【第十三章】取り戻した陽光、光の溢れる日常
セルディアが悪夢に魘され倒れたあの日から、早くも一週間の月日が流れていた。
ギラードは本当に死んだのか、ライアはどこへ消えたのか…。
もしかすると今この瞬間、何か気付かない内に、
目の届かない所で動いているのかもしれない。
そんなことを考えてしまうくらい音沙汰も無く、
ただ静かに、平和に時間は過ぎていった…。
そして、ここアルメリアにはいつものメンバーが顔を揃えていた。
中央国であるアルメリアには各国の情報が集まる為、中央だからこそどこへ行くにも
ほぼ変わらぬ距離で向かえる為、こうやって人がよく集まるのは珍しくない。
つい先日までと違う点があるといえば、
玉座の間に復帰したオーシャンとエクナ、ラルファースがいる点だろう。
まとめられた書類を玉座に座ったまま、ぺらぺらと捲っては目を通していく。
そして今の状況、未解決の事柄を理解しては整理していく。
「…うむ。特にこれといって急を要す事案は無し、か。
ギラードとライアの安否や行方も手掛かりはないしな。」
書類を眺めて整理しながら言葉を零すオーシャンに対し、ゆっくりと、
だがハッキリと頷いて返したのは隣に立つリオンだった。
今まで寝台に臥せっては状況を見通すことが叶わなかったオーシャンに、
リオンが説明と結果を伝えては状況の共有をしているようだ。
オーシャンの告げた言葉を聞いた瞬間、不穏な動きが無いとわかって
安心する気持ちと、同時に押し寄せる静かすぎる不気味さが心に渦巻いては、
何とも言えない気持ちになるのが厄介だった。
ギラードはリーゲルの一撃で絶命したとしても、
ライアはほぼ確実に生きてどこかへ逃亡しているだろう。
だからこそ、この静けさが不気味に思えて仕方がないのだ。
と思ったところで動きも無く、証拠も手掛かりも無い以上、
こちらとしては動きようが無いのも事実。
気持ちが先走ったところで、これ以上何もすることができないのだ。
だから、いざという時に動けるようにする、という精一杯。
そこで考えるのをやめては歯痒さを隠すように、話題を変えることにした。
そんな時に話題に上がるのは、やはりあの二人のこと…。
「あ、そうだ。あの二人の様子はどうなんだ?」
話題というよりも、素直に心配になってラルファースに質問を向けるリオン。
すると、その話に挙がったまだ見ぬ人物への興味からか、オーシャンとエクナは、
その何かと話題の人物の話を聞きたくて、興味津々な様子で
ラルファースへと視線を投げれば、リオンに続けとばかりに言葉を繋ぐ。
「そうそう! リオンに聞いたが、その二人は異国の王様と執事だったんだってな?
やっぱりあれか?日頃から高圧的な美人女王様なのか?」
「王様のセルディアさん、倒れたんだってね…大丈夫なのかな?
