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最終話 初めてのお客さま 前編

 モーミが働き始めて数日が過ぎた頃、いつものように品出しをしていると急に手を止めて二人をじっと見つめる。


「サエキ店長とソラモリさんは別の国からやって来られたのですよね?」

「そうですよ。こことは全く違う、亜人や魔物がいない人間だけの国から来ました」


 変に嘘を吐くとばれる恐れがあるので、肝心なところは誤魔化すがそれ以外はできるだけ伝えることにしている。


「かなり魔法が発展している国ですわね。ランタンよりも明るい天井の照明。常に冷気を排出し続ける収納箱。見たこともない商品。転移魔法で商品を運ぶなんて聞いた事もありませんでしたわ」

「こちらでは珍しいみたいですね」


 異世界の商品や道具を延々と説明するわけにはいかないので、とりあえずは魔法が発展した国という設定にしていた。

 その場しのぎで誤魔化した場合、冴木はともかく空森はぼろが出ると判断して色々と予め決めていた。


「初めてここと繋がった時は本当にびっくりしましたよね!」


 当時を思い出したのか体を抱きしめるようにして震えている空森。


「繋がった?」

「ふえっ? えっと、違うのモーミちゃん。つ、着いた時って言いたかったの」


 ジト目で見つめられて空森が慌てて訂正している。

 そんな言葉で説得される訳もなく、モーミの目が更に細くなった。


「そう、ですか。まあ新参者には話せない秘密の一つや二つありますわ。それが社会というものですから」


 助けを求める視線を空森から向けられた冴木は小さく息を吐く。


「私達の国では魔法の呼び名も違って科学と言うのですよ。この力は魔法の才能がない者でも使えるもので、賢明なモーミさんならその有益性と危険性をお分かりいただけるかと」

