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リコレクトコード  作者: 有須乃
~第一幕:崩落の日常
12/26

【第八章】蒼炎の灯


 グランヴァル帝国を我が物にしようとするギラードの狙いを探るべく

 進む一行を待っていたのは、東軍とその将軍リーゲルと薔薇の騎士本人だった。

 その薔薇の騎士から告げられたギラードの悪事に衝撃が走り、

 突如現れた影の怪物に襲われたルキア達の前、

 『セルディア・リィン・メルセディオ』という女性の姿が暴かれる。


 西の伝承にある『いないはずの王』、『亡国の王』…。


 詳しく聞く時間もなく、グランヴァル城から爆発が起き、

 一行より先にセルディアはひとり、深手を負う体で駆け出して行った。

 目指すは、護るべきどちらの人なのか…。


 辿り着いたセルディアはギラードと対峙し、バイドを護る為に剣を抜く。

 その彼女の本名にどこか聞き覚えのあるバイドと、その名に狼狽うろたえるギラード。


 だが、悲劇の歯車は止まらなかった。


 ギラードの力により、魔法を使えない空間が展開されてしまい、

 セルディアの傷を塞いでいた魔法は打ち消され膝を着く。

 トドメとばかりにギラードは屍を召喚しセルディアへ向けるが、

 同じくセルディアも屍を召喚し戦わせたが、最悪の事態は待ってくれなかった。


 地上八階相当の城から突き落とされた東国の皇帝バイドを追い、

 共に飛び降りたセルディア。

 ギラードが展開した魔法の使えない空間に捕らえられている為、

 クッションになるものを作り出すことも敵わず、

 腕を突き出して折ってでもバイドを守ると覚悟を決めた。

 「…すまんな」と零されたバイドの言葉に、強い覚悟を心に宿し歯を食い縛る。

 地面はもう目の前だった。


 ――その時、地上から二つの声が響いてきた。


 「勝手に死ぬなよッ!!」


 荒々しく強い声が先に届いた時、空間が大きく揺らいだと思えば、

 ピシッとヒビが入る音と同時に空間が割れて砕け散る。

 その後すぐにふわりとした感覚が二人を包めば、落下速度は落ち、

 ゆっくりと地面に着地することに成功する。

 何が起きたのかわからずも、

 お互い無事に着地できたことを確認すれば声の方向へ振り返ると、

 フォルテを先頭にアルメリア軍とグランヴァル軍が駆けて来るのが見えた。

 あれは、街道で鉢合わせたリオン達とリーゲル達の軍だ。

 その先頭を駆けるフォルテが大きな鎌を手にしている姿を見ると、

 ギラードが展開した魔法封印の空間を切り裂き砕いたのが彼だとわかる。

 そんなフォルテが次に、何か手を大きく振り払う動作をしていたが、

 ジェスチャーだけでは理由がわからない。

 失血のせいか…? 頭の回転が鈍く、すぐに理解ができなかった。

 だが、その場から退けとでも言うように見えた。


 「上ですッ!」


 不意に届いた横からの声にすぐさま振り向けば、

 アルメリア軍が向かい来る場所から少し外れた茂みの中、

 ローブ姿の騎士が叫んでいた。…この者は、確かファルスという新人騎士だ。

 クレスレイム侵攻の軍として向かっていたはずの彼が、何故ここにいるのか。

 バイドはその彼を見たままでいたが、

 セルディアはファルスの姿を確認してはすぐに太刀を構えて頭上を見上げる。

 すると、自分達が落ちてきた場所から人が降りて来る姿を見た。

 近くなる人影。

 魔法の使えない空間を砕かれた為、

 もうさかしい策など用いらずに実力行使ということなのだろう。

 着地はもちろん魔法を駆使してくるはずだ。だが、その速度は変わることなく、

 先陣を切り、こちらに向かう者のその手に光る物を見た時、

 セルディアは逃げることなく太刀を強く握る。何より、今のセルディアは

 この距離からバイドを守りながら逃げられる状態ではなかったからだ。

 バイドを狙って上から襲い来る人影を捉え、バイドの手を引いて

 自分と場所を変えるように背後へ突き飛ばす。


 「ッ!? き、キミ…ッ!」


 「バイド陛下ッ、離れてくださいッ!!」


 セルディアの強い覇気と声に無意識にも数歩下がってしまう。

 太刀をしっかりと強く握れば、上で防ぐように構えた瞬間、空気を裂く音が響き、

 耳を塞いでも貫き来るような鋭い鉄のぶつかり合う音が響き渡った。

 衝撃により地面の砂を衝撃波が風と共に吹き飛ばす。

 バイドや他の騎士達やフォルテ達も、砂埃を防ぐように目をつむってしまう。

 そんな中、舌打ちと共に落ちて来た刃を振り払うと、

 振り払われた者が距離を空けて着地する。

 ザッと確かな足取りで着地したのは、サーベルを持ったギラードだった。

 先陣を切って降りたギラードとのぶつかり合いの衝撃波により、

 後から降りてきた私兵の何人かがあおられたのか、着地が危うい兵も何人かいた。

 負傷した兵士達も中にはいるだろう。

 そこまでしてグランヴァルに執着し、

 バイドを亡き者にしようとする理由は何なのか。

 そこまで考えた時、体に走る激痛に身を屈めて剣を下ろし、

 傷口を押さえるセルディア。先程のいつよりもずっと表情は苦しそうだった。


 「シエ…っ、セルディアさん…!!?」


 凛と通る心配する声はリオンの声だった。

 つい前にルキアが魔法で封じたはずの傷口から血が落ち、

 より重症化していたからだ。だが、その声は敵勢力により遮られてしまう。

 もちろんルキアも目にした時に驚いていたが、

 迫り来る兵士達の姿を見て言葉より前に刀を抜いていた。

 着地が叶い、無傷な兵士達は次々とアルメリア軍とグランヴァル軍へ向かっていく。

 その勢力相手にアルメリアもグランヴァルも武器を構えた。

 ギラードが手を軽く払うと、再び屍が地中から現れ、残った数人の兵士と屍は、

 バイドとセルディアをぐるりと囲むように構えていた。

 セルディアの前にはギラードと数人の兵士、バイドの前には屍達が囲い狙う。

 背中合わせで構える二人だが、セルディアは負傷し、バイドは無手で構えている。

 勝負は見えているかのように圧倒的不利な状況だった。

 突然の異形いぎょうの存在の登場に困惑するアルメリアとグランヴァルの複合軍の前には、

 多数の兵士と屍。ファルス率いるグランヴァル軍は複合軍に加勢していたが、

 それでも数は互角か劣るかの乱戦状態だった。


 「自分より大柄の男をかばって戦えますかな?」


 独特なまとわりつくような響きを持つ言葉を、ニィッと口角を上げた口で言えば、

 サーベルを大きく構えて向かい来る。

 手を出そうとしたバイドを制止させ、屈めた身を懸命に持ち上げ

 太刀をギュッと握る。まるで痛みをそちらに逃がすように。

 「チッ」と再び強く舌打ちをかませば傷を押さえる手を外し、

 太刀を握り振るうことだけに集中する。

 ギラードの乱雑でいて力任せに振るわれる刃を的確に受け止めては払い、

 数十回という太刀筋を全て防ぎ流す。


 一方のフォルテ達は屍に一瞬こそ怯んだものの、兵士達はもちろん、

