兄妹
圭佑は、廊下を足早に歩いていた。手には、劇で使う木製の剣を持っている。
クラスの仕事が終わって、小夜のいる教室に向かっている時、天文部の後輩に声をかけられた。優子と麻美だ。彼女たちと少し話をしていたため、小夜を迎えに行くのが少し遅くなってしまっていた。
「機嫌悪なってなかったらええけど……」
不安げな言葉とは裏腹に、圭佑の表情は緩んでいた。機嫌を損ねた小夜をどう宥めるか。それを考えながら、小夜のいる教室の前まで来る。
扉に手をかけると、圭佑は険しい表情になって、勢いよく開いた。扉が、氷のように冷たかったのだ。
「小夜!」
「遅ーい!」
教室の中で、小夜は飛び交う刃物と格闘していた。文字通り、格闘だ。向かって来る刃物を躱して、叩き落とすという作業を、余裕の笑みを浮かべてこなしている幼馴染に、圭佑は溜息を吐いた。
「何してんの?」
「見てわからん? 襲われてるの、助けてよ!」
小夜に言われて、圭佑は手に持った剣で刃物に応戦する。叩き落とすと、刃物は動かなくなるようだ。
あらかた片付け終わった頃に、小夜のクラスの子達が戻ってきた。
「ごめん、折口さん! 遅なったー」
「先生が、ペンキの置き場所忘れてて……て、何これ」
床に散らばった刃物を見て、クラスメイト達が不審そうに小夜を見た。
「圭佑が、劇でやる殺陣を見せてくれてんけど、剣が道具置いてるとこに飛んでっちゃって……」
「ごめんなー、今片付けるから!」
圭佑が散らかった教室を片付け始めると、クラスメイト達はきゃあきゃあと甲高い声で騒ぎ始めた。
「十和田くんならええよー。うちのクラスの男子なら、蹴っ飛ばしてるとこやけど」
「なー。なんでうちのクラスには十和田くんみたいな男前おらんねやろ?」
「ほんま、折口さんええなぁ。こんなイケメンが彼氏で」
小夜は曖昧に笑ってから、片付けを手伝い始めた。セットに汚れがない事を確認すると、ほっと息をつく。
教室の後ろ側まで弾き飛ばしたカッターナイフを拾い上げた時、圭佑はパタパタと廊下を走る音を聞いた気がして、廊下側の窓から顔を出した。廊下の端にある階段へと曲がって行く女生徒の後ろ姿が見えた。
「圭佑、どうしたん?」
「ん? なんでもない」
それから、クラスメイト達に冷やかされながら教室を後にする。しばらく無言で歩いていた二人は、校門を出てから、大きな溜息を吐いた。
「……っはぁー! 誤魔化せたかな?」
「誤魔化せてなかったら、明日からわたし、あのクラスでやってけん!」
まさか、刃物が勝手に飛んできましたなんて事は言えない。二人は、事実を言う事で受ける中傷を知っている。
「しかし、まさか刃物で襲われるなんて思わんかったなぁ」
明るく言ってはいるが、小夜の表情は曇っている。圭佑は躊躇いがちに小夜の手を取った。小夜の手が、びくりと跳ねたが、圭佑の手の中で大人しく握られている。
「ごめん、遅なって」
「ほんまやわ。何してたんよ」
「優子と麻美が声かけてきて……」
「ふーん。わたしよりも、他の女の子を取った、と?」
「後輩やん。話すくらいはさせてー」
「嫌。わたし、我儘で独占欲強いねん」
「束縛されるんや、俺」
小夜が黙り込んでしまった。だが、機嫌は悪くないようだ。ほっとしたように圭佑が微笑んだ時、背後から驚いたような声がした。
「あれ? 小夜ちゃんと、十和田くん?」
二人が急いで振り向くと、そこには犬を連れた佳奈が立っていた。二人の繋いだ手をみて、得心したように頷いている。
ぱっと小夜から手を話して、顔を真っ赤にして佳奈に詰め寄った。
