一月のリオ
一月は星女神様の月
この世界と一緒に生まれた、星女神様の月
王国の端っこ、隣国との境になるモラスリ山の手前にある、小さなグリグ村に住むリオの朝は早い。
家族みんなの朝ご飯になる、チッチ鳥の卵を取りに行く係だからだ。
五歳の頃から任されたこの仕事も、三年目となった今では随分と手馴れたものである。けれど、まだまだお日様が昇るのも遅いこの季節は、ぬくぬくと温かいお布団から抜け出すのは、慣れだけではどうしようもないほど厳しかった。
それでも、えいやっと気合を入れてお布団を抜け出すと、寒さでピュッと体が縮こまってしまう前に、急いで厚手の上着を羽織る。あちこち寝癖ではねている髪を編み紐で二つに結び、毛糸の靴下と厚布を中に敷いた革の短靴も履くと、窓の掛布を開けて外の天気を確認してから部屋を出た。
もう台所で朝ご飯の用意をしていたお母さんとお姉ちゃんに「おはよう!」と元気よく、でもまだ家の奥の部屋で寝ている、おじいちゃんとおばあちゃんを起こしてしまわないように、少しだけ小さな声で挨拶をする。
「おはよう、リオ。今朝も卵よろしくね」
「うん!」
台所の脇、裏庭へと繋がる扉へと向かい、すぐ横の壁に引っ掛けてある籠を掴むと、リオは扉をほんのちょっと開けて、隙間から滑り込むように外へと抜け出た。そして、台所の温かい空気が自分と一緒に逃げてしまう前に、素早く閉める。
「ひゃあ、寒いっ、寒いっ」
お日様が顔を出し始めて、真っ暗な空が薄らと白くなり、でも夜の空気の方がまだたっぷり色濃い中、リオはピョンピョン跳ねるように鳥小屋へ駈け出した。
入口の掛け金を外して小屋に入ると、まずは餌やりと掃除だ。自分と同じく早起きな鳥達に、チッチ、チッチと鳴きながら囲まれるのを、うっかり蹴ってしまわないよう気を付けながら「来い来い、来ーい」と声を掛けてエサ台へと誘導する。
ノイ麦と乾燥させたホーン豆、それとサオルのクズ粉を混ぜたものを、袋から取り出して台の上に盛れば、我先にと鳥達が群がった。その隙に、彼らの寝床の藁山を綺麗なものに取り換え、卵を回収する。
「おじいちゃんとー、おばあちゃんとー、お父さんとー、お母さんとー、お姉ちゃんとー、リオの分!」
六羽いる雌鳥達は、今日もちゃんと一個ずつ生んでくれていて、リオはにんまりと笑みを浮かべた。
卵を入れた籠を持って一度小屋の外に出ると、今度は井戸へと向かう。うんしょ、うんしょと水を汲んで、リオでも持てる小さな手桶になみなみと入れ、零さないよう慎重に運んだ。
これも、卵取りの仕事を任された最初の頃は、もっともっと小さな桶だったし、それでも歩いている内に半分くらい零してしまって、よくションボリしたものだ。初めの内は手伝ってくれたお父さんから、少しずつ慣れていくから頑張れと頭を撫でて慰められていたけれど、今ではこうして自分一人でちゃんと出来ている事を思うと、えっへんと胸を張りたい気持ちになる。
小屋に戻って、空になっていた水入れを満たせば、リオの朝の仕事はおしまいだ。
丁度、畑から戻ってきたお父さんと一緒に裏庭を歩き、卵を詰め込んだ籠を両手で抱えているリオの代わりに扉を開けて貰い、台所の中へと入った。
「お母さん、卵!」
「はい、ご苦労様」
有難うとお礼を言われて、リオはむふふと口元を緩めながら、籠と交換するように渡された布巾で手を拭く。すると今度はお姉ちゃんに「ほらリオ、ご飯できるからお皿並べて」と言われたので、全員分の六枚をえっちらおっちら運んだ。
食卓には、リオが外に出ている間に起きてきたらしい、おじいちゃんとおばあちゃんが座っている。二人にも「おはよう!」と声を掛けると、リオの手からお皿を受け取ってテーブルに置いてくれながら「おはよう」とにっこり笑って返された。
お皿を並べ終わったので、次は木のフォークとスプーンを皆の席の前に配っていると、その間にお母さんとお姉ちゃんが朝ご飯を次々にお皿へ盛り付ける。最後にお父さんが素焼きの小さな壺を二つ持ってきて、皆勢揃いで椅子に座った。
香草と一緒に蒸して溶かしバターをかけたバシ芋と、酢漬けにしたラッズの外葉。
細かく刻んだ根菜を入れた、長耳牛のミルクたっぷりのスープ。
リオが取ってきた卵で作った、ふわふわのオムレツ。
ほかほかと温かな湯気を立てているそれらは、いつもと変わらない朝ご飯だ。でも、そこに今日は、モモザの花蜜を練り込んだ黄色の星パンが加わる。
一年ぶりのそれを見て、リオの目はキラキラと輝いた。
そして仕上げに、お父さんが手に持つ壺に入っていた、カジャの実を発酵させて作った乳白色のお酒が、大人達の杯に注がれる。子供達二人は、発酵させてないカジャの果実水だ。お酒になっていない果実水は透明なままだけれど、どちらも、ふわりと甘酸っぱい香りが漂う。
準備が整ったのを見て、おじいちゃんが一家の長として木彫りの杯を掲げた。
「新しい年、おめでとう」
一家の長であるおじいちゃんがそう言うと、家族みんなが「新しい年、おめでとう」と同じ言葉を繰り返す。
これが一の月の、一番最初の日の朝に必ずする特別な挨拶なのだ。
一の月は、新しい年の始まり。
だから、一の月でみんな一つ年を取る。
――女神様に祝福された七歳の一年は、一体どんな風になるのかな?
リオはワクワクしながら、ふんわり甘い星パンにぱくりと噛り付いた。