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第二話 アラクネさんとエキナカフェ 前編

 冴木店長の一挙手一投足をじっと見つめている空森がいる。

 いつもと変わらず冷静に淡々と正確にこなしている姿を見て、首を傾げていた。


(うーん、店長は取り乱したりとかしないのかなぁ。いつも冷静なのは尊敬するけど、何て言えばいいんだろう……人間味? もっと優しかったら完璧なのに)


 勝手なことを思いながら、冴木店長の背後に忍び寄る。


「冴木店長って弱点とかあります?」


 少し驚かすように不意を突いたというのに、予め分かっていたかのように冷静な顔で振り返る冴木。


「苦手なものならありますよ」

「あっ、ちょっと待ってください当ててみますね! え、えーと、猫は好きみたいだったから、犬とか!」

「いえ、犬は犬で好きですよ」

「違ったかー。ええと、うーんそれじゃあ昆虫とか……」

「なんで執拗に知りたがるのですか」

「だってー。冴木店長が動揺したところを見たことないから。取り乱したりするんですか?」


 頬に指を当てて小首を傾げる空森。


「私を何だと思っているのですか」


 呆れた口調だが顔は無表情。


「だって、あの時もこれっぽっちも慌ててなかったじゃないですか」

「もしかして、ここと異世界が繋がった時のことですか?」

「そうですよ。私は地震かと怯えていたのに平然として『危ないから棚から離れて』って言ってましたし」

「そうでしたか。覚えていませんね」

「むぅー。何か私ばっかりが驚いてズルいじゃないですか」

「その感覚が理解できないのですが」


 頬を膨らまして拗ねている空森を見て、ため息を吐く冴木。

 感情が豊かな彼女を相手にすると、感情の起伏が殆どない冴木は対処に困ることがある。

 こういう場合は話を逸らすのが一番だと理解していたので実行に移すことにした。


「私のことより空森さんはどうなのです。苦手なことはありますか?」

「そりゃ、いっぱいありますよ! まずレジでしょ、それに落ち着きがないって家族よく言われますし……それから、それから……」


 指折り数えている空森を見つめ、苦笑する冴木。


「どれも早急に直して欲しいところなのですが」

「が、頑張ります!」


 彼女の明るさと空回りはしているが努力を認めているので、冴木はそれ以上何も言わないでおく。

 コンビニの扉が開いたのを目の端で確認した冴木は、いつものように営業スマイルを貼り付けて客に向かって声を――


「いらっしゃい……ませ」


 一瞬頬がピクピクと痙攣したのだが、それを抑え込みいつものように振る舞う。

 空森は入り口が死角になっていたので、棚からひょっこり顔を出して同じように挨拶をしようとした。


「いらっ……く⁉」


 驚愕の余り叫びそうになった自分の口をギリギリで押さえ、その声は相手には届かなかった。

 入店してきたのはロングの金髪で化粧っ気の無い美しい女性に見えた。服装は北欧の民族衣装のような格好だ。

 それだけなら何も問題はなかったのだが、腰から下が人ではなかった。

 黒い蜘蛛の胴体が生えていたのだ。

 人間部分は人並みの大きさなのだが、下半身が蜘蛛なのでかなりの大きさがある。


挿絵(By みてみん)


 入り口を入る際も上半身を前に倒して、ギリギリで入れたようだ。

 八本の足もあるので幅も大きく通路が少し狭いようで、商品にぶつからないように気を使っているのがよく分かった。

 きょろきょろと店内を物珍しそうに観察している客から目を逸らさずに、空森は冴木の近くに歩み寄る。


「く、蜘蛛さんですよっ! すっごく大きいです!」

「驚くのも無理はないですが動揺を顔に出さない。お客さまに失礼です」

「で、でも、だって、く、蜘蛛女さんですよ⁉」


 小声で話しているので客には聞こえていない。


「異世界は日本とは勝手が違いますからね。それに蜘蛛女ではなくおそらくアラクネだと思います」

「アラクネ? なんでそんなこと知っているんです?」

「この世界はどうやらファンタジー要素が多分に含まれているようなので、一応ある程度は調べていますよ。お客さまのニーズを掴むのが店長の務めですから」


 冴木の最近の愛読書は『ファンタジー魔物辞典』だ。


「異世界では珍しくもない種族なのかもしれません。外国の方と日本人ぐらいの差だと思いましょう。日頃と変わらぬ対応でお願いしますよ」

「ど、努力します」


 冴木は平然と空森は若干怯えながら客の動向を見守る。


「このお店色彩が豊かね……。こんな明るい色ってどんな染料使っているのかしら。これはもしかして紙? それにしては表面が凄く艶々していて、表面に凹凸の一つもないなんて……」


