、青目黒ウサギの水の精霊を目線の高さまで持ち上げ、人間形態への変形を望んだ。
「水さん、人型になれる?」
『はい。お望みいただけるのであれば』
「じゃあ、大人バージョンで接客も宜しくね、値段は分からないから適当に決めてね」
耳の上に挿したチューリップに触れながら雨巫女が願うと優しい光がウサギを包み込んでいった。
光が消えた後、そこには青い瞳に黒髪の、ウサギ獣人姿の若い女性が黒いワンピース姿で立っていた。
「うん。これで大丈夫。あとは水さんお願いね」
背中をポンと叩いた雨巫女に、水の精霊は嬉しそうに微笑んだ。
しばらくして、手持ち無沙汰で待っていた彼の元に、獣人姿の水の精霊がやって来た。
「お待たせいたしました。獣舎へご案内いたします」
「ありがとう。ここは一泊の値段はいくらだい?」
「風呂付き素泊まり獣舎込みで、種族共通通貨で3000、食事は一食500でございます」
種族間で若干の差はあるが、街では、風呂なし素泊まり獣舎なしで、5000で安い方だ。あまりにも良心的な価格の安さに一瞬驚いた顔をしたアールドは、良い場所を見つけたと内心喜んだ。
馬を預け、部屋に案内されながら、彼は豊かな自然に感心していた。青々とした下草、建物の脇に大木、こんこんと湧き出る水。砂漠の中だとは思えない、しっとりと潤った空気だった。
「ここはマナが満ちているね。砂漠の真ん中だとは思えない」
思わず心の声が漏れ出る。
「はい。ここは雨巫女様のご加護の強い場所でございます」
「砂漠の中に宿屋があるのは助かるよ。巫女様のご加護に感謝を」
どこか誇らしげに答えた水の精霊の横で、彼もいつしか微笑んでいた。




