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瘴気の魔王アリゲーリ  作者: こんたくみ
4幕.悪魔に人
23/68

4-9.エーリアルが使えない


 レギオニステラは、ふらついた足取りで後退った。

 自分が小説や漫画とか、物語の主人公だったら良いのにと思う。そうすれば、なんてことない努力をしただけで確実な成果を得られる。どうってことない葛藤を乗り越えただけで道が開ける。気合を入れれば勝利フラグだ。

 俺は俺自身、かなり恵まれたほうだとは思うが、それでも嫌気はいくらでも差す。

 黒い甲冑の見た目は見た目通りかそれ以上の頑丈さで、片膝を付く俺に対し、レギオニステラは両の足で立っている。レギオニステラも脚にきてはいるが、どちらの手傷が深いかは一目瞭然だ。


「流石だな。瘴気の魔王アリゲーリ」

「皮肉か」

「称賛だ」


 アリドュスクロワが振り下ろされる。ヴェルギリで横に受け流す。

 立って、俺は袈裟懸けに斬り下ろした。


「ぬうっ」


 レギオニステラが一歩引く。俺は続けざまに斬り続け、金属音が幾度となく鳴り響く。レギオニステラを壁際まで追い詰めた。


「でぃ!」


 渾身の一撃は、大振りだった。読まれ、避けられる。ヴェルギリの刃が壁に傷を付けた。


「ふん!」


 レギオニステラの蹴りが脇腹に入る。俺は床に倒れた。レギオニステラがアリドュスクロワを構え近付く。突き出されたアリドュスクロワをヴェルギリで弾き、足首を斬りつけた。

 苦悶のうめきを漏らし、レギオニステラは膝を床に付く。

 レギオニステラは斬られながら、アリドュスクロワを掲げた。

 アリドュスクロワが、剛力に任せて俺に叩き付けられる。ヴェルギリで防ぐが、あまりの衝撃に手が痺れた。

 俺は逃げつつ、必死に立ち上がる。レギオニステラも踏ん張って立ち上がった。


「こちらも限界だ。手加減はもう出来ない」

「言ってくれるぜ。手加減してもらってたとはな」


 レギオニステラが、アリドュスクロワの峰を額に付けるようにして、縦に構えた。周囲の瘴気が渦を描き始める。床からゆっくりと、石英の結晶に似たものが生えてきた。それはアリドュスクロワの影響を受けているのか、はたまた元からそうなのかは知らないが、炎が燃え盛っているかのように輝いていた。

 結晶はこの部屋の床を埋め尽くすように生えた。大きいものは俺の膝ほどの高さ。小さいものは足の小指くらいか。紅の石を集めた宝石箱のような光景だ。

 レギオニステラはアリドュスクロワを下ろし中段に構えた。


「行くぞ」


 駆け出すレギオニステラに向け、俺はヴェルギリを構えた。その途端、俺の周囲で結晶が(ひらめ)いた。

 時間にして一秒にも満たない。俺の周りに剣を振り翳す人型の結晶が出現した。


「な――」


 甲冑。緋色。複数。囲まれている。レギオニステラの分身。様々な認知が脳内を駆け巡る。俺に出来た行動は、慌てて切り払うことだけだった。

 防ぎきれない斬撃が四方から俺の体を切り刻む。さらにレギオニステラの突進を受けた。背後の壁にぶつかる。背後の壁から瘴気が噴出している。いや、これは壁じゃない、門だ。この先にミランダとエーリアルが――。

