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第三話 ドワーフさんと牛カルビ弁当 後編

 大きな屋敷の庭に小柄な夫婦と小さな子供がいる。


「お父様。今日のご飯はなんですの?」


 まだ十歳にも満たないモーミが足の届かない椅子にちょこんと座り、足をぶらぶらさせている。

 頭には大きなリボンにフリルの付いた可愛らしいドレス。

 見ている方が釣られて微笑んでしまいそうな、幸せそうな笑顔。


「お前はご飯ばかりだな。そんなに俺の料理が楽しみか」

「うん、お父様の手作りご飯美味しいもん!」

「モーミはあなたのご飯大好きよね」


 対面に座っているモーミと目元が似ている母は父子のやり取りを見て笑っている。

 そう言われてまんざらではないようで、父が鼻を擦ってにやけていた。


「モーミはお母さんとお父さんのご飯どっちが好き?」

「お父様!」


 即答するモーミに母の笑顔が凍りつく。


「毎日おいしいご飯を食べていると、たまに変わった物が食べたくなるよな! 分かる分かる!」


 父はその空気を払拭しようと、無理にテンションを上げる。

 母も本気で怒っている訳ではないので、すぐに優しく微笑みモーミの頭を撫でた。


「それで、あなた。今日のとっておきの料理とはなんですの?」

「ふっふっふ。異国で食べた肉料理だ。米という穀物をモーミは知っているかい?」

「コメ? 聞いた事ないです!」


 勢い良く手を挙げて、分からないことを元気よく答えるモーミ。


「東の水が豊かな国で主食となっている穀類でな。パンの代わりだそうだ」

「異国のパン!」

「そうじゃないのだが、まあいいか。その米の上に甘辛いタレに漬けた薄切りの肉を乗せて食べるのだ」

「あまからい? それは甘いのですの? 辛いのですの? どっち?」


 頬に指をあてて小首をかしげる仕草が可愛らしく、両親が顔を見合わせて笑みが深くなる。


「それは食べてのお楽しみだ。この米ってのは肉とも魚とも相性が良くてな。特に濃い味付けのものだと、米がいくらでも食べられるぞ」


「早く、早く食べたいですの!」


 モーミは父の料理が楽しみなのは嘘ではないのだが、家業が忙しく家にあまりいない父と一緒に過ごす時間が何よりも幸せだった。

 そしてご飯を食べて家族みんなで色々な話をするのが何よりも好きなので、この時間が本当に嬉しかった。

 待ち遠しくて、ドワーフ商店のテーマソングを自然と口ずさむ。


「そう言うと思って弁当にして作っておいたぞ」

「わー! ……弁当ってなーに?」


 喜んでみた物の弁当の存在を知らないモーミはこめかみに指を当てて、体を左右に振って分からないことを体で表現している。

 それを見て両親が顔を見合わせて笑う。


「弁当ってのは外でご飯が食べられるように、持ち運びできるようにしたものだ」


 そう言って四角い金属製の箱をモーミの前に置く。蓋がしてあるので中身はまだ見えない。


「その弁当箱はドワーフの技術の粋を集めた逸品だ。二重構造になっていて保温効果抜群なんだぞ。その金属もドワーフの鉱石加工技術がなければ作れない代物でな。父さんが考えたんだぞー」


