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図書館幽霊

 観測会から数日後、佳奈は市民図書館にいた。

 彩と里香と一緒に、夏季休暇の課題をするために、クーラーの効いた静かな場所ということで選んだのが、図書館だった。市民図書館は、市民はもちろん、市内に通勤通学している人にも開放されているので、隣接した市に住む佳奈以外の二人も利用できる。

 夏休みの平日ということもあって、児童書のコーナーには小学生が多く来ているが、専門書コーナーは人気がない。三人分の課題を広げても、気にせずにいられる。


「あれ? 折口やない?」


 ふと、里香が入口を指差すと、彩が嬉々として顔をほころばせる。


「ほんとだー、小夜ちゃん! ……と十和田?」


 小夜と一緒に入って来たのは、小夜の幼馴染である圭佑だった。


「なんで二人きりなんー! あの二人、ほんまは付き合ってるんやない?!」


 憤慨する彩の声が大きかったのか、小夜がこちらに気づいて近づいて来た。その途端、彩が大人しそうな営業スマイルになったのを、佳奈は見逃さなかった。


「佳奈も図書館に来てたんや。杉山さんと吉村さんも。こんにちわ」


 小夜はふんわりと微笑んで、三人に挨拶する。佳奈には小夜の笑顔も営業スマイルに見える。ちなみに、杉山とは里香のことで、吉村とは彩のことだ。


「どーも。折口はデート?」


 里香が茶化すように言うと、小夜は困ったように笑った。


「ちゃうよー。圭佑はただのご近所さん」


「志望校が被ったから、受験勉強一緒にしてるんよ」


 いつの間にか小夜の隣に並んでいた圭佑が続ける。


「課題は終わったんー?」


 彩が上目遣いで尋ねると、小夜は穏やかに笑って頷いた。


「圭佑が早よ終わらせって五月蝿いから」


「お前、いっつもギリギリまでやらへんやろ」


「折口さー……」


 小夜と圭佑のやり取りを見ていた里香が、気だるそうに口を開いた。


「いい加減、十和田と付き合ったらいいのに」


「なっ?! 里香?」


 驚いて声を荒げたのは彩だった。当人たちは困ったように笑っているだけだ。


「何よ、お似合いやん?」


「あのね、違うやろ。それは二人が決めることで……」


「まあ、ゆくゆくはそうなってほしいねんけどなー」


 圭佑が肯定すると、小夜がその脇腹を小突いた。


「あほ。調子のいいこと言わんの」


「あはは……」


 小夜たちが、探し物があるからとその場を離れていくと、彩が大きく息を吐いた。


「ちょっと、里香、空気読もうよ」


「なんで? いい感じやと思うねんけどな、あの二人」


 そうだけど、と佳奈も軽く溜息を吐く。


「外から言われたら、上手くいくものも上手くいかなくなっちゃうよ」


「そうゆうもんかなー」


 そうゆうもんだよ、と彩が言うと、里香は両手を合わせて、


「すまん、十和田」


 圭佑の後姿に、非常に的確に詫びを入れた。


   *


「……あー、もう、限界!」


 数時間後、彩がいきなり叫び声をあげた。図書館内ということもあって、顰めるような口調で。


「どーしたん?」


「なに、いきなり」


 里香と佳奈が怪訝そうに見つめると、彩はもじもじとしだす。


「……どっちか、トイレ、着いてきて」


「子供か」


 里香が呆れたように言うと、彩は悲しそうに顔を歪めた。


「だって、ここ、出るって言うやん!」


「出るって、何が?」


 佳奈が首を傾げると、里香が小声で「幽霊やろ」と言った。


「うそ、そうなの?」


「やっぱ佳奈は知らんかー。有名やねん、小学校高学年くらいの男の子の霊が出るって」


「だから、お願い、ついてきて!」


 両手を合わせて懇願する彩に、佳奈は頷いた。

 二人が席を立っても、里香は座ったままだ。


「荷物見とくから、行ってきぃ」


「うん、お願い」


 彩がトイレに入っている間、佳奈はぼんやりと館内を見渡してみた。

 ふと、小夜と圭佑の姿が目に付いた。二人は新聞を机に広げて、なにやら難しそうな顔をしている。とてもじゃないが、受験勉強をしに来ているといった雰囲気ではない。


(何してるんだろ……)