 屍もバッタバッタと討ち倒していた。

 フォルテが先陣で大鎌を振り払いぎ倒し、カレンが彼をサポートし、

 魔法で討ち損じを蹴散らす。

 時に鎌を静かに払うと糸が切れたように兵士は倒れ、

 カレンは死角から近寄り、剣の一撃で倒していた。

 これが暗殺者の実力、いや、暗殺術なのだろう。

 一方では、ルキアが太刀で敵を素早い身のこなしで次々と斬り伏せ、

 リオンが大きな魔法の詠唱中を守り、

 詠唱後にリオンの爆発的な魔法が炸裂し敵を吹き飛ばす。

 リーゲルの剣は力強く、兵士達の鎧ごと叩き割るような破壊力で敵を叩き斬る。

 その傍らではアーバントが大鎌を振るい、

 外見に似合わず圧倒的な力でガンガン敵を蹴散らしていく。

 二人はお互いの隙を補い、リーゲルはアーバントを護るように戦っていた。

 彼らが負けることはなさそうだが、何せ数が多い。

 早々に討ち果たしてしまうのが望ましいのは事実。

 こういう団体戦は首魁しゅかいを討てば打開するはず。

 そう考えを固めて、セルディアは今、刃を合わせているギラードに集中する。

 その時、ギラードはセルディアにしか聞こえないくらいの小さな声で笑った。


 「そんな集中していいのですか?ワタシの屍は皇帝を狙ってますよ…?」


 その言葉にハッとして横目で距離を見た時、集中して剣をさばいていた際に、

 少しとはいえ距離が離れてしまっていることに気付いた。

 刃を合わせている中で目を逸らすのは危険だとわかっていたが、

 それでも振り返ると屍がバイドへ迫っていた。

 ――このままでは…!

 そう思った時、暴風が渦巻くと続けて爆発が起き、

 バイドの前にいた屍を蹴散らした。

 一瞬何が起きたのかわからなかったが、続く声に状況を理解する。


 「これを!」


 離れた場所から駆け寄りながら、ファルスが全力でバイドに何かを投げる。

 しっかりと片手でそれを受け取ると、何の躊躇ためらいもなしに

 鞘から剣を引き抜いては懐刀ふところがたなを見せつけ構えるバイド。

 懐に隠せる十センチほどの短剣を握り構える姿は、

 既に勝利を確信したような笑みを浮かべ、

 小さな剣であるのに圧倒的な威圧感があった。

 しかし、病み上がりなのは変わらず、あまり無理はさせられない。

 一気に決着をつける為に、セルディアは次は自分の番だとばかりに

 連撃を撃ち込んだ。だが、気にしていないつもりでも傷が動きを鈍らせ、

 いつもの切れや速さは目に見えて落ちていた。

 数度の連撃を撃ち込んでは防がれ、呼吸が乱れた途端、

 視界がぐるりと回り、体のバランスを失う。


 「街はいただきますよ。」


 気持ち悪いくらいに回った視界には痛いくらいの眩しい光が広がる。

 無意識か使命感か。

 白い騎士服の襟元を掴み、何かを守るようにギラードの手の進入を防ぐが、

 光の球が弾けるように爆発し、セルディアは完全に巻き込まれてしまう。

 光と砂煙の中、吹っ飛ばされたセルディアの体が現れ、

 何とかギリギリのところで体勢を整え、地面に片手片膝をついて受け身を取る。

 息を乱し、ボロボロの姿で苦しそうに呼吸を繰り返しては

 身を屈めたまま動かなかった。

 顔を上げたのは、ギラードが光と煙の中から飛び出しては、

 サーベルを振りかぶって向かって来ていた時。

 ただ何かを守ろうと、上着を強く握ったまま動く事が出来ず身を固める。


 「さようなら、メルセディオ…。ハウリオンもすぐに送って差し上げますよ…。

  あの世でお幸せになりなさいッ!!」


 もう反撃するには遅すぎるし、頭の中もグラグラして動けば倒れるだろう。

 だがせめて、奴の思惑通りにはさせない為にも、

 目を閉じてその身を固めることしかできなかった。


 大丈夫――。

 きっと自分がここで倒れても、彼らなら――…。




 「そうもいかないんだよ…。」




 ギラードの勝利を確信した高笑いの中、ピシャリと落とされた聞き慣れない、

 小さく笑いながらの低い声。

 それはギラードも誰の声かわからず笑みを消す。

 セルディアの目の前に大きな影が落ち、

 大きな背と、風でサラリとなびく綺麗な金色の髪が立ち塞がる。

 その姿を目の前で確認した時、ギラードは酷く驚いた顔をしたが振り切り、

 サーベルを振り下ろす。

 しかし、ギイィンッと鈍く貫く音が響けばギラードは押し飛ばされてしまう。

 何とか受け身を取って距離を取るが、

 ギラードからは悔しそうな「クッ…」という声が零れ、

 目の前の男を強く睨みつけて対峙していた。


 「無事か?」


 顔だけで振り返り、陽気な笑みを口元に浮かべたその男はバイドだった。

 上品な笑みだが、それはたくましく大きな存在感を持っていた。

 毒でせっていた病人とは思えないほどの力と動きに、

 セルディアは唖然としたまま彼を見上げていた。

 まさかと思い、バイドが先程まで立っていた場所へ視線を投げたが、

 そこには囲むように存在していたはずの屍の姿はひとつも存在していなかった。

 ………“強い”。

 そう確信できるこの圧倒さに苦しくても笑ってしまう。

 この事態に気付いた兵士達がバイドへ向かい来るが、

 彼はセルディアをかばいながらも一撃で、

 確実に相手の急所を突くことで無駄に体力を使わずに戦っているようだった。

 強く、敵をよく見る人だが、今は状態が万全ではないはず。

 小さく笑ったまま、ゆっくりとセルディアは立ち上がって太刀を握り直すと、

 再び気力を支えに刃を振るう。

 バイドの攻撃後の隙をセルディアが埋め、

 セルディアの隙をバイドが埋める連携攻撃の嵐。

 それはまるで、王族の典礼技てんれいぎのような軌跡が描く乱舞のように美しかった。

 次々と敵を薙ぎ倒していく美しい剣技の舞いに、敵も味方も魅了される。

 深手を負う女性である王様と、病に蝕まれていた皇帝…。

 二人の強さに圧倒されてしまう。

 二人の強さにアルメリアとグランヴァル両軍の士気が上がり、

 ギラードの兵士や屍を圧倒し始める。

 粗方数が減ってきた時、バイドが敵と睨み合うように動きを止めると同時に、

 彼の背にかばわれたセルディアは魔法の詠唱に入る。

 詠唱後すぐに青い光が強く輝き、それがまとわれていくと

 セルディアはふわりと小さく浮き、足元に巨大な法陣が展開される。

 見兼ねたギラードは杖を取り出してかざすと、魔法封印の術を展開しようとした。


 「させてたまるかよッ!!」


 かなり離れた場所から声が響けば、風のやいばが杖を弾き飛ばす。


 「グゥッ!? 風の…ッ!!」


 ギラードが強く睨んだ先には大鎌を振り払うフォルテの姿があった。

 杖を狙い通り弾き飛ばせたことに、ニッと口元に誇らしげな笑みを浮かべて、

 鋭い視線でギラードを牽制する。勝利を確信しているかのような自信溢れる笑み、

 それはフォルテの強さの表れのように感じて物怖じしてしまう。

 その横で、ギラードの私兵が地面に倒れ伏した。


 「数いればアルメリアとグランヴァルを抑えられると思ったのか!?