 雑誌コーナーの表紙に触れて、目を大きく見開くアラクネ。

 何もかもが珍しいので磨き上げられた床を見て驚き、棚を覗き込んでは感嘆の息を漏らす。

 アラクネは店内を物色しながら歩いている最中にパンのコーナーで足を止めた。


「やぱり、あったわね。店の客がここのパンは美味しいって言ってたけど本当かしら。パンの上に黒い何かが塗られているけど何だろう」


 手に取るのも怖いようで、エクレア風チョコロールを前に首を傾げている。


「焼き色が殆どないパイ生地のこれは何かしら」


 パンに鼻を寄せてくんくんと臭い嗅ぐ。


「それにこのパンは匂いが全然しないけど、この透明の包装が匂いを完全に封じ込めているの?」


 今度は青森りんご&クリームチーズパイに惹かれている。

 他の商品も興味があるようだが、パンに思い入れがあるようでパンのコーナーから離れない。

 初入店した客はNewDaysの商品に戸惑うことが多いので、冴木は積極的に客と会話するように心がけている。だが、今回は二の足を踏んで戸惑っていた。

 それでも思い切って冴木が一歩踏み出した。


「お客さま、よろしければ商品の説明をさせていただきますが」

「あっ、お願いしていいですか? 噂のお店に思い切ってやってきたのですが、初めて見る物ばかりで少々戸惑っています」


 思っていたよりも丁寧な口調で言葉を返してきたので、冴木は内心の動揺が少しずつ薄れている。

 それでも無意識の内に相手の節くれだった蜘蛛の脚に目がいきそうになる。


「どのような商品をお求めでしょうか?」

「あのー、パンでオススメがあれば教えていただけませんか。パン屋をやっているので、興味がありまして」

「パン屋を営んでいらっしゃるのですか」

「ええ、母と一緒に」


アラクネの言葉遣いが異世界の住民にしては丁寧だったのは、常日頃から接客をしているからだ。

アラクネのパン屋と聞いて好奇心がうずくと同時に、何故そんな職業を選んだのかと疑問に思う二人。


「あのー、どうしてパン屋さんを?」

「こら。お客さまに失礼ですよ」

「いえいえ、いいんですよ」


 好奇心を抑えきれなかった空森を嗜める冴木。アラクネは気にもせずに微笑んでいる。


「パンの生地を練る時の感触って、蜘蛛の糸に結構似ているのでアラクネが得意とする分野なのですよ。それに足が多いと練るのを同時進行できて便利ですから」


 その説明に納得する空森。


「パンは総菜パンと菓子パンがありますが、どちらの方がお好みでしょうか」

「ええと、ソーザイ……がどんな具かわからないですけど、甘い方が好きです」

「それならば当店オススメのEKI na CAFEエキナカフェスイーツはいかがでしょう」

「えきなかふぇ? スイーツ?」


 頬に手を当てて小首を傾げている女性。下半身の蜘蛛部分は腕を組んでいる。


「甘い物を取り揃えていまして。こちらになります」


 冴木が促す方向にはEKI na CAFEのシリーズが並んでいる。

 茶色、ピンク、緑のマカロン。

 EKI na CAFEの品がずらっと並んでいて、それを見て目を輝かせるアラクネ。


「うわー、美味しそう……。この綺麗なピンクと緑の丸いのはどんな味がするのかな。想像がつかない!」

「あれもこれも、ああ、全部食べたいけど、どうしよう……う、うーん」


 本気で悩んでいるようで、あれやこれやと目移りしている。

 そんなアラクネを冴木は優しく見つめている。

 特に気になるのがシュークリーム、バウムクーヘン、クレープらしく、目を奪われている。

 悩んだ挙句に手に取ったのは『チョコバナナクレープ』だった。


「パンのようですけど、生地が違いますよね」

「はい、クレープでチョコとバナナを包んでいます」

「えっと、クレープとバナナがよく分からないですけど、じゃあこれをいただけますか。あとこのパンもお願いします」

「バナナというのは黄色い皮で包まれた白い果肉の果物ですよ」


 チョコは知っていたようだがバナナのことをアラクネは知らないようだ。

 もう一つ手に取ったのは「エクレア風チョコロール」

 チョコが好きなのかと冴木は思ったが、もちろん口にも表情にも出さない。


「ありがとうございます。購入の際はレジカウンターまでお持ちください。それとこの買い物かごをお使いください。あそこでまとめて清算をしますので」


 冴木は買い物かごを手渡すとレジまで移動する。

 購入の仕方が分かったアラクネは他にもパンを幾つか購入してレジ前に行く。


「ご一緒に温かいお飲み物はいかがですか?」

「あっ、お願いします。飲みやすいもので……」


 カフェラテのHOTを提供すると、湯気の立ち上るカップに鼻を寄せて臭いを嗅ぐ。


「嗅いだことのない香りだけど、私これ好きかも」


 包み込むように両手で持ってアラクネはホッと一息をつく。

 お金をまだ払っていないことを思い出し、慌てて硬貨の入った小袋を取り出した。


「えっと、これで足りますか?」


 金と銀のかなり多めの硬貨を受け皿に置く。

 その中から銀色の小さな硬貨だけを数枚手に取り、あとはアラクネへと返す。


「これだけで結構ですよ。そんなに高価な品ではありませんので」

「えっ、そんなに安いんですか⁉ 嘘でしょ……。うちのパン屋と殆ど変わらない」

「値段だけではなく味も自慢ですので、お召し上がりください」


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