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第三話 ドワーフさんと牛カルビ弁当 前編

「んー、どうしましょうか」


 控室で店長の冴木が机の上に置かれた紙を前にして唸っている。


「おっはようございまーす! もりもり頑張りますよー!」


 元気よく挨拶をして入室してきた空森に振り返る冴木。


「おはようございます。今日も元気ですね」

「それだけが取り柄ですから!」


 胸を反らして自慢げだ。


「ところで何をしているのですか?」

「ああ、これですか。バイトを募集しようと思いまして」


 冴木は書きかけていたアルバイト募集の張り紙を見せる。

 コピー用紙に黒のマジックで『バイト募集』とだけ書いていた。


「おおっ、募集ですか! とうとう私にも後輩ができるんだー」


 先輩風を吹かして後輩に教えている光景を想像して、空森がにやけている。


「そうなるといいですね。こちらに来てからというもの、忙しいのはありがたいのですが常に人手不足ですから」

「あー、ですね。店長と私だけじゃ、限界がありますし」


 人手不足と聞いて(アラクネのように手がいっぱいあったら楽だなー)と妄想した空森が張り紙を覗き込んで首をかしげる


「あれ? そのバイト募集って異世界の人なんですかっ⁉」

「そうですよ。現地の人の方がこの世界について詳しいでしょうから、こちらとしても助かります」


 前々からバイト募集をするつもりだったのだが、異世界にある程度慣れるまでは妙な真似はしない方が賢明だと考えて自重していた。


「手が多い種族だと便利ですよね!」

「制服を特注しないといけませんが」


 冴木が危惧しているのはそこもあった。人間とほぼ変わらないのであれば制服も既存の物が使えるからだ。

 それに当たり前だが、店の道具や棚の配置なども人間に合わせた造りになっているので、人間に似た種族じゃないと働きづらい。


(高身長で細身であれば背の高いお客を相手にするのも楽ですし、混雑した店内でも動きやすいのですが)


 人の背丈を軽く超える種族の対応に苦労したことを冴木は思い出していた。


「必要事項はこんなところでしょうか。では扉と窓にでも貼っておきましょう」


 窓の内側から貼り付けていく二人。

 その後にやってきた常連と化したアラクネに張り紙の字が読めないと言われて、文字が通じないのをすっかり忘れていた二人は、アラクネに協力してもらい異世界語でのアルバイト募集の張り紙を作り直すこととなる。





 冴木がいつものように商品のチェックをしていると、服の裾をぐいっと引っ張られて振り返る。

 するとそこには小さな女の子がいた。

 背丈は冴木の半分ぐらいしかなく、金髪の巻き髪で大きな瞳が印象的な少女。

 仕立てのいい赤を基調としたドレス姿を見て思わず(フランス人形のようですね)と冴木は内心で呟く。


「店員募集というのは本当かしら?」


 ぐいっと冴木に突き出されたのはアルバイト募集の張り紙だった。


「はい。本当ですよ」


挿絵(By みてみん)