  私達を甘く見てたな!ギラード・ロンガル!」


 兵士を斬り伏せながら叫んだのは、同じく自信溢れる笑みを浮かべたルキアだった。

 明らかにギラードは焦ったように歯を噛み締める。

 フォルテと何故か仕草が似るルキアも、

 不敵な笑みを浮かべて刀を振るっているから気圧されてしまう。


 「チィ!目障りな虫けら共め…!ならば、これで始末してくれるッ!!」


 魔力を高め、小さなナイフのような形状の魔法を無数に作り上げると、

 それを素早い動きで全方位に投げ付ける。


 「うッ!? …っ、この程度…!」


 「あ…っ、危ないッ!!」


 リオンが複合軍全員を守る魔障壁ましょうへきを瞬時に展開すると、

 隣にいたファルスも力を支える形で、障壁を展開しながら何かに気付いて叫ぶ。

 障壁を展開出来ないセルディアとバイドに向けて、無数のナイフ状の魔法が迫る。

 セルディアは詠唱中の為気付いておらず、

 バイド一人では目の前の兵士と対峙するのに精一杯だった。


 「お前!少し障壁を任せる!」


 「うん!」


 リオンが隣のファルスに障壁の展開を任せると、すぐさま魔法を組む。

 すばやく準備を済ませると、とある人物を視界に捉え声を張り上げる。


 「アーバントッ、走れッ!」


 「!? は、はい!」


 疑問を投げることもなくアーバントがセルディアとバイドの方へ駆けるのを見て、

 リオンは瞬時に組んだ魔法を放つと、

 アーバントの前に迫るナイフ状の魔法を相殺する闇の力を放つ。

 そのままアーバントの進路を切り開けば、

 狙いを理解したアーバントは大鎌を下に構えて二人を守るように立ち、

 ギラードに向けて月輪を描くように斬り払う。

 たった一撃のひと振りだというのに、光の力でナイフを全てさばき切り、

 月閃げっせんはそのままギラードへ向かう。だがそれを喰らうことはなく、

 ギラードは魔法の障壁を展開し、何とか防いでみせた。

 が、そのアーバントの姿を直視した瞬間、彼から血の気が引いていくのがわかった。


 「…は…、ハウリオン…ッ!?キサマ…本当に生きていたのかッ!!」


 「…? はい。ですが、わたくしは貴方を初めて認識するはずですが…。」


 噛み合わない話にギラードは怯え、アーバントは不審感を募らせていた。

 睨み合う二人の中、ファルスがアーバントの隣に駆けてきた。


 「ギラード、というのですね。あなたの目的は何なのですか?

  グランヴァル帝国を掌握しょうあくし、何をしようとしたのですか?」


 ファルスの凛とした声には聞き覚えがあった。

 ギラードもそれに気付けば、突然クツクツと笑い声を零した。


 「クククク…。何だと思いますか、皇子様?

  武力国家のグランヴァルを支配出来れば、何が叶うと思いますか?

  このワタシが、国ひとつで満足するとでも?」


 「……! まさか…全てに侵略戦争を仕掛け、

  全てを支配するつもりだったとでも言うのですか!?

  なんて愚かな…。そんなことに何の意味があるというのですか!?」


 「何の意味ですって? 笑わせるのも大概にしてくださいよ。

  全てを支配し、ワタシは偉大な存在をも支配し、

  やがては世界全土を恐怖におとしめるのですよ!

  全ての民がワタシにひれ伏すのです!」


 野望を口にするギラードは正気なのか狂っているのかよくわからなかった。

 しかし、何故そんなことをするのかの意味、理由は語りそうにない。

 ただ目指すは世界制服。

 しかも、世界を恐怖で沈めるという恐ろしい意味を持っていた。

 アーバントとファルスがギラードと対峙する中、

 セルディアは小さくバイドに何かを差し出すような動作をすると、

 バイドを青い輝きが包む。


 「…!? キミ、これは…!」


 「……………。」


 バイドが酷く驚いた顔で言葉を投げたが、セルディアはとても柔らかく、

 ふっと微笑んだまま言葉を返さなかった。

 続けてセルディアはふわりと胸元から上空へ何かを舞い上げるような動作をした。

 青い輝きがそらをキラキラ舞うと、

 リオン達やアルメリア軍やグランヴァル軍に輝きがまとわりついた。


 「? これは…。」


 「この青い光って、シエルさ…じゃなくて。セルディアさんの?」


 「なんだ?体が軽くなるような感じだ…。」


 光を浴びた全員の傷が癒え、リオン、カレン、フォルテと言葉を並べる。

 そして全員が視線をセルディアへ投げた時、

 アーバントとバイドは驚いた表情を浮かべ、

 アーバントは一番血の気が引いた顔を浮かべていた。

 一番近くにいたバイドは、未だ魔法を準備中の青い光をまとうセルディアを、

 止めようにもれられないかのように手は小さく構えられたまま、

 声だけで焦りを伝える。


 「キミ、こんなことしちゃダメだ…!キミは――!」


 「ファルス…。」


 「えっ、は…はい!」


 「バイド陛下を頼みます…!」


 セルディアは太刀を左手で持ったまま、必死に止めようとするバイドを無視し、

 ドンッと彼を突き飛ばすとファルスが支える。


 「セルディアくん…!!」


 「――――ッッ…!」


 焦るバイドと歯を噛み締めるアーバントは、明らかに何かを感じているが、

 セルディアはそれを無視して右手で自らの三つ編みにした髪を握り、

 左手で握る太刀を構え付ける。その鋭いままの瞳はギラードを捉えた。


 「…アナタから守るモノは沢山あります…。

  街も、ここにいる大切な人達も、アナタが壊し奪おうとする全て…。

  それが、今の私が守るべきモノだ…。」


 法陣が一気に完成へ構築されれば、広く大きな法陣が一帯に展開される。

 青くキラキラ輝く光が辺り一面にあふれ、荘厳でいて幻想的な光に包まれた。

 三つ編みの髪を切り落とす為にグッと力を入れた時、

 セルディアの屍は騒ぎ始めていた。

 城の上階から身を乗り出して、それぞれ「ウウゥッ!」と叫んでいたのだ。

 髪を切る意味と騒ぐ意味が繋がらず、

 アーバント、屍、バイド以外はただ見守ることしかできずにいた。

 さっきまではこらえるように押し黙っていたアーバントが、

 ついにこらえきれずに声を荒げる。


 「王ッ、それはいけませんッ!!今のお体では―――ッ!!!」


 「アーバント!これは私の意志なんだ!何も言わないでほしい…ッ!

  私は、キミ達を…、…キミを――……今度こそ、守りたいんだ。」


 「………ッ…。」


 切なく苦しそうでも、無理矢理笑うような笑みを向けられ言葉を失ってしまう。

 彼から返ってくる言葉がなくなったのを見れば、

 一息ついてから大きく息を吸い込んだ。


 「私はアナタから守って見せる!我が国を失ったあの日を繰り返さないッ!

  私は一国の王として、今度こそみなを守ろうッ!!

  ――喰らえよ!これが、王が捧げる代償だッ!!

  悪しき命、反逆者の命を我が蒼炎の力で散らそう!

