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左手はシャベルを。右手にはさつまいもの茎を。

私は王道の話が好きです。

マイお題は「異世界で無双」



 私は右手にさつまいもの茎をもって呆然と立つ。

 左手はシャベルを。右手にはさつまいもの茎を。

 頭には麦わら帽子を。

 農作業用と化した赤色原色のジャージ上下。

 足元は花柄もお洒落なレインブーツ324円。

 ワンポイントは首に巻いた温泉宿の名入り白タオル。


 睨むなよと、常々言われる目であたりを見回せば。

 そこは一面の乾燥地帯。

 西洋映画に出るような、ごつごつした岩と、乾燥した空気。さらさらの砂。

 畑はどこだ?

 道は? 建物は?

 人はいない。

 動物すらいない。

 植物すら満足に生えていない土地を両足で踏めば、レインブーツ越しに固い地面の感触がする。

 下から掬い上げるような風が吹き、細かな砂が顔を打った。

 間抜け顔の目と口を閉じたら、がりと砂を噛んだ。

 過ぎ去った突風ような風が、びゅおぉと尾を引いて地面の砂を巻き上げていく。

 視覚が、感触が、嗅覚が、味覚が、聴覚が。

 何もないのに圧迫感すら感じる感覚が心を掠める。

 ダメだ。考えてはダメだ。

 考えてはいけないと思うほど、思考は深み嵌まっていく。

 その前に何かをしなければ。




 ――そうだ、さつまいもを植えよう。




 きゅぼんきゅなシルエットに似合う、ピンク色の皮を一枚剥げば、黄金色の裸体が姿を現す。

 甘く誘う匂いに歯を立てれば、まるで食べられるのを待っていたかのように柔らかく崩れる。

 砂糖にも叶わない甘さ。豊潤なまろやかさ。


 あぁ……なんておいしいさつまいも……




 私がさつまいもの茎を地面に差して一か月が経過した。

 その間に分かった、というか、分かりたくなかったが理解したことがある。


 まず、ここが私の知っているどこの場所でもないということだ。


 さつまいもを植えようと思った私は、しばらく歩いた。

 とは言っても五分も歩いていない。

 すぐ近くに枯れて根元の割れた大木があったので、その根元を目印件根城と決め、登頂の証のようにさつまいもを近くに立てた。

 太陽の日差しがきつかったので、根付くまではと過保護になった私は、西洋映画に出るぐるぐるした藁のようなものが飛んできたのでそれを被せ、飛ばないように周りを土で重しにした。

 次は、さつまいもにも私にも大事な水だ。


 結論を言おう。

 水はなかった。


 本格手に探せばあるのかも知れないが、私がここを離れてさつまいもを一本残して行くなんて、さつまいもが可哀想だ。さつまいもに何かあったらどうする。さっき植えたばかりなのに。

 植え立てなのだ。誰かの庇護が必要な赤ん坊なのだ。

 そんな思いでさつまいもが見えなくなる手前で探索を打ち切った。

 見渡す限り、水らしきものはなかった。

 サボテンの水とかも考えたが、植物っぽいのは無い。ぺんぺん草っぽいのが生えているだけ。

 鳥とか蠅がいれば後をついていったかも知れないが、それらも一向に見当たらなかった。

 根城に帰って大木の間や周りを丹念に調べてみたが、蟻一匹もおらず、虫に煩わされない快適に喜べば良いのか、不気味さに怖がれば良いのか。

 とはいえ、不気味なだけで実害はない。ここは快適を喜ぼう。


 水はないが。



 問題は夜に起こった。



 寒暖差が激しいと睨んだ私だったが、幸い、あまり寒さを感じず、大木の丁度良い閉塞感で丸まって眠っていた時だった。

 前触れも無く目が覚め、一瞬、己の置かれている状況が飲み込めず、不信を感じた時。

 ヒバカリのような、青大将のような、マムシのような。

 ようするに巨大で細長な蛇のような何かが土から現れたのだ。

 固い土であるのにかかわらず、海で泳ぐ魚のように、布に指す糸のように、地面を泳ぐ巨大な大蛇のような何か。

 夜だからだろうか。黒い以外何もわからず、しかし本能的に、危険なものと認識した何か。

 ソレは私なんて歯牙にかけず、優雅に土中遊泳を楽しんだ後、土の中へ消えていった。

 消えてからも呆然としていた私の目に、さつまいもの葉がきらきらと月の光を受けて輝いているのが映った。

 水もないのに元気なことだと、私は葉を撫でた。

 艶っとサテンのような手触りで、破れそうなほど薄いのに、生命力に溢れる丸い葉。

 なんとも言えず、葉脈がそそる。

 私は一句呟いた。


 <水も滴る 良いさつまいも>


 このさつまいもは美形だったのだと理解した私は、すっきりした思いで再度寝た。



 寝て起きたら枯れた大木の割れ目に水が溜まっていた。

 水があるのは良いことだ。小さなコップほどの窪みに溜まった水を舌で掬う。

 犬や猫のような飲み方だが、手を入れるほど大きくはない。

 舌で掬った水は、普通の水だった。硬水みたいだが、水は水だ。

 おいひぃ。

 半分ほど飲んで、残りの半分は口に含んでさつまいもにかけた。

 葉は霧吹き状に水を掛けて指で拭いた。この美形葉めっ。

 辛抱たまらず、水が滴る良い葉ぶりの葉に接吻を落とした。

 そうしてさつまいもと離れ、私はさつまいもが見えなくなる少し先まで進んであたりを見渡した。


 やっぱり何もない。

 

