【外伝2】真実を見つめる瞳
外伝2は【第四章】で強制帰還させられたフォルテの眠れぬ夜、療養中のある夜…。
夜風に当たりながら何かを考える彼の様子を描いております。
何か悩みがあるらしく、体を休ませる事よりもまず夜風に当たる彼の悩みとは…?
【第五章・六章】で故郷を消されたフォルテが、
何故シエルと再会した際あんなに冷静でいられたのか、
その影にはある人物の言葉が関係していたのです。
この作品は フォルテ目線 です。
―――まだ傷の癒えないある晩の事。
オレはその日、とても眠る事ができず、
アルメリア城の屋上の端で足を下に投げ出して座り、頭上に広がる夜空と、
足元に広がる夜の景色を眺めていた。
本当は疲れているし、傷を考えれば眠るべきなんだろうが、
オレはあの女騎士の言葉がずっと頭から離れずにいた。
この傷を負わせた張本人で、南のアスルをも消滅させた憎き女騎士。
南の奴らも誰一人と目撃されていないらしく、未だ安否もわからない始末。
…オレの弟は、生きているのだろうか?
どうか逃げ延びていてほしい。
もし、死んだなんて情報が入れば、オレはアイツをどうするだろう?
そんな様々な思いが頭の中で渦巻き、支配しては巡回し、
とてもじゃないが寝付ける状態じゃなかった。
夜の少し肌寒いくらいの風が優しく吹き付けている。
今夜は明るいくらい、綺麗な満月だな。
グチャグチャと混ざり合う思考が落ち着いていく感覚に目を閉じる。
一度深くため息をつけば、まず一つとばかりに先程の疑問について考える事にした。
どうせ一辺に悩んだって答えなんか出ないだろうし。
まずは…
『もし弟が死んだのなら、オレは一体どうするだろうか?』
多分きっと、怒りのままにアイツを殺してしまうだろう。
いや、もしかすると返り討ちに遭うかもしれない。
そうすればオレは…。
…憎い相手だ。
街を、人を、全てを消した奴。
…だが…。
何か、何かが引っ掛かっているような…。
まだ情報があまりにも少なすぎるからだろうか。
もし本当に、弟やアスルの人々の死を確かに伝えられたなら、
オレは心から憎悪と復讐に囚われたままに…
―――アイツを殺す。
………。だが、今のオレはそこまでいっていないようだ。
それはもう一つの疑問のせいだ。
そう、アイツのあの言葉…
『死神となれたアナタは幸せ者だ。』
『生きて見える人しか信じられず、
生き、見え、触れられる者しか人と言えぬアナタになど、何がわかる…ッ!』
『死してなお、人として見てもらえる幸せが…あるのだから…。』
あの数々の言葉はもしかしなくても、あの連れていた屍の事ではないか。
少なくともあの女騎士は人間だと思う。
少しだけオレと似た波長があったが、屍を連れている為、
それらの力が死の波長を感じさせているだけだろう。
もし、あの言葉は屍に対する思いやりの言葉だとしたら、
そんな奴が国二つをあんな簡単に消すだろうか?
あんなに〝既に死んだ者〟を想う奴が、
大勢の〝今も生き続ける命〟を易々奪うだろうか?
どこかの童話の死体愛好家でない限り、それはないだろう。
考えても考えても答えは出るわけもなく、
何か矛盾のような違和感と共にグルグル渦巻いている。
そんな事を考えていたら、背後から足音が近付いてきた。
敵意は感じない。
むしろ、この落ち着いた深い安心感のある気配は―――
「眠れないのか?」
予想通りな、静かで落ち着いた声が後ろからかけられれば、
その声の主はオレの横まで来ては穏やかに笑っていた。
リオンだ。
地べたに座るオレを立ったまま上から見下ろしている姿は、
月の逆光と反射により独特な雰囲気で、
まるで闇そのものを纏っているかのようだった。
夜の暗くも、月の優しくも映るリオン王子。
ああ、やっぱコイツはこういうシーン、やたらイケメンだわ。
なんて思っていた思考を取っ払い、悩み事があると素直に答える事にした。
すると、リオンはそのままオレの横に同じように地べたに座り、
横からオレと視線を交わす。
「俺でよければ話し相手くらいにはなるぞ。」
クールに優しいコイツの性格は正直羨ましくなる。
オレは不器用なのに強がるから、
こういう奴に話を聞いてもらえばモヤが晴れるだろうか?
