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恋する乙女

題名に対して、内容は少し暴力的です。

 ほんの些細な悪戯のつもりだった。

 あの子が、私を貶めるから。

 ちょっとした悪戯で、気が紛れればいいと思った。まさか、本当に効果があるなんて。

 では、試してみようか。

 彼の心を弄ぶ、あの女にも……

 どうして、あんなおまじないに効果があったのかわからない。けれど、所詮はおまじないだ。私が悪いわけじゃない。


   *


 窓から差し込む赤い光に、佳奈は眩しげに目を細めた。

 教室が赤く染まるのが、少しずつ見慣れた光景になりつつある。東京にいた頃は、学校が終わればすぐに家に帰っていたので、夕日は自分の家で見るものだった。

 大阪に来てからだろうか。高校生らしい生活を送り始めたのは。


「佳奈さん、なんなんですか?」


 不機嫌そうな声に、佳奈は我に帰った。

 空き教室に、後輩を呼び出していたことを忘れかけていた。その場には、優子と麻美の他に、大橋友也も呼んでいる。


「もうちょっと、待ってね」


 佳奈がそう言うと、優子が唇を尖らせた。


「ごめんごめん、待たせたね」


 更に何か言おうと優子が口を開きかけた時、教室のドアが開いて、小夜と圭佑が入ってきた。圭佑は、友也の描いた絵を教室に運び入れた。


「それ……」


 友也が不信そうに眉を顰める。


「じゃあ、みんな揃ったから、始めるね」


 佳奈は、真面目な表情になって話し始めた。


「この絵が倒れて、優子ちゃんが怪我をしたのは、事故なんかじゃない。優子ちゃんは、この絵に呪詛をかけた人物によって、狙われて怪我をしたの」


「はぁ?」


 佳奈の言葉に、優子は明らかな侮蔑の目を向けた。何を言っているのだこいつは、とその目が語っている。それはそうだろう。まさか自分が怪我をしたのが、呪詛や霊だなんて騒ぎ出す者がいるだなんて思いもしなかったのだ。