「……なるほど、秘匿されるのも納得ですわ」


 頭のいい子で助かったと、心の中でほっと息を吐く冴木。

 こう言っておけば空森が口を滑らした時の言い訳も楽になる、と考えてのことだった。


「話を逸らしておきましょうか。……初めてのお客さまの対応をした時は色々勝手が違って戸惑ったものです」

「あーっ、トカゲさんでしたよね!」


 当時の事を思い出したらしく、苦笑いをする空森。

 冴木も天井を見上げ、現実と空想の世界が混ざり合った時のことを思い出していた。





「おっはよーごっざいます!」


 元気な挨拶が店内に響き渡る。

 空森が働き始めて一か月にも満たないのだが、元気過ぎる声に冴木も慣れ始めていた。


「はい、おはようございます。今日も一日頑張りましょう」

「はい! 今日こそは一度も間違えずにレジ頑張りますよ!」

「その意気です」


 品出しや接客態度は問題ないのだが落ち着きのない性分が災いして、レジでミスをちょくちょくやらかすので今日こそはと気合が入っている。


「失敗に気づいて訂正できるのであれば問題ないのですよ。失敗を誤魔化して黙っている人は悪質ですが」

「肝に銘じておきます!」


 背筋を伸ばしてびしっと敬礼する空森のノリについていけない冴木は、曖昧な笑みだけを返しておく。


「そろそろお客さまも来る頃ですので準備を……」


 冴木は突如真剣な顔つきになると天井や商品棚を睨む。


「ど、どうしたんですか、そんな怖い顔をして。また私が何かやらかしました⁉」

「違います。これは……」


 冴木の声を遮ったのは足下から伝わってくる揺れだった。


「あっ、地震ですね。これは結構、大きいかも⁉」

「商品棚から離れてください、危ないですよ」


 商品が落ちないか心配だったが、それよりも空森の安全を優先する。

 思ったよりも長く揺れ続け、その勢いも激しくなっていく。


「えっ、あっ、きゃああああっ!」

「空森さんこっちへ!」


 予想外の揺れに立っていられなくなった空森をかばうようにして覆いかぶさりながら、カウンターまで連れていく。

 暫くしゃがみ込んで揺れが収まるのを待つ二人。

 完全に揺れが無くなった状態でゆっくりと冴木が立ち上がった。空森も冴木の服を掴みながら恐る恐る立ち上がって、店内をキョロキョロと見回している。


「もう、大丈夫でしょうか……」

「取りあえずは。ただ余震の心配もありますので気を付けてください。しかし、あれだけ揺れたにしては商品が一つも落ちていませんね」

「あっ、本当だ! 瓶も割れていませんし、みんな無事ですよ」

「そうですね。震度5はあったと思うのですが、不思議なこともある……えっ?」


 商品のチェックをする為に店内を調べていた冴木の視線が、窓の外に向けられたまま微動だにしない。

 唖然とした表情で窓の外を凝視している。


「わあ、冴木店長が珍しい顔をしてる! どうしたんですか、そんなハトが豆鉄砲の散弾を喰らったような顔を……うええええっ⁉」


 視線の先を追って窓に目を向けると、冴木以上のリアクションをして驚く空森。

 二人が驚くのも無理はない。窓の外に移る風景が全く別のものに入れ替わっていたからだ。


「NewDaysってエキナカコンビニですよね。駅の中にありましたよね……」

「そう、です……ね」


 いつもなら出勤通学で行き交う人々を見かける時間帯だというのに、窓の外には制服の学生もスーツ姿のサラリーマンもいない。

 それどころか駅中ですらなくなっている。

 駅の人工の灯りではない太陽の日光に照らされた大地。大通りらしき道は平らに整地されているがコンクリートではなく地面がむき出し。

 大通りを挟んだ向かい側に商店らしきものがいくつか見えるのだが、距離があり過ぎてはっきりと捉える事ができない。

 でも現代日本の町並みにはどう考えても見えなかった。


 呆然と立ち尽くす二人だったが、コンビニの扉が開いた音がすると体に染みついた癖で冴木は営業スマイルを浮かべて扉側に顔を向ける。

 空森も慌てて続こうとしたが、笑顔のまま凍り付き顔から冷や汗が零れ落ちる冴木の顔を見て躊躇する。

 それでも好奇心には勝てずに、恐る恐る顔を向けると同じように硬直した。

 扉から姿を現したのは人型サイズで二足歩行のトカゲ。

 鱗で覆われた体に縦に細い瞳。口からは先が二つに割れた舌がちょろちょろと出入りを繰り返している。尻からは巨大な尻尾が生えていた。

 布切れを腰に巻いているだけの格好なのだが左手には抜き身の剣、右手には円形の盾を装着している。


挿絵(By みてみん)


