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五月のリオ

 五月は緑女神様の月


 花が散った後の大地を緑の衣で優しく覆った、緑女神様の月




 カラリと良く晴れた、雲一つ無い青空。その空を軽やかに滑るように、ひゅうん、と吹いた風が青々とした若葉の香りを運んでくる。

 ――今日は、絶好の種まき日和だ。



 見渡す限り広がる畑……と言っても、今はまだ何も育てられていない。土に灰を混ぜ込んで柔らかく掘り起こされている、畝だけの状態だ。

 村の共同畑一杯に作られた畝は、綺麗に真っ直ぐ伸びて並んでいて、その端っこに、リオ達もまた一人ずつ並んでいた。


 「ほぅれ、零さんようにな」


 レジーのおじいちゃんでもある村長が、皆の手に小さな籠を渡す。湯がいて柔らかくしたラマスの樹皮を、細く割いて隙間無く編んだ籠の中には、更に小さな小さな種が、こんもりと入っていた。

 「うわぁ~!」

 初めて見た虹綿花の種は真っ黒で、うんと小さくて、カッチコチに固い。まるで小石みたいだ。

 この種から、真っ白いけどほんのり虹色がかった、モコモコに膨らむ綿が出来るのがとっても不思議で、リオは目をまん丸にして、じぃ~っと眺めた。いや、リオだけでなく、他の皆も興味津々で眺めたり、つまんだり、つっついたりしている。


 「これこれ。さっさとせんと、日が暮れてしまうぞぉ」


 パンパン、と両手を軽く叩いて、村長が笑いながら声を掛けた。ハッとリオ達は顔を上げて、慌てて畝の前にしゃがみ込む。

 うむ、と満足そうに頷いて皆の頭を撫でると「それじゃあ、ちぃとやって見せんさい」と促した。



 それぞれの家で作っている野菜や麦などと違って、虹綿花の種まきの仕事は、七歳になってからでないと任せて貰えない。虹綿花は村の特産品で、領主様に納める大事なものだから、ちゃんと種を大切に扱える年になるまで、触ることも禁止されているのだ。

 ちなみに男の子は十歳から種まき以外の畑仕事もするようになるけれど、女の子は十歳になると糸紡ぎの仕方を教わり、十三歳になると糸染めの仕事が始まって、十五歳からは機織りを学ぶ。何十年も織っているおばあちゃん達なんかは、物凄く複雑な織り図も作れるので、外の商人が注文をしに村まで来る事もあった。


 ……ともあれ、そんな訳で去年までは畑の草むしりと、秋の収穫のお手伝いしか出来なかったが、今年からはついに種まきの仲間入りなのだ。リオ達はうんと張り切っていた。


 畝に指で浅く窪みを作って、種を三粒落として、薄く土を被せる。

 しゃがんだまま横にちょこちょこ移動して、また種を畝に落とす。


 教わっていた通りにリオ達がやって見せると、村長はまた満足そうにうむうむと頷いた。そして「頑張るんじゃぞ」と皆の頭をもう一回撫でると、種の入った袋と重ねた籠を持って、他の子供達が待っている別の畑へと向かう。

 その背中に「はーい!」と返事をしてから、幼馴染み五人組は顔を見合わせる。籠を持っていない方の手をぐっと握って、空に向かって勢いよく振り上げながら「やるぞー!!」と気合を入れた。



 「ゆーきどーけ、はーなびーら、ちーったーあとー」


 「みーどりーの、よーきひーが、まーためーぐるー」


 一番前の畝にしゃがんだレジーが歌い出せば、次の畝に並んでいたリオもすぐ後に続く。

 グリグ村に昔から伝わる、種まきの歌だ。虹綿花の種をまく時に、これを必ず歌うので、村に住んでいれば皆、子供の頃から自然と歌を覚えている。



 雪解け 花びら 散った後


 緑の 善き日が また巡る


 女神様の 御許で


 一年 善き日が また巡る


 さぁさ種を さぁさ種を


 蒔けや芽吹けや 育てや育て


 お日さん 照らして くだしゃんせ


 雨風 与えて くだしゃんせ


 実りの 七色 くだしゃんせ



 「く、くーだしゃんせ、くだしゃんせー……」


 「みーのりーのぉ、なーないーろぉ」


 「くーだしゃーんせー」


 少し恥ずかしそうなフィスの声、のんびりしたミーアの声、ゆったり響くダグの声も二人に続いた。

 フィスはグリグ村に来てから二年目で、最初の年はもう種まきの季節を過ぎていたから、まだ歌に慣れていなくて、ちょっとだけぎこちない。それでも、春になる前からリオ達が何回も教えてくれたので、間違えないように一生懸命歌った。




 歌いながら種をまいて、ふんわり優しく土を被せる。

 ちゃんと芽が出ますように。すくすく大きく育ちますように。綺麗な虹色の綿になりますように。

 心を込めて、祈りを込めて、五人は何度も何度も種まきの歌を繰り返した。



 「「「「「ゆーきどーけ、はーなびーら、ちーったーあとー」」」」」



 リオ達の周りの畑からも、次から次に歌が重なり合い、混ざってゆく。

 緑の香りがする爽やかな風に乗って、明るい歌声は、高く遠くどこまでも広がっていった。

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