【第十五章】その翼は諸刃の刃か
リオンとの約束を果たす為、国王の様子を見る為、
セルディアとアーバントはアルメリア城を目指していた。
途中ちょっとした事件はあったが、大した支障もなく再びその道を歩き始めた二人。
先を歩くセルディアを眺めていたアーバントは言い様のない感覚を抱いていたが、
長年の彼なりの悩み、
それを不安定ではあるが理由を見付けては留めるきっかけとなった。
いつから公爵であったのか?
出生もわからず、両親も知らないことに自分なりに不安を覚えていた。
両親を知らない、屋敷の使用人も話そうとしなかった。
それだけで何となくはわかっていた。
おそらく、自分は捨てられたのだと。
では、何故?
そう問うても答えが出るわけもなく、答えてくれる人もいない。
その為か、昔のアーバントはかなり荒れていたのだ。
自分では気にしていなかったつもりが、存外に傷は根深かったようで
態度に苛立ちを見せていた。
やがてセルディアの父親と出会うことになり、使用人として、
見聞や世界や人間を広めてみないか?と勧誘された。
最初は全く何も出来ず、敬語など意味がわからなかった。
セルディアとも面識はなかったのだが、とある小さな事故で知り合うこととなり、
彼女の孤独と強さを知って、彼女の執事になる決意をそこで初めて決めたのだ。
その頃の気持ちを思い出してしまい、ぼーっとしてしまったら、
セルディアから心配されてしまった。
この気持ちがあるだけでいい。それだけで自分の存在理由があると、
アーバントはそれ以上出生について考えることをやめた。
彼女の行く所に行き、
彼女の望みに沿い従い、
彼女の隣で守ること。
それがアーバントの存在理由。
まさか自分がここまで執事に染まるなど、
昔の自分なら全く想像も出来ないし笑い飛ばしていただろう。
「…ア、アーバントはシエルの執事です!
私の執事にだけはなっちゃダメなんです…!!
不幸に……させてしまいますから…!」
小さなセルディアがそう言った言葉が脳裏を過った。
本当にもうかなり昔の話だ。
……何が不幸だ。
いっそここまで人の人生を執事に染めた責任を取ってほしいくらいだ。
そんなにダメというから余計に気になった結果がこれだ。
……多分、この人は独りにさせたら破滅するタイプだ。
それに、そんな簡単に人を不幸にできるものならやってみろ。
そんな気持ちで…楽しそうであり、
放っておけないという心配から世話をすることになった。
それから接する時間が長くなる度に彼女という人を知っていった。
――だが、何か隠していることがあるのは知っている。
それはかなり根深く、長い間彼女の心を蝕んでいることも。
だけど自分からは決して聞かない。
聞かされた時、もしかすると怒るかもしれない、ショックかもしれない。
それでも、きっと俺は――
「…………?」
ふと、考えることを終わらせて視線を前に投げたら、
いつの間にか目の前に戻って来ていたセルディアが、
不思議そうに自分を見上げていて視線が合う。
心配そうというより、気遣ってくれたのだとわかる。
考え事があるなら終わってからでいいよ、というように前を塞いで立っているので、
どうやら時間をくれたようだ。
その気遣いをありがたく思いながらも首を横に振って返す。
「大したことではありませんよ。大丈夫です。
ちょっと自分の気持ちにけじめをつけていたのですよ。」
「けじめ?」
聞き返された言葉に短く頷いて返すと、それだけでわかってくれたかのように
深く追求はしてこなかった。
おそらく、今触れることではないのだと察したのだろう。
言いたくないようなことは聞かない。
だがそれは、セルディア自身もそういう隠し事がある為の気持ちの動き方であった。
だけど、わかっているからこそアーバントも聞かない。
これがきっとバイトが言っていた『遠慮しあっている』というように
見えるのだろう。仲は悪くないのに、一定の距離感がある。
それがこの二人である。
「何か力になれることなら言ってくださいね?
いつもアーバントには助けてもらってますから。」
主人からのこんな台詞は使用人からしたら冥利に尽きるというもの。
アーバントは優しく笑うと頭を下げた。
「ありがとうございます。ですが、それは同じくですよ。」
嫌味ではなく労るような優しさを含んだ声で言いかければ、
セルディアも困ったように笑い出した。
やはり、今日の彼女はいつもより明るい気がする。
だから昔のことなど思い出したのだろうか…?