(左利きなのでしょうか)咄嗟にそんなことを考察する冴木。

 そのトカゲは物珍しそうに店内を見ている。


「て、て、て、て、店長っ⁉ おっきなトカゲですよっ⁉」

「落ち着いてください。あれは……よくできた着ぐるみですよ。映画の撮影でもあるのでしょう。自然豊かな田舎町ですからね、撮影に向いた場所は幾らでもあります」


 これ以上、空森を動揺させないために咄嗟にでた言葉だったが、そんな事はあり得ないと冴木自身が一番よく分かっていた。

 だが空森を怯えさせないためにも、自分が毅然とした態度を崩してはいけないと虚勢を張る。


「で、でも、作り物にしては生っぽいですよ! なんだかヌメヌメしてますしっ!」

「お客さまに対して失礼ですよ。いらっしゃいませ、何かご利用でしょうか?」


 いつもの営業スマイルを顔に貼り付けて接客しようとする冴木を、驚きながらも尊敬のまなざしで見つめる空森。

 さりげなく冴木は空森とトカゲ男の間に入り彼女をかばう。

 本来なら本人確認ができない着ぐるみやヘルメットを装着したままでの入店はお断りしているのだが、それが着ぐるみでないことが証明されるのが怖くてあえて指摘をしない。


「ココ 何ノ店ダ」


 低く聞き取りにくい声だが言葉が通じることに安堵の息を吐く。

 冴木は着ぐるみで声がこもっているのだろう、と都合よく解釈しておいた。


「あっ、日本語ですね。なんだやっぱり、映画の撮影の着ぐるみなんですねー。アハハハハ」

「はっはっは、そうみたいですね」


 二人は顔を見合わせて乾いた笑い声を響かせているが、その目は決して窓の外を見ようとはしない。


「オイ ココハ何ダト 訊イテイル」

「失礼しました。ここは駅ナカコンビニNewDaysですよ」

「エキナカコンビニ ヌーデイズ 聞イタコトガナイ」


 トカゲ男が首を傾げる。


「主に関東から東北にかけて展開していますので、西側の方には馴染みがないかもしれませんね」

「ナルホド 西ノ沼地ニ住ム ワレガ知ラヌノモ ドオリカ」


 冴木の背後に隠れている空森がぐいぐいっと服の袖を引っ張るので、ちらっとそっちに目を向ける。


「西の沼地って言いましたよっ」


 声を潜めながら涙目で冴木を見上げる空森。


「そういう設定なのでしょう。役になりきるタイプの役者なのでは。もしくはドッキリ企画かもしれませんね」

「テレビカメラありませんよ?」

「監視カメラの映像を後で回収するのではないですか」

「な、なるほど。そう考えると納得できます! なーんだ、そうなのかー。最近の着ぐるみって凄いんですね」

「予算の多い映画なのでしょう。これもプロモーションの一環かもしれませんね。ネットで流す広告として使われるかも」

「あー、見たことあります! 映画のコマーシャルで凝ったドッキリをやって後でネタ晴らしするやつですよね!」

「おそらく窓ガラスも昨晩の内に液晶パネルに張り替えられていて、そこに違う映像を流しているのだと思いますよ」

「すっごい大掛かりじゃないですかっ」


 胸をなでおろして冷や汗をぬぐっている空森。

 空森を落ち着かせるための方便だが、実際そうあって欲しいと冴木は心から願っている。


「なので気を付けてくださいよ。変な事をやったらネットで晒されて、悪い意味で一躍有名人になってしまうかもしれませんので。いつもと変わらない勤務態度でお願いしますね」

「分かりましたっ!」


 あっさりと信じた空森はちらちらと監視カメラを意識しながら、いつもよりもテキパキと働いている。

 冴木は空森の方は何とかなったと安堵のため息を吐くと、気を引き締め直してトカゲ男を観察する。

 物珍しそうに店内を物色している姿に悪意は感じられない。

 皮膚感も動きも作り物らしさがなく滑らかで、見れば見る程に着ぐるみではないことが実感できてしまう。


「店員 コレハ何ダ」


 食料品が並ぶ棚の前でちろちろと舌を出しているトカゲ男に声をかけられ、冴木がすっと近づく。


「そこは食料品です。様々な食べ物を取り扱っています」

「食イ物屋カ 見タコトナイ物バカリダ」

「何かご所望の品があれば、私からご説明させていただきますが」

「ウム デハ リザードマンデモ 食ベラレル物ヲタノム」


 リザードマン。トカゲ男の口にした言葉を聞いて納得する冴木。

 ファンタジーの世界では定番の魔物。トカゲの姿形をしたモンスターということはすぐに分かったが何を食べるのか判断ができない。


「無学で申し訳ありません。何を好まれるのか教えていただけませんか?」

「果物 虫 野菜 卵ヲ 好ム」


 冴木はそれを聞いて瞬時に考えを巡らせる。


(爬虫類好きの友人がトカゲを飼っていましたが、あの食事と似たような感じでしょうか。卵はトカゲよりも蛇の好物ですが……)


「それ以外のものは食べられないのでしょうか」

「ソンナコトハナイ 好物ナダケ パンモ 米モ 肉モ 食ウ」

「それでしたら……」


 リザードマンの好みを踏まえた上で商品からベストの物を選び出す。


「これはいかがでしょうか」


 冴木がチョイスしたのはカフェサンドだった。


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