第1話
初投稿です。
一応書き終わっていますので、必ず完結します。
ただし、昔書いたものですので、修正しながらの投稿です。
なるべく間を開けないようにUPします。
400字詰め原稿用紙換算350枚OVERって、何話になるんでしょうね……。
よろしければ、ご笑覧下さい。
崩れかけの土塀から見上げると、いびつな大小の月が地上を見下ろしている。
初夏の月光が溶け込んだ池の水は、紫色にぬめっていた。
大川から富ヶ岡八幡宮を越えて、ずっと奥に入りこんだこのあたりは、昔から深川十万坪と呼ばれている。
名前の通り田畑が多いからか、網目のような運河に連なり、こんな名も無い溜池が多い。
そのほとりには、大きな口でいぶし銀に鈍く光るキセルをくわえた釣りビトがひとり、岩に腰掛けている。
すらりとした着流しで、刀を二本落とし差しにしたその姿は、浪人のものだ。
高く突き出した黒鼻に大きく尖った耳。茶色で長い毛が覆う顔は、犬そのものである。
夜更けでも手放さない黒眼鏡に、弱い月光が映りこむ。
釣りビトはキセルを吸うと、ぷかり、と輪になった煙を吐き出す。
キセルからも、薄い煙がたなびいている。
「平和ですねえ」
ため息混じりにつぶやいてみる。
こんな夜は、大物が釣れやすい。
こん、と軽く火種を落とすと、澄んだ音があたりに響く。
釣りビトは、再びキセルに煙草を詰めた。
ときどき、さぷりと魚の跳ねる音が聞こえる。
ふと視線を感じ、釣りビトは振り返った。
「余之助かい?」
「かなわねぇなあ、よもぎの旦那にゃぁ」
甲高い声とともに、草むらから町人風の小柄な男が出てきた。
「あっしの葉隠れ術、見破れるのは旦那だけですぜ、どうしてわかっちまうんだろ」
「なに、呼吸ってやつさね。しかしお前さんも、ますます上達しているねえ」
「そうですかぃ?」
そう言いつつ、男は釣りビトに歩み寄る。
狐族特有の細い目をした顔が、赤い月に照らされてはっきりと浮かび上がる。
薄黄色の体毛は、赤い月の光でだいだい色に染められている。やはり高く突きだした鼻嶺からは、数本の長いひげが触覚のようにとび出していた。
「ああ、このアタシでさえ五間先までは気づかなかったよ」
「よもぎの旦那にそう言われると、えらく嬉しいねぇ」
余之助は、左手で自分の顔をなでながら、子供のように無邪気に微笑んだ。
「今も現役だったら、アタシにも捕まらないんじゃないかね」
「へへへっ、またご冗談を。あっしゃあ、旦那のおかげですっぱり足を洗ってますよ」
「そうだろうともさ。ま、お座りよ」
余之助は、よもぎの隣に腰掛けた。
「よもぎの旦那、夜釣りとは洒落てますねぇ」
「ここんとこ忙しかったからねえ、たまにはいいだろうさね」
ぷかりと、再び煙がたなびく。
「で、何かあったのかい?」
「あれま、お見通しですかぃ?」
「お前さんが訳もなく、こんな時間にアタシに近づいてくることはないだろうよ」
よもぎは振り向かず、口元だけ吊り上げて見せた。
「まいったなぁ」
横目に、余之助が狐らしく手で顔を撫で上げるのが映る。
「いえね、ここ数日、御奉行所の動きが妙なんで」
「妙とは?」
「殺しや押し込みの探索をしねぇで、何か別のものを探ってる様なんで」
「別のもの?」
「へぇ、まるで失せもの捜しをしているような……」
こんっ、と鋭い音を立てて、煙草盆の上に蛍火が散った。
「失せもの探し、ねえ」
「妙でやんしょ?」
「ああ、確かに妙だねえ」
よもぎは、丸い手で再び煙草を詰める。
「で、その失せものってえのは何なんだい?」
「それが、わからねぇんで」
そこでよもぎは初めて顔を上げ、黒眼鏡を余之助に向けた。
「……『九尾の余之助』に調べられないものだってえのかい?」
「旦那ぁ、その名は勘弁して下さいよぉ」
「ああ、こいつは済まないねえ」
余之助は慌てて腰を浮かし、辺りを見回している。
「安心おし、このあたりにヒトの気配はないよ」
「へぇ、旦那が言うんじゃ間違いねぇや」
そう言って再び腰を下ろす。
「旦那の方には、何か話はありませんでしたかぃ?」
「アタシの出る幕じゃないってことだろうよ」
よもぎが低い笑い声とともにそう言うと、今度は余之助の口元がつり上がる。
「何を仰いますやら、『永十手のよもぎ』ともあろうお人が」
からかうような口調である。
「さてね。アタシに知られたくないんじゃないかね」
よもぎは無関心そうに薄く笑って見せた。
「気にならないんですかぃ?」
「向こうさんが何も言ってこないんだ。出しゃばるのもどうかね」
「そういうもんですかねぇ」
「ヒトにはそれぞれ、立場ってもんがあらあね」
「旦那ぁ、若いのに淡泊ですねぇ」
「そうかい?」
再び、紫の池にキセルの音が響いた。
よもぎは『十手持ち』である