  メルセディオの名のもとに――ッ!!!」


 髪を切り落とし中空へ投げると、それは青い炎に食われるように消えていった。

 そして、セルディアの体が青い光に包まれると、彼女を中心に青い炎が周りを

 一気に駆け抜けていき、ギラードの屍や私兵達を飲み込んでいく。

 青い炎に飲まれ包まれた者達は、次々と光の粒となって弾け消えていく。

 その炎は城内のギラードの屍達にも広がり、

 城の窓からも青い光がキラキラと流れていた。

 青い炎と青い光が舞う光景はとても美しく、

 辺り一面に幻想的な空間が作り出されていた。

 そんな青い炎は意思を持っているかのように、アルメリア軍やグランヴァル軍、

 リオン達には触れても全く熱くなく包むこともない。

 すると、ギラードにも炎はまとわりつき叫び声が響く。

 体を包むように炎は飲み込んでいき、やがて全域に渡り行くと徐々に炎は収まり、

 炎が消えても芝生や城内にも焼け跡などどこにもなく、

 まるで嘘のように私兵やギラードの屍は綺麗に消えてしまった。

 ギラードを包む炎がまだ残る中、パキンと音が響くと炎が収まる。

 しかし、ギラードは完全には飲まれておらず、ボロボロの姿のまま城壁に手をつき、

 体を支えていた。


 「アナタにはまだ、聞きたいことがあります…。死なれては困る…。

  さあ、大人しく――」


 「く、クク…。…何を、知りたい…のですか?メルセディオ…?」


 ギラードが苦し紛れにセルディアに視線を送ると、

 少しだけ浮いているまま正面まで近寄っては、

 青い光に包まれたまま見下みおろすようにギラードを見つめていた。


 「王、無茶は…。」


 「大丈夫ですよ、アーバント…。

  ……アナタは、何故彼が死んだと知っていたのですか…?

  あの事件は我が国の民が滅びたことで、誰も知らないはず…。

  そこに生きる人も、存在も。なのに…何故アナタは知っていたのですか…?」


 青い光に包まれたセルディアの声は、

 どこか遠くの空間から聞こえるような声だった。

 姿はすぐそこにあるのに、別空間から語りかけるような声。

 だが、その素直な疑問にギラードは少しを置いてから、

 大きくため息を零してはニヤリと笑った。


 「隠すだけ無駄ですね…。良いでしょう、教えて差し上げます…。

  ルシフェリア王国が滅びた理由…。

  それは突然の反乱による爆発で、大火事になったのが原因だった…。

  街も王国もすべてを焼き尽くすような大火災だったと…。

  ですが、それより前に、違和感は感じていたのではないですか…?」


 「……………。」


 「…違和感?」


 セルディアが押し黙ったのを不思議に思いながらも

 言葉を返したのはアーバントだった。

 そんな彼の様子にギラードは高笑いを返した。


 「ク、クハハハハハハ…ッ!これはこれは…。

  公爵様であり、執事であるアナタが気付かないとは…ッ!

  とんだ笑い話…っ、ゲフッゲホッ…。」


 傷付いた体で高笑いなどしたせいでせるギラードを無視し、

 馬鹿にされたことと、違和感に心当たりがないアーバントは

 眉間にしわを寄せて悩んでしまう。そんな彼の様子を気遣ってか、

 先程までは口を閉ざしていたセルディアは、静かに説明するように聞かせた。


 「…あの日、庭園の様子を見た時に一部の花が枯れていたんです。それも一晩で…。

  あれはただの反乱による火災じゃない…。

  ――ガスによる大火災だったんです…。」


 「ガスッ!?」


 つらい記憶を呼び起こし、静かに話すセルディアが告げた事実に、

 ギラード以外のほぼ全員が声を揃えて驚愕した。

 ガス爆発による大火災。

 それはつまり、何者かに仕組まれて滅亡へ追いやられたのだとわかる。


 「だから火の手が早く回り、民は全滅し…私も、アーバントも死にかけた…。

  でも――…。」


 「アナタが助けようとした妹は、アナタを逃す為に死んだ。

  そして、唯一残された執事をアナタは守ろうとしたが、

  アナタは執事に守られて生き延びた…。

  …笑い話ですよね。いえ、それが王という存在の宿命ですかね?

  誰も守ることが出来ず、守られるだけ存在であり、

  みなの死体を踏み台に頂点に君臨する存在。

  まさに『亡国の王様』ですね…ッ!」


 「―――ッッ……!!!」


 ギラードが並べた痛烈な言葉を素直に受け止めて、

 セルディアは強い心の痛みに息を詰まらせて眉をしかめた。


 「ククククク…。アナタは所詮その程度の王様なのですよ…。

  民も執事も守れない非力な王。

  親しい人の亡骸の上に座すことしか出来ない。とても無力で残酷な―――」


 「黙れえええええぇぇぇぇえぇええッ!!!!!!」


 「ぐぅぉぁあッ!!!」


 ガツッ!と鈍い打撃音と悲鳴が届くと、ギラードは倒れ、

 その前には怒りをあらわにして拳を強く握るアーバントの姿があった。


 「王はッ!シエル様のこともわたくしのこともッ、

  ただただ必死に助けようとしてくれたッ!!

  ただ、わたくし達の想いがセルディア王のご無事だった為、

  シエル様とわたくしは彼女を逃がすことを選んだんだッ!

  王はッ、貴様が言うようなお方では断じてないッ!!!」


 いつもの穏やかな紳士の様子は微塵もなく、

 ただアーバント個人としての人格をあらわにする。

 それは、穏やかや、物腰の柔らかい大人とはかけ離れ、

 怒りや感情のままに激しい言動を叩きつける、

 ひとりの男性としての彼そのものだった。


 「き…キサマも同じだよ、ハウリオン…。正義のヒーロー気取りか?

  自分の事すらよくわからんくせに、…よくそのような言葉を言えますね…。

  メルセディオをかばって死んだはずのキサマが、何故生きている…?

