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江戸大乱 ~蓬莱事件控~  作者: 桃源郷
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第6話

ちょっと短いですが、きりが良いので。

 表からなじみの駕籠屋の声が響いた。玄関へ出ると、表門の中に、真新しい薄緑の畳表で囲われた駕籠が着いている。

 よもぎは、後ろに着いてきた薫を振りかえった。

「嬢ちゃん、懐剣はありますか」

「だから嬢ちゃんというのは……まあいい、あのおなごに渡された」

 薫はため息をひとつついて答える。

「短剣は扱えますか」

「たしなみ程度には」

「ならいい。油断は禁物です」

 はっとした表情を浮かべる薫。先ほどのドタバタで緩んでいた表情が引き締まる。

「アタシは周りを見ながら行くから、嬢ちゃんは乗りなさい」

「いや、私も周りを」

「お前さんが顔をさらしてどうするんですか」

 一緒に歩こうとする薫の言葉尻を食うように、よもぎが被せる。

「あっ、め、面目ない」

「なに、いいってことですよ。ひとつひとつ学んでいきゃ良いんです」

 よもぎの中に、不思議と何か彼女を鍛えているような感覚が芽生えている。

 狙われているというのに、それほど意識が幼く危うく思えるのだ、この嬢ちゃんは。

 剣はそこそこ使えるように見えるのだが、この釣合いの悪さは何だろうか。

 薫はそこまで言われて、大人しく駕籠に乗りこんだ。

「殿様はお乗りにならないんで?」

 駕籠掻きの蓑吉が、恐る恐るという風情でよもぎに尋ねてくる。

「ああ、今日はお前さん達の後ろを行きますから、あまり飛ばさないでおくんなさいよ」

 駕籠掻き二人は、威勢良く返事すると駕籠を担ぎあげた。


 皐月の風が、軽くつむじを巻いてよもぎの頬をなでた。

 空を見上げると、今日も雲ひとつ無い。日差しも心持ち強くなった気がする。そう言えば、そろそろ太陽がふたつになる時期だ。

 昨夜通った街道を、今度は南に進んでいく。

 よもぎは、駕籠の後ろを少し離れて付く。時には先に廻り、辺りを見回しながら。

 今日も怪しいヒト影は見えない。

(あきらめた、なんてことはないだろうねえ)

 このくらいであきらめるなら、わざわざ旗本屋敷を襲ったりはしないだろう。ますます敵の意図がわからない。

(出たとこ勝負、なんてえのはアタシの趣味じゃないんだがねえ)

