四月のリオ
四月は花女神様の月
綺麗に洗われて潤った大地を色鮮やかに飾った、花女神様の月
緑の中に、たくさんの白と黄色、それから淡い桃色。
風が吹く度にふんわりと甘い香りが広がって、リオは目をキラキラ輝かせた。
いつも揃って遊んでいる、幼馴染み五人組。
でも今日は、レジーとフィスとダグが、狩りの道具の使い方を教えて貰う男の子達の集まりに行ってるので、リオとミーアの二人だけだ。
お昼ご飯を食べてからミーアの家に向かったリオが「何して遊ぶ?」と聞いてみたら、行きたい場所があるのだと答えが返ってきた。
「あのねぇ、リオ。一緒に来てくれる?」
「うん!」
もじもじとミーアにお願いされて、リオはすぐに頷いて返事をする。
だって、仲良しの友達となら、どこへ行ったって楽しい筈だから。
村を出て、プルカの湖があるムグ平原とは逆側の、共同畑に沿ってまっすぐに伸びる道を、リオとミーアはのんびりと歩く。
いや、のんびり歩いているのはミーアだけで、リオは綺麗な小石を拾ってみたり、道の端に生えていたデンダの綿毛を飛ばしてみたりと、ちょこちょこ遊んでいたけれど。でも、そうしていると同じくらいの速さで進むので、二人には丁度良かった。
「ミーア、どっちがいい?」
「うぅ~ん……じゃあ、こっちがいいなぁ」
縞の模様が入ってる石と、平べったくてツヤツヤしてる石を見て、ミーアが平べったい方を選んだ所で、歩いてきた道の景色が変わった。ここから先は、モラスリ山の麓に繋がるカレントの森だ。
お互いに石をエプロンのポケットに仕舞うと、次は腰に獣避けの鈴を結び付ける。森の奥の方まで行かなければ、大きな獣が出てくる事はまず無いけれど、念のためだ。
準備が出来たので、今度はミーアがリオの手をきゅっと握って先に歩き出した。
「こっちだよぉ」
まるで何も無いように見えて、でもよーく見れば細い細い道が続いている。普通なら気付かずに通り過ぎてしまうような、そんな道をミーアは迷う事なく、カラコロ、カラコロと鈴を鳴らしながら進んだ。
少し湿った土と苔の匂い。頭の上で時々がさっと音がするのは、木の枝から枝へ飛び移っている跳ね鼠の仕業だろう。それにビックリしたのか、ピルルルッと怒ったような小鳥の声もたまに混じる。
……やがて、ぽっかりと木々が口を開けたような、少し広い場所に出た。
うんと背の高い木の葉っぱが重なり合って、森の中は昼でもちょっと暗く感じるのに、そこだけお日様が特別に照らしてるみたいに明るく感じるのは――沢山の白い花が咲いているからだ。
星の形をした白い花びらに、真ん中だけ濃い黄色の花芯がぷっくりと盛り上がっている、モモザの花畑が、一面に広がっていた。
「わーっ! いっぱい咲いてるね!」
「こんなに咲いてるなら、秋も大丈夫そうだねぇ。よかったぁ」
モモザの花は、春と秋に咲く。そして、春に咲いたのと同じくらいの量が秋にも咲くので、ミーアはホッとしたように顔をほわりと緩めた。
どうしてミーアが安心したのかといえば、ミーアの家は蜂蜜を採る仕事を村で任されているからだ。村の近くに幾つかある花畑を季節ごとに巡っては蜜を集めているのだけれど、特にモモザの花の蜜は、年初めの星誕日に欠かせない星パンに使うので、足りないととっても困ってしまう。
それでも、モモザの蜜を採るのは秋だけだ。春の蜜は森の生き物たちの恵みにすると決められている。人間だけで独り占めすると、女神様から欲張りの罰が当たるのだと言われていた。
さて、ミーアは花畑を目指して来たけれど、目的はモモザの花では無かった。
濃い緑色の下草の上に、黄色い水玉模様の入った大きな白い布を丸く広げたようなモモザの花畑。それをぐるりと囲んで咲いている、淡い桃色――サシャの花の方が、今日は必要だったのだ。
ミーアの家は、蜂蜜を採るための丸蜂を飼っている。ころころと丸い体をした丸蜂は、大人しくて人にもよっぽどじゃなければ襲い掛かってこない。
