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江戸大乱 ~蓬莱事件控~  作者: 桃源郷
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第2話

最初なので、連続投稿。

1話だけ掲載されているって、何かもの悲しいものがありますので。


誤字脱字はすぐ直しますので、読んでくださる心優しい方、ご指摘下さい。


それでは第2話、ご笑覧下さい。

 再び若衆を担ぎ上げると、門内に入った。

 そこには、まだ生々しい血の臭いが篭っている。

 五十歩もある庭を渡り、屋敷の横にある外回廊に若衆を寝かせる。


「しかし、目覚めませんねえ」

 これだけの騒ぎの中、一度も目覚めないこの若者はどうだろう。それほど深く眠らされているのか、よほどの大人物か、ただ鈍いだけなのか。

 引っ叩いて起こしてやろうか。そんな悪戯心も起こって来る。

 ふと、口元へ鼻を近づけてみる。よもぎの鋭い嗅覚は、薬の臭いを嗅ぎ当てた。なるほど、薬で眠らされているなら、何をしても時間が来るまでは起きないだろう。


 ひとりで納得していると、ばたばたと大人数の足音が響いてきた。

 よく見ると、門の外にはがん灯らしき光がいくつも揺らめき、提灯もひとつふたつ見える。提灯は下が尖っていて、横には御用の文字がある。間違いない、佐竹が手勢を率いてやってきたのだろう。よもぎは、出迎えるため腰を上げた。

「それっ! 入れっ!」

 ちょうど門の前まで来ると、若い朗々とした声が響いた。

 駒族の特徴である長身長首に、これまた長いたて髪をなびかせて、颯爽と黒羽織と着流しをひるがえしている。与力の佐竹だ。

 同時に、躊躇する同心や小物たちの様子も伺える。

「佐竹様、ここは先の御側御用取次、内藤様お抱え屋敷では? 我々町方がいきなり入るのは問題が」

 若い同心が、戸惑いながら佐竹に問う。 

「ああ、それなら心配いらない。許しが出ている」

 佐竹が自分の手柄のように厚い胸と長い首を張り、駒族らしく鼻息を荒くしながら言う。

「え? どなた様のお許しを?」

 当然町奉行では、そんな許可は出せない。出せるのは、目付支配の若年寄か、あるいは。

「アタシがお願いしたんですよ」

「誰だ!?」

 若い同心と十数人の小物が刺股や六尺棒を構える中、よもぎは門の外に出た。

「岡田様、ご無事で」

 佐竹が前へ進み、頭を下げた。

「ああ、すまなかったですねえ、夜分お呼び立てしちまいまして。それにしても、お早いご到着でした」

「佐竹様、この浪人は何者です? やけに馴れ馴れしいけど」

 若い同心が、訳が分からぬとばかりに頭を振りながら佐竹に小声で囁く。

 よもぎに聞こえないようにという配慮だろうが、彼には筒抜けだ。

「ああ、まだお前は知らなかったか。このお方が、永十手の岡田蓬様だ」

「ひえっ!?」

 同心が、驚きの声とともにひっくり返って尻餅をついた。


 将軍家拝領の永十手を持つよもぎは、町奉行の権限を越え、寺社領や旗本、大名邸であろうと捜索が出来る。必要があれば、老中の屋敷はおろか、江戸城とても例外ではない。何ビトも近づけぬ大奥ですら、将軍家の許可があれば入れるのだ。つまり、犯罪の探索についてだけは、幕閣の誰よりも強大な権限を持っているのだ。

 実際に、よもぎが力を貸すようになってからの奉行所の検挙率は上がっている。若い同心から見れば、まさに町奉行より偉いヒト、ということになる。町奉行がよもぎを頼りながらも少々煙たく思う所以である。だが、与力の中でも南町の佐竹を始め数名は、よもぎに信服している。


 よもぎは、先ほどの会話を聞き、この屋敷が誰のものか検討をつけた。

(ふうん、先の御側御用取次で内藤って言えば、内藤主膳殿の屋敷か)