「そうですね。ごもっともです。
…もう、昔のツラさを話せるのはアナタだけで――」
と、そんな微妙なところでセルディアが言葉を続けるのを止めてしまった。
視線を合わせると、何かを感じ取っているのか、東の空を眺めては
神経を集中させているようだった。アーバントも同じように視線を投げるが
空には何もなく、何か異様な気配も感じない。
「どうかしましたか?」
「……なんだろ。この感じ。何か…どこかで……。
懐かしい、けど……すごく、嫌な……。」
「懐かしいけど、嫌…?」
どういうことだろうか? 懐かしいけど嫌な感覚となると、
その事柄に良い思い出がない懐かしいものということだろう。
しかし空には何の変化もない。
その時――
セルディアが危険を感じては一気に警戒へと変わる。
その瞬間、様子でアーバントにもやっとわかった。
この気配、この感覚は――!
「皆様、伏せて下さい!!!」
セルディアを背に庇うように前に立ったアーバントが一早く声を張り上げた。
周りの人達も「なんだ!?」と驚いてはいたが、
人はそんな簡単に人の声に反応を示さないもの。
疑っているわけじゃないが、何で!? という視線がアーバントへ向く。
人が声より反応を示すもの、それは――具体的な危険音だ。
アーバントの声からほんの少し後…
ドオオオオオオオオオンッ!!!!!!!!
と北東方向から激しい爆発音が響き渡り、強く地面を揺らす。
人々から悲鳴と困惑した声が溢れ出し、
さっきまでの穏やかな時は一瞬にして壊された。
どうやら森の方からの爆発だったようだが、煙が無い。
火による爆発ではないのだろうか?
人々は何が起きたのかわからずも逃げることを強いられ、
完全にパニックとなってしまって逃げ惑う。
そんな中でもアーバントはその場を動かず、状況を確かめようと視線を向ける。
その背に守られたセルディアも、嫌な予感を覚えながらも
爆発の方向をじっと見据えていた。
「お、おい! あんたらも逃げないと危ないぞ!?」
「それより何なんだよ!? 北東の方だぞ! どうなってんだ!?」
「まさかここが攻撃されたの!?」
「バカな! 俺達の国は支援こそしたが、戦争なんて仕掛けてないんだぞ!?」
戸惑いと恐怖を口にしながらも、人々は二人の前を横切って走り去って行く。
いまだに爆発の原因は姿を見せない。
それでも、二人はその方向から一瞬も目を逸らさなかった。
しかし、セルディアとアーバントでも何かが違うように見える。
アーバントは何とも言えない危機感を覚えて瞬時に対応した。
だが、それは胸騒ぎというようなものであり、その原因を目にした今では
それ以上の警戒はない。対するセルディアはというと、爆発に警戒したとしても、
今もその警戒を解いてなどいない。
それ以上の〝何か〟を感じ取っているようだった。
「……もしかして、いるのですか?」
アーバントは姿勢も目線も前を向いたまま、声だけを背中の方へと投げる。
そう、このセルディアの警戒は尋常ではない。
背中越しの感覚だが、息を潜めてその〝何か〟を確認しようとしている…
それほどの警戒状態なのだ。
そして、この警戒は〝あれ〟のことなのかとさえ過って、
アーバントは不確かな予感で何となく言ってみた。
――もしかして、『いる』のですか?
