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最終話 初めてのお客さま 後編

 サンドイッチの中でも人気の商品でリザードマンの好物も含まれていると判断した。


「パンデ 具材ヲ挟ンデイルノカ ウマソウダ イクラダ」

「税込みで三百五十円になります」

「エン トハ何ダ コレデ足リルカ?」


 リザードマンが腰からぶら下げていた小袋から硬貨を取り出して冴木に手渡す。

 見たこともないデザインに戸惑うが、ここは穏便に済ませた方がいいと冴木は笑顔で頷いておいた。

 あの大きな手では袋が開けにくいだろうと、冴木が代わりに開封してから差し出す。

 リザードマンは大きく丸い目でじっとカフェサンドを見つめると、パクリと大きな口に丸々一個を放り込む。

 その瞬間、口の中を覗き見る事になった冴木の顔に冷や汗が一気に吹き出た。

 偽物ではありえない口内の肉質や唾液に、リザードマンが作り物ではないと確信する。

 口をもごもごしていたリザードマンの喉が大きく膨らみ呑み込むと、天井を見上げ大きな口を開く。


「コレハッ! パンニ挟マッタ ミズミズシク シャキシャキノ野菜!」


 感動で大声を出すので、驚いた空森が振り返る。


「薄イ肉 茹デタ卵モ ウマイ 少シ 辛味ガアルソースガ 三ツノオイシサヲ 引キ出シテイルノカッ!」


 見た目に反して食通の様でカフェサンドの美味しさを大声で語っている。


「パンモ柔ラカク 雑味ガナイ! 食材ノオイシサヲ 妨ゲズニ 包ミコンデイル!」


 かなり喜んでいるのか尻尾が激しく上下に揺れ、バンバンッと勢いよく床に打ち付けられる音がする。


「何ト神ガカリ的ナウマサダ! コレヲ アルダケクレ! 仲間ニモ渡サネバ!」


 そう言って迫るリザードマンに全てのカフェサンドを渡すと、さっきよりも大きく金色で価値のありそうな硬貨を握らされる。


「マタクル」


 そう言って尻尾を振りながら上機嫌でリザードマンが店を後にした。


「ありがとうございました」

「あ、ありがとうございました」


 頭を下げる冴木に続いて、空森も頭を下げる。

 彼の姿が見えなくなると、冴木は大きく息を吐き額の汗をぬぐう。

 空森は力が抜けたのか床に座り込んでいる。


「偽物だと分かっていてもすごい迫力でしたね! カメラ映り大丈夫かなぁ。変な顔とか流されたら文句言っていいですよね!」

「そう、ですね……」


 まだ混乱中の二人だったが仕事をこなすことで落ち着こうと、黙々といつも作業に戻っていく。

 一時間以上が経過しただろうか。いつもなら多くの人がやって来る通勤通学の時間になっても誰一人として客は訪れない。

 その間に冴木は仕事をする振りをしながら店内を調べていた。入り口の扉は開ける事ができるが自分は外に一歩も踏み出す事ができない。

 まるで見えない壁がそこにあるようだった。裏側の従業員用の出入り口も調べると扉の先には見慣れが駅の内部が広がっていた。


「裏は駅に繋がっていて、入り口の扉は別の世界に繋がっている?」


 少なくとも日本に戻る方法がある事に安堵の息を吐いた冴木は……とりあえず今日の仕事をこなすことに決めた。そこら辺の切り替えの早さが冴木らしさである。

 冴木は今の状況が尋常ではないことを理解したうえで通常と変わらぬ業務をこなしていたが、空森はまだ半信半疑らしくたまに窓の近くにいっては、そこに映る風景を睨むように見ていた。