心配だけど、ちょっと会ってみたいなぁ…。」
心配しつつも、一目会いたい願望が前面に抜き出ている二人。
この二人を見ていると「ああ、親娘だな」と思う。
『美人』という単語の付いた人物に興味が湧くらしく、
二人して話が勝手に盛り上がってる時もあり似た者同士。
そんなオーシャンとエクナの望みは、〝会ってみたい〟
そのひとつだけのようだった。それを言葉や声、
態度や様子で感じ取ったのか…もしくはただ慣れただけか、
ラルファースはクスリと小さく笑い零せばそのまま笑顔で返した。
「もうだいぶ良くなって、動けるようになったみたいです。
今朝、アーバントさんと中庭を散歩していましたし。
二人とも雰囲気が独特で綺麗だから、
そんな二人を見た使用人たちで渋滞ができて大変でしたよ。」
苦笑いではなく至って笑顔で楽しそうに、それでいてどことなく嬉しそうな表情で
語るラルファース。きっと、無事に体調も良くなって
動けるようになってくれたことを純粋に喜んでいるのだろうが、
対すリオンやルキア、そしてフォルテとカレンでさえ、
二人のそんな様子と使用人達の反応を容易に想像しては「あー……」なんて
微妙な声を同時に零した。呆れたような、やれやれと言ったような様子だ。
むしろ簡単に想像できてしまうのもその原因だろう。
「…あっ! でも全然高圧的じゃないですよ。むしろ、とても丁寧な人です!」
思い出したかのようにラルファースは、にぱっと笑って
オーシャンの質問に付け足して答える。
〝とても丁寧な王様〟と聞けば、オーシャンは少しだけ驚いたような表情をした。
元が敵として存在し、脅威とされていたはずのその人。
強く冷徹で、圧倒的な力で軍隊を壊滅させ、
街を消した人だと戦時中に聞かされていたものだから、
勝手に高圧的でわがままな人物と想像していたせいだ。
手元の資料やリオン達の話で味方だとわかってからも、
どこかそのイメージは抜けることなく今も残っていたからだ。
しかし、丁寧な人だったと想像を置き換えれば、椅子に深く腰掛けて、
背を完全に背もたれに預けて座り直した。
「そうかー。美人で丁寧なタイプの女王様かー。
俺みたいな王を見たら驚くだろうなぁ…、どんな顔するだろうな?
いやいや楽しみだ! ハッハッハッ!」
「…父上…、さっきから美人としか言ってないですよ…。
それに、多分今の父上を見たら固まると思うんでやめて下さい。
初対面くらいアルメリア王としての威厳を――」
「初対面だけ良い面してたって、
どうせ後から崩すなら最初からそれでも良いじゃないか?
リオンはまだまだ固いなぁ…ま、これからか!」
「崩す前提で話すのも問題だと思いますが!?
これからとしてもそこまでの境地には行きませんよ!」
豪快な笑い声と共に陽気な言葉を並べるオーシャンに対し、
最初こそ説教じみた言葉を並べたリオンだが、後半の言葉に全てが崩壊して
素直な声を張り上げてしまう。
もちろん、そんなリオンを見ては「ハハハッ!」と笑うのもオーシャンだ。
不思議とオーシャンが笑うと陽気な空気が場に広がり、
周りへと伝わればそこで笑顔を生む。
ムードメーカーというより、どこか太陽のような人だった。
まるで言うことを聞かず笑うオーシャンにため息をついて項垂れたリオンだが、
そんな彼にもすぐに口元に笑みが生まれる。
つい最近までは病床に臥せっていた人物の復帰。
昔のような時間を取り戻してはこんなやりとりができることを、
口には一切しなくても嬉しくて、そして何より楽しんでいるのだろう。
二人の懐かしいやり取りや様子を眺めて、本当に嬉しそうにくすくすと笑うエクナは
一頻り笑うと、ふうっと息を零してから目を輝かせて笑った。
「その人、すごく強くて美人なんだよね?
アーバントさんのご主人様ってことだし、すごい気になるよ!
かわいい美人さんかな? きれいな美人さんかな?
えへへ。ルキアさんが認めるくらいだからよっぽどだよね!」
「何で私基準? でも、美人なのは間違いないよ。
…まあ、下手を言えば男に見えなくないくらい中性的なんだけど…。
――ラルファース的に。」
「なんで僕!?」
「……あっ。」
「ごめんね!? エクナもそこで納得しないで!!」
憧れと興味からエクナが妄想を膨らませる中、
ルキアの突然の変化球の餌食となるラルファース。こうして見てみると、
何とも微妙なバランスでボケとツッコミがいるのも不思議な縁である。
……と言っても、圧倒的ボケ率は高いが。
あちこちから穏やかな笑い声が溢れる中、玉座の間の扉が開かれると
カツ…カツ… と軽やかに踵を鳴らす音が耳に届く。
扉をくぐるなり一礼をすることなく歩みを進める人物。
背丈の高い、逞しく品のある雰囲気…。
そして、その歩く姿でさえ品格を感じさせる人物に、どこか見覚えがある面影…。
「美人というより、独特な雰囲気が物珍しさや色気を感じさせるんだろうな…。」
低く届いた渋みの含む声には聞き覚えがあった。
それに、どこか余裕を感じさせる包むような声。
こちらへ向かってくる面影や品のある歩き方、その声に確信を得るくらい勘が冴え、
オーシャンとラルファースはほぼ同時に叫んだ。
「バイドかっ!?」
「父上っ!?」
上品で存在感のある姿と歩き方で姿を見せたのはバイドだった。
オーシャンからしたら懐かしくも会いたかった人物の登場に嬉しくなるが、
そこでひとつ疑問が生まれる。
今ここにはグランヴァルの皇帝と皇子が揃っている。
王族の見事なまでの不在に大丈夫なのか!?
