六月のリオ
毎月20日に投稿するという自分内目標を破ってしまいました…ぐぬぬ悔しい…
六月は雨女神様の月
大地を覆った緑がうんと元気になれるように恵みを沢山降り注いだ、雨女神様の月
しとしと。ぱらぱら。ざあざあ。
日によって降る強さは違うけれど、毎日のように雨が降る季節がやってきた。
でも、ちょこっとだけで止んだり、お昼までしか降らなかったり、朝から夜までずーっとだったり、降る長さも毎日バラバラだったから、リオは雪の季節よりはつまらなくなかった。
だって、雪だと止んでも積もりすぎていたら外に出られないけれど、雨だったら止んだらすぐに外へ飛び出していけるし、泥遊びだって最高である。
――そして、この季節にはもう一つ、とっておきの楽しみがあった。
今日は久しぶりに朝からお日様が顔を出してくれている。それでも、夜の間降り続けていた雨の気配は、お昼過ぎになってもカレントの森の中にまだ色濃く残っていた。しっとりと湿った木の葉っぱから、緑に染まった雫が零れ落ちてきそうだ。
前にリオとミーアが一緒に花を摘みに来たのとは別の道を、今日は幼馴染み五人が勢揃いで縦一列になって進む。皆、片手には中に柔らかい布巾を敷いた手提げ籠を持ち、腰には紐でしっかり獣避けの鈴も結び付けて、準備万端の格好だ。
「フィス、こっちで合ってる?」
「うん。裏白杉の古い切り株があったし、右側にミル栗の木が三本並んでたから、この道のままで大丈夫」
すぐ後ろを歩くフィスの案内を聞きながら先頭になって進むのは、五人の中で体が一番大きなダグだ。落ちていた木の枝を使って、細い道を塞ぐ藪を掻き分けるように押し広げてくれている。
「秋になったらぁ、ミル栗も取りに来たいねぇ」
「ねー! 焼いて食べようね!」
「茹でたのも美味いんだよな~」
フィスの後ろにミーアとリオが続き、一番後ろで獣が近付いたりしていないか確認する役割のレジーも話に加わった。焼けばほっくり香ばしく、茹でればホロホロと舌の上で崩れる甘いミル栗は、皆大好きな秋のおやつだ。
わいわいとお喋りする五人の声と、カラコロと鳴る獣避けの鈴の音は、やがてピタリと止まった。道の先を通せんぼするように、まだ小さなリオ達の背と同じくらいの、大人だったら腰あたりまでの高さしかない木が何本も立ち並んでいる。
でも大丈夫だ。これは行き止まりじゃなくて、ここが目的地だったのだから。
先が三つに分かれている大きな葉の影に、紫色の丸い実が沢山ぶら下がっているのを見て、皆はキラキラと目を輝かせた。
「今年のルベルも山盛りだー!」
「よっし、誰にも見つかってねーな!」
やったね、よかったねと喜び合いながら、ゆっさりと枝が重さにしなるほど立派に育った実に手を伸ばす。
……そう。ここは、五人だけの秘密の場所。
そして、リオ達とフィスが仲良しになった、きっかけの場所だった。
五人の中でフィスだけは、元々村で生まれた子ではない。王都で生まれた貴族の子だった。
でも、お母さんがあまり丈夫ではなく、北にある王都で暮らすと具合が悪くなる一方だったので、二年前にフィスと身の回りの世話をする女の人と一緒に、王都よりは暖かなグリグ村に来たのである。
植物の学者さんをしているフィスのお父さんは、前にモラスリ山やカレントの森を調査しに来た事があって、その時にグリグ村で何日か過ごした。そしてレジーのおじいちゃんである村長と縁が出来て、その繋がりでフィスはお母さんとレジーのお家の離れを借りて暮らす事になったのだ。
ちなみにフィスのお父さんはお仕事があるので、時々は村までフィスのお母さんやフィスに会いに来てくれるけれど、一年の殆どは王都で暮らしている。
