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瘴気の魔王アリゲーリ  作者: こんたくみ
4幕.悪魔に人
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4-11.明日も笑っていられるように


 ミランダを床に降ろす。

 視界の切れ端で、死に損なった悪魔の体が、ぴくりと痙攣した。視界の正面では、双頭のトカゲが牙から涎のような炎を零した。頭から下は白の貫頭衣で、滑稽でおぞましい姿だった。

 トカゲの後ろで、アユスルオキナが杖を床に打ち鳴らした。雷鳴のように響き、トカゲが震える。


「アリゲーリ殿」アユスルオキナが言った。「我らの歓待にこのような形で報われるとは、失望の一語に尽きますな」

「ケーキでも焼いてお返しすれば良かったか?」

「この所業がなにを意味するかわからぬ貴方ではありますまい。我が手勢の悪魔を壊滅させ、我が(しもべ)を牢より解き放った。そしてキャリバン、ミラーレ。貴様らはアリゲーリの手先となり、拾ってやった恩を裏切りという大罪で返した。万死すら手緩(てぬる)いぞ」


 べー、というキャリバンの声が後ろから聞こえる。アユスルオキナの眼光が鋭くなった。


「……折角だ。吾輩と腹心たる七柱魔で、かの魔王アリゲーリと力比べをしようではないか」


 アユスルオキナが杖を振った。俄かに雷光が広間中を駆け巡る。俺はヴェルギリで防いだが、「うぐっ」「あん!」キャリバンたちが電撃に打たれたらしい。

 次いで、周囲の悪魔から一斉に光が迸った。床に巨大な魔法陣が現れる。結界だ。動きを抑制する効果があるようだが、どうしてか俺にはなんの影響もない。

 振り返ると、床に倒れてキャリバンとミラーレが身動(みじろ)ぎしている。

 アユスルオキナは可笑しみを帯びた口調で語りかけてきた。


「さてアリゲーリ殿、ここに残るは七柱魔の称号を持つ、第三魔界でも指折りの高位悪魔です。瘴気の魔王と呼ばれたる所以(ゆえん)を示す格好の機会ですぞ」


 アユスルオキナのしわがれ、野太い声が広間に響いた。地獄を揺らすような声だ。

 双頭のトカゲが二刀で()って襲ってくる。


「エーリアル!」


 弓手(ゆんで)にエーリアルを持つ。馬手(めて)にアリドュスクロワ。こちらも二刀で迎え撃った。

 敵の剣の扱いは意外なほど巧みで、こちらの攻撃が悉く受け流される。純粋な力勝負なら今でも負けないだろうが、トカゲは徹底してそれを避けている。

 アユスルオキナの声が響く。


「トニカトゲウは剣の達者です。ははあ、その様子からして、アリゲーリ殿は技巧に疎いと見える」

「アリゲーリ、後ろです!」


 エーリアルが念話で叫んだ。ヴェルギリの眼がうなじの下に開き、俺と視界を共有する。それとほぼ同時に、尾てい骨のあたりから触手を一本生やして、その先からヴェルギリの剣を現した。

 向かってきたのは、色白の少年の姿をした悪魔。足の異形はカマキリのようだ。小柄な体に似つかわしくない、象の足のようなハンマーを振りかぶっている。

 ヴェルギリの刃がハンマーの衝撃を受け止めた。俺は前のめりになる。トニカトゲウの剣が首筋に触れるが、引き切られる前にアリドュスクロワで押し返した。


「怪力が自慢のシオネラです。今の一撃を防ぐとは、流石ですな」

「ヴェルギリ!」


 触手を天井に打ち込み、天井まで一気に体を持ち上げる。ミランダたちを避けるのが骨だが、黒龍と紅龍で滅多切りにしてやる。

 そう思い、両剣に瘴気を込めたところで、闇を煙のように纏った矢が飛んできた。アリドュスクロワで切り落としたが、手から力が抜け、アリドュスクロワを取り零してしまう。


「なにっ!」


 弓を構えた紳士風の男がいた。タコのような触手が纏う服のあちらこちらから出ている。


「デファイブル。こやつの瘴気には獲物を麻痺させる能力が備わっています」


 幸いにも手の麻痺はすぐに回復した。だがアリドュスクロワを取り落とした動揺は大きい。隙を作ってしまった。

 落ちるアリドュスクロワを掴まえると、自身の腹に突き刺す悪魔がいた。そいつは全身が藁人形のようで、既にいくつも剣が突き刺さっていた。

 アリドュスクロワを刺すと藁人形は燃え上がり、その炎は火球となって、天井の俺に射出された。

 エーリアルで防ぐが、火球の熱量が尋常でない。おそらくアリドュスクロワの力を引き出したのだろう。天井に留まることができずに、俺は床に激突した。


「シウノコックは魔剣の力を取り込む悪魔です。そのエーリアルを取り込ませればどうなるのか、非常に興味深いところですな」

「死ね!」


 エーリアルの暴言も今は虚しい。エーリアルの力を以ってすれば、いや、ヴェルギリでもいい、俺が前世ほどの力を有していたなら、こんな奴ら蚊を叩き潰すほども苦労しないのに。

 倒すだけなら、いっそエーリアルにだけ戦わせたほうが確実だろう。(もっと)も、例の封印術を使われる可能性もあるし、なによりそんな戦い方をエーリアルは認めないだろうが。

 床に倒れ伏す俺の頭を、大きな手が掴み上げた。俺を見下ろしていたのは、半牛半馬の怪物。いや正確には人も混じっている。上半身は人で頭部が牛。下半身が馬だ。血走った眼が鼻息も荒く俺を見ていた。みしみしと頭蓋骨が圧迫されていく。