つまりは何かの存在ではないのかと。
彼女がそれほどまでに警戒し、息を潜めながらも臨戦態勢を守る存在…それは……。
「…不確かで微かですが、嫌な気配を感じます。」
ああ、やはり。とアーバントはその背にセルディアを庇い隠すように身構える。
爆発の時の空気の振動と音、その瞬間に
酷く怯えたような顔をしていたセルディアだが、今その怯えは消え失せ、
何かの気配を察しては気丈に向き合っている。そう、この様子は――
―― 影の怪物を見た時だ。
あの時はみんなを守るためにバリアを張りに立ち向かったのだが、
あの時から本人は「どうせ無駄だ」とわかっていた。
案の定、バリアは簡単に砕かれて腹を刺される重症を負ってしまった。
それでも立ち向かったのは、自分が狙われたとわかっていたから。
そして、自分ひとりに注目させる為、ひとり最前線に飛び出したのだ。
実はアーバントはその行動を見て、セルディアだと確信したからこそ、
あの時「王」と叫んだのだ。
彼女ならそうするだろうと、わかっていたから。
「王、お下がりを。もし奴ならば狙いは貴女になります。
私ならば戦い方はわかっておりますので、お任せを。」
「…いえ、私だけ黙って見ているわけにはいきません。
使用人だから主を守って当然、前線に立つべきは従者。
…私はそうは思いません。
狙いが私ならば、私を囮に使えば簡単に済むのでは?」
正直、とんでもない発想だな、と思った。
主自らが危険に飛び込んで、自分を囮にして事を終わらそうというのだから。
こうやって無茶をする主人だからこそ、アーバントは強い使命感に駆られてしまう。
止めなければ、ではなく、守らなくてはな、と。
アーバントが小さく口元に笑みを浮かべたのを見て、
セルディアも同じくらい小さく笑って見せた。
その時、地響きが起きると、森の中で黒く大きなものが
のそのそと動くのが見えた。
木々の緑の中で、半分透明の黒く大きな影のような存在。
見間違えようもない、あの日リオン達を襲った影の怪物と同じものだった。
森の背丈を優に越えて見せたその姿に、
直接見た人々からハッキリとした悲鳴と焦りが溢れていく。
むくり、と影の怪物の巨体が起き上がると、
ゆっくりとした動作で辺りを見渡し始めていた。
まだこちらには気付いていない。
ならば、とアーバントはドール達を呼び出した。
話と状況は理解しているようで、ドールは他の二体の屍を喚ぶと、
片手を高々と空へ三人共に掲げる。すると紫色の光の粒が三人を包むと、
三人がひとつになって大きな黒い鳥へと姿を変えた。
ドールひとりだとカラスほどの大きさだったが、三人がひとつになると、
アーバントの白い鳥の姿より少しだけ大きい…大人のダチョウ程の大きさだ。
「王はそちらに乗り、サポートをお願い致します。
奴が以前と同じものならば私の得意分野です。
…お前達、囮役とはいえご主人だ。最優先でお守りするぞ。」
最後の言葉をドール達に向けると、当たり前だろ、と言うように
「ウウ!」と鳴いて見せた。
頼もしい周りに安心してしまうが、すべてはこれからである。
セルディアは一呼吸置いてから黒鳥へと跨がり、先程のサポートの件に関しても、
心の準備に関してもアーバントへと頷き返す。
準備が整ったのを確認すれば、アーバントは両手を構えて大鎌を具現化させて握る。
あの日に見た、金と黒色で装飾のある大きな鎌だ。
臨戦態勢の殺気を感じたか、アーバントの力に反応したのか、
影の怪物がぐるりとこちらを向くと、
森の木々を薙ぎ倒しながらこちらへと歩み寄って来た。
まるで敵意など感じない、ただ好奇心で寄ってくる無邪気な子供のように。
しかし、その巨体と力と無邪気さは脅威でしかない。
とりあえずは町を守りながらも、奴に近付かないと何も始まらない。
「あまり引き寄せては町が危険です!
王、あまり無茶はなさりませんように!」
力強く言い放つと、アーバントは胸に左拳をグッ当てて前を鋭く見据えた。
金色の光の粒が彼の体を包み、その瞳を一層強く見せる。
「王は絶対死守です! ――行きますよ!!」
瞬間、白金の光に包まれると大きな白鴉へと姿を変えて、
影の怪物の方へと飛び去っていく。
その後に続いてドール達、黒鴉が追いかけて飛んでいく。
二羽の大きな白と黒の鳥が影の怪物の方へ飛んで行くのを、
人々はどんな目で見ただろうか?
あれが人なんだとは誰も思わないだろう。
直接姿が変わるのを見た人は、人が鳥になるのを見てどんな目で見ただろうか?
だがこの化身化は、彼らの国ではさして珍しいことではない。
だがこの化身化は、人々にとっては異常とも取れるもの。
そんなことわかっていても、彼らはこうすることを選んでいただろう。
そして、黒鴉に跨がる人間の女性のことも。
二羽の鳥が町から離れるように飛んで行けば、
影の怪物は簡単に鳥達の方へと引き寄せられていった。
その様子を見ていた人々から歓声が上がったが、平和を手にした時、
人々は彼らをどんな目で見るだろうか?
「……人と精霊のハーフは珍しい、か……。確かにそうだな。
だけど、他国の為に命を賭けてくれる人を異端視なんかしない。
ここまで前線で戦ってくれる友を、俺は誇りにすら思う。」
町の中でひとりの男は呟く。
その鋭い意志の光を宿す瞳で、空を、怪物を、そして――
「お前達だからこそ信じて任せられる。――頼んだぞ。アーバント、セルディア。
そして、どうか無事でいてくれ……。」
二羽の白と黒の鳥と彼女を見つめて、
男は束ねた長い紫色の髪を風に靡かせて願った――。
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