という思いを誰もが抱かずにはいられない。周りのそんな気も知らずに、
歩みを進めてはオーシャンと再会の握手をがっちりと交わす。
そんな二人の握手だが、
ただ手を握る動作だけでも人柄が見えるくらいだから不思議だ。
オーシャンはがっちりと手を握り、口元に大きな笑みを浮かべながら
「よお、生きてたか!」なんて楽しそうに。
バイドは少しだけ屈みながら、しっかりとスマートに握り返し、
柔らかく微笑んでから「久しいな」と嬉しそうに応えていた。
握手が交わし終わるのを見届けて、手が離れたタイミングで
ラルファースが慌てたように声を上げる。
「すみません、割り込みます!
ち、父上! なんで父上までここにいるんですか!?
父上までここにいたら、城は今…!?」
「おいおいラルファース、人前で何回呼ぶつもりだ。いや…とにかく大丈夫だ。
今グランヴァルは、セルディアくんの屍達が騎士と一緒に守ってくれているんだ。
それに、ここへは彼女の力で送ってもらったから、
城を抜け出してからそれほど時間は経っていないよ。……………多分な。」
頼もしく渋みのある声だからか、とても安心して話を聞けていたというのに、
最後の〝多分〟で台無しだ。質問をしたラルファースでさえ、
父親のその言葉に一瞬思考が失われ「えっ」の一言も出ることなく固まっていた。
そんな周りを置き去りに、何かを思い出したバイドは突然ハッとして、
オーシャンやルキア達へと視線を向ける。
「ああ、そんなことよりも…。最近こっちで地震が起きていないか?」
「地震、か?」
バイドの言葉を聞けば、すぐにオーシャンは首を傾げて疑問の声を零す。
心当たりは無く、皆にも確認するように問い掛けるが、
ラルファースとカレン以外の全員は首を横に振った。
その横でフォルテも首を傾げては怪訝な表情をしていた。
「地震なんて最近ずっと起きてないぜ?
ここだけじゃなくて、アスルでも長い間揺れたことはなかったはずだ。
……あ? でもカレン、北は違ったな?」
「うん。リュースは最近地震があったよ。
以前までは全くなかったけど、最近頻発してるみたいで、話は届いてます…。」
フォルテとカレンが出身国の状況を話せば、ラルファースはただ驚いたように
「えっ!?」と声を上げる。
「ここと南は揺れてないんだ!?
でも、東と北は体感できる揺れを感じてるのに、南はとにかく…
中央にまで響いてないって、どうしてだろう?
揺れる時は結構揺れるんだ…。」
話を静かに聞いていたルキアがさすがに考えさせられたのか、
今までのことを思い出すように考え込むが、
部分的な地震など不気味に思うものの心当たりは無かった。
むしろ、みんなが言うように体感する地震など最近なかった気がする。
「うーん…、と言われても全く体感する揺れは来てないぞ?