「佳奈さん、何言ってるんですか?」


「優子、聞いてあげて」


 不快だとばかりに顔を歪める優子を、圭佑が宥める。優子は渋々口を閉じた。


「変な事言うって思ってくれていいよ。わたしも、自覚はあるから」


 佳奈が苦笑する。すると、麻美が真っ青な顔をして口を開いた。


「呪詛って、呪いのことですよね? もしそうだとしたら、誰が優子を?」


「そこが問題なんだけど。その話をする前に、もう一つ。この呪詛は、小夜ちゃんも狙ってきたの。昨日の事よ」


 そこで優子は小夜を見る。小夜は綺麗に笑って頷く。


「それって……」


「びっくりしたよ。教室中の刃物が飛んで来るんやもん」


「そんな!」


 声を荒げたのは麻美だ。

 青い顔は、更に色を失っている。


「呪詛は、優子ちゃんと小夜ちゃんを狙った。二人に共通する事は何か。全然わからなかったんだけど……わたし、見ちゃったんだ」


 夢でとは言わない。それを言ってしまえば、犯人に逃げ道を作る事になる。


「うちのクラスの前から逃げる……犯人を」


 自然と静寂が訪れた。

 そこで佳奈は、友也の絵の前に行って、彼に問いかける。


「この油絵、剥がしたら修正できなくなっちゃう?」


「いえ……できます」


 そう、と笑って、佳奈はポケットからペイントナイフを取り出す。友也が不思議そうに佳奈を見つめる中で、絵の一部にナイフを当てる。


「あ……」


 誰かが声を漏らした。

 絵の具を剥がして現れたのは、サインペンで書き殴られた幾何学模様のようなマークだ。何を意味するのかはわからない。ただの落書きのような模様。


「それ……」


 友也は眉を顰めた。


「大橋くんは知ってたの?」


「え、はい。そのベニヤを渡された時から描いてあったんで、メーカーの人が描いたのか、販売店が描いたのかと……」


「よくある事なの?」


「わかりません。ベニヤ板なんて、あまり使ったことないですし」


 佳奈は満足そうに笑う。できるだけ余裕があるように見せようと、小夜の真似をしているのだ。


「……麻美ちゃん」


 佳奈が呼ぶと、麻美は泣き出しそうな顔で優子を見た。


「麻美?」


 優子が不安そうに声を掛ける。

 麻美は、優子と友也を順番に見て、そらから観念したかのように首を振った。


「わたしじゃ、ありません」


「嘘。わたし、犯人を見たって言ったよね。麻美ちゃんがうちのクラスの前から走って逃げて行くのを見たよ。何がきっかけ? 合宿で十和田くんの事、優子ちゃんがみんなにバラしちゃったから?」


「違う……」


「小夜ちゃんと十和田くんが仲良いのが……」


「違うってば!」


 麻美が激昂すると、共鳴するかのように、教室中の机や椅子が浮かぶ。暴力的に、教室中を飛び交う。


「こっちに!」


 小夜が佳奈の隣に立って叫ぶと、驚いて固まっていた優子と友也が駆け寄ってくる。圭佑が合流すると、小夜は制服の袖を捲って、両手の指を複雑に絡めた。手首には、いつかの数珠が巻きつけてある。

 薄緑の光が、小夜の足元から漏れ出して、円になる。椅子が小夜目掛けて飛んで来たが、光に弾かれる。


「……小夜ちゃん」


「今日はちゃんと準備してきたからね」


 片目を瞑って、小夜は微笑んだ。


「麻美、なんで?」


 先程までの威勢は成りを潜めて、今の優子はただただ震えていた。友人から、見えない暴力を振るわれたのだと理解して、目に涙が浮かんでいる。


「優子って、いつもそう! 自分は悪くない、自分はいつだって被害者で、可哀想なんだって顔してる!」


「そんな事……」


「私、いつ優子に、圭佑先輩が好きだなんて言ったの?! いつ?!」


「それは……」


「圭佑先輩の事好きなのは、優子じゃない! いつも私を身代わりにして、自分だけは傷つかないところにいるの! あんたって、そうゆう女なの!」


 麻美が言葉を吐き出す度に、机が天井に叩きつけられる。椅子の足が曲がる。


「……小夜ちゃん、これって、ポルターガイストとは違うわけ?」


「違うと思うねんけどなぁ……」


 呑気な上級生二人とは反対に、男二人は居心地が悪そうにしている。


「これ、なんの拷問?」


「俺、関係ありますか?」


 自分の事で、更には惚れた腫れたの話でいがみ合う後輩を前に、圭佑は悶絶しているし、友也に至っては巻き込むなとばかりに不快そうな顔をしている。


「……だって! 友達でしょ! 麻美、好きな人いないって言ってたやん! あたしが圭佑先輩好きって言ったら、協力するって言ってくれたやん!」


「協力はするけど、身代わりにみんなの前で恥ずかしい思いさせることないやん!」


 ああ、もう。小夜が呟く声が、佳奈の耳に入る。


「うるさーい!」


 きんっと小夜の声が教室に響いた。

 麻美と優子は、肩を震わせて、驚いたように小夜を見つめている。麻美が固まって動かなくなると、飛んでいた机や椅子も空中で止まる。その隙に、小夜は佳奈からペイントナイフを奪って、ベニヤの紋様に傷を付けた。