 内藤の拝領屋敷は本所にあったはずだ。だとすれば、ここは別邸か。

 考えるのは後にして、まずは佐竹達に指示をせねばならない。

「佐竹さん、賊は逃げましたが、中にはケガ人もいます。急いで処置を」

 佐竹はひとつうなずくと、同心や小者に声をかけた。

「それっ!」

 小者たちは一斉に屋敷へ入る。それを見て、佐竹も動き出した。

「あ、佐竹さんはアタシについてきて下さいな」

 よもぎはそれを呼び止め、二人で屋敷の横へ向かった。そこには、まだ若衆が横たわっている。

「岡田様、この者は!」

「どうしたんです?」

 佐竹の態度がおかしい。いつもは冷静なこの男にして、これほど動揺するとは珍しい。

「いや、なんでもありません」

 佐竹が長い首を振った。揺れるたてがみが月にきらめく。

 よもぎはその態度が気になったが、まずはこの若衆のことを済ませることにする。

「この者のことでちょいとお顔を貸していただいたんですよ」

 よもぎは、そう言ってにんまりと笑う。その笑みに当てられたか、佐竹の巨体がひとつぷるりと震えるのが分かった。


 * * *


「岡田様、本気ですか!?」

「本気ですよ。この若衆はアタシが預からせてもらいます」

 よもぎは、この屋敷で起きた一連の事件を語った。ただし『薫』という名前と『御前』、『商人あきんど』という黒幕のことは、慎重に隠しながら。

 しかし、若衆の扱いまで話が進むと、佐竹は驚きの言葉とともに目を見開いてよもぎを凝視した。

 よもぎとしても、この反応はわかる。屋敷での斬り合いを秘密にせよ、というのは、内藤家の体面を考えれば当然だ。しかし、今回の事件の鍵を握ると思われる人物を、このまま家人に知らせず隠してしまおうというのだ。


「佐竹さん、考えてみてください。このままこの若衆を屋敷に残せば、恐らく賊はもう一度来ます。今度こそ防げないかもしれない」

 佐竹は、唸りながら黙りこむ。

 よもぎは、存念の一端を佐竹に明かすことにした。

「それにね、屋敷にこの若衆がいないとなれば、お旗本も賊も、両方動き出すでしょう。それで、この事件の本質が見えてくると思うんですよ」

 だが、佐竹はよもぎが思いもしないことを言う。

「私としては、この若衆をこのまま奉行所に連れていきたいのですが」

 よもぎも、これには内心驚いた。旗本屋敷の者を、奉行所に連れ出すというのか。普通ならありえない話だ。

「ほう、そりゃなぜですか」

 佐竹がよもぎに反論するのは珍しい。しかも、内容が内容だ。先ほどの動揺といい、裏があるのがバレバレだ。

「あー……うーん」

「佐竹さん?」

 いつになく弱りきった佐竹の様子に、よもぎは疑念を深める。

 だが、佐竹はひとつ唸ったきり声を出さない。


「佐竹さん」

 よもぎは、わざと声を固くしてみた。

「あんた、この若衆のこと、何か知ってるね?」

 かすかに佐竹の肩がぴくりと上がった。

 そのしぐさに、よもぎの脳裏にひとつの事が閃いた。

「いえ、特には」

 よもぎは、そう答える佐竹を、眼に力を込めて見つめた。

「じゃあ、ひとつ聞いていいかい?」

「なんでしょう」

 ごく普通に振舞う佐竹。だが、よもぎには必死に動揺を抑えようとしている様に映る。

 よもぎは佐竹を見つめながら、ほんの一瞬だけ間を取る。ちょうどひと呼吸分。


 そして、佐竹が荒い息を吐いたその瞬間、言葉の爆弾を投げつける。

「この若衆、御奉行所が極秘に探しているものに、関係あるのかい?」

 佐竹の体が一瞬完全に硬直したのを、よもぎの目は見逃さなかった。

「な、何でアナタが知っているんですか!?」

 佐竹は悲鳴のような声を絞り出した。

「静かにおしよ。同心達に聞こえるだろう?」

 慌てて口を抑える佐竹。額に汗をびっしりと浮かばせて、信じられないものを見るようによもぎを見た。

「岡田様、あ、あなたは、あなたは……恐ろしい方だ」

「ただの勘さね。大した事じゃない」

 実際、大した推理ではない。奉行所からよもぎに情報が廻らず、しかも余之助が探れないほど隠密な動き。ありえない若衆への扱い。そして、佐竹の動揺。これだけ揃えば、結びつけるのは簡単だ。