 相手の出方が判らない以上、今はひとつひとつ手繰り寄せるしかない。


 しばらく歩いていると、何事もなく内藤屋敷の近くに来た。

 門の前には、中間らしき猿族の門番が二人、自分の背よりも長い棒を持って立っている。 

「蓑さん」

 突然よもぎは、前で駕籠を担ぐ蓑吉に呼びかけた。

「止めますか?」

 蓑吉は、後ろを歩くよもぎを振りかえりながら言った。

「ん、止めて下さい」

 よもぎはうなずきながら言うと、駕籠に近づいた。

「小窓を門の方に向けて下さいな」

 そのまま蓑吉に指示すると、蓑吉たちは駕籠の向きを変え、門と平行にする。

 よもぎは駕籠の横に付き、小窓を開けると、中の薫を見た。

 こちらを向いている薫の顔には緊張が浮かんでいたが、駕籠に酔った様子はない。

「そのまま顔は出さずに門を御覧なさい」

 薫は首を伸ばすように外を覗きこんだ。よもぎも見やすいように一歩引く。

「門を固める中間衆に見覚えはありますか?」

「うむ、あれは昔からじいに仕えている勘助と稔だ」

「ならば、このまま行きましょう」


 駕籠が動き出す。と、当然のように門番の一人が棒をかざしてよたつきながらも走り寄って来た。

「何だ! 駕籠なぞ呼んでないぞ!」

 門番は、歯を剥いてこちらを威嚇する。

 良く見ると、門番の二の腕にはサラシが巻かれている。どうやらこの男もケガをしているらしい。

「勘助、私だ。無事だったんだな、良かった」

 駕籠の中から薫が声をかけた。勘助と呼ばれた門番は、驚いたように目を見開いて、駕籠の小窓を覗きこむ。

 すると、中腰のまま固まり、小刻みに震え始めた。

「いや、そ、そんな、ど、どちらさんですかい」

 勘助は震える声で、そのまま問いかける。

「私がわからないのか? ……あ、そうか」

 何かを悟ったような薫の声を聞くと、勘助は、地べたにへたり、と座り込んだ。

「か、勘助っ、この格好はな、安全のためだ!」

 薫が慌ててわめきだした。

「嬢ちゃん、静かにしてて下さいよ」

「だったら嬢ちゃんと呼ぶなっ!」

 よもぎが顔をしかめ、駕籠を開けて首を出そうとする薫を手で制した。

「勘助さんとやら、このまま通っても良うござんすかね」

 そのまま勘助に尋ねると、彼は首だけをこちらに向け、壊れたからくり人形のように何度も首を縦に振る。

「どうした」

 すると、もう一人の若い門番が駆け寄って来た。こちらが稔というのだろう。

 勘助はのろのろ立ちあがり、不信に眉を顰める稔に耳うちした。

「ほ、本当かい!?」

 跳びあがって驚く稔。そのまま屋敷の中に駆けて行った。

 勘助はそのままよもぎの方を向き、正座して拝み始めた。

「あ、あああ、ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとう……」

「な、何事ですか」

 さすがのよもぎも、いきなり拝まれたら驚くより他ない。

 勘助はもともと皺だらけの顔をクシャクシャにして、泣きながらよもぎを拝みつづける。

「こ、これで殿様も、ありがとうございます、ありがとうございます」

 よもぎは頬を人差し指で掻いた。これでは話が進まない。

「あー、それじゃあ通らせて貰いますよ」

 そう言って駕籠に向けて顎をしゃくった。すると、やはり驚いた表情でそれを見ていた駕籠掻きの二人が動き出す。

 駕籠とともに門をくぐるよもぎ。チラリと後ろを振りかえると、勘助がそのままの姿勢で拝みつづけるのが見えた。

 よもぎはため息をつくと、そのまま門内に入った。


 門内には、五人もの侍が待ち構えていた。その横には、先ほど中に入っていった稔が頭を下げて立っている。

 どうやら、この屋敷に勤めているものは、内藤と同じ猿族らしい。

 よもぎは顔を引き締め、左手で刀の鯉口を切って右手を添えた。

 雰囲気を察したのか、駕籠掻きの二人は静かに駕籠を置くと、あたふたと後ろに下がる。

「嬢ちゃん、油断なく出なさい」

 顔は向けず、駕籠に声を掛けながら二度叩くよもぎ。

 薫は即座に、転がるような低い体勢で駕籠から飛び出た。懐剣を逆手に構えて。

 それを見た侍達の顔が激変した。しかし動きは無い。

「あっ、皆良かった、無事だったのだな!」

 薫が構えを解き、侍達に呼びかけた。どうやらこの屋敷に仕える者達だったらしい。

 それを確認したよもぎは、右手を刀からはずした。だが、左手の親指は刀のつばに掛けたままだ。

 しかし、侍達は全く反応しない。

「ど、どうしたんだ、皆、変だぞ」