「この外の風景ってCGなのかな? トカゲの人がいっぱいこっち見てますし。あっ、て、店長!」


 空森が慌ててカウンターにいる冴木の下に走り寄ると、激しく腕を振りながら入り口を指差す。

 ガラスの扉の向こうから多くのリザードマンがこっちに向かっているのが見えた。

 リザードマン達は全員が手にサンドイッチを握っている。


「空森さん。念のためにバックヤードに繋がる扉付近にいてください。万が一の時は裏の従業員出入り口から逃げるように」

「えっと、これは撮影なのですよね?」

「念のためにですよ」


 そういって珍しく微笑む冴木の目は真剣そのもので、空森はごくりと唾を飲む。

 店の扉が開きなだれ込んできたのは数匹のリザードマンだった。さっき店に入ってきた個体を先頭に後ろに続くのは一際派手な衣装を身に着けた個体だった。

 頭には大きな鳥の羽根を冠のようにして巻き、目元や口元だけではなく体に無数の模様が描かれている。他のリザードマンより腰が丸まっていて左手で杖を握っている。


「あのトカゲさんだけ派手ですね」

「高齢で司祭のような格好ですね。そういう役なのでしょう」


 リザードマン達は店内をキョロキョロ観察しているが驚きを隠せないようで、震えながら商品に手を伸ばすが触れる直前で引っ込めるのを繰り返していた。


「落ち着かぬか、お主ら」


 派手な格好のリザードマンが流暢な言葉づかいでそう言うと、他の個体は背筋を伸ばして整列する。


「御無礼をお許しください、神の使いよ」


 唐突にそんな事を口にすると派手なリザードマンは杖を床に置いて膝を突く。

 他のリザードマンもそれを見習い同じように跪いた。


「神の使い⁉ えっ、それって私達の……」


 何かを言おうとした空森の口を冴木はそっと手で塞ぐ。


「お客さま、膝が汚れますよ。お立ちください」


 危険性はないと咄嗟に判断した冴木は派手な老リザードマンの手を取る。

 少し湿り気のある感触に少し動揺したが顔には一切出さない。


「飢餓に苦しむ我々の祈りがようやく届いたのですな……。今から宴の準備をいたしますので暫くお待ちください。ここの物を幾つか外に運んでもいよろしいでしょうか」

「代金をいただけるのであれば、もちろん構いませんが」

「これはこれは、失礼いたしました。ここへ」


 老リザードマンが振り返り手招きすると、リザードマンの一体が動物の皮をなめして作った袋を手渡す。

 その中身を老リザードマンが確認すると、冴木に袋ごと渡す。

 手にした袋の想像以上の重さに、冴木の笑みが引きつる。


「とりあえずは、これをお受け取りください。神への貢物としては足りぬとは思いますが、直ぐにお持ちしますので」


 冴木はどう返していいのかも分からず曖昧な笑みを浮かべる。

 それを了承と受け取ったようで、リザードマン達は店内の食料を手に外へと出て行った。

 全員がいなくなると呆然としていた冴木が我に返り、袋の口を開く。

 中には色とりどりの宝石が詰まっていた。


「うわー、綺麗ですね! これも小道具なんですよね。本物の宝石みたいですよ」

「そう、ですね」


 親指よりも大きな宝石。

 これがもし本物だとしたら、この店ごと買える価値がある。

 その事実に気づき、冴木の背中は冷や汗でびっしょりと濡れた。


「あれっ、外で何かやってますよ、トカゲさん」


 空森の声に誘導されるように冴木が外に目をやると、百匹以上のリザードマンが丸太や木材を組み合わせて何かを建造している。


「忙しそうですけど、楽しそうですね。なんか祭りの準備みたい。このドッキリお金かかってますよね。あんなにも着ぐるみ用意するなんて」


 リザードマンが自分達を神の使いと信じて歓迎の祭りの準備をしている。それを理解した冴木はどうするべきか迷っていた。

 ここで自分達が異世界から来た、ただの人間とばらしたらどうなるか。考えただけでぞっとする冴木。


「て、店長! 牛ですよ、牛!」

「牛? 今度は二足歩行の牛でも……」

「お使い様。貢物の牛は何処に置けばよろしいでしょうか」


 考えがまとまらない冴木に畳みかけるように、牛を連れた老リザードマンが入店しようとしている。


「……店内に動物はご勘弁を。外に置いて頂ければあとで回収いたしますので」

「これは失礼いたしました。では外に繋いでおきますので」


 この店は駅の中なので本来は駐車場はないのだが、一般的なコンビニの駐車場スペースに大きな牛が座っているような光景に、シュールさを感じ何とも言えない表情をしている。

 どう対応していいのか分からずに戸惑っている間にも、外の準備は整っていく。

 巨大なキャンプファイヤー用にしか見えない焚き火や、夏祭りのやぐらのような物。祭壇らしき物まで作られている。


「あれは何をやっているんでしょう……」

「さあ……。もう外の事を気にするのはやめましょう」

「そうですね……。すごくきになりますけど」


 とはいえ外の騒ぎが気になるようで空森は窓際から動けずにいた。


挿絵(By みてみん)


