表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/25

聖夜のお化け屋敷

 今年の冬休みの初日は、クリスマスイブだった。花の女子高生である佳奈には、一緒に過ごすような恋人もいないし、なにより、今年は受験生だ。遊んでいる暇もないだろうと思っていたのだが。


「……すごい」


 目の前には、古めかしい洋館が聳え立っている。

 文化祭以降、精力的に霊能者として依頼をこなしていた小夜が、どうしてもついて来て欲しいと頼み込んできたので、佳奈は祖父母に頼んで、二日間の外泊の許可をもらった。


「明治14年に、当時の取引先の外国人の宿泊先として建てたらしいよ」


 大きな荷物を抱えた小夜が言った。

 依頼者は、とある企業の代表取締役らしい。内容は、別荘として使っていた洋館で、人が消えるという事件が起きている。神隠しのように忽然と姿を消してしまい、神隠しとは違って、消えた者は帰って来ないのだという。今はその怪異から、だれも使わなくなっているのだが、古くから大切にしてきた屋敷なので、なんとかしてほしい、と。


「……小夜、お前で大丈夫なわけ?」


「無理だったら、ひーちゃん呼ぶから。ここなら、夏乃さんのバイクですぐでしょ?」


 同行者は佳奈だけではない。圭佑も、荷物持ちとして同行している。


「初めからひよりさん連れてきたらいいんじゃ……」


「それは、暁屋(あかつきや)の沽券にかかわりますから」


 暁屋は、暁がネット上で経営している相談所の事だ。暁の部屋を調べた時に、パソコンにやたらと受信メールが多かったのを不審に思った小夜が見つけたのだが、これがなかなか評判が良かったらしい。