  本来ならとっくにキサマらは死んでいるはずなのに、

  ハウリオンが生かされているのは…誰によるものですか…?」


 「貴様は…何を言っているのだ…?」


 「ククク…わからないでしょうね…。

  本当に自分のこともわからず、よくメルセディオに近付けたものですね…。

  …よく執事になど――…」


 「もういい…ッ!!!」


 凛と貫いた声に静まり返ると、

 声のぬしのセルディアはもう十分とばかりに首を振った。


 「もう…、結構だ…。

  ギラード…アナタを本当は私の手で殺してやりたい…。

  でも、グランヴァルをここまで巻き込んだ罪を償え…。

  それが、アナタがするべき最初の贖罪しょくざいです…。」


 「………。…本当によろしいのかな?」


 「…………。」


 セルディアの様子にギラードは嫌らしい笑みと共に言葉を投げる。

 だが、セルディアは黙ってしまっていて返事がない。


 「――アナタは本当に臆病者ですね。」


 「………ッ…。」


 普段なら、彼の中傷になど心を痛めることはなかっただろう。

 だが、今の会話の内容では彼女の心の傷を抉るには容易すぎた。

 素直に受け止めてしまっては、一言一言に言葉を詰まらせてしまうセルディアは、

 とてもじゃないが平常心を装うことすら出来なかった。

 彼女の弱った様子を見れば見るほどに、

 アーバントは隣で行き場の無い怒りだけが胸に渦巻く。

 中傷の言葉しか向けないギラードに、

 執事としても人間としても許すことが出来ずにいた。


 「貴様…ッ!王をこれ以上侮辱するというなら、

  今ここで俺が極刑を下してやろうかッ!!」


 「まあまあ慌てるんじゃないですよ、ハウリオン…。

  これはアナタの為でもあるのですから、感謝していただきたいですね…。」


 明らかに変わった様子で、明らかに牙を剥くアーバントにすら

 サラリと嫌味を含んだ言葉で避わすギラード。

 当の本人のアーバントすら、話が全くわからず、

 苛立いらだちの感情だけが空回るような、不快で、け口のない

 嫌な感覚だけが胸に渦巻いており、どうしようもないのだろう。


 「…アナタには関係ない…。何故、そんなに詳しいのですか…。

  …アナタは、一体…?」


 「しおらしいですね、メルセディオ…。

  普段からそうであれば、ワタシが守ってあげましたのに…!」


 「――ッ!? あッ、ああぁッ!!!」


 ギラードは急に杖をセルディアに向けると、黒い電流がセルディアを襲う。

 黒い稲妻が巻き付くと、強くまたたいて、

 ガクンとセルディアの体は力を失い地面に倒れ込む。

 青い光を奪うように黒い稲妻が吸収するとギラードへ戻り、

 ギラードはすぐさま魔法を発動させる。


 「王ッ!! 大丈夫ですかッ!?」


 「待てッ! 逃げるつもりかッ!」


 アーバントがセルディアを支え、リオンがギラードに向けて声を放つ。

 ギラードはセルディアの魔力を奪い取り、

 その高い魔力からすぐさま転移魔法を展開させたのだ。

 もうすぐにでも転移が可能な状態だろう。


 「…ッ…、ギラード……ア、ナタ…!!!」


 「そんな怖い顔しないでくださいよ…。ですが、そうですね…。

  ここまでワタシを追い詰めた褒美として、ひとつ教えて差し上げましょう…。

  メルセディオ、ハウリオン…アナタ達の国にガスを充満させ爆発させたのは、

  ――ワタシ達ですよ。」


 「―――ッ!!?」


 アーバントとセルディアだけじゃない、複数人が息を飲んだ音が聞こえた。

 理由を問いただもなく、ギラードは高笑いを浮かべ転移魔法を発動させた。


 「うおおおおおおおおーーーーッ!!!!!」


 「ッぎゃああぁッ!!?」


 転移魔法が発動し転移が始まっていた時、

 空間が元に戻る前に激しい剣戟けんげきが空間を一閃した。

 猛々(たけだけ)しい声と重い剣を振り下ろしていたのはリーゲルだった。

 しかし、悲鳴は聞こえたものの空間は元に戻ってしまい、

 ギラードの生死も行き場所もわからなくなってしまった。


 恐ろしい野望をいだく敵の存在と、先程まで激戦を繰り広げていたのに、

 今や何事もなかったように静まり返った空間に全員が呆然としてしまっていた。

 が、リーゲルは剣を地面に突き刺して消えた転移魔法の場所をじっと見つめていた。

 その表情は悔しそうな、それでいて苦しそうな様子だった。


 「王、しっかりしてください…ッ!セルディア王ッ!!」


 静かな空間に響いたアーバントの声に全員が我に返り、

 セルディアをかかえるアーバントの周りに集まる。

 セルディアはもう体もボロボロで、乱れた呼吸を繰り返し、

 痛みと苦しみに耐えているようだった。

 だが、みんなの心配そうな様子に弱々しく目をうっすら開けると、

 全員の顔を確認するように順々に眺めた。


 「……よか、った…。皆さん…無事…、ですね……。」


 掠れた小さな声でセルディアはそう言って小さく笑う。

 敵対時には全く見せなかった女性らしく柔らかい笑顔だった。


 「王…、貴女はちゃんと守れる、守ってくれるお方です…。

  あのような者の言葉に惑わされてはなりません。

  気をしっかりお持ち下さい…。」


 「…………。…ふふ……。」


 小さく弱々しい笑みを浮かべて、

 セルディアは震える手を伸ばしてアーバントの頬に触れる。


 「……わ、たし…は……ちゃんと、今度こそ……守れました…、よね……?」


 「はい…。王の力がなければ、わたくし達はギラードから話を聞けませんでした。

  だから、もう――…。」


 頬に触れる手に自らも手を重ね、アーバントは震える声で懸命に励まして答える。

 そんな姿を見てか、セルディアはくすぐったそうに小さく微笑んだ。


 「……アーバント……皆さん…、ありがとう…。私を、信じてくれて…。」


 嬉しそうにしっかりと告げれば、ひとつ息を零してから呼吸を整え、

 続く言葉もしっかりと伝えようと口を開く。

 それはアーバントひとりに届けようと。

 届けなくては、という強い想い、ただそれだけで。


 「………ねぇ、…アーバント………。臆病な…私を、許してね…。

  何も…、……て……られ、なくて…、くる…しめて…。

  ――ごめ……、なさ…い…。」


 …「ああ、届けられなかったな」と自らを笑うように、薄れる意識の中、

 謝りながらセルディアは目をゆっくりと閉じると、頬に一筋の涙が伝い落ちた。

 そのままアーバントの頬に触れていた手も落ち、アーバントはその手を掴むが、

 セルディアが返事を返すことはなかった。


 「…王…!? 嘘でしょう? 最後…なんと…!? ――セルディア王ッ!!?」


 最後、掠れて聞こえなかった言葉。

 それを求めたくとも目が開くこともなく、腕の中の彼女は静かに動かない。

 焦りと後悔と未練といきどおり、全ての負の感情がひとつの心に渦巻いては、

 アーバントは必死に声をかける。

 そんな彼の傍にファルスがしゃがみこんで来ては様子を伺う。


 「待って、落ち着いてアーバントさん…。………。」


 ファルスはアーバントを落ち着けるように柔らかく言い、

 セルディアに光の魔法を当てると、そのまま何かを探るようにじっとしていた。

 その隣にバイドもしゃがみこみ、セルディアの髪を優しく撫でる。

 まるで、彼女の父親のように…。


 「…どうだ、ラルファース?まだ大丈夫そうか?」


 「えっ!? ラルファースっ!?」


 「う、うん?なんだ…みんな気付いてなかったのか。」