 すると、浮かんでいた机が大きな音を立てて床に落ちる。


「言っとくけど! 呪詛に関してはわたし、めちゃくちゃ詳しいから、麻美に呪詛返しできるねんけど?」


 只事ではない様子で怒りを抑える小夜を目の前に、麻美は小さな悲鳴をあげた。


「今までの話聞くと、わたし、なんにも関係ないやん!」


「……小夜ちゃーん」


 怯える後輩が可哀想になって、佳奈は助け舟を出そうとするが、小夜に睨まれてしまう。


「か、関係、あります」


「はぁ?!」


「友くんが……」


「んん?」


 要領を得ない麻美の言葉に、小夜の眉間の皺が深くなる。


「友くんが、小夜さんをモデルにするからいけないんだよぉ」


 小夜の迫力に負けて、とうとう麻美が泣き出した。


 *


 教室を片付けて、泣きじゃくる麻美を座らせる。大橋友也はひどく狼狽していた。


「麻美、どうゆうことなん?」


 とうとう痺れを切らせて、友也は麻美に問いかけた。彼女は赤くなった目で友也を見つめて、ただ首を振る。


「……小夜ちゃん、わかる?」


 この事態を引き起こした張本人である佳奈も困惑していた。

 物事は、思い通りには進まない。

 佳奈は、麻美が圭佑を慕っているのだと考えていた。合宿で、優子がみんなの前で、麻美は圭佑を好きだと言ったのだ。それを不快に思ったからこそ、麻美は優子を呪ったのではないかと。そして、呪詛に効果があると知った麻美は、圭佑が慕う小夜を狙ったのだと考えていた。

 しかし、麻美は圭佑を好いていないという。そこで出てきたのは、友也の名前だった。


「私……小さい頃から、友くんが好きだったの」


「え?」


 麻美の言葉に驚いたのは友也だった。

 顔を真っ赤にして、しきりに「えっ」と言っている。


「麻美、そうやったん? そんなこと、教えてくれんかったやん」


 優子が悲しげに俯く。

 すると、麻美は皮肉そうに笑う。


「優子って、すごく面食いでプライド高いやん。友くんのことだって、暗いー地味やーっていっつも言ってる」


 優子には言えないよ、と麻美は泣きそうな顔で笑った。


「それで、どうして優子を呪うことになるの?」


 小夜が首を傾げた。


「……呪うつもりなんて、なかったんです」


 麻美は諦めたように首を振った。

 きっかけは些細な事だった。

 合宿で、優子が自分を身代わりにして、圭佑と小夜の関係を、佳奈に聞いた。それから、部活内では麻美が圭佑を好いているという嘘が事実になってしまった。優子はことあるごとに麻美を連れて圭佑に話しかけるようになった。はたから見れば、優子は友人の恋を助けるキューピットにでも見えただろう。

 麻美の気持ちなんて関係無しに、優子は自分のために行動していたのに。

 少しでいい。報いることができれば。

 ほんの小さな不信感が、少しずつ大きくなっていった。

 ある日、図書館で勉強していた時だ。

 少し席を離れている間に、麻美の座っていた椅子に、一冊の本が置かれていた。


『こいのおまじない』


 可愛らしい、動物のイラストが表紙の本だった。麻美は、子供の忘れ物だろうと思った。カウンターに届けようと手に取ったのだが、上手く掴めずに本が開かれた。

 そのページには、『ライバルをけす方法』と書かれていた。ライバル、けす。

 なんて直情的な言い回しだろうと思ったが、惹かれるところがあって、麻美はそのおまじないを試すことにした。ライバルではないけれど、邪魔者という意味では同じだろう。


「邪魔者って……」


 麻美の話を聞いて、優子は殴られたような顔をした。

 おまじないの方法は、好きな人が毎日使う物に、サインペンで本に乗っている模様を描くというものだった。だから、友也が毎日触るであろう、お化け屋敷の小道具に描くことにした。

