第一話 猫さんと紅しゃけおにぎり
この物語は株式会社スクウェア・エニックスが提供する基本無料のマンガアプリ「マンガUP!」にて連載をしているオリジナル漫画「異世界コンビニNewDays」の原作小説となりますのでご注意ください。
NewDays様、スクウェア・エニックス様、小説家になろう運営様から許可をいただいて投稿しています。
作中の挿絵は漫画担当のキキ様によるものです。本編でのワンシーンを使用させていただきました。
「今日は、どんなお客さまが来るのかなー」
コンビニの店内で商品を並べていた小柄な女性店員――空森は商品を見つめながら店長である冴木に話しかけた。
冴木店長は頬を人差し指で掻きながら、少し考え込む。
「どのようなお客さまであっても態度を変えず接することを心がけるように。驚くのも失礼ですから」
「はい! でも爬虫類の人が来た時はしょうがないと思うんですよ」
今までの客を思い出して、空森は苦笑いを浮かべる。
「店長はどんなお客さまが来ても冷静ですよね」
「見た目でお客さまを判断するのは最低の行いですから」
「そういう次元じゃないと思うのですよ……」
客の前では常に笑みを浮かべている冴木店長なのだが、客がいない時は無表情に近い。年齢不詳で目立ったところのない顔をしていて、何事にも動じない態度から店員達に陰で「地蔵」と呼ばれたりしている。
「何にしろ、我々はいつもと変わらずに接客をするだけですよ」
「我々って、私と冴木店長だけですけどね」
「この秘密を公にするわけにはいきませんから。おっと、お客さまのようです。私語はここまでにしましょう」
背筋を伸ばして営業スマイルを浮かべた冴木店長の視線の先には、本日初の客がいる。
コンビニの扉を開けて入ってきたのは、二足歩行をする三匹の猫だった。
毛色は三毛、白、黒と別々で身長は空森よりも低い。それでも普通の猫と比べたら異様に大きいのだが。
それに革のジャケットとブーツを履いているので、普通の猫でないことは一目瞭然だった。
猫達は瞳を丸くして好奇心を隠そうともせずに、キョロキョロと周りを見回している。
「街に急に変なのが現れたと思ったにゃ、にゃんにゃんだ」
三毛猫が言葉を話した。
だというのに近くにいた冴木は笑みを崩さず平然としている。
「きゃああああっ! 猫、ニャンコですよ、店長! うわぁ、聞きました! にゃあですよ、あざとカワイイ!」
空森はテンションが怖いぐらいに上がっている。
元々猫好きらしいので、言葉を話す大きな猫の存在に理性が飛びかけていた。
「空森さん。お客さまに失礼ですよ」
「お客さまにゃ? ここはお店にゃのかにゃ?」
二人のやり取りを聞いた三毛猫が近づいてくると、そう問いかける。
「すまないにゃ。物が多いし、にゃにがにゃんだかよく分からにゃくて困っているにゃ。ここはにゃんの店にゃ?」
「ここはコンビニと言いまして、飲食料や様々な雑貨を取り扱っておりますが食料品が多めですね」
「雑貨屋みたいにゃものかにゃ。だったら猫族におススメの商品とかにゃいかにゃ?」
小首を傾げる可愛らしさに空森はメロメロだが、無表情を何とか保っている冴木店長も実は猫好きでかなり心が乱されている。
無意識の内に猫の頭を撫でようと伸びた右手を左手で掴む。
「そうですね。好物はございますか?」
「そうだにゃあ。お魚とか大好きにゃ」
「なら、やはりこれですかね」
冴木店長が商品棚の前に移動すると、三角形の物体を手に取る。
そしてそれを三毛猫の前に差し出した。
「にゃんだこれ?」
三毛猫以外の黒と白の二匹はその背に隠れて大人しいが、興味はあるようで肩越しに覗いている。
「おにぎりという食べ物です。この世界にはお米はありますか?」
「あるにゃ。東方の人が好んで食べる穀物にゃ。猫族は好奇心旺盛で行商人が多いから、各地の情報にも詳しいにゃ。食べたこともあるにゃ」
その好奇心があったからこそ、街中に突如現れた見覚えのない店に入ってきた猫族達。
彼らは興味がある事には貪欲なのだが、やる気がない時はとことんまで何もしないことで有名な種族だった。
「そうなのですか。ならば大丈夫ですね。これは米を手で掴んで食べられるように中に具材を入れて握ったものです。具材は鮭という魚ですよ。温かいのも美味しいのですが……猫舌でしょうから、このままの方がいいですね」
「シャケかにゃ。聞いたことにゃいにゃ。でも面白そうだから、それ買うにゃ」
「ムコノカ隊長、スラノカも欲しいにゃ」
「ケラノカも、ケラノカも」
今の会話で三毛猫がムコノカ隊長、白猫がスラノカ、黒猫がケラノカという名前だということを、冴木店長は瞬時に記憶しておく。
白猫と黒猫が手を挙げてぴょんぴょん跳ねながら、自分もおにぎりが欲しいとアピールをしている。
その光景を見た空森の表情は緩み「あーもう、最高ですうぅぅ!」自分の体を抱いて身悶えしていた。
「手巻き紅しゃけおにぎり三つですね、ありがとうございます」
冴木店長はいつもの営業スマイルを貼り付けたまま、手際よく会計をする。
三匹の猫族はレジを物珍しそうに指差しながら、袋詰めされる瞬間まで興味深く観察していた。
カウンターに前足を置いて覗き込む猫族の後姿が可愛かったようで、空森は壁に手を突いてぷるぷる震えている。