 バイドの何気ない言葉にリオンやルキア達が驚いて声を上げたが、

 さすがにバイドは父親の為最初の一目で見抜いていたのだ。

 ギラードとの会話で「皇子様」と言っていた為

 一部は聞こえていて気付いただろうが、

 離れていたリオン達は聞こえておらず気付いていなかったようだ。

 ラルファースもちょっとだけ寂しそうに、

 片手でローブのフードを外して苦笑いを返した。

 ローブの騎士ファルスは、ラルファースだったのだ。

 だから城の爆発と煙を見て、すぐに戻ってきたのだろう。

 その事態を聞くのは後回しにして、リオン達が心配そうに見守る中、

 魔法を収めるとラルファースは確かに頷く。


 「かなり疲弊ひへいしていて、体も限界をとうの前に越えていたはずだよ。

  それなのに僕たち全員の傷を癒したり、

  敵を一掃するのでさえ無茶なのに…。

  あと、トドメのギラードの魔法が致命傷になったみたいだね…。

  気力体力共に既に限界の中、無理矢理魔力を奪われて、

  とてもじゃないけど体が耐え切れなかったみたい。

  息はあるけど、早く怪我を治療してゆっくり休めないと体が危ない…!」


 癒えぬ傷を負ったまま戦い、ただでさえ急激に体力を消費しているのに

 大魔法を放ち、ギラードに一撃の致命傷を喰らわせられ、

 魔力を強奪されるという、あまりの無茶続きから

 冷や汗と乱れた浅い呼吸を繰り返すセルディア。

 このままでは危険だとは誰もがわかっていた。

 あまりにも体への負荷が強すぎたのだろう。

 かかえるアーバントが気休めでも、と金の光で治療魔法を持続的に使用しているが、

 何より早く医者に看てもらうのが一番だ。それまでの応急処置である。


 「どうする?ここからアルメリアで治療するにも距離があるし、

  誰も転移魔法は使えない。

  グランヴァルの使用人も医師も、この騒ぎで逃げてしまっているだろう…。」


 急いで考えを巡らすリオンと、カレンとルキアが誰かいないかと見回り探すが、

 あの騒ぎの中残っている者はいなさそうだった。

 みなが何かないかと考える中、一人悔しそうな顔を浮かべているリーゲル。

 さっきといい、何やら様子がおかしかった。

 そんな彼が、ふと今までの事を思い出しては小さく呟いた。

 全てが謎まみれで、考えも目的もわからなかったセルディアの行動や言動。

 全てを見たわけでもなく噂もあるが、ずっと謎だった人…。

 今までの話を整理すれば、彼女は傭兵のふりをした異国の王様だという。

 西のクレスレイムにはある伝承があり、

 その話も、その話に出てくる王様の話もしっかり頭に入っている。

 そして改めて見た、傭兵の頃と違う彼女様子を眺めては、

 ずっと引っ掛かっていた違和感に答えを見付け出す。

 そう。彼の中で全ての疑問が解決したのだった。


 「彼女は、ずっと目的や行動がわからなかった。

  誰に忠実ってわけでもなく、ギラードや陛下の間をふらふらしていてな…。

  最初こそ不審に思い、嫌な目で見ていたが、

  今思うと…何か……死に場所を探しているように見えたんだ。」


 リーゲルが呟いた言葉にリオンもルキアもギョッとしたように表情が凍りつく。

 それもそうだ。

 よく熟練の老兵士達がそんなことを言う姿は見てきたが、セルディアはまだ若く、

 死に場所を求めるには早すぎると思ったから。

 それに亡国とはいえ、王様がそんなに自分を、

 死に場所を求めるほど追い詰めるだろうか?

 いや、先程のギラードの話ではおかしくない話だが、まだ死ぬには早すぎる。


 「やっぱり、国を失って、民も亡くなったことが原因か…?」


 ぽつりとルキアがセルディアを見ながら言うと、

 リーゲルが確かに頷いてから口を開く。

 クレスレイムに伝わる話を、自分の話せる精一杯で伝える決心をする。


 「…8年くらい前だったか。

  西国のクレスレイムから少し離れた、裏側に位置する場所にその国はあったのだ。

  死霊と共存する『死霊の国ルシフェリア』。セルディア様とアーバント様の国だ。

  先程の話にあったように、ルシフェリアは突然炎に包まれ、

  民も国も焼け尽きて、一瞬にして存在すら消されてしまった。

  王様達も、住民も死霊も…。

  そんな大火災の炎は、クレスレイムにも降り注いでは

  大きな被害となってしまい、死傷者も出てしまった。

  その日から、ルシフェリアという国は存在を消され、我々は混乱したよ。

  何せクレスレイムとルシフェリアは、

  隣国としてずっと交流があったのだからな…。

  俺は会ったことがある、ルシフェリア王に…。

  ずっと何か、知っているような気がしていたのだ…。」


 自分の故郷が隣国の戦火に襲われたという話の中でも、

 リーゲルの目にはセルディアやアーバントに対する怒りは微塵にも感じられない。

 むしろ、悲しそうに話し終えたようにすら聞こえた。

 だが、ルシフェリアの王がセルディアならば、

 その彼女の執事アーバントもルシフェリア出身ということになる。

 滅亡したとはいえ生存者は確かにいる。

 それでも、たった二人という意味を強めてしまうが。


 「………。…王は…ずっと悔やみ、苦しんでおりました。

  自国も民も守れなかったことと、それと同じくらい、

  自国の戦火をクレスレイムにまで撒いてしまったことを…。

  その後は離れてしまい憶測ですが、

  自分だけ生きているのがつらく、苦しかったのでしょう。

  だから、こんなになってまで…体の悲鳴も聞かずに戦い続けた。

  死ぬのも恐れずに…。」


 少しだけ震えの混ざる声でアーバントが告げると、

 セルディアの謎だった行動も人柄も一気に知ることができた。

 すると、その話を聞いて、

 いてもたってもいられなくなったラルファースは拳を強く握りしめる。


 「確かに、国も国民全ても失くすなんて苦しいし、つらい話だけど、

  王が簡単に死んじゃいけないんだ。

  それに、他国まで思いやれるセルディアさんみたいな人は、

  人をまとめる力もあるし、今の人々には必要な人なんだよ!

  僕、医者を探してくるっ!!」


 叫び投げるような勢い任せに感情を叩きつければ、

 ラルファースはそのまま立ち上がって城の方へ駆けて行ってしまった。

 そのラルファースの姿にグランヴァル軍の騎士達も追いかけて、

 城内や周辺付近に、遠くまで逃げていない医者が残ってないか探しに向かう。

 周りが一気にざわつき出した時、リーゲルはアーバントの背姿を見た。

 ただただ無事に目を覚ますことを祈って、セルディアをかかえている姿。

 実はこの姿もリーゲルは知っていた。


 「公爵様達が街道に来る前、セルディア様はこう言っていました。

  『あの国(クレスレイム)の人に会えない』と…。

  我々は、あなた方を苦しめてしまっていたのですね…。」


 リーゲルの落ち着いた静かな言葉には、各所に気付く点は多く、

 アーバントもリーゲルがクレスレイム出身だと、

 先程の話や口振りからすぐに気付くことができた。


 「わたくしのことも、…知っていたのですね…。」


 聞くのが怖く感じたのか、アーバントは少しだけ構え気味に声を返した。

 おそらくセルディアと同じで、戦火を撒いてしまったクレスレイムの人に

 申し訳なく、何を言われるか、何を言えばいいのかわからないのだろう。

 それを感じ取ったかいないか、リーゲルはただ不器用に笑う。


 「クレスレイムに王様が来訪された際、隣にいらしたでしょう?