でも、森の中に巣を作っている、シュッと細長い体で丸蜂よりも一回り大きい長蜂は乱暴者なのだ。丸蜂を捕まえてしまう天敵で、人にだってブンブン向かってくる。
そこで、役に立つのがサシャの花だ。
桃色の小さな花が茎に幾つも咲くサシャは、とても甘い香りがする。リオ達からすれば、うっとりするくらい良い匂いだけれど、長蜂は何故かこの香りが嫌いだった。
だから、長蜂が近付いてこないように、ミーアの家では昔から丸蜂を放す花畑の側にはサシャを植えているのである。ちなみに長蜂は花蜜を集める習性は無いので、花畑に近付けなくなっても、お腹を空かせて困ってしまう事にはならない。
リオとミーアはしゃがみ込んで、せっせとサシャの花を集め始めた。中に入り込んでいた小さな虫を逃がしてやったり、少し枯れてしまってる花びらを取り除いたりしながら、綺麗に洗ったガラス瓶の中に、詰んだ花が潰れてしまわないよう、そうっと丁寧に入れてゆく。
暫くして、瓶の中身が一杯になったので、ムギュッと栓を嵌めると、二人は満足げにニコニコ眺めた。
「うまく作れるかなぁ」
「ミーアだったら、絶対かわいい花人形ができるよ!」
――花人形は、乾燥させた花びらを中に詰めた、布の人形だ。
よく眠れるおまじないを込めて、良い香りのする花を入れた人形は、赤ちゃんに作ってあげる事が多い。リオも赤ちゃんだった時におばあちゃんが作ってくれて、もうすっかり香りがしなくなってしまった今でも、部屋の飾り棚に座らせている。
ミーアは、その花人形を作るつもりだった。ダグのお母さんが、ついこの間、赤ちゃんを産んだので。
ダグの家は、ミーアの家のお隣さんだ。
一の月生まれのダグは、がっしりしたお父さんに似て体が大きくなるのも早かったから、同い年の幼馴染みの中でも、何となくお兄さんのような雰囲気があった。性格は面倒見が良くて穏やかなお母さんに似ていたから、尚更かもしれない。
特に、ミーアは家が隣同士なのもあって、本当の兄妹のようにいつも一緒に居た。だから、新しく生まれた赤ちゃん……マルカは、ミーアにとっても妹みたいに思ってるのだ。
そんなマルカに花人形を作ってあげたくて、こうしてサシャの花を摘みに来たのだった。
「マルカが、怖い夢を見ませんように。花女神様、お守りください」
瓶にコツンと額を当てて、目を閉じたミーアがおまじないの言葉を呟く。
こうやって、花を集めながら、花びらを乾燥させながら、布を縫いながら、何度もおまじないを込めて人形を作るのだ。
リオも同じように瓶に反対側から額を当てて「花女神様、お守りください」と目を閉じてお祈りした。
それから、数日後。
ダグの家に遊びに来た皆は、小さな小さなベッドをそ~っと覗き込んでいた。
「おー、ちっちぇーな」
「本当だ。手も指も、すごく小さい……」
「あっ、こっち見てる、見てる」
「ごきげんだねぇ」
驚かせてしまわないよう、ひそひそ小声で話しているリオ達を、ベッドに寝転がった赤ちゃんは、泣いたりもせずに見上げる。その手には、縫い目がちょっとだけ曲がっている所もあるけれど、丁寧に縫われた人形がしっかりと握られていた。
「マルカ、これがすっかりお気に入りになってるよ」
少し捲れてしまっていた肌掛けをお腹の上にちゃんと被せてあげながら、ダグがその人形を指さす。煉瓦色の糸を束ねて作った髪と、緑色の糸で縫った目が、マルカとそっくりお揃いの、女の子の人形だ。
「いつも抱っこしてスヤスヤ寝てくれるから、本当に助かるって母さんも言ってた」
ありがとう、ミーア。
そうダグに頭を撫でられながら言われて、ミーアはリオとパッチリ目を合わせると、嬉しそうにうふふと笑う。
花人形をぎゅうっと掴んだマルカも、ふんわりと甘くて優しい香りに包まれて、楽しそうにキャッキャッと笑った。