 胸に異物が分け入ってくる感触。アリドュスクロワが突き立てられていた。


「あぐ、ぐ、く……」


 灼熱の痛みに、声を出さないのが精一杯。いや、叫ぶ体力も残っていないのかもしれない。


「貴方も限界でしょう。諦めて魔界平和の(いしずえ)となってください。苦しみは少なく収めます」

「黙れ、あまり舐めないほうが良いぞ。俺だってまだ本気を出していないんだからな」


 とか言いつつ、俺自身は全力を出し切っている。

 レギオニステラの周りには、結晶体の分身が何体も出現している。逃げ場もない。背後の門を除いては。

 もしこの門を開いて、エーリアルのところまで行けたとしたら……。




 俺はレギオニステラを蹴った。普段のこいつならなんてことなかったろうが、今は弱っている。怯んで、後ろへ体勢を崩した。その拍子にアリドュスクロワが胸から抜ける。

 全力で拳を握り、全身全霊の力で振りかぶった。レギオニステラが身構える。だが俺の狙いは門だ。門をぶん殴る。

 激烈な破壊音と共に、門の一部が吹っ飛び、全体に亀裂が走った。瘴気が勢い良く漏れ出してくる。

 俺は駆け出した。レギオニステラに追い付かれれば一巻の終わりだ。

 周囲には見上げるほど巨大な牢屋だ。そしてその一番奥に、瘴気に縛り上げられるエーリアルがいた。


「エーリアル!」

「アリゲーリ!」


 レギオニステラは――。後ろを見遣ると、結晶の軍勢と共に、レギオニステラが追い掛けてきている。急がなければ。

 ヴェルギリの触手を後方へ伸ばす。触手の槍が分身を何体か仕留めた。

 走って、走って、鉄格子を切り裂き、ついにエーリアルの許にたどり着く。


「アリゲーリ!」


 小さな体をよじらせて、エーリアルは俺に擦り付いてきた。(いまし)めの瘴気を吸収する。

 自由になったエーリアルが、俺に抱き着いた。視線はしっかり俺の顔に向いている。


「おのれッ!」


 後ろでレギオニステラが歯噛みする声。俺はエーリアルの手を握った。


「さあ早く剣に……あれ?」


 エーリアルの手がぬるっとしたので、見てみると赤い。血だ。そういえばエーリアルが抱き着いてきたあたりから、脇腹に違和感が……。

 そっと指先を腹に当てると、やはりぬめりとした。見てみると、血に塗れていた。

 後ろを見た。レギオニステラは茫然と立っている。なにが起きているのかわからないという風情だ。


「アリゲーリ」


 エーリアルが俺に呼び掛けた。見る。エーリアルは無表情だ。いつものように気の抜けた表情でもなければ、ぶーたれた顔でもなく、俺に会えてご機嫌とか、そういうのは一切ない。ただただ無表情だ。むしろ、睨まれているような心地さえする無表情だ。

 エーリアルが俺の手を引っ張る。俺は底知れない戦慄を感じて、エーリアルの前に膝を付いた。エーリアルまた抱き付いて、俺のうなじ近くに顔を寄せた。


「アリゲーリから血の匂いがします」

「ああ、かなり攻撃を食らったから――」

「違います。返り血です。数は……百をゆうに超えています」


 言われ、俺の脳内に駆け巡ったのは、万魔殿に入る前の戦闘の数々。


「それと、これはなんですか? アリゲーリ」


 エーリアルが指差したのは首元にあったヴェルギリの眼。


「こ、こ、こ、これ、これは……」


 俺は完全に失念していた。俺がヴェルギリを持ち出せば、エーリアルがどんな反応をするのか。そして、散々殺したい殺したいと喚いていたエーリアルを(いさ)めたにも関わらず、それを差し置きヴェルギリで虐殺とも言える戦闘を繰り広げてしまったこと。

 おまけに、風呂のときにはヴェルギリと一緒に前世を懐古していた。

 ああ、そうだ。キャリバンは言っていた。今のエーリアルの側にはなにがあっても居たくないと。そして尋常でない量の瘴気が、牢から溢れていた。さらには急に憤り出したと、レギオニステラも言っていたじゃないか。

 答えられない俺を急かすように、脇腹に衝撃が走った。エーリアルの手には、俺がさっき斬った鉄格子が握られている。切り口は我ながら見事なほど滑らかで、刺突武器として使えるほどだ。現に今も、俺の脇腹に突き刺さって、エーリアルの手を血に染めている。