  それに、王様のお傍には常に公爵様の姿がありましたから。」


 そこまで精一杯の笑みを含むような明るい声で言えば、

 声のトーンは落ち着き、柔らかい言葉に変えて続ける。


 「我ら西の者は誰一人として、セルディア様もアーバント様も恨んでおりません。

  滅亡し、お姿が見られなくなった日から住民は嘆き、悲しみ、

  クレスレイムではあの日から、慰霊祭いれいさい祈願祭きがんさいが行なわれたのです。

  失われた命がどうか安らかに眠れるように…。

  まだ生きる命がこの場に戻りますように…。

  セルディア様、シエル様、アーバント様…

  三人とも全員、どうかご無事でありますように…と。

  だから…またいらしてください。みな、待っております。」


 リーゲルがしっかりとしつつも落ち着いた声で告げた衝撃の事実に、

 アーバントは信じがたい言葉の数々に返す言葉が詰まってしまう。

 思考が戻ってきて理解すればするほど、

 胸が強く締め付けられる思いが湧き上がってくる。

 無意識にも震える口に力を込め、震えないよう、口元に小さな笑みを浮かべた。


 「…ありがとうございます…。どうか、その言葉…

  王が目覚めた時にもう一度…お願いします…。」


 ただでさえ落ち着いた声が、更にしっとりと言葉を並べれば、

 心境を読み取ったようにリーゲルも笑って力強く頷いてみせた。

 だが、急に思い付いたような顔をすれば、「そうそう」と雰囲気を変えた。


 「初来訪の時、セルディア様のお姿に一目惚れしたやからも多くて、

  きっとよろこ―――」


 「それは承諾できませんね…?」


 全部話してないというのに、

 リーゲルの言葉を食い気味に突っ掛かってきたアーバント。

 不意に真摯しんしな笑顔をほがらかに浮かべながらの、

 妙に力のある拒絶の言葉に若干の恐怖を覚えた。

 …あ、この話は禁句だ、と。

 何せ彼は死霊の国の公爵という執事。何をされるかわかったもんじゃない。

 次に視線が合った時には二人とも吹き出して小さく笑い、

 アーバントも先程までの震えも緊張もやわらぎ、

 リーゲルも安心したように優しいため息をついた。

 柔らかい心のまま、アーバントは腕の中で眠るセルディアを少し強く抱きしめ、

 自身の頭を彼女の頭に軽く触れるほど近づけた。


 「…王…。我らは思い違いをしていたようです…。

  罪は消えずとも、償えるのです…。だから…、やり直しましょう…。

  二人だけでも、いいから…。ね…。」


 とても優しい声は、儚いくらい小さく、

 誰に聞こえることもなく風にさらわれていく。

 そんな言葉を告げた彼の顔は、とても穏やかで、

 少しだけ、目元に光るものがあった…。



 それぞれが別々に話をし、ざわめきまとまりのないこの場。

 そこに急いで駆けてくる足音が耳に届くと、ざわめいていた場は静まり、

 足音の方へと振り返る。もう、ラルファースが帰ってきたのだろうか?

 一人が気づけば、また一人また一人と音の方を見つめる。


 「ウゥーッ!!」


 違う。 この声はあの屍の声だ。

 何事だろうかと、ただ、まだ見えないその姿を見ようと

 声のした方を見つめていると、数体の屍達と、

 その横を走って戻ってくるラルファースの姿があった。

 そして、屍のドールが誰かを引っ張り連れて来ている。

 …白衣の人…医者だろうか?

 バタバタと駆けて来ては医者らしき人を引っ張り、

 セルディアの所へ駆けていく屍。その時にアーバントと対面したドール達屍が

 「ウゥ!?」と驚きの声を揃えていたが、今は無視することにする。

 そのまま医者らしき人にアーバントとリーゲルが説明し、応急処置が施される。

 といっても、外で出来ることなど限られているから、

 本当に様子を看て簡易的な処置が出来る程度だ。

 その様子を伺う周りの中、駆けて来たラルファースはリオンの隣で息を整えている。

 そんな姿を見て、リオンは今の内にと、ある疑問を投げる。


 「お前、皇子なのに何で兵士の格好をしてるんだ?城も離れていたようだし…。」


 そう。彼は西の攻略をする為、兵士として西へ進軍していた。

 皇子ともあろう者が城を離れ、自ら先陣を切って進攻など滅多にないだろう。

 しかも、わざわざ皇子だとわからぬよう、兵士の格好をするなど尚更だ。

 リオンの的を射るような直球の質問に、

 ラルファースから珍しいくらいの「あーー」なんて微妙な声が返る。

 だが、決して面倒というわけではなく、自分でも理解しきれていない為、

 困惑した声のようだ。

 自分の感じた憶測を含んだ、自分でも確認していくかのようにゆっくり語る。


 「…えっと…、これはセルディアさんに言われたんだ。〝西へ向かえ〟って。

  もちろん、僕は自分の国を守りたいって、そう言ったんだけど、…一蹴された…。

  …でも、セルディアさんが城前の防衛隊にいたってことは、

  城が狙われていることを知ってて、

  巻き込まれないよう僕を遠くへ行かせたのかな…って、思う。」


 最後に「そうだといいな」なんてにこりと笑うもんだから、

 それでいいのかと思ってしまう。本当は自分の国なんだから、皇子なんだから、

 自分の意思通りに一蹴されようが貫いていいんじゃないか?と叱ろうと思っていた。

 だが今はもう、何と言えばいいのかわからなくなっていた。

 何故なら、ラルファースの意思を一蹴してくれたおかげで、

 彼は巻き込まれずに無事でいられたんじゃないかと思うと、

 怒ることよりも感謝や安堵あんどの気持ちが湧いてくる。

 それに彼女は、城前防衛をしていたが、爆発後すぐに城へ一人で向かって行った。

 そして、バイドを…自分達を全力で守った。

 そう思えば思うほど、本当にたった一人で全てを背負うつもりだったんだなと思う。


 「……バカだな。俺より不器用なヤツ、初めて見たよ…。」


 リオンの小さな悲しみを含んだような声に周りがきょとんとする中、

 言葉に含まれた意味、感情を知ったラルファースが、

 リオンと同じようにセルディアの方を見たままくすりと微笑んだ。


 「…そうだね。僕も初めて見たよ。」


 「………。認めるなよ。」


 微妙なの後のリオンのしっとりとした声にハッとして、

 妙に焦ってはあわあわと謝るラルファース。

 だがもう手遅れだった。リオンの目が笑っておらず、

 それなのにぎこちない笑みを浮かべるもんだから恐れをなしたように…


 「リオンより不器用な人だってたくさんいるよ!

  …あ!? いやリオン不器用かな!? 僕は思ってる…ないけど!

  とにかくそんなリオンでも好きだよ!!(キリッ)」


 なんてもう、何を言ってるのかわからなかったので“好き”という、

 好印象な部分だけ受け取っておくことにした。

 よくもまあ、あんなゴタゴタな言葉を並べておいて、

 最後だけドヤ顔で言い切れたものだ。

 嘘がつけないのが良いところでもあり、欠点だ。

 と、リオンとラルファースでよくわからないコントを公然披露していた時、

 応急処置が終わったようだった。


 「応急処置したとはいえ、依然として油断を許せない状態です。

  どこかでゆっくり休ませたいのですが…。」


 「うむ、城で良いだろう。療養用の個室に空きがある。

  …荒らされてなければ良いんだが、そこへ連れていこう。」


 どうやら城内にたまたま来ていた派遣医師らしく、医師の言葉にバイドが応え、

 アーバントにも伝えると、承諾する言葉の代わりに頷いてセルディアを抱え上げる。

 その承諾を見守って頷き返すと、バイドは続いてリオン達の方へと振り返る。


 「リオンくん達はどうする?

