int4.間抜けな少女の独白
それは夢だった。魂の片割れが目撃した、既に過ぎ去ってしまった、ある受難の記憶だった。というのも、私の魂の半分は、第一魔界に堕ちてしまっていたから、その半分の魂が見たものを、第二魔界の私も、白昼夢のように目にしてしまうのだった。
それは風の精霊の物語だった。精霊とは非生命に宿る、非生命の精神。物の魂といっていい。彼らはそれがあるところならどこにもいれる。とはいえ、第一魔界に存在しないものなどないのだから、どこにいるかは問題ではなかった。問題は、彼らがそこにいた、というだけのことだ。
第一魔界に悪魔がいた。大悪魔だ。鍛冶を司っていた。彼の悪魔は千の風精霊を掻き集め鋳溶かした。それに魔界のどこにもお目に掛けないような、希少金属をふんだんにつぎ込んで、六日六晩で一振りの剣を鍛え上げた。
エーリアルだった。
私は夢から醒めたとき、あの恐ろしい悪夢を遠ざけたくて、語らう相手を求めた。一人で抱え込むには、恐ろしすぎる光景だった。
しかしエーリアルのことを知る悪魔は、もう、私とアントニウス以外には消えていた。アリゲーリがいなくなった後のことだったから。だから私は、アントニウスに話してしまった。
「エーリアルがエーリアルたる所以だと?」
「そうじゃ、エーリアルはただの魔剣ではない。あの剣の正体は風の怨嗟じゃ」
鋳溶かされた、千の精霊の苦痛。灼熱に身を溶かす苦しみ。風の精霊は元来、気まま勝手で、風の理にだけ忠実で、他のことなどなんにも知らない、自由闊達な連中だ。それがそのほとんどを、復讐の心に囚われている。混ぜ合った金属に縛られて、己は剣だと思い込む。
あの剣の内には炎が渦巻いている。火刑に処された精霊たちの復讐心が滾っている。剣という自覚が、それに鎖を巻いてしまう。惨たらしく鋳造された魔剣なのだ。
「エーリアルを倒したければ、精神に干渉するのが有効かも知れぬの。あの剣に巻かれておる鎖を解いてしまえば、元は風の精、復讐心と一緒に霧散するじゃろう。もっともその場合、エーリアルは手に入らぬが」
興味なさげにしていたアントニウスは、それから幾日経ずして姿を消した。
私は一人になってしまった。すべては私が撒いた種だった。事の原因は私にあった。私がアリゲーリを消してしまった。だから皆も消えてしまった。最後に残ったアントニウスも、私が魔王の座を奪ってしまったから、だからアントニウスも消えてしまった。
村長に言われた言葉を思い出す。
――お前は生まれてきた罪を償うために、これから独りで死にに往くのだ。
結局これが、私に与えられた運命か。死と運命に抗いうるものなどない。そういうことか。
いいだろう、ならば耐えてやる。ずる賢く生きてきたこの私だ。何十年だろうと、何百年だろうと、いや何千年だって、私は変わらずここにいて、運命を克服するその瞬間まで生きてやる。
それは、一つの物語の終わりだった。けれど、別の物語は、それと同時に始まっていた。
一つの物語はもう一つの物語に交わって、他の所で生まれた物語もやがて交差するだろう。幾千幾万の物語が、一個の魂を創り上げていく。いずれ続く、間央隆志の物語に向かって。