 腰を落として少女と視線を合わせて話しかける冴木。


「ではわたくしを雇っていただけませんか?」

「あなたを……ですか。申し訳ありませんが、一応年齢制限がありまして」

「ここには十五歳以上と書いているようですけど?」

「ええ、なので――」

「もしかして、勘違いされているのでは。わたくし、こう見えてもう十六歳。立派な成人ですわ」


 胸を張って鼻を鳴らす少女をまじまじと見つめる冴木。

 十歳前後程度だと思っていたらしく本気で驚いているが、相手に失礼になるので表情には出していない。

 物珍しそうに辺りをきょろきょろ見回しているのは、初めて入店した異世界の住民のよくある行動だった。

 だが、少女の場合は純粋な好奇心ではなく熱心に観察をしているように冴木には見えた。

 一瞬だけ弁当の置かれた棚で視線が止まり、驚いた表情を浮かべる少女。


「異世界ですからね。見た目と年齢が合わないこともあるのでしょう」


 正直に言えば小柄で痩せ型ではない少女と真逆の人材が欲しかったのだが、それを口にするほどバカではない。


「どうかされましたか?」

「いえ、こちらの話です。今日は早めに店を閉めるので、閉店後で宜しければ面接を」

「構いませんわ」


 鷹揚に頷く少女に用紙を手渡す。

 それは種族、年齢、性別、志望動機の記入欄がある、冴木即席で作った履歴書だった。


「ではこちらに記入してお待ちください」

「あら、面白い試みですわね。簡易の身分証のようなものでしょうかしら」


 異世界には履歴書が存在しないようで、感心しながら熱心に履歴書を見ている。

 自分の望んでいた人材とは真逆のタイプがやって来たことに、内心ではがっくりきているのだが、そんなことはおくびにも出さず奥の控室へ少女を連れて行った。

 夕方には仕事を切り上げて店を閉めると、控室へと移動する。

 冴木と空森だけではなく、背後からアラクネの女性もついてきている。


「すみません、お世話になります」

「いいんですよ。パン屋でも何度か面接やっていますから」


 この世界の流儀が分からないので、アラクネの女性に頼み込んで面接に加わってもらうことにした。

 それに異世界の文字が読めないので翻訳も担当してもらう予定だ。


「これから面接ですよね?」

「ええ。もしよかったら、空森さんもご一緒にどうです」

「また面接しないといけないんですか⁉ もしかして、私と新人さんのどっちを採用するか面接で決めるんですかっ?」


 勘違いをして怯えた目を向ける空森に冴木が苦笑する。


「違いますよ。一緒に面接官をやってもらえればと。同僚になるかもしれない方ですからね。忌憚のない意見を訊かせてもらいたいのですよ」


 何があるか分からない異世界の職場で、笑顔を絶やさずに働いてくれている空森の意見を尊重したいという想いもあるのだが、それを冴木が口にすることはない。


「そういうことなら、任せてください!」


 胸を勢いよくドンッと叩き、颯爽と控室の扉を開け放った空森は室内の椅子にちょこんと座った少女を見て動きを止める。


「か、かわいいぃ! お人形さんみたい!」

「なんですの、この騒がしい女は」


 カワイイものに弱い空森が思わず叫んで近づこうとしたのだが、しかめ面できつい口調で非難されて硬直する。


「あら、あの子はドワーフ商店の……」


 呟くアラクネをちらっと見る冴木。


「お待たせして申し訳ございません。空森さん、失礼なことはしないでくださいね。あなたはこちら側です」


 長机を挟んで少女の対面側に座った冴木が空森を手招く。

 空森は指を口にくわえたまま、じっと少女を見つめながら隣に腰を下ろした。

 アラクネは体の大きさから椅子に座れないので、蜘蛛の脚を曲げて床にそのまま座り込んでいる。


「履歴書を書いてくださったようですね」


 アラクネに目配せすると、記載されていた文字を読んでくれた。


「種族はドワーフ、お名前はモーミさんで間違いありませんか?」

「はい、そうですわ」

「では、面接を始めましょう……」


 冴木の言葉を遮るタイミングで腹の音が控室に響く。

 無言で隣の空森を見るが、全力で首と手を振って自分じゃないとアピールしている。アラクネにも視線を向けると、微笑みながらゆっくりと首を左右に振る。

 三人の視線が自然と少女に集まると、顔を真っ赤にして俯くモーミがいた。


「もう夕食の時間ですからね。面接前ですが、ご飯にしましょうか。何か食べたいものはありますか?」


 アラクネは総菜パン。空森はサラダとおにぎりを選ぶ。

 モーミは伏せていた顔を上げておずおずと口にする。


「あ、あの。タレのかかった肉がのった弁当らしきものがあったと思うのですが。あれをいただけませんか?」


 店内で一瞬だけ真剣に見ていた弁当を思い出し、冴木は一人納得する。


「牛カルビ弁当ですね。分かりました、少し待っていてください」


 空森と冴木が一旦席を外して、全員の食事を持ってくる。

 モーミの前に置かれた弁当は既に温め済みだった。

 真剣に弁当を見つめるモーミを訝しげに見ている三人。

 そんな視線にも気づかずにモーミは弁当の蓋を開ける。湯気を顔に浴びて、タレの香りを嗅ぐ。


「この香り……似ていますわ」


 そう言って一緒に渡されたスプーンで肉と米をすくって口にした。


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