  このままアルメリア王国を空けておくのも無用心だろう?」


 バイドの問いにリオン、ルキア、フォルテ、カレンは顔を見合わせる。

 だが、みな思いは同じだったのか頷くと、

 それを見たリオンは騎士達だけでも帰国させようと指揮を下す。

 心配でもあるのだが、彼女の本心、狙いを知りたかった。

 国を消した理由、グランヴァルにいた理由、

 ギラードを裏切りバイドを助けた理由…様々だ。

 騎士達が帰国の為に進路を変えた時、息の詰まる音が小さく聞こえる。

 その音に振り返ると、力無く開かれた瞳と視線がぶつかる。


 「……かえ…、れ………。」


 か細く震えた声は、紛れもなくセルディアの声だった。

 だが、その短くも威圧的な声に過敏に反応したのは、やはりこの男。


 「オイ!こっちが心配してやってるってのに、帰れってなん――ッ!?」


 「ちょちょちょっ!ちょっとフォルテ!落ち着いてよ!?」


 過剰反応して吠えるフォルテ。突然の食って掛かるような怒声に驚きながらも、

 必死に彼の腕を引いて押さえるカレン

 どうやらフォルテとセルディアの相性は悪いようだ。

 …といっても、今のところ、フォルテの一方的な怒りが目立つ気もしなくもないが。


 「…アルメリアの王も…病と、聞いた…。

  …アナタ方が…守らず…、誰が……守るのです……。」


 セルディアの強く射抜くような視線と、

 弱った体でも力強く言い放つ言葉にリオンは真剣に向き合っていた。

 頭の中で心配していたことを彼女から言われ、納得していたのだ。

 何となく、誰かにこの言葉を言ってほしい気がしていたから…。

 それに、それを言ってくれたのが、今、心配する人だったからこそ決心がついた。

 強く一人頷けば、大きく息を吐く。


 「………。確かに、俺はアルメリア王子だ。

  エクナとライアさんだけに任せっきりってのもできないよな。

  …よし、俺は戻るよ。」


 リオンが強く晴れやかに言えば、ラルファースと拳を合わせ笑い合う。

 その手にルキアも加わり、彼女も共に帰国することを決心する。


 「私の使命はアルメリアを守ることだ。リオンが戻るのなら、

  それについていくのは当たり前だよな。」


 不意に向けて来るルキアの忠誠心にリオンが小さく笑うと、

 ルキアもニッと笑ってくる。

 …少し、今、ドヤ顔をされた気がするがあえて無視する。

 残るはカレンとフォルテだ。

 この二人は元々アルメリア出身ではなく、リュースとアスルの者。

 セルディアに国を消された二人は問いただしたい気持ちは強いだろう。

 二人だけでも残すか、と考えた時、セルディアが何かぎこちない手付きで

 ありとあらゆるポケットを探っていた。

 何か、ただ事ではないような様子で真剣だ。しかし、見つからないようだ。


 「……王? どうされたのですか?」


 かかえている腕の中でゴソゴソと、ありとあらゆるポケットを探りだした病人に、

 言葉を尋ねずにはいられないだろう。そんな言葉を無視して探していると、

 アーバントは何かに気づいたように返答を待たずに続けた。


 「紙の袋ですか? 確か、その左側のポケットに入っておりましたかと…。」


 アーバントの言葉に素直に手を伸ばすとカサッと音がした。

 紙の袋の音だと理解すれば同時に緩く首を傾げ、小さな声で疑問を言葉にする。


 「? どうして…知って…?」


 「王を抱えた時にたまたま触れたのですよ。」


 どこか落ち着き払ったような笑顔で答えるアーバントだが、

 その笑顔が何か不思議な感じがしたものの、疲れ切って考える余裕すらない。

 とりあえず後で聞こうと決めて、話を進める為にフォルテ達へと向き直れば

 表情は鋭い色を帯びた。


 「今…ライアと、言ったな…。ギラードの話で…、あった…。

  ――毒を…盛った、と…。

  アルメリアの王も…陛下と…同、じ…。――グッ…。」


 強く咳き込むセルディアを心配しつつ、

 その言葉から信じられない事を聞いてしまった。

 あのライアさんが国王に毒を…!?

 あんな献身的に看病してくれた人だというのに? と。

 とても信じられずに固まってしまっていた時、乱れた息をなんとか整え、

 セルディアがポケットから取り出した小さな袋を片手に言葉を続ける。


 「どう、か…別人であって…ほしい…。だが…。…気を、つけて…。」


 そこまでを苦し気ながらにも言い切れば、不意に小さく口角を上げ、

 フォルテに向けて片手に持っていた袋を強めに投げ付ける。

 不意打ちに投げ付けられたものの、素早い反射神経でキャッチするが、

 もちろんハッキリとした舌打ちが返ってきた。


 「テメェ…急に何しやがるッ!!危ねぇだろうがッ!?」


 「心配なんて…不要だ。…お前も、帰りやがれ…。

  その、薬で…友の父上を守って…みせろ…。

  そしたら、私から礼くらい…言って…やるさ。……死神。」


 彼女から飛び出したのは、らしくないくらいのおちょくるような、

 あえてフォルテの口調に合わせたような乱雑な言葉。

 普通に言われでもしたらフォルテじゃなくてもキレ兼ねないが、

 口元は笑っているのだけれど、本気で『守ってほしい』と

 懇願されているような気がして、フォルテはセルディアの本心に触れる。

 本当は、今すぐにでも駆け出したいのだろう。

 何せ、一人でバイドを毒から救いだした張本人なのだから。

 そう思ってしまうと、腹が立つ以前に今までの印象を崩したくなる。

 だが、もちろん国を消した張本人という事実、恨みは拭えない。


 「…やってやるよ。だけど、終わったら…

  国を消滅させたこと、一生後悔させてやるからな。」


 「ふふ…。やってみろ…。………待ってる…。」


 そう言って笑ったセルディアは力無くも、できる限りの鋭い視線で笑って見せた。

 対してフォルテは不敵な笑みを小さく浮かべて笑えば身を返し、

 「帰るぞ」とリオンに言う。

 オーシャンやアルメリアの危険を知った今、一刻でも早く帰りたいところだった。

 アルメリア関係者の全員は、東の騎士団とリーゲル、バイドとラルファースと医師、

 そしてアーバントとセルディアとドール達屍にも一礼して帰路につく。

 アルメリアの全員、リオン達が背を向けた時、

 セルディアが彼らの背に震える手を伸ばした。


 「……セルディア王…。」


 「…アーバント…。支えて…くれますか…?」


 「もちろんです。」


 アーバントは『仕方ない人ですね』と言う代わりに微笑めば、抱える片手を外して、

 左腕に寄りかからせるようにセルディアを支えれば、

 右手をセルディアの伸ばす手に重ねる。

 その状況で何をするのかわかったバイドとラルファースも、

 二人で頷けば同じく手を重ねた。

 その手に驚いたセルディアとアーバントだったが、柔らかく微笑めば、

 その手に蒼い光の魔法を宿す。

 魔法の使えないリーゲルや騎士団は、リオン達に敬礼を向けて、

 それを真似るようにドール達も敬礼を向ける。

 微かな魔法の気配に気付いたのか、リオンが振り返り、

 それにつられて周りも振り返った時、

 「いってらっしゃい」と口を揃えて転移魔法を稼働させた。


 蒼い光が一瞬白く輝けば、アルメリアの者達の姿は消えて、

 彼らをアルメリア城近くへと送り届ける。

 しっかりと送り届ける魔法を発動させられたことに安堵あんどし、

 一つの大きなため息が聞こえればセルディアの体から力が抜ける。

 ガクッと落ちた体をアーバントが両腕でしっかり支え、抱き上げると、

 セルディアは本当に柔らかく微笑んでみせた。

 まるで、「ありがとう」と伝えるような、優しい笑みだった。


 「もう、無理しすぎですよ…?」


 「私を助けてくれてありがとう。次は、キミが助かる番だ。」


 ラルファースとバイドがそれぞれの言葉をかければ、

 セルディアは弱々しくもふわりと笑う。その笑顔は王でもない、

 一人の女性らしい『セルディア』としての柔らかい笑顔だった。




 ~第九章へ~

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