東と北だけって言うのも気味の悪い話だけど…。」
ラルファースの純粋な疑問にルキアが頭を悩ませながら答えた。
地震の話でそれぞれの考えが飛び交う中、
話の発起人であるバイドは静かに各々の話に耳を傾けていた。
その時にも、やはり知恵袋ともいえるリオンが憶測ではあるが、
安定の推理を、仮説を立てる。
「地形プレートの形や位置によるとしても不自然だな…。
少しくらい響いてもおかしくないと思うんだが…。」
「ふむ。リオンくんの言う通りだな。
だが、実際に起きている場所と起きていない場所があるようだ。
北東地域のみの規模の小さいものなのか、
はたまた地中で起きているわけではないのか…。」
ひとり考え込んでしまったバイドに周りは付いて来なかった。
ただし、アルメリアとグランヴァルはそんなに距離があるわけでもない為、
地震が起きて響いて来ないのは異例だった。
それは誰もが気付いている。
と、そこでオーシャンが何かに気付いて再びバイドへと声を投げる。
「ちょっと待て。バイド。
お前今、地中で起きているわけではないのかと言ったな?
地中で起きない地震って、どういうことだ?」
そんな反応を待っていたかのように、
バイドは一度強く頷けば懐から二枚の紙を取り出して見せた。
「アスルのクラウスくん、リュースのローゼアント様に、
屍便で速達してもらったものの返信だが……。
フォルテくんとカレンくんの言うように、アスルはNO。リュースはYES。
…つまりは北東のみと確定できそうなんだ。
でな。地中で起きない地震となると、自然災害ではない可能性がある。」
酷く真面目で、酷く真剣な顔で自信たっぷりに言い切るバイド。
しかし、色々引っ掛かることを口にしたのは聞き逃せない。
まず、何故その超速達の手段を中央にも使わなかったのか。
しかもそれは『屍便』と言った。なんだそれは!? 大丈夫なのか!?
リオン達は屍がセルディアの部下だと知っているが、
一般的に驚くどころじゃ済まず、魔物の襲撃と勘違いされて
撃退されてもおかしくないレベルの郵便屋だ。
それに、何故バイドが他人の屍をこき使っているのか…。
北東の地震は小規模のもので事件性はまだ低い。
先程バイドは『自然災害ではない可能性がある』と言ったが、
何よりその証拠がない。これがただの地震でしたー、となったら
コイツは地震研究者にでもなるつもりなのかと。
ほぼ全員が言葉を失って首を傾げて固まる中、
ひとり静かに考え込んでいたフォルテが顔を上げる。
「…人為的な地震か…。嫌でもアイツの故郷の惨さを思い出すな…。」
低く届く声は全員へ届き、その言葉の意味に言葉を失う。
オーシャンも、リオン達の話や文面で話の流れは頭に入れている為、
フォルテが何のことを話しているのかはわかっている。
だからこそ、今、眉間に軽く皺が寄っていた。
「国を…、一部の私利私欲の為だけに爆破されたんだってな…。
もしもだとしても考えたくもない話だ…。
だが、逃げたライア達がそれを繰り返そうとしているとしても、
ガス爆発の実験などしたらどこかで火災となっているはずだ。」
オーシャンがしんみりと、それでも真剣に話すと、
同じくバイドも悲しそうに目を伏せながら首を振る。
「もし地下実験だとしても、それは地中を響いて国を渡るだろう。
…あり得ないとは言い難いが、可能性は低いと信じたいところだな。」
国王二人が悲しそうだが真剣に話し込んだ中、
言い出したフォルテ本人は腕を組んで、俯きがちに同じく首を振る。
その声はため息を含んでいたが、二人をあしらったわけではなく、
自分自身にため息をついたように見えた。
「いや、単なる想像だ。そこまで事件性は考えてねえよ。」
三人とも独特な低さを持つ声でしっとりと話をやりとりする姿を見れば、
周りはただ耳を傾けることしかできなかった。
何となく、フォルテにそういう血はないのだが、
どこか一国の王とも物怖じせず話す姿は貫禄があり違和感がない。
ふと、オーシャンは顰めていた顔を戻し、顔を上げた。
「…ん? そういえばクレスレイムはどうだったんだ?」
オーシャンは何気なくバイドに問うが、バイドは返信の紙を二枚しか持っていない。
そうなるとクレスレイムには声かけをしていないのか?