「そうでした、おにぎりの食べ方の説明がまだでしたね」
冴木店長は商品棚の前に移動すると商品のおにぎりを一つ手にする。
そして三匹の猫族の前で片膝を突いて、視線の高さを合わせた。
「このおにぎりの包装は少し特殊でして、一応説明しておきます」
「にゃんのことか分からにゃいけど、頼むにゃ」
三匹は真剣な眼差しを冴木店長の手元に注いでいる。
「まず、おにぎりのてっぺんにあるこの白っぽくなっている部分を摘みます」
こくこくと頷く三匹を見て、鼻息の荒い空森がスマホを取り出して録画を始めている。
それに冴木店長は気づいていたが、注意は後回しにすることにした。
「それを一気に下まで引っ張り、そのままぐるりと後ろまで引っ張ります。それからおにぎりの右と左を両手で掴んで、左右に引っ張ると……このように中身が出ます」
「おーっ、やってみるにゃ!」
先を争うように三匹がおにぎりを開封している。
猫の手でどうやってやるのかと心配していた冴木店長だったが、彼らは爪を出して器用に摘み、問題なくおにぎりを開ける事に成功した。
「食べていいにゃ?」
「はい、どうぞ」
本来は店内での飲食は禁止なのだが、この場合は異世界に合わせるべきだと判断して飲食を認める。
猫族の三匹はお互いの顔を見合わせてから、ほぼ同時に噛り付く。
「んんっ? 外はパリッとしているにゃ! 中の米からほんのり感じる甘みと、中のシャケとかいうお魚の丁度いい塩加減が口で混ざり合って、食欲が刺激されてもっともっと食べたくなるにゃ!」
「中のシャケも具がほぐされていて、食べやすくていいにゃ」
絶賛する三毛猫の隣で白猫が同意している。
「この黒っぽい紙みたいなノリとかいうの、にゃんか病みつきになるにゃ! ノリって仄かに海の香りがするのも好きにゃ。ノリと米の組み合わせって最高じゃにゃいかにゃ! ……でも米もパサパサしてにゃいのに包んでいるノリが、なんで水分でふにゃふにゃしないにゃ? それにノリって何でできているにゃ」
「そんなの、どうでもいいにゃ。黙って食べるにゃ!」
黒猫は海苔が異様に気になっているようで、その部分だけをかじってはもぐもぐしている。
思っている以上の海苔への高評価を聞いて、冴木店長は実家で飼っていた猫が海苔を好きだったのを思い出していた。
「これは美味しいにゃ、美味しいにゃ」
三匹に大好評で瞬く間におにぎりを食べきってしまった。
口の周りを舌でぺろぺろしていた三匹はじっと自分の手元を見ている。
(少し物足りないようですが、我が家の猫は食事を何度も分けて少しずつ食べていましたので、おにぎり一個分ぐらいが一食として丁度いいのかもしれませんね)
この場で食べなくても持ち帰ればいいと判断して、冴木店長は猫族に提案する。
「もう一つ購入されますか?」
「買うにゃ! しゃけおにぎり、あるだけ買うにゃ! 今は食べないけど後でまた食べるにゃ!」
「ムコノカ隊長ずるいにゃ! スラノカも買いたいにゃ! おやつとお昼ご飯とおやつにするにゃ!」
「ケラノカも、ケラノカも!」
盛り上がっている三匹を見つめながら、冴木店長は次から紅しゃけおにぎりの仕入れを多くしようと決断した。
ちらっと空森へ視線を向けたが、スマホを構えたまま床に突っ伏していて使い物にならない。
三匹が手巻き紅しゃけおにぎりを買い占め、嬉しそうに店内を後にする。
「ありがとうございました」
姿勢を戻すと袋におにぎりを入れて立ち去る猫の背を見て、冴木店長は呟く。
「猫は執着心が強いと聞いた事がありますが……見た目だけではなく習性まで猫と似ているようです。これは暫くおにぎりが飛ぶように売れるかもしれませんよ」
「うううっ、ニャンコ達が行ってしまいましたよ、店長ぅぅぅ」
どうにか正気を取り戻した空森が涙目で、猫族が去っていった入り口の扉を見つめている。今にも追いかけていきそうな雰囲気だ。
「ここは猫族の街らしいので、すぐにまた別のお客さんがきますよ。忙しくなると思いますので、品出しを早く終わらせましょう。あと仕事中に撮影は禁止ですよ」
「ニャンコの群れが来るのですか⁉ だったら、さっさと準備してお迎えしないと!」
人の話を最後まで聞かずに慌てて商品を並べ始める空森を見て、冴木店長のため息が漏れる。
注意の一つもするべきなのだろうが、この異様な状況に陥った店を辞めることなく続けてくれている貴重な人員。
彼女の明るさに助けられているところもあるので、冴木店長は言葉を呑み込み、一緒に品出しとチェックを始める。
「店長! 猫じゃらしとかマタタビ仕入れましょう!」
「無理です」
「じゃあ、私が作ってきますから店に置いてください!」
「却下」
冴木店長が戯言を口にする空森を軽くいなしていると、コンビニの窓の向こうから多くの猫がこっちに向かってくるのが目に入った。
「これは忙しくなりそうですね。お客さまを迎えますよ。レジお願いしますね」
「はい!」
空森はカウンターの向こうへ小走りで向かい、冴木店長は入り口の近くに立つ。
ガラスの扉が開き、猫族が大量に流れ込んでくるのを見て背筋を伸ばし、
「異世界コンビニNewDaysへ、ようこそ!」
元気よく挨拶をした。