「ドッキリにしてもやり過ぎのような……」


 いくら空森でもこの異様さに気づいてきたようで、ぐいぐいと冴木の制服の袖を掴んで引っ張っている。


「これは準備が終わる前にどうにかした方がいいですね。とりあえず、あの派手なトカゲの人と話をしてみますか」


 そう思い扉の前まで冴木が歩いていくと、老リザードマンに何か話しかけていたトカゲがガラスの扉越しに話しかけてきた。


「ウマイモノ 売ッテクレテ 感謝スル」


 冴木はそのリザードマンが一番初めに店に訪れた個体だと理解して笑みを返す。

 これは警戒しなくても大丈夫かと考え直して扉を開いてあげようとする。

 扉にもう少しで手が触れる直前に、店を再び大きな揺れが襲う。


「なっ⁉ 空森さん、伏せてください!」

「わあああああっ、またですかあああっ⁉」


 驚きながらも冴木の視線は外へと向いていた。


「お告げは本当じゃったあああああっ!」


 地震の最中に歓喜の声を上げている老リザードマン。

 同じように喝采を上げているリザードマン達が見えるが、こんなに激しい揺れなのにリザードマン達は転ばずに立っている。


「もしかして、揺れているのはこの店だけなのですか⁉」

「ささっ、神のお使い様! こちらへ!」


 揺れているこっちを気にもせずに歩み寄る老リザードマンが扉に触れる直前、扉や窓の先の光景が大きく縦に揺れたかと思うと、突如テレビの電源が落ちたかのように真っ暗になる。

 そして前と同じように長い揺れが収まると、外の光景は駅の中へと戻っていた。





 場面は現在の店内へと戻る。


「当初は苦労しましたね……本当に」

「頑張りましたよね……」


 二人の口元には引きつった笑みがあり、乾いた笑い声が漏れる。


「知りたいような、知りたくないような。反応に困りますわ」


 踏み込んではいけない空気を読んでモーミがすすっと離れていく。

 冴木と空森は同時に現実へ帰ってきて顔見合わせると、何が可笑しいのか笑顔になる。


「色々ありましたが、思い返せば楽しいことも沢山ありました」

「私はやっぱり猫隊長が可愛かったです! あの可愛さは卑怯ですよ!」

「猫隊長ということは、猫族の方もいらっしゃるのですか。確かにあの容姿はずるいですわ。抱き着いてもふもふしたくなりますよね」

「だよねー」


 珍しく二人の意見があった。二人は顔を見合わせてにこりと笑う。


「アラクネ様にも驚かされましたね。上半身と下半身のギャップにようやく慣れてきましたよ」


「蜘蛛さんですもんね。でも、あれだけ足があったら色々便利ですよ! 前も器用に飲み物を運んでいましたし」

「そうですね。他にも様々なお客さんが来てくださいました。異世界は毎日が慌ただしく、新鮮な驚きと喜びにあふれています」

「ここでの経験のおかげで接客レベルが上がりました! ちょっとやそっとの事じゃ動じなくなりましたもん!」


 えへんっ、と胸を張る空森を見て冴木の目尻が下がる。


「確かにミスも減りましたし、レジも最近はスムーズですからね」

「でしょ、でしょ! 私は褒めて伸びるタイプなので、もっと褒めていいんですよ~」

「そうですね。考えておきますよ」


 冴木はしみじみと今までの出来事を思い出して、珍しく営業スマイルではなく柔らかい表情の思い出し笑いを浮かべる。

 そんな冴木を見て空森が満面の笑みを浮かべた。


「きっとこれからも、いーっぱいありますよ! 今度は三人ですけどね!」

「わたくしもですか?」


 モーミの背後に回って、その肩に手を置く空森。

 自分も人数に入れられて戸惑うモーミ。


「当たり前でしょ。モーミちゃんも仲間なんだから! ねえ、冴木店長」

「そうですね。あなたも立派なNewDaysの店員です」


 そう言われて悪い気はしないようで、ふんっと鼻を鳴らしてちょっと自慢げだ。


「あっ、そろそろお昼ですね。何食べようかな~」

「わたくしは牛カルビ弁当をいただきますわ」

「モーミちゃんはそればっかりだよね。私は……」


 ずらっと並ぶ商品を眺めて空森が手を出すと、横合いから伸びてきた冴木の手も同じ商品を掴んだ。


「店長もですか」

「今日はなんだかこれが食べたい気分だったので」


 二人が掴んだのはリザードマンが好んだカフェサンドだった。

 空森はふと顔を上げると微笑んでから口を開いた。


「毎日驚くことが多くて慌ただしい日々ですが、異世界コンビニNewDays、今日も楽しく営業中です!」


 監視カメラに向かって決め台詞を口にする空森をモーミは訝しげに見ている。

 冴木は苦笑していたが、ふと何かを思いついたような顔になると後に続いた。


「もしかしたら、あなたの近くのNewDaysも……別のどこかと“つながって”いるかもしれませんよ」




いかがでしたでしょうか。今作はマンガ『異世界コンビニNewDays』の原作である小説を投稿したものになります。今回で漫画一巻の内容を全て投稿し終えたので、最終話となりました。

漫画版一巻は一か月後の10月22日発売ですので、この小説を読んで興味を持たれた方は是非!

当たり前ですが、漫画はキキ先生の描いた、あのかわいらしい絵が全面に載ってますよ! 四コマや作中の商品説明もありますので、より楽しめる内容になっています。


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