 薫が、不審に思ったのか、いぶかしげに問いかける。

 それに反応したのか、侍全員が全く同じ仕草で薫を指差し、口を開いた。

「か、か、か、か……」

 口まで揃っている。

「な、何事か?」

 あまりの妙な迫力に、薫が一歩退く。

「「「「「薫さまーっ!?」」」」」

「きゃっ!?」 

 一斉に上がった大声に、薫がかわいらしい悲鳴をあげて跳びあがった。

 さすがのよもぎも、その反応にあっけに取られた。

 そのうち、一番年配らしい猿顔の侍が片膝を着き、立ち尽くしたままの四人に顔を向け、指示を出す。

「田辺、稔! 殿にお知らせを!」

「はっ、ははっ!」

 我に返ったのか、一番若い侍と中間の稔が屋敷に走りだした。

 それを見届けると、猿侍は薫に近づいた。

「か、薫様、よくご無事で」

「そこの岡田どのに助けられた。しかし梅村、先ほどは何を驚いていたんだ?」

 梅村という名の猿侍は、慌てたように手を振った。

「いっ、いや、その、お姿が、あの、あまりに、似合っておいでで」

 それを聞いた薫の顔が、さっと朱に染まる。

「こっ、これはっ、あくまで身を隠すための方便でっ!」

 梅村たち侍は、慌てる薫を見て、それ以上の質問を止めたらしい。

 かわりに、あー、という緩んだ声が聞こえてきそうな、何とも言えないゆるい眼差しを向けている。


 ただ、その中でひとり。

「そこもとが岡田殿ですか」

 梅村と呼ばれた猿侍がよもぎを一瞥する。薫を見る目と違い、いかにも不審者を見るような目。

 まあ無理もないだろう。薫を一晩かどわかしたようなものだ。

「一緒に来て貰いたい」

 梅村は、よもぎに鋭く切りつけるように言葉を吐く。

「梅村! 無礼であろう!」

 薫が、先ほどとは違う赤に頬を染める。失礼な言い草にカッとなったようだ。

「いいですよ、参りましょうか」

 よもぎは、余裕たっぷりに応えた。

 そのまま、薫とともに玄関に通される。


 畳四畳程もある玄関の中は、先ほどの喧騒が嘘のように静まり返っている。

 だがよもぎの感覚は、玄関の奥で、至るところに隠れてこちらを伺う何人かの気配を捉えていた。

(昨日の今日だからねえ)

 こちらに対し、相当警戒しているのだろう。

 ふと、梅村が立ち止まった。そのまま振りかえると薫の前に立ち、よもぎに向き直った。

 残りの侍は出口を塞ぐかのように、よもぎの後ろに廻る。

 これはまさに、最低限薫を守り、同時によもぎを逃がさぬ体制と言える。

 そして梅村が、固い表情のまま口を開く。

「腰の物を預からせていただきたい」

「梅村っ!」

 薫の鋭い叱責の声にも耳を貸さず、ひたとよもぎを見つめる梅村。

 そう、言わばここは袋小路で、十重二十重に敵を取り囲んでいる状況だ。逃がさぬ場所で武器を取り上げる。合理的と言ってよいだろう。

 先ほどから、奥の殺気は強まるばかりだ。

(虎穴に入り込んじまいましたねえ)

 しかし、ここで退くことは出来ない。下手に戸惑えば、いらぬ疑惑を受けるだけだ。

「じゃあ、預かってもらいましょうか」

 よもぎは、ゆったりと腰の大小を鞘ごと引き抜き、そのまま梅村に渡した。

 すると、薫が何も言わず、梅村の前に出てよもぎの隣まで来て並んだ。

 その行動に、梅村の顔がこわばる。

「薫様っ!」

「どういうつもりですか?」

 よもぎの問いかけに、薫は二人の顔をちらと見ると、静かに口を開いた。

「梅村の役目も考えも分かる。だが、私は岡田どのに恩義がある身。この殺気の中を丸腰で歩かせることは出来ぬ」

 言い放つ薫。全身から、清水のように清冽な、凛とした色気が香るようだ。

「ほう」

 思わずよもぎは感嘆の声を挙げる。言う通りの真っ直ぐな思考から出たのだろうが、なかなかどうして悪くない。

 梅村の非礼を拭い、部下の暴発を抑え、よもぎを守り恩を返しながらも直接監視する。人質になる危険はあるが、自分の剣の腕に自信があるからこその、無意識の策だろう。現に、この行動に驚いたためか襖の向こう側からの殺気が弱まっている。

 梅村もそれが分かったのか、これ以上は何も言わず、よもぎの刀を別の侍に預け再び歩き出した。

 廊下に続く襖の向こうでもヒトの気配が続いている。未だに殺気を振りまく者すらいる。

 いつ襲いかかってきてもおかしくない、という雰囲気が感じられる。

(斬り抜けることなら出来るでしょうが、素手だとかなり厄介ですね)

 よもぎはひとりごちた。

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