 それからすぐに、優子が怪我をした。


「本物なんだって思った。だから……友くんが小夜さんのこと、あの絵のモデルにしたって聞いた時……すごく切なかったから……」


 おまじないを、もう一つ追加した。

 それは、優子の時と全く同じおまじないのはずだった。倒れて傷が着いた絵の、まだ修繕されていない部分に小さな模様を描いた。


「……わかった。どこに描いたの?」


 小夜がペイントナイフを構えるのを見て、麻美はおとなしく場所を指し示した。小夜は絵の具を削って、現れた模様に傷をつける。


「まさか、刃物が飛ぶなんて思ってなかったんです! ちょっと怪我をすればと……」


「同じだろう」


 責めたのは、友也だった。


「麻美は、人を怪我させておいて、悪かったとも思ってないわけ?」


「そんなこと……」


「そうだろう! だって、お前……まだ優子と小夜さんに謝ってないやんか!」


 驚いたのは優子だった。

 友也が、激しく怒鳴るタイプだとは思いもよらなかったのだろう。


「相変わらず、友也って体育会系だよな」


 くすくすと笑ったのは、圭佑だった。


「優子は知らないか。友也と俺、中学でサッカー部やってん。俺らどっちも、怪我でリタイアしてんけどな」


 目を丸くする優子に、圭佑が笑いかける。

 途端に、優子の顔が赤く染まる。落ち着いてみれば、意図しないところで優子は自分の気持ちを圭佑に知られたことになるのだ。

 そんな優子に、小夜は溜息を吐いて、麻美に向き直った。


「……麻美、おまじないってね、悪意があれば呪いになるの」


「え……?」


(のろ)いって字と、(まじな)いって字は同じなの、知ってた? 麻美の気持ち次第で、ただのおまじないも呪詛になる。わかったら、これからはおまじないなんてしないこと」


「……はい」


 素直に頷く後輩に、小夜は満足そうに笑う。


「これにて一件落着、やね。しかし、佳奈ってば推理力なさすぎ! めっちゃ外れてるやん!」


「しょうがないでしょ。情報が少な過ぎたんだから……」


 嬉々として騒ぎ出す二人を見て、優子が少し首を傾げた。


「小夜さんって、こんなキャラやった?」


「んー、こいつ、外面はいいからなー」


 圭佑が応える。

 あの、と麻美が小さな声を漏らした。


「優子……小夜さん。本当に、ごめんなさい!」


 深く頭を下げた麻美の肩を、優子が優しく叩く。


「あたしこそ、ごめんね。麻美のこと、知ろうとしてなかった……友達なのに、そんなのひどいよね」


「ううん! わたしも、優子に隠し事してた……ごめんねぇ」


 泣き笑いながら抱き合う後輩を見て、佳奈と小夜は顔を見合わせた。仕方ないなと、小夜の顔は語っていた。


   *


「へー、いい話やん」


「いい話、ですか」


 夢の中で、佳奈は肩を落とした。

 呑気に笑っているのは、暁だ。すっかり慣れてしまった夢での邂逅で、佳奈は暁に事の顛末を全て話した。するとこの反応だ。


「なんか……小夜ちゃんと暁さんって、似てますね」


「まぁ、双子やし?」


「第一印象と違うー」


 嘆く佳奈を、暁はまあまあと宥める。


「しかし、その麻美って子、なかなか周到やんな。わざわざ小夜が一人になるように、いろいろ仕向けてたわけやろ?」


 麻美は、小夜が襲われたあの日、クラスのペンキを隠したり、圭佑に話しかけたりして、小夜が一人になる時間を作ったのだ。


「女って怖いよなー」


「……あの、小夜ちゃんが変な事言ってたんですけど」


「ああ、おまじないの本の事?」


 佳奈が思いつめたように言うのと反対に、暁はあっさりとしている。


「はい。って、何でわかるんですか?」


「だから、双子やしー」


「……もう。それで、近々図書館も片付けないとダメかーって」


 うーん、と暁が首を捻る。


「まぁ、そろそろかなとは思ってたけど。佳奈ちゃん、俺は小夜が危ない目に会うのは嫌だから……」


 佳奈の視界が、ぐにゃりと歪む。

 そろそろ、別れの時間らしい。佳奈の目覚めの時間とも言える。


「また協力してもらうね」


 視界が暗くなって、暁の言葉だけが聞こえた。しかし、彼がどんな顔をしていたのか想像は容易かった。


「……あの兄妹、ほんと似てる」


 朝日の差し込む部屋の中で、佳奈はそう呟きながら目覚めた。

恋をすると、女の子はなんでも人のせいにする。と思うのです。

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