いやそれはバイドに限ってありえない。
「クレスレイムへの確認と調査にはリーゲルが積極的でな。
地震の確認をしたいが、なんせ王がいないだろう?
だから国民へと思ったが、誰に宛てるべきか迷ってな…。
そうしたらリーゲルが自ら出向いてくれてな。結局地震は無かったそうだ。」
リーゲルはクレスレイム出身であり、母国を案じての行動力は凄まじいものだった。
それは、仕えるグランヴァルに対しても顕著に現れており、
献身的に尽くしてくれる姿勢はどこへ行っても向けられて、
決して衰えることはないのだろう。最近はセルディアにも献身的に接しては、
彼女からやんわり断られたそうだが変わることがなく、
「あれは職業病だ」と言われる始末となったらしい。
…それは何となくだが、想像ができる。
真面目すぎるのが仇となる、それがリーゲルという男だ。
もちろん他意も悪気もない。
不思議と周りで微妙な笑顔が浮かんでいたが、やはり事件性はまだ薄く、
ハッキリと動くには曖昧すぎると確信に至る。
調査は続けるだろうが、表立ったものではなく小規模で行なうこととなるだろう。
「なあ、もし事件性が疑われることとなったら、
こちらからも調査員を派遣してやるが……お前、一体どうやって帰るつもりだ?」
「どうやってって、それは……。…………あ。」
オーシャンの言葉で我に返る。
それもそうだ。さっきバイドは「セルディアに送ってもらった」と言った。
その時点で嫌な予感はしていたのだ。
転移魔法という高度な魔法を使える者は少なく、
術者が近くで発動させないと効果は受けられないもののはず。
こうやって来たものの、このままでは帰路は徒歩か馬となるだろう。
もちろん普段なら馬だろうが、バイドはこうも言っていた。
城を抜け出して来た、と。
つまりはすぐに戻らないと大惨事になりかねないのだ。
もちろん、屍を使うことや、転移魔法を使ったセルディアは所在を知っているから
説明してくれるだろうが、帰ったら帰ったで使用人達からどやされるだろう。
「やらかした!」と頭を抱えるバイドの視界の傍らで、何かがふわりと舞い飛んだ。
「ん?なんだ…この光?」
頭を抱えて唸っていた視線を舞い飛ぶ光へ移して呟けば、
バイドのすぐ傍で青い光が小さくぽわぽわと舞っていた。
すると、水の波紋のように紋章が床に描かれると、屍が床から現れる。
その瞬間はどうしてもまだ驚いてしまうが、すぐにその独特な屍の姿、
ローブコートのようなものを羽織る姿を見れば警戒が解ける。
褐色の肌に黒のローブコートと帽子…この屍はセルディアの屍であり、
おそらくドールと呼ばれるリーダー格の者だ。
「おおっ、キミは――!」
状況を理解して来てくれたのか! とバイドは少しだけ声のトーンを上げて
視線を投げたが、そんな声を掻き消すように前からの悲鳴が響いた。
「きゃあああああッ!!」
「何者だッ!? 今叩き斬ってくれるッ!!」
もちろん話だけは知っていても実物を見たこともなく、
見分けが付くわけもないエクナとオーシャンはパニックだった。
ゾンビなんて、初めて目にしたからだ。
それでも気丈に大剣に手をかけたオーシャンは、
すぐに駆け出しては勢い良く鋭い一撃を振り払う。
「ウゥゥッッ!!?」
シュバッ!!! と瞬時に床の中へと滑り込んで何とか避わす屍。
…うん、この声…ドールだ。
もう一振り! と力強く構えたオーシャンをみんなで止める。
オーシャンとエクナからしたら、どうして周りは武器を手にしないのか、
どうして止めるのかと、もう何がなんだかわからない様子だった。
一番近くにいたバイドがオーシャンの腕を必死に捕まえていた。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ…!