「答えろよアリゲーリ。これはなんだ」

「ぶ、ぶヴ、ヴぇるぎりです」

「アリゲーリ」


 エーリアルが俺の顔に両手を添えた。自然、俺の視線はエーリアルの顔に向く。エーリアルは、にこっと、天使のように微笑んだ。わーかわいい。

 俺の眼に鉄格子が突き刺さった。


「ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ!」


 俺は押し倒され、エーリアルが馬乗りになる。俺は痛みでなにがなんだか考えられない。


「このっ! よくも! エーリアルを! ほったらかして!」


 執拗に、何度も、執念深く、俺の顔面に鉄格子を突き刺していく。もはや視力を失った。


「アリゲーリのばか! 浮気性! こんなに! こんなにエーリアルは頑張ってるのに! どうして! いつも! いつも! いつもいつもいつも!」


 そして、俺がただの肉塊と化してもエーリアルの気は収まらず、永遠に、永遠に、鉄格子を俺に突き刺し続けたのだった……。




 と、言うのは俺の想像だ! 妄想じゃないぜ。現実に起こるかもしれない未来だぜ。

 現状はアリドュスクロワを胸に突き立てられ、前方をレギオニステラと結晶の分身に囲まれている。俺の背中にぴったり付いているのは牢への石門だ。

 エーリアルを使えれば簡単に勝てると脳裏をよぎったが、とんでもない。今の状況でエーリアルに近付いたら、逆にエーリアルに殺されてしまう。

 つまりだ。俺は詰んだ。俺は、俺だけの力では、レギオニステラを倒すことはできなかった。


「ふ、ふ、ふひフハハハ!」


 なんだか笑えて来る。全力を出し切って勝てないのだからしょうがない。


「なにか可笑しいか?」

「笑うしかないんだよ。お前に勝てなかった。見事だよ」

「貴方こそ人間の身で、魔王の名に恥じぬ戦いを見せた。お見事です」

「そりゃどうも」

「では、アユスルオキナ様の許へ付いてきていただく」

「それは断る。俺は勝負に負けたが、まだ試合に負けたわけじゃない」

「どういう意味だ」


 ここまで頑張ったんだし、ちょっとくらい頼っても(ばち)は当たるまい。


「ヴェルギリ、食え」


 ヴェルギリの血管が俺の体内の奥深くへと潜り込む。ヴェルギリのきっと舌のようななにかが、俺の魂に届く。俺の魂を(ねぶ)る。ヴェルギリが俺の肉体を侵蝕し、血を啜る。

 俺はアリドュスクロワの刀身を掴んだ。


「ばっ――」


 馬鹿な、とレギオニステラが言い切る前に、俺は自身の胸からアリドュスクロワを引き抜いた。

 ヴェルギリの触手が、周りにいた結晶体の分身に突き刺さる。レギオニステラは大きく飛び退いた。俺の周囲から瘴気が噴き上がり、瘴気に触れた結晶体の分身は炭のようになって崩れた。


「自身の魂を魔剣に食らわせたのか。なんという無茶を……」


 俺はヴェルギリを構えた。レギオニステラも構える。

 啜られている感覚。舐られている感覚。まだ牙を突き立てられてはいないが、ヴェルギリの理性がどこまで持つかはわからない。前世の俺なら力づくで止めさせることもできたが、今の俺では不可能だ。

 短期決戦、できるか。


「ならばこうだ!」


 レギオニステラはアリドュスクロワを滅多矢鱈に振り回した。焔の斬撃が、壁の燭台を切り落としていく。部屋は一瞬にして暗闇となり、地面に生える結晶だけが紅い光によって仄暗さを保っていた。

 レギオニステラの漆黒の甲冑は、この暗闇に溶け込んで全く見えない。

 俺は捕捉されぬよう走った。周囲の気配が動く。

 前方に大きく踏み出し、ヴェルギリを横薙ぎに振った。感触は結晶を断ち切ったもの。だが背中から剣が腹へ出てきた。背後に触手の槍を伸ばす。二体は倒した。

 上から、肩口を切り裂かれる。傷口が焼けた。アリドュスクロワだ。

 上下左右全方位に、触手の槍をぶちかます。結晶を何体か仕留めた感触。だが一部の触手が弾かれた。


「そこだ!」


 黒龍を放った。命中か否か。俺は追撃を見舞うため走った。

 きっとレギオニステラの体の陰に隠れていたのだろう。紅く焼けた、アリドュスクロワの刀身が暗闇に現れた。

 しまった。俺は避けようと、咄嗟に跳ね上がった。触手を天井に伸ばし、突き刺し、体を持ち上げる。

 炎の斬撃が足元を通り過ぎた。そして、炎の明かりはレギオニステラの居場所を知らせた。

 天井を踏み台にして、落下する。落下の勢いを加えた一撃が、レギオニステラを斬った。


「ぬう!」


 アリドュスクロワの紅く光る刀身が、宙に回った。その柄を掴み取り、瘴気を込めて、振る。

 火焔が(ほとばし)り、部屋を疾駆し、壁と床に這う。部屋は明かりを取り戻した。

 眼前に蹲るレギオニステラ。武器はない。


「貴方の勝ちだ」


 レギオニステラの首筋を、アリドュスクロワの峰で殴った。床に崩れ落ちるレギオニステラ。死にはしていない。


「ヴェルギリ、もういいぞ」


 魂を食い尽くされる覚悟もしていた。だがヴェルギリは、呆気ないほどあっさりと、俺の魂から離れていった。


「ヴェルギリ、お前……」


 ヴェルギリの眼が、ウインクのように瞬いた。




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