村に新しい子が、しかも同じ年の子が来たと聞いて、リオ達は早速どんな子だろうと様子を見に来た。
離れの庭で、お父さんから誕生日のお祝いに貰った宝物の植物図鑑を抱えてお花を観察していたフィスは、いきなり四人も知らない子達が現れて物凄く驚いたけれど、次から次に話し掛けられるので、人見知りをする暇も無い。
あわあわするフィスが持っている図鑑を興味津々で覗き込んだリオは「あー!」と声を上げて、たまたま開いていたページに描かれていた、見覚えのある果物の絵を指さした。
「ルベルだ! ねぇ、ねぇ、これルベルでしょ!?」
森などに生えているルベルの実は、最初は緑色で、リオ達の小指の先っぽよりも小さくて、ギュッと固くなっている。
でも、何度も雨を浴びる内に、緑色からだんだん濃い紫色になっていって、親指の先っぽくらい大きく膨らんでいく。やがて食べ頃になると、指で強くつついたら弾けてしまいそうなくらい、ぷるんと柔らかくなるのだ。
雨がたっぷり降るほど、ルベルは甘くなると言われているので、リオは今の季節の雨は大歓迎だった。
けれど、このまま食べてもルベルの実はとってもとっても酸っぱい。森の生き物達はほとんど見向きもしないくらいだ。
ところが不思議な事に、ルベルの実を良く洗って水気を拭き取ってからお鍋に入れ、弱火でくつくつと煮込むと、お砂糖も入れていないのにビックリするくらい甘くなる。つまり、ジャムを作るにはピッタリなのだ。
フィスの図鑑には、ルベルの木がどんな場所で育つのか、近くにはどんな植物が多いのか、どんな動物が食べているのか、沢山の事が書いてあった。
ぎこちなく、でも一生懸命に説明するフィスに、リオ達は難しい字も沢山読めるのをすごいすごいと褒めながら、それなら自分達でもルベルを探し出せるんじゃないかと森へ行ってみる事にしたのだ。
――結果、宝探しの大冒険は大成功し、五人はすっかり仲良しの友達になったのである。
あれから二年。
もう三回目ともなれば、柔らかい実を潰さないように摘み取るのも随分と手慣れて、皆の籠が一杯になるまでそんなに時間は掛からなかった。
「ばあちゃーん! ルベル取ってきた!」
森から戻り、レジーが籠を両手で掲げて元気よく家の中へ飛び込めば、丁度台所に居たらしいレジーのおばあちゃんが入口から顔を覗かせて「あんれ、まぁ、まぁ」と目を丸くした。でも、籠の中にどっさり入っているルベルを見て、その目をにっこりと細める。
「たぁくさん、取ってきたねぇ。どぉれどれ、煮てあげるから、ちぃっと待ちんさい」
リオとミーアとダグは家に持って帰って、それぞれお母さんに渡して作って貰うと言ったので、おばあちゃんはレジーとフィスの分だけジャムにする事にした。
鍋を火にかけ、底で焦げ付かないよう、木べらで丁寧に掻き混ぜる。紫色の実が、とろとろと柔らかく煮崩れていく内に綺麗な赤色に変わっていけば、甘くなった合図だ。
「はい、お味見」
ふんわり漂う甘ーい香りに皆がそわそわしていたら、レジーのおばあちゃんがジャムを小さな匙で掬ってくれた。ふぅふぅ、とよく息を吹きかけても出来たてのジャムは熱々で、だけど口に入れれば、とびっきり甘い。
思わずほっぺたが緩んで、リオ達は自然と笑顔になった。
「来年も、皆で行こうね」
秘密の場所の話だから、小声でこそこそ話しながら、五人は顔を見合わせて大きく頷く。
きっと、一年後は雨の日がもっと楽しみになってるなぁ。
嬉しい約束が増えたリオはそう思いながら、口の端っこに付いたジャムをぺろりと舐めた。
活動報告に、フィスのお家事情とかをちょろっと書いてます。
興味がおありでしたらどうぞ~(別に読まなくても本編に影響はありません)