 寝て起きたら常に水が溜まっている不思議な大木。

 空腹感はあるが、飢餓感は無い。 

 誰も何もない空間で、私はすくすく成長するさつまいもと過ごした。


 きらきら輝くさつまいもに物語を聞かせ、夢を語り、愛を囁く日々が続く。


 そしていよいよ収穫の時。



 普通に考えて、差して一か月では収穫出来ない。

 だが、どうしてか、私の目には、豊満で熟れた裸体をくねらせて私を誘惑するさつまいもが見えた。

 私は辛抱たまらず、さつまいもに飛びついてしまったのだ。

 怖がらせないように丁寧に掘り出すと、大女優のような風格を漂わせたさつまいもが現れた。

 やはり美形。

 目にしたら欲望が止まらない。

 食べたい。たべたい。たべたい。

 喉がなった。腹もなった。


 私が、私が知るどこの場所でもないと言ったのは、さつまいもが植え付けから一か月で収穫出来たからだ。

 私がいた場所では、そんな素敵なことは起こり得ない。


 愛しい美味しいさつまいも。


 

 ――私はその日、さつまいもを抱いて寝た。



 一晩さつまいと共に過ごし、別れの思いに浸り、さて食べようと手を合わせた所で、私は思い出した。

 どうやって食べようかと。

 せっかくの愛しいさつまいも。生食なんて勿体ない。

 私は地面に足を組んで、さつまいもを目の高さに掲げて考えた。

 考えて、考えて、考えて。


 閃いた。

 乾燥した木が目の前にある。



 ファイヤー!!!!


 

 大木は燃えた。当たり前だ、木なのだから。

 枯れ木はよく燃える。

 今朝まで寝ていた穴に砂をせっせと運んで砂山よろしく積み上げ、頂上をくり抜いてさつまいもを安置する。

 布団のように砂を被せ、上から寝かしつけるように優しく叩いた。

 おやすみ。良い夢を。

 そして小枝と藁のような何かで大木に火を点けた。

 実際はとんでもなく時間が掛かって、夜になってしまったが。

 だが、夜空の中で燃える大木は綺麗だった。

 地鳴りがして大蛇が現れたが、厳かな雰囲気を察したのか、それとも視界に入っていないのか、自由に地面を泳いだあとに、またいなくなった。

 膝を抱えて体育座りしたまま、目の前のキャンプファイヤーを真剣に見ていた私には関係無い。

 私は火が消えるまでじっと見守っていた。


 水が無いから。


 あと、火の勢いが凄すぎて、小枝ではさつまいもが取れない。

 近づいたら火だるまになる。 



 久しぶりの火は、なんだか怖かった。



 一晩明けて、火が弱まり、大木が一部白く脆くなった。

 それでも形は保ったまま。枯れているのに丈夫な大木だ。

 まだ大木の周囲は熱い。炭になったか?

 小枝で砂の棺桶を崩し、さつまいもを取り出す。

 焦げているんじゃないかとハラハラしながら見守った一晩。

 さつまいもは立派な焼き芋になっていた。

 首に下げていたタオルでさつまいもを包み、ピンクのドレスを剥ぐ。

 黄金色の裸体が目を奪った。


 ――なんて美しい焼き芋だろう。


 うっとりとしながら舌を這わす。

 熱い。焼き立ては熱い。

 直ぐに舌を引っ込め、真っ二つに割った。

 蜜が溢れる品種ではなく、ごくスタンダードな焼き芋だ。

 ただ、改良を重ねて、糖度はフルーツと同等。

 高級フルーツには負けるが、家庭菜園のフルーツには負けない。

 自慢のさつまいも。

 湯気がたって、なんて美味しそう。

 初物だから、少しちぎって、大木の前にお供えをして。


 いただきまーす。


 うまっ!!


 

 一か月ぶりの固形物は美味だった。

 毎日毎日さつまいものことばかりを考えていた毎日。

 それを食べてしまった。

 手元に残ったのはさつまいもの茎。

 バージョンツー。

 根城も燃えてなくなってしまったし、ここは移動しかないだろう。

 よりしょと、おっさん臭く立ち上がった私は、服装を確認する。

 

 

 頭には麦わら帽子を。

 くすみはじめた赤色原色のジャージ上下。

 足元は花柄もお洒落な砂の入らない優秀レインブーツ324円。

 切実に洗いたい温泉宿の名入りタオルは腰に。


 そして。


 左手はシャベルを。右手にはさつまいもの茎を。




続きは頭にありますが、突発的なので短編としていったん完結とします。

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