 それに、少し遠くてよく見えないが、新聞はかなり前のもののようで、色が変わってしまっている。傍らには、週刊誌だろうか。雑誌が重ねられている。


「ごめーん、お待たせしましたぁ。って、何真剣に見てるん?」


 彩がトイレから出てきて、佳奈の様子を不審そうに見る。


「え、いや……」


「あー、小夜ちゃんか。ここらかよく見えること。……里香が荷物番するのもわかるわ」


「え?」


 彩の言葉に、佳奈が思わず振り向くと、彩はあっと言って気まずそうに笑う。


「いや、まずかったんかな。どうやろ……」


「なんなの?」


「里香、一年のときに十和田に告って振られてるんよね」


「ええ?!」


 あの、男の子に興味のなさそうなボーイッシュな里香が、爽やか系美男子の圭佑に恋をしていたと言うのは、佳奈にとってはなかなかの衝撃だった。

 席に戻って、やんわりと里香に尋ねると、彼女は少し彩を睨んでから、溜息を吐いた。


「別に、隠してたわけと違うよ。昔のことやから、別にこっちから言わんでもいいかなって……」


「じゃあ、ほんとなんだ」


「うん、ほんま。ばっさり、綺麗さっぱり、振られました。ほんま、折口のあほって思ったわ、あの時は」


 里香が明るく言って、それからわざとらしく悪態を吐く。


「でも、なんかわけありっぽいから、あそこがくっつかへんの。だから、たまーに苛めたるねん」


「なるほど」


 珍しく里香が突っかかっていったのはそういうことだったのかと、佳奈は頷いた。


「彩はさー、たまに本気で女の子が好きなのかと思うよな」


 いきなり、里香が彩を標的に定めた。


「好きやでー、男の子よりわ」


「まじか」


「まじや。恋愛に男も女もないやろ」


 やり返したつもりがやり返されて、里香はがっくりとうなだれた。

 そうこうしていると、小夜が三人のところにやってきて、佳奈の隣に座った。


「佳奈、こないだの、犬友達の人なんやけど……」


「え、ああ、美沙子さん?」


 いきなりのことに、佳奈の声は少し上ずってしまった。


「うん、今度、わんちゃん見せてもらいに行かれへんかな」


「うーん、いいとおもうよ。私も美沙子さんに用事あるし、一緒に行く?」


「お願い。また日にちはメールして」


「わかった。じゃあ、またメールする」


 小夜は綺麗に笑って、三人に挨拶をすると、圭佑と連れ立って図書館を出て行った。

 自動ドアが閉まる直前、小夜が振り向いて、佳奈たちの後方の本棚を見つめていた。その目が冷たくて、佳奈はぞっとしたが、彩が煩く突っかかってきたので、それどころではなかった。


「わんちゃんって?」


「あ、うん、近所のお姉さんのとこの犬なんだけど。小夜ちゃん、犬が好きなのかな」


 佳奈が不思議そうに首を傾げると、里香と彩は顔を見合わせてから肩をすくめた。


   *


 その夜、佳奈は夢を見た。

 学校の屋上に向かって、階段を上っている夢だ。

 窓の外の景色は、赤から緑。緑から紫と、刻一刻と色を変える。不思議な景色だと、佳奈は思った。

 屋上扉が次第に近づくにつれて、佳奈は懐かしい気持ちになっていた。


(あ、これ、あの時の……)


 転校手続きをしにきた日、生徒は誰もいなかったが、学校の中を見学して回ったことがある。

 その時、最後に天文部の部室があると担任の先生に教えられた屋上へと向かっていた時と同じアングルだ。


(そうそう、ここで、扉を開けて)

 

 夢の中の佳奈が、屋上の扉に手をかけた。

 そっと開いて、外を伺い見る。


(ここで、小夜ちゃんと……あれ?)