 ただ、経験を積んだ与力であるはずの佐竹がここまで動揺したのは、相手がよもぎだったからだろう。


「で、どういうことですか?」

 よもぎも口調を元に戻す。これ以上佐竹を追い詰めるべきではない。

 佐竹も、深呼吸の後、ため息をついた。

「……仕方ありません。ただ、私の口から聞いた事は内密に」

「もちろんです」

「先日この若衆の人相書が、お奉行から極秘裏に、与力衆にだけ渡されました」

「何ですって?」

 これはよもぎも驚いた。

「この者を探しだし、密かに奉行所へ連れてくるよう、手配が廻っています」

「与力衆だけで探れるものじゃないですね、手下達には何と?」

「受け持ちで見かけない若衆がいたら、居所を与力に知らせるように、とだけ」

 なるほど、それならば効率は悪いが手配書を配らなくても済むだろう。

 しかし、そこまで極秘裏に進める必要があるのか。今なら答えてくれそうだ。

「なぜそこまでするんですか」

 佐竹は、うつむきながら答える。

「お奉行からの絶対命令なのです。与力衆はこの件を最優先し、同時に何を探しているかは、決して皆には明かすな、と」

 命令が極端すぎる。強引さを嫌う老練な南町の奉行がそこまで強硬に言うとは、当然強い裏の事情があるはずだ。

「それは、どこからの命令ですか?」

「ですから、お奉行からの」

「アタシが聞いているのは、その命令を出した元です」

 よもぎが、佐竹の言葉尻にかぶせるように強く言うと、佐竹が顔を上げた。

「それは、さる、やんごとなきお方としか聞いていません」

 よもぎは、それを聞いてあごに手をやった。

「答えにくいことを聞いちまいました。すみませんね」

「いえ、とんでもございません。本当に申し訳ありません」

 よもぎにしてみれば、必要な情報には程遠かったが、今はこれで満足すべきだ。

 何より、ここまで話してくれたのだ。佐竹も協力してくれるだろう。

「じゃあ、この若衆はアタシが引き取りますよ」

「ご随意に」

 佐竹に、いつもの口調が戻った。腹を決めたのだろう。

「決してアナタには迷惑をかけませんよ」

 だから、よもぎも誓う。

「……お願いします」


 そこへ、先ほどの若い同心が、ケガ人について報告に来た。

「では、死人はいないんだな」

「は、それが全員、痺れ薬を飲まされているようです」

 よもぎが首をかしげた。

「斬られたヒトは?」

 問いかけられ、躊躇する同心に、佐竹は答えるよう促す。

「は、何人か。一番の重症は、内藤主膳様ご本人が、右腕を斬られたものです」

「傷は深いのかい?」

「それほどでは。一応腕も動くようですし、骨には達していないかと」

 よもぎは佐竹に向き直る。

「佐竹さん、治療の手配は頼みましたよ」

「はッ」

 佐竹が深々と頭を下げた。

「それじゃあ駕籠も用意してもらいましょうか。さすがに担いでいくと目立っちまいますからね」

 よもぎは雰囲気を軽くするため、わざとおどけて言った。


 こんな夜更けに駕籠屋を呼ぶわけにもいかず、佐竹が用意したのは、屋敷にあった大きな衣装入れの長持だった。

「……こいつはまた、剛毅だねえ」

 さすがに呆れたよもぎだったが、ひたすら恐縮する佐竹に、これ以上の贅沢も言えまい。要は運んでいるのが若衆、『薫』だと分からなければ良いのだ。

 若衆をその中に寝かせ、借りた小者二人に棒を使って駕籠屋のように担ぎ上げてもらう。

「まあゆっくりでいいですから、静かに運んでくださいな」

 途中で気づかれて、夜中に道端で騒がれても困る。

 小者二人に軽々と担がれた長持とともに、よもぎは門を出た。

 佐竹と若い同心も、わざわざ門外まで見送りに出てきた。それを背中越しに振り返ると、左手を軽く挙げて挨拶する。

佐竹が見送るのは、尾行されないように目を光らせるためだろう。本当によく出来た男だ。

 再び、左手を軽く振った。

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