「さて、と。行きますか」


 意気揚々と、小夜が屋敷に入っていった。

 しばらく使っていないというわりに、綺麗に掃除された屋敷の中に、佳奈は驚いていた。


「ようこそ。折口様でいらっしゃいますか?」


 屋敷に入ると、スーツ姿の男性が迎えてくれた。少し薄くなった頭と、目の端の皺を見るところ、それなりの歳を取っていそうだ。


「この屋敷を任されております、小坂と申します」


「どうも。折口小夜です。こっちは、メールでお伝えした同行者です」


「あ、藤野佳奈、です」


 慌てて佳奈はお辞儀をする。小坂は佳奈にお辞儀を返して、後ろに控えた圭佑に視線を移した。


「十和田圭佑です」


「十和田……もしかして、十和田建設の?」


「兄の会社ですね」


「やっぱり。良く似ていらっしゃいますね」


 圭佑の兄が、建設会社を運営しているという事に、佳奈は驚いた。

 小坂に用意してもらった部屋へ案内されて荷物を置いていると、小夜が口を開いた。


「小坂さんは、この屋敷、怖くないんですか?」


「ええ。もともと、この屋敷で神隠しなんて起きてなかったんです。私はずっと、この屋敷の管理をしてきましたから、恐怖よりも、少し悲しいとは感じています」


「悲しい、ですか」


「はい。……これは、お耳にいれておいた方がいいのかもしれませんが。屋敷の怪異は、東江さんが消えたのが始まりだと思うんです」


「東江さん?」


「この屋敷で、メイドをしていた女性です。神隠しの最初の犠牲者です」


 詳しくは、夕食の時にお話しますね。そう言い残して、小坂さんは部屋を後にした。


「……佳奈、これ渡しとくね」


 小夜が差し出したのは、パワーストーンのブレスレットだった。水晶と碧玉が、交互にあしらわれている。


「念を込めてあるから、間違っても連れていかれないと思う」


「ありがとう。十和田くんは?」


 小夜と佳奈は二人部屋を充てがわれているが、圭佑だけ別室だ。


「圭佑は、もともと持ってるから。いつもつけてるし」


「そうなんだ」


 圭佑が、本当に長い間、双子と一緒にいるのだと思わされる。


「しかし、あいつ……家の手伝いもせんと、こんな事ばっかやってたわけなんやね」


 小夜が不服そうに頬を膨らます。


「目が覚めた、説教してやる」


「あはは。家の手伝いって、具体的に何するの?」


「んー……祈祷したり、お祓いしたり?」


「あんまり変わらないね」


「でも、暁は跡取りなんやで? 別件で依頼受けるなんて、ずるいわ」


 勢いづいて、小夜がまくしあげていると、部屋の扉が控え目にノックされた。


「はーい。どうぞ」


 小夜が返事をするが、来訪者が入ってくる気配はない。また、ノックの音がする。

 小夜が仕方なさそうに溜息をついて、ドアを開けた。


「はいはい、どうぞ……」


 ぴたり、と小夜の動きが止まる。


「小夜ちゃん?」


 様子がおかしい。佳奈は小夜のそばに寄って、部屋の外を覗いた。廊下には、誰もいない。


「……佳奈、圭佑の部屋に行こう」


 小夜の顔は、不安そうに歪んでいた。


   *


「なんだ、小夜か」


 圭佑の部屋をノックすると、間を置かずに扉が開いた。圭佑は小夜と佳奈の顔を見ると、拍子抜けしたように言った。


「圭佑のとこにも来た?」


 部屋に入って、小夜はベッドに腰掛けた。宿泊先の部屋とはいえ、男の子の部屋だ。佳奈は所在無さそうに立っている。


「ああ、さっきから何回か……」


「わたしにも見えないんやけど」


 小夜の言葉で、圭佑が、まじかーと大きな溜息をついた。


「え、小夜ちゃんに見えないのって、まずいの?」


「普通の霊なら、思念垂れ流しで、見たくなくても見えるんやけど。相手は自分の思念をコントロールできるくらいの霊ってことで……」


「かなり強いかもしれない」


 二人の言葉に、佳奈は一瞬驚いたが、すぐに首を傾げた。


「あれ? でも、前に合宿で話してたやつは?」


「ん?」


「あの、入学してすぐの頃に、教室で……」


 ああ、と小夜が声をあげた。


「あんな場で、実はわたし見えるんです。なんて言えるわけないやん?」


「え?」


「ちゃんと見えてたよ。セーラー服の女の子。見えてないていで話すと、ホラーでしょ?」


 見えていてもいなくても、それが幽霊ならば十分にホラーではないかと思う。


「今も学校にいるの?」


「あの子は、ただ学校が好きなだけで、ちょっと悪戯はするけど、人を傷つけたりはしないし」


「いるんだー……」


 佳奈を含めて、ほとんどの学生はまったく気がつかずに生活しているが、彩が知ったら卒倒しそうだ。


「いつもは屋上にいて、暁とわたしが話し相手になってるよ」


「えぇ?!」


「文化祭の日も、彼女と話すために屋上にいたんやけど」


 次から次へと出てくる事実に、佳奈はついていけなくなる。

 コンコン。と、ノックの音が響いた。


「……失礼します」


 入って来たのは、小坂だった。

 佳奈はほっと胸を撫で下ろした。


「小坂さんかー」


「……? みなさん、こちらでしたか。夕食の準備ができましたので、食堂にお越しください」


 小坂は一瞬、不思議そうな顔をしたが、すぐに和かな笑みを浮かべた。


   *


 東江由貴は、この屋敷の主人の遠縁の子供だった。血の繋がりも薄い、本当に遠縁だったので、主人も忘れかけていたくらいだった。

 その由貴の両親の訃報を聞いて、主人は由貴を引き取ると申し出たのだが、まだ中学生だった彼女に断られたらしい。代わりに、何か仕事を都合してくれと頼まれて、この屋敷で務めることを勧めたら、彼女は快諾した。