 そこにいたのは、黒い髪の男の子だった。

 佳奈と同じ年くらいの、綺麗な顔の少年だ。


「えっと……」


「あれ、君、どうしてこんなところに来たの?」


「え?」


 少年が困ったように笑う。


「ダメだよ、こっちに来ちゃ」


「でも、これ、私の夢だし……」


「僕の夢でもあるんだけどね」


 何を言っているのだろう、と佳奈は首を傾げたが、すぐに首を振った。

 考えるのはよそう。たかが夢の中の話だ。

 しかし、と佳奈は思う。

 目の前の少年は、どこか……


   *


 目覚まし時計の音で、佳奈は目を覚ました。

 窓を開けて、扇風機をつけて眠っていたが、夏の暑さで体はじっとりと汗で湿っている。額に張り付いた前髪をうっとうしそうに払いのけて、起き上がる。


「やっぱり、夢」


 思わず呟いて、そして首を捻った。


「あの人、なんか、小夜ちゃんに似てた……?」


 憧れすぎて、夢にまで出てくるようになってしまったのだろうか。

 少し恥ずかしくなって、佳奈は布団を被った。だが、すぐに時計を見て飛び起きた。


「やだ、遅刻……!」


   *


「意外に、佳奈って寝坊するよな」


 図書館の近くのコンビニの前で、アイスを頬張りながら里香が言った。

 遅刻した佳奈が、二人にアイスを奢ることになったのだ。


「ほんと、ごめん」


「まあええよ。アイス買ってもらえたし」


 彩がそう言って笑って、それより、と暗い顔をする。

 どうしたのかと、佳奈と里香が様子を伺うと、今にも泣き出しそうな顔をする。


「図書館はやっぱやめよー」


「なんで?」


 すかさず里香が聞く。こうゆう時、大阪人の切り返しの速さに、佳奈は驚いてしまう。


「昨日な、陸部の友達から聞いてんけど、やっぱりあそこ出るねんて」


「男の子の幽霊?」


「うん、トイレと児童図書のコーナーの間に、おはなしのへやってあるやん?」


「ああ、あれね」


 おはなしのへやは、図書館司書の人が紙芝居や絵本の読み聞かせをするための多目的室のような部屋で、普段は施錠されている部屋だ。


「あそこの鍵、たまに司書さんが閉め忘れて開いてることがあねんて」


 図書館を利用していた、中学生の女の子が、トイレに行こうとおはなしのへやの前を通ったときのことだ。

 薄く開いたドアが気になって、彼女は用を足してから、おはなしのへやに忍び込んだ。中は絨毯張りの広い部屋で、読み聞かせのためか、外の音が入ってこないようになっている。これ幸いと、彼女は読みかけていた本を取りに行って、その部屋で読書をすることにした。日も暮れて、部屋が薄暗くなった頃、そろそろ帰ろうかと彼女が本から視線を上げると、部屋の隅に男の子が座っていた。

 気づかないうちに、他の子が入ってきていたのだろうかと思ったが、様子がおかしい。

 その男の子は、本を読むでもなく、彼女のことをじっと見ているのだ。

 気味が悪くなったその子は、ドアへと駆け寄った。

 すると、男の子が小さな声で「おはなしは、まだ?」と言った。

 わけがわからず、女の子はドアに手をかけるが、ドアはピクリとも動かない。

 中から施錠するための鍵は、「開」の表示になっている。にもかかわらず、ドアが開かないのだ。

 女の子はパニックになって、叫びながらドアを叩いた。その間も、男の子はおはなしを催促するように呟いている。

 その音に気づいた司書の一人が、外からドアを開けると、何の抵抗も無くドアは開いたと言う。


「他にも、同じ子を資料室で見たって人とかもいるらしいし……」


 怯えた様子の彩に、里香は優しく、だが呆れたように言う。


「でも、うちらはその幽霊見えてへんし、問題ないやろ」


「里香ぁ」


 涙目で里香を見つめる彩に、里香は首を振った。

 結局その日は、図書館で勉強することになったのだった。

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