これがっセルディアくんの屍なんだ! 敵じゃっ、ない!」
ぐぐぐっ…と必死に押さえながらも必死に訴えてくるバイドの様子からして
嘘ではないとわかる。「は?」と言いたげな表情でオーシャンはバイドを見て、
エクナはリオンやルキア達へと視線を向けていた。
リオン達も苦笑いのまま頷くので、まだ少しだけ警戒しながらも
オーシャンは剣を下ろして、エクナは代わりに数歩下がった。
強く息の詰まったようなため息をバイドが零すと、静かになったのを見計らって、
床から出て来たドールは顔だけ出してキョロキョロしている。…何故か、
慣れてくると天敵から逃げる小動物のように思えてしまい、笑ってしまう…。
安全を確認すれば床から飛び出して、
初めて出会うオーシャンとエクナへペコリと頭を下げた。
「う、む……。」
珍しくオーシャンから戸惑いと身構えの抜けない微妙な声が零れた。
その遠く後ろでエクナは反射的に、ぺこっと勢いよく頭を下げていた。
「最初は僕たちもびっくりして慣れなかったけど、
この人がドールさんっていって、セルディアさんの屍なんです。
騎士で例えるなら、セルディアさんの臣下? になるのかな。」
安心させる為か、代わりの紹介か。
ラルファースがオーシャンとエクナへ紹介すれば、ドールは次に敬礼をして見せる。
おそらく、騎士という単語に反応して敬礼をしたのだろう。
「お、おお…そうか…。…ごほん。えー…。すまんな、突然剣を向けたりして。
俺がアルメリアの国王、オーシャン・マーティンスだ。
後ろにいるのが娘のエクナリス。
バイドやリオン達が世話になったようだな…。」
「っは…はじめ、まして…。エクナリス、です…。」
「ウウッ!♪」
おっかなびっくりな自己紹介をするも、ドールからは言葉という言葉は返らないが、
とても明るく嬉しそうな声が返される。見た目こそあれだが、敵意も無くて、
どことなく小動物的な感じがしてやっと警戒を解くことができる。
すると、何故ここに来たのか思い出したようにバイドへ振り返り、
その手の中にある物を差し出してみせる。
その物を手にしてみるが見覚えはなく、バイドは素直に首を傾げてしまう。
「綺麗な青い石だが…これは、何だい?」
わからない様子と言葉を聞き入れれば、ドールは両手で
何やらジェスチャーを始める。何か、右手で左手をパチンと合わせては、
次に左手で右手をパチンと合わせたりしている。
それが伝わっていないとわかれば、今度は宙空でポーンポーンと右手で、
左右へ飛ぶように半円を描いて弾ませていた。
「………うん?」
「ヴ…。」
バイドが苦笑いで弱ったように首を傾げるから、
ドールは明らかに不機嫌な濁った声で鳴いた。そして、何か閃いたように
床にしっかり立ち直し、すぐにシュッ!と床に潜れば、シュッ!と右側へ飛び出る。
再び潜れば、今度は元いた場所へ飛び出した。
その動き、その意味にルキアがハッとする。
「……転移……? まさか、その石って転移の力が宿った石?」
「ウーーーーッ!♪」
上機嫌に鳴いてはピョンピョンと跳ねる姿を見ると、どうやら正解のようだ。
やがて次とばかりに、しっかりと祈るような動作をして城内を見渡してみせる。
「えぇっと…、しっかり想像しろ…ってことか?