 まだ13歳の少女は、この屋敷で働きながら、中学に通って、卒業と同時に、正式にメイドとして働き出した。


「東江さんは、とても働き者で、真面目な方でした」


 小坂が懐かしそうに笑った。

 その頃は、毎年夏休みになると、主人が家族を連れてこの屋敷に休暇を過ごしにきていた。その中には、由貴と同じ歳の息子と、少し歳上の娘もいた。


「坊ちゃんと、お嬢様は、歳の近い東江さんと、とても仲良くしておられました。ですが……」


 娘が成人した頃、由貴と彼女が口論しているのを目撃した使用人がいた。口論とはいえ、娘が一方的に由貴を激しく罵っていただけだという。


「それから、東江さんは塞ぎがちになりました。坊ちゃんがとても心配しておられたのですが……ある日、とうとう由貴さんがいなくなったのです」


 使用人達は、由貴が逃げ出したのだと思った。屋敷の主人の娘と上手くいかなくなり、居辛くなったのだろう、と。

 それからだ。屋敷にいる人間が、少しずつ姿を消し始めたのは。いなくなるのは、いつも20代の女性だった。


「今思えば、彼女は神隠しの初めの犠牲者だったのかもしれません」


「……なるほど。それで、小坂さんは神隠しが怖くないんですね」


「え?」


「いなくなるのは、20代の女性ばかり。小坂さんは20代ではないですし、女性でもないですもんね」


 夕食に出されたステーキを切りながら、小夜が納得したように頷いている。


「小夜ちゃん、今の、そうゆう話じゃないんじゃ……」


「いや、藤野さん、無駄だよ」


 呆れたように、佳奈と圭佑は顔を見合わせた。その時、食堂の外がにわかに煩くなった。屋敷には、小坂の他にも何人かの使用人がいたようだが、それにしても騒がしい。


「……何かあったのでしょうか?」


 小坂が食堂から出て行く。残された三人は、そのまま食事を続けた。使用人をざっと見たところ、男性しか雇っていないようだったので、誰かが消えたという事はなさそうだったからだ。

 しばらくすると、食堂の扉が開いた。しかし、そこにいたのは小坂ではなかった。


「ちょっと、なんなのあんた達」


 派手な化粧の、若い女性だった。ムッとする程、きつい香水の匂いがする。

 彼女の後ろから、慌てた様子で小坂が戻ってきた。


「旦那様のご相談に乗ってくださっている方ですよ、美咲様」


「あ、もしかして、お嬢様?」


 小夜が言うと、小坂が頷いた。


「はい。当家の主人の娘様の、美咲様です。それと……」


「あれ? なんか可愛い子がいるー」


 小坂の後ろから、若い男がひょっこりと顔を出した。


「ご子息の宏樹様です」


 さっきの騒ぎは、思わぬ来客に、使用人達がどよめいていたのだろう。

 小夜は食事の手を止めて、まじまじと二人の来訪者を見る。それから凄絶なまでに、美しく微笑んだ。その顔に、宏樹が見惚れているのに気がついて、美咲が舌打ちをした。


「宏樹、だらしない顔をしないで! そこの小娘! お父様が何の相談をしたのかは知らないけど、余計な事をしたらただじゃおかないわよ!」


「余計な事、ですか?」


「そうよ。どうせ、適当な事を言って、お父様から金をせびるつもりなんでしょう。さっさと荷物をまとめて帰りなさい!」


「えー。じゃあ、帰る前に俺と一晩だけ、二人っきりで話そうよー」


 どちらも癖のありそうな二人だ。佳奈は勢いに押されていた。しかし、小夜は違うらしい。毅然とした態度で、美咲を見据える。


「わたしは、あなた方のお父様に頼まれてここにいます。わたしに帰れと言えるのは、あなた方のお父様だけです。それから、宏樹さん……」


 すっと、宏樹に視線を移して、小夜は美しく笑う。


「わたし、以外と面食いなんです。あなたじゃ、釣り合わないわ」


 そう言って立ち上がると、圭佑の後ろに回って、意地悪く笑う。


「例えば、これくらい顔が良くないと」


 確かに、圭佑はアイドル並みの美形だ。佳奈は呆れてしまう。


「それから、わたしがダメだから佳奈に、なんて思ってたら、それも無理よ。佳奈は、わたしの兄のものなんだから」


「ちょっと、小夜ちゃん?!」


「わたしと兄は双子なの。その意味、お分かりかしら?」


 この美貌の少女の双子の兄だ。それも美形だと、小夜は言いたいのだろう。宏樹が呆気に取られたような顔をした後、真っ赤になった。


「なんだよ! こんな気の強い女、こっちから願い下げだよ! 行こう、姉さん」


 宏樹に腕を引かれた美咲は、怒りで肩を震わしている。


「……貴女みたいな子、屋敷に食われてしまえばいいわ! 小坂、私たちの部屋を用意しなさい。この小娘が、神隠しにあうところを見ないと気が済まないわ!」


 小坂に連れられて食堂を出ようとする二人の背中に、小夜が言い放つ。


「……お嬢様、気をつけた方がいいですよ。神隠しにあうのは、貴女かもしれない」


 美咲が忌々しそうに小夜を振り返ったが、何も言わなかった。

 食堂の扉が閉まると、静寂が訪れて……


「小夜、お前って……」


 圭佑が真っ赤な顔をして呟いた。

 その後を、佳奈が続ける。


「本当に、性格悪い」


 ぺろりと舌を出して、小夜は笑っていた。

 その夜、本当に美咲が姿を消してしまい、屋敷は騒然となった。


一歩進んで二歩下がる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