「ゴズールです。シオネラと力を競い合う猛者です」


 俺は一団の方へ放り投げられた。床が迫ってくるような錯覚がして、そして床に叩き付けられる。


「七柱魔の紹介があと二つ残っていますぞ、アリゲーリ殿」


 頭上でアユスルオキナの声がした。杖で転がされる。仰向けになった。

 俺を覗き込んでいたのは、全身をヒルに覆われたような姿の人型。しかし手は手ではなく、鋭く長い、槍のようになっていた。それを、俺の肩に突き刺してきた。


「血は吸うな」


 どの悪魔かわからないが、そう呟いた。一滴のこらずアユスルオキナに献上する腹づもりなのだろう。俺は俺で、叫ぶ気力も残っていない。


「この者はリヒーリチ。血を吸うのを得意とします」


 リヒーリチが槍のような手を引き抜いた。代わって、ピンク色の肌をした女の悪魔が馬乗りになってきた。顔は彫像かなにかのようで、紫色のねじくれた角に、コウモリのような羽が腰から伸びている。


「その者はサクルマム。良い夢が見られるでしょう」


 額に掌を当てられる。視界が暗転して、生々しい映像が俺の頭の中を埋め尽くした。親しい者の死、苦しみ、自身の肉体が苛まれ、なにもかも失っていく、そんな幻覚。

 気付いたのはサクルマムが手を離し、俺の体から退いたとき。涙を流し、涎さえ流れていた。


「いかがでしたか、我が体の一部とも言える、七柱魔たちの力は。最後には吾輩が手ずから貴方を屠り、魂を食らってしんぜよう」


 俺の体が見えない力に引っ張られ、宙に浮かんだ。目前にはアユスルオキナ。アユスルオキナは俺に手を翳し、はたと止まった。


「それにしても、貴方は何故、ミランダを牢から連れ出したのです。あの下女がそんなに気に入るものか」


 何故、何故だと? そんなの俺にもわからない。わからないままここへ来た。それが正しかったのかもわからない。今は体が痛くて仕方ない。そして、こいつらを倒せない。絶望的だ。

 俺の頭の中で、エーリアルの念話が響く。


「アリゲーリ、本気を出してください!」


 出してるよ。


「嘘です、手加減してます」


 ミランダたちもいるから、派手な技は使えない。


「違います! そんなんじゃありません。接近戦でも、あの七福神とかいう雑魚悪魔を殺さないよう、攻撃を躊躇ってます。なにやってんです!」


 七福神じゃなくて七柱魔な。


「どっちでもいいでしょう、んなもん! こんなところで福神漬にやられるなんざ、エーリアルは許しませんから!」


 福神漬にはやられたくねえなあ。


「……アリゲーリ殿、冥途の土産というやつに一つ、何故ミランダに固執したのか、教えていただけませぬかな。今後の魔界統治の参考になれば幸いです」


 アユスルオキナはいけしゃあしゃあとそう言った。


「何故、か……」


 俺はぼんやり考えた。思うのは、考えてもわからなさそうということだけだ。それに、ここで暴れたのはなにもミランダのためだけではない。キャリバンがいて、ミラーレがいた。それも間違いなく理由の一つだ。

 でも、それがなんに繋がるというのか、どうにもわかりそうにない。


「旦那!」


 キャリバンの声が聞こえた。


「隆志さま!」


 ミラーレの声も聞こえた。

 俺は首を動かして、後ろを見た。

 キャリバンが悔しそうな顔をしていた。キャリバンは表情豊かで、なんだか見飽きない。床にうつ伏せになってると、巨乳の迫力が増すのもポイント高い。変に慕ってきてるけども、変に気を遣ってこないから付き合いやすい。それに、ヴェルギリの時には世話になった。

 ミラーレは心配そうな顔をしていた。ミラーレとの付き合いは短時間だが、妹思いの良い奴だってことは十分にわかった。妹のためだったら、どんな相手でも敵に回せる、胆の据わった姉だ。ミラーレとミランダが、一緒に笑っているところを見てみたいと思う。

 そして、ああ。ミランダは弱り切った体であるにも関わらず、俺を見て、体に瘴気を集めていた。あまりにも弱々しく微弱で、誰も気付いていないくらいだ。それでも、きっと、攻撃を諦めていないのだろう。涙を目に溜めて、しかし表情は凛々しい。

 皆を見て、胸に湧き上がってくるこの気持ちは一体なんだ。前世では感じることのなかった想い。きっと、人間だから感じることのできた想い。俺は人間で良かった。

 俺は視線を戻した。


「答える前に、一つ聞いてもいいか」

「なんですかな」

「俺を食った後、あいつらをどうするつもりだ」

「生かしておく理由がありますかな?」

「なるほど、もっともだ」


 心の中で、もう一度、皆の顔を思い描く。笑顔が良かった。笑顔の方が、俺は嬉しかった。今みたいな顔でも、見れないよりはましかもしれないけれど、俺はあいつらに笑っていて欲しかった。

 じゃあどうするか? 俺になにができる? 俺は食われるのを待つだけか?


「違うな」

「ほう?」


 アユスルオキナが興味深そうに眉根を上げる。


「なにが違うと言うのです?」

「俺はお前には食われない」


 口角が、自然と上がった。アユスルオキナが不愉快そうに顔を歪める。


「生意気を。質問はもう良い。死ね」


 アユスルオキナが杖を引き、その先を俺の心臓に向けた――。


「ヴェルギリ、食い尽くせ」




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