転移先を思い浮かべて使う、のか?」
「ウゥーーーッ!♪」
どうやらまたも正解のようだ。ルキアの通訳を含めてバイドも理解したらしく、
二人に明るい笑顔を向けて「助かったよ」と礼を述べる。
「はあ~、転移の力を石に込める方法なんてあるんだな…。
にしてもルキア…お前、屍の主になれるんじゃないか?」
「いや、怖い。それに連想しただけだから無理。」
リオンの突然の発言に即答するルキア。
そんな会話を端で聞いていて、カレンがぽんっと手を打つ。
「あっ、そーだ! フォルテ死神なんだからさ、言葉わかるんじゃない?」
「ふざけんな。オレは死んでねえ。
あーいや死んだが、言葉なんて通じるか。まず分野が違え。」
こちらも問い掛けにポンポンと即答するフォルテ。
しかし、何の分野の違いなのかはよくわからない…が、多分聞いたら怒られるので
カレンは笑って流していた。
「調査に来たはずが迷惑をかけてしまったな。
皆には感謝しているよ。ありがとう。」
少しだけ申し訳なさそうにしながらも、相変わらずの品のある笑顔で
バイドが告げると、ドールもみんなへと一礼を返す。
手にした石をぎゅっと握ってからバイドも丁寧な礼をすれば、
一度だけ目を伏せてから石を胸に当てる。すると、キラキラと輝く青い光が
石から溢れると、揺らめく炎のような光がバイドを包み込んだ。
その光の中で伏せていた目をゆっくり開くと、青く輝く光と相まって、
バイドは神々しく不思議な雰囲気を纏っていた。
「じゃあ、またな。オーシャン、リオンくん、エクナくん、また来るよ。
フォルテくんもカレンくんも、報告ありがとう。
地震の件はもう少しこちらで調べてみるよ。
ラルファース。私は先に帰っているが、
せっかくこうしてゆっくり会えたのだから、気の済むまで居なさい。
オーシャン、しばらく息子が邪魔するが頼んだよ。」
「ウゥー!♪」
バイドの言葉に合わせてドールも片手を振って光を纏う。
そのまま二人は青い輝きに包まれて、光の粒に飲まれるように消えていった。
二人が消えた後に残った青い光は、しばらく粉雪のようにキラキラと舞い散り、
その残光すら目を奪われるくらい幻想的で美しい光景だった。
青い光はやがて銀へと変わり、風に溶けて消えていった。
「ほお…、綺麗な魔法を使う人なんだな…。」
「ね~…! やっぱセルディアさんってすごいねー! 早く会いたいよー! えへへ!」
心を奪われたような、ため息混じりにオーシャンが声を漏らせば、
それに応えるようにエクナもため息混じりに返事をして、
すぐに目を輝かせては堪らないとばかりに、少しだけはしゃいだような声を上げた。
「お互い気を抜くわけにはいかないようだな。
地震の原因が事件性もなく、何もなければいいんだが…。」
「そうだね。こっちも何かあればすぐに報告入れるようにするよ。」
リオンとラルファースが最終確認とばかりに言葉を交わせば、
それを聞いていた周りも頷いて、それぞれ気を緩めないようにと、
何か異変があればすぐに伝えることを共有する。
話が終わりかけた時、オーシャンが「あっ」と何か神妙な声を上げるものだから、
何事かと全員の視線がオーシャンに集まる。
そんな真剣に向き直られたものだから、大したことじゃないと笑って避わせば、
ただリオンひとりへと顔を向けた。
「そのセルディアさんだが、ちゃんと伝達はしてくれたな?」
低く真剣に言うものだから何か重要な伝達でもあったのかと周りは思ったが、
当の本人であるリオンは、急に呆れたような表情を浮かべて小さくため息をついた。
「…ちゃんとしましたよ。
なので、体調が良くなり次第ここへ来てくれると思います。
――が。別に美人と有名だから父上が会いたがってるとかじゃなくて、
紅茶の礼をしたいって理由ですがね!
ちゃんとした理由で招いたんですから、不躾なことしないで下さいよ!?」
これが父親に言う言葉かと疑いたくなるが、
オーシャンだからこそ言われてしまうのだと笑ってしまう。
リオンは嫌な予感から釘を打ったのだが、
当のオーシャンは豪快に笑い飛ばしているのだから、
わかってくれたのか聞き流したのかはわからなかった。
そんなやり取りに、やはり周りには笑顔が生まれる。
静かな平和な時間を味わうかのように、
アルメリアには明るい笑顔が取り戻されていた――。
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