「違うから! 佳奈、違うねん!」
「えー、でも……ねぇ、モロ?」
佳奈は足元の犬に問いかけるが、あいにく愛犬は足で耳を掻くのに必死になっている。
「そーゆうんじゃなくて……ちょっといろいろあって……」
「い、いろいろ?!」
「佳奈のあほー!」
佳奈の悪ノリに、小夜は少し涙目になって叫んだ。
*
その夜、佳奈は学校にいた。
周りの景色はセピア色に染まっていて、彼女は空から学校を見下ろしていた。また夢だ、と佳奈はきょろきょろと周りを見る。
「こっち、佳奈ちゃん」
学校の屋上、天文台のそばに、暁が座っていた。
「今日は、俺のお願い聞いて欲しくて呼んだんだけど……」
暁が、綺麗な顔を不安そうに歪めた。
「えと、お願い? 呼んだ?」
「うん。俺と、佳奈ちゃんの夢が、リンクしてるみたいだから。俺の視た事を伝えたくて」
そう言うと、暁はセピア色の中を歩き出した。佳奈はその後に大人しく着いて行く。
屋上から降りる階段で、女生徒とすれ違ったのだが、その顔は黒く塗り潰されて見えない。他の学生達も、同じように顔がわからなかった。
「小夜が、危ない目に会ったみたいだから。なんとかしたくて」
「うん。大変だったみたいだね」
暁は美術室に向かう。美術準備室の扉をすり抜けるように入っていったので、佳奈も真似をしてみる。難なく中に入ってみると、そこにはまた女生徒がいた。
「あれ、うちのクラスのペンキ……」
友人の里香が、きちんと管理していたはずのペンキの缶を、目の前の顔のない生徒が隠している。
暁が黙って、美術準備室を出たので、佳奈は慌てて追いかける。
「ねえ、何を見せたいの?」
「だから、俺が視たもの。時間がないから……」
暁に着いて行くと、途中で圭佑を追い越した。圭佑の顔は、はっきりと見えている。圭佑は、二人の顔のない女生徒と話している。
「俺の知っている人は、ちゃんと顔が見えるけど、知らん人は見えへんねん」
圭佑を追い越すと、小夜がいる教室についた。そこでは、小夜が一人で作業をしていた。それから、刃物が飛び上がって、小夜に襲いかかる。
「小夜ちゃん!」
「小夜が無事なのはわかってるやろ? それよりも、あそこ」
暁が指を刺した先には、また顔のない女生徒がいた。そこで、佳奈はやっと気がついた。
「まさか……暁さん、あれって!」
佳奈が驚いて声を上げた時、世界が反転していった。頼むね、と、暁が言った気がした。
*
「……って夢を見たんだけど」
翌日、学校に着いて早速、佳奈は小夜に夢を見た事を報告していた。小夜は神妙な面持ちで、机を見つめている。
「……小夜ちゃん?」
「あの馬鹿兄貴……」
小夜の表情が、どこか嬉しそうに華やいでいる。なるほど、目覚めない兄が、それでも妹を心配しているとわかって、嬉しいのだろう。
「それで、佳奈は何に気がついたの?」
「え? あ、うん、それなんだけど……」
屋上から降りた時、美術準備室、小夜が襲われている時。佳奈が見た女生徒は、すべて同じ人物だった。
「顔は見えなくても、制服の感じとか、髪型とかは一緒だったから。……動機もわかる気がするし」
「ん?」
「あのね、実は……」
「あ、待って。続きは放課後にしよ。授業始まるし、それに……」
小夜が佳奈を手で制して、にっこりと微笑む。
「解決するなら、容疑者たちの前でやりたいやん?」
「それもそうか。じゃあ、放課後に」
佳奈はそれまでに考えをまとめておこうと、両手で拳を作った。
クリスマスなので、ちょっと甘めの展開もいれてみました(笑)
次回、佳奈の推理力がひかります!