 商人である父が開発して研究したこの弁当箱は少々値が張るがヒット商品の一つで、それを娘に自慢したい気持ちもあった。

 胸を張っている父の説明を無視して、質問した当人は待ちきれないで弁当箱の蓋を開ける。

 父は少し寂しそうだ。


「わぁー、美味しそうな匂い~」

「それはな甘辛いタレに漬け込んだ肉でな、タレに秘密があるんだぞ。何か分かるかい?」

「いただきます!」


 自慢げな父を再び無視して、肉とご飯を口いっぱいに頬張る。

 話しを聞いてくれない娘に不満げな父だったが、満面の笑顔を見てどうでもよくなったようで妻と一緒に食べることにした。


「この茶色いタレ美味しいね! ちょっとだけ辛いんだけど甘いよー」

「落ち着いて食べなさい。お肉は逃げないから」


 母親に頬のタレをハンカチで拭いてもらい、目を細めるモーミ。


「そういうのを甘辛いって言うんだぞ。その肉もドワーフ商店印の万能包丁で薄く切って、溶鉱炉を改造したコンロで強火で焼き上げた――」

「少し果物の味がするね!」

「父さんの話を……まあいいか。しかし、隠し味の果物に気づいたのか! こりゃ将来有望だな。料理部門を任せてもいいかもしれないぞ、母さん!」

「気が早すぎますよ、あなた」


 浮かれている父をそっとたしなめる母。

 美味しいご飯と優しい両親に囲まれた幸せな時間。それがずっと続くと当時のモーミは思っていた。

 その日の夜、寝つけずに深夜目が覚めたモーミがとことことトイレに向かっていると、両親の寝室の扉が少し開いていて灯りが漏れていた。

 夜中にトイレに一人で行くのは怖かったので、母親についてきてもらおうと扉を開ける。


「お父様?」


 思いもよらない光景にモーミは目を見開く。

 寝室には両親と知らない覆面の男が二人もいた。

 父は護身用の斧を手に母をかばうようにして、怒りの形相で男達の前に立ちふさがっていた。寝間着は何か所も裂けていて、そこからにじみ出た鮮血で赤く染まっている。

 母は父の背に張り付くようにして怯えながらも、気丈に振る舞っているようだ。

 寝室にいた全員がモーミに気づき同時に振り向く。

 真っ先に動いたのは意外にも――母だった。

 父の背後から飛び出し、娘を包み込むようにして抱きしめる。


「お前たちは逃げろ!」


 椅子を不審者に投げつけ、二人の傍に移動した父は叫ぶと妻と子を部屋から押し出して扉を閉めた。


「お父様も一緒に! ねえ、母様! お父様は、あの人達は!」


 母はモーミをぎゅっと抱きしめると、血が出るほどに唇を噛みしめ手を引いて走り出す。


「お父様、お父様!」


 泣き叫びながら母に引きずられるようにして逃げるモーミ。

 そこからどうなったのかはモーミの記憶はあいまいで、気が付くと全焼した屋敷の外に一人佇んでいた。



 その味に似ていた牛カルビ弁当を口にして、当時の記憶が鮮明によみがえる。


「あっ」


 感極まった声を上げると、モーミの頬を大粒の涙がこぼれ落ちた。


挿絵(By みてみん)


「えっえっ? モーミちゃんどうしたの⁉ そんなに泣くほど美味しかったの?」


 急に泣き出したモーミを見て慌てふためく空森。

 涙をぬぐうとにっこりと笑う。


「はい、とても」

「それはありがとうございます」


 味に感動しただけではない、そうは思う冴木だったがプライバシーに踏み込むべきではないと表面上は平静を装って面接を続けた。



 数日後。


「優秀な店員を雇えてよかったですよ」

「そうですよね! 私も同僚が可愛い女の子で嬉しいです!」


 二人がカウンター付近で微笑みながら会話をしていると、バックヤードに繋がる扉が開き新たなアルバイト店員――モーミが現れた。


「皆様、おはようございます。今日からよろしくお願いしますわ」


 真新しいNewDaysの制服を私服の上から着込み、その場でくるっと回る。

 仕事で動きやすいように配慮してか、面接時の可愛らしい服装とは違って動きやすさを重視している。


「モーミちゃんの制服姿もカワイイよー」

「よく似合っていますね」

「と、当然ですわ。どんな服でも着こなして見せます。服飾も扱っているドワーフ商店の跡取り娘ですのよ」


 ふんっ、と怒ったように顔を背けるが照れを誤魔化しているのが見え見えだった。

 思わずモーミに抱き着いてすりすりする空森を、モーミは引き剥がそうとしている。

 そんな二人を眺めながら口元に笑みを浮かべる冴木。


「あっ、ほらほらモーミちゃん。大好きな牛カルビ弁当あるよ~」

「本当ですわ。今日のお昼はこれをいただこうかしら」


 空森を押しのけようとしていた手を止め、じっと牛カルビ弁当を見るモーミ。


「どうしたのモーミちゃん?」


 急に大人しくなったモーミの顔を覗き込む空森。

 過去から現実に引き戻されて、間近に見える空森の顔にモーミが照れる。


「な、なんでもありませんわ! さあ、お仕事頑張りましょう!」

「そうだね! まずは品出しからかな~。モーミちゃん、先輩に付いてきて」


 先輩を強調して胸を張りながらバックヤードに消えていく空森。

 その後を大人しく付いていくモーミ。

 妙に張り切っている空森が気になり、そっと後をつけていく冴木。

 バックヤードにあるペットボトルの入った箱を前にモーミに説明をしている空森。


「まずはこれを運んで、中身をこの大きな……冷蔵庫って分かるのかな? ええと、この飲み物を冷たくする入れ物の中に、後ろから補充するんだよ」


 そう言って飲料が大量に入った箱を持ち上げようとする空森。


「少し重いけど、こうやって……ああっ⁉」


 いいところを見せようと張り切り過ぎていた空森がよろめき倒れそうになる。

 それを背中で支えるモーミ。


「人は非力ですのね。これぐらいで」

「あ、ありが……えっ?」


 大量の箱を抱えたまま平然としているモーミを見て、呆然とする空森。


(もしかして、私より優秀……)


 分からないことは即座に冴木に訊ね、その場で吸収してテキパキと仕事をこなすモーミを見て拳を握りしめ、虚空を睨む空森。


「本当にいい方を雇えてよかったですよ」


 モーミを見つめ呟く冴木。


「えっ? 店長、何か言いました?」

「ただの独り言ですよ。品出しがんばってくださいね」

「はーい、がんばりますっ!」


 新人にライバル意識を燃やして手際よくやろうと空森が動いているが、慌てすぎて逆に効率が悪くなっているところをモーミに注意されている。


(周りも良く見えていますし、要領もいいですね。少し高飛車なところもありますが、同僚が空森さんなのでうまく付き合ってくれるでしょう。お客様への対応には問題ありませんし。求めていた人物像とは違いましたが……結果良ければ全て良しですね)


 間違いを指摘されてぺこぺこと頭を下げている空森を見て微笑む冴木。


(おっちょこちょいで明るい空森さんと冷静で気の強いモーミさん。いいコンビになりそうです)

「うっ……。後輩の登場にちょっと焦ることも増えましたが、異世界コンビニニューデイズ、本日も開店です!」

「空森先輩。口を動かさずに手を動かしてください」

「は、はーい」


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