少なくともオレ一人で考えて捻り出す答えより、
ずっと冷静でまともな答えを出してくれるだろう。
オレは一度小さく頷いてから、視線を月に向けたまま短く聞いてみた。
「アイツは敵か? 味方か?」
「えっ、アイツ? …薔薇の騎士か? どうしてそう思った?」
一瞬こそ呆然としたようにぽかんとしたものの、
すぐ真剣な表情でただ静かに返してきた。
あの日あった出来事は既に病室で話してある。
だから状況はリオンもわかっているだろう。
だが、「どうして」と聞かれれば、矛盾点が多すぎるし漠然としていて、
自分自身でもどうしてそう思うのかがハッキリとはわからなかった。
それを示すように首を横に振ってから、一番明白な事だけを口にする。
「言葉、だろうな。一番引っ掛かるのは…。」
オレの回答にリオンは大きく頷いて、「あー」なんて声を出していた。
すると、両腕を組んでから、月を見たまま目を合わせてない
オレの方をしっかり見て、軽く首を傾げて苦笑いを浮かべる。
「確か、第一隊長の〝人じゃない仲間〟って言葉に激怒したんだっけか。」
激怒まではおそらくいってないと思うが…まあ、いいや。
オレはアイツに倒され一瞬こそ気を失っていたが、
すぐに意識を取り戻し、反撃の機会を狙っていた。
その為、女騎士とアルメリア軍の会話は聞いており、結構ハッキリと覚えている。
「あそこまで屍を人と同じように想い、扱う奴が、
簡単に生きた人の命を大勢奪えるものなのか。
あんな哀しい顔をするだろうか、って思ってな。」
何か、言っていて自分がどんなに甘く、的外れな事を言ってるんだという気になる。
実際アイツは二つの国を消滅させている東の騎士。
悩む事も、同情する必要もない憎き敵だ。
そう思い直せば、悲しさや同情心は簡単に憎しみに塗り潰されていく。
……ハッ、心なんて単純だな。
そうだ。アイツはオレ達の国を消滅させた世界の敵だ。
そんな奴が屍を愛でようが、人を愛でるわけがない。
オレはなんて甘い理想を描いていたんだろうか?
オレ達の国を消滅させたなら、同じ思いを味わわせてやればいい……。
………復讐すればいいんだ………。
リオンの答えを聞くよりも先に、
オレの心には憎しみが強く広く渦巻いては塗り潰していた。
そんな狂気にも似た憎しみを抱いたままリオンと視線をぶつければ、
それは強い衝撃となって返ってきた。
合わせた視線の先にいたリオンが、酷く、鋭く、怒りに似た眼差しをしていたから。
オレは…何か変な事を言っただろうか?
いや、言ったな。
お前もそう思うだろう?
甘い言葉を言ったオレを叱ってくれよ。
それでもリオンの鋭い眼差しに、
憎しみを宿していた心は一度大きく脈打ち揺らげば、戸惑いから妙に震えていた。
「一人で勝手に答えを出すな。楽な方へ逃げるな。」
力強く凛とした刃のような声が放たれた。
刀を心臓に直接突き付けられたような、恐怖心に似た息苦しさ。
殺意による苦しさではない、これはリオンの強い正義感という覇気。
オレは何の事か、言葉の意味すら全くわからず、
思考の停止した頭のままにリオンを見るしかできなかった。
そんなオレの心情を読み取ったかのように、リオンは言葉を続けてくれた。
「憎むのは簡単だ。だが、お前はさっきまで、
信じられる、わかり合えるかもしれないと思ったから悩んでいたんだろう?
その気持ちを簡単に捨てるな。ただの復讐の為だけに動く人形になるな。
お前は俺達と同じ、――人間だろ。
人でありたいなら、考える事をやめるな。」
その言葉に全神経が目を覚ましたかのようにハッとする。
何故、後半の言葉をアイツに似た言葉で言ってきたのか。
会ったこともないリオンが、何故か女騎士と似た口調で言葉を投げてきた時、
オレは憎しみで塗り潰した心に揺らぎを感じた。
リオンのその本旨、そして、強さに。
「お前、まさか…信じるのか?」
「いや、まだわからない。…だけど……。」
フッと目を伏せてから、今度はリオンが穏やかな瞳のまま月を見上げた。
そうだ。コイツは闇魔導士であり死霊術にも精通している。
何か思う所や通じる所があるのかもしれない。
オレはそう考えればリオンの言葉の続きを静かに待った。
「俺も、彼女の立場だったら…怒るかもしれない。
でも、間違っても国を消し去ったりはしない。」
「つまりそういうことだ」とでも言うように振り返って軽く笑う。
いや、つまりどういう事だ?
わかる気もするしわからない、という事だろうか?
「俺はまだ会ったこともないからな。会ってから決めるさ。」
それだけを言えばスッと立ち上がり、軽く衣服の埃を手で払うリオン。
オレはリオンの器の大きさと冷静さに当てられたかのように、
今はとても落ち着けている自分に気付く。
そんなオレの姿を見てリオンは小さく笑うと、
そのまま背を向けて来た場所を戻っていく。
多分、落ち着いて考えられるようになったオレを見て、
一人で考える時間を与えてくれたのだろう。
…何て気の利く奴だ。
しかし、見送っていたリオンの背中がくるりと返り、再びオレと視線がぶつかる。
最初こそ「何だ?」と神妙な表情で見ようかと思ったのだが、
その口元が小さく笑っており、悪戯っぽい笑みに思えて仕方がない。
…何だ。何を言おうとしている?
オレの念力が通じたのか、リオンは悪戯っぽい笑みをそのままに口を開いた。
「俺よりも、死神のお前の方が良くわかるんじゃないか?」
……いや待て畜生め。
オレは何も好き好んで死神になったわけじゃないから、
屍とか霊との交流もないし、元々は人間だ。
むしろ、そんな分野を好き好んで一番精通してるのは………
「オメェだろ!!」
悪戯っぽく笑うリオンを見てすぐわかった、からかってると。
オレが少し声を荒げて返せば「どうかなー」なんて返ってきた。
コイツ…、本当に時々こんな王子っぽくない行動をしてきて謎だ。
しばらくニヤニヤ笑うリオンを睨み付けていたら、
突然両手を挙げて「冗談だ」と笑いの残る声で言う。
オレは チッ とあからさまに舌打ちを零してみせたが、リオンはまだそこにいた。
何だ?まだ言いたい事があんのか?
からかうだけならさっさと寝ろ。……オレもだけど。
「…フォルテ。」
「ああ?」
しまった。つい思ってる感情のままで声を発してしまった。
そんなオレの返答に「態度悪いなぁ」なんて小言を言われてしまったが気にしない。
さっきからかった仕返しだ。
だが、リオンは苦笑いから柔らかくも真剣な表情になり続けた。
「さっき、彼女の立場だったら怒るって言ったけれど、
俺がフォルテの立場なら…、きっと俺も…復讐って選択を考えると思う。
…でも、それじゃあ何も変わらないんだ。
だから真実を掴むまで、どうか、誤らないでくれ。」
しっかりとした口調で言い切れば、いつもの柔らかい口調で
「おやすみ」と言い残してリオンは去っていった。
そして、一人になったオレは落ち着けていたからだろうか、
すんなりリオンの言葉を受け止められていた。
それはきっと、弟や街の人の〝安否が不明〟というのも幸いしているのだろう。
つまりは、まだ生きている希望も完全に消えたわけじゃないから。
無事に生きてました、という奇跡があったのに、
オレが人殺しになるわけにはいかない。
「オレは…、焦りすぎていたのかもしれないな…。」
守れなかった悔しさもある。無念さもある。
だけど、憎み、全てをぶつけ、復讐心に囚われるには早すぎる。
真実がわかってからでも遅くはないかもしれない。
どんな真実でも受け止めてやる。
オレがもし暴走したって、オレには大切な仲間達がいる。
アイツらなら止めてくれる。
そう信じているから、オレはオレでいられるんだ。
「クラウス…みんな、どうか無事でいてくれ…。」
見上げた月は眩むほど眩しくて、オレは目を閉じて月の光を受ける。
柔らかくて明るくて、ゆっくりと目を開けば、
自然と優しく包む感覚に手を伸ばした。
―――まるで、月を掴むように―――…。
ゆっくりと伸ばした手は月に重なり、
月光が指の隙間から覗く翳した手を見つめて、その手を強く握る。
「真実を…、平穏を…。オレはアイツらと掴んでみせる。絶対に…!」
…そうだ。オレはあの女騎士とは違う。
暴走しがちな自分を正してくれる仲間がいる。
―――オレはもう、立ち止まらない。
ほんの些細な疑問でも真剣に見つめようとする一方、
憎しみという簡単な道に逃げようとする一方に悩むフォルテを支えたリオン。
リオンは何となく気付いていたんでしょうね、「あいつなら悩む」と。
そして「放っておけば憎しみに囚われる」とも。
男同士の約束、男同士だからわかる心境。
そんな友情を感じていただけたら幸いです。
それでは外伝2、真実を見つめる瞳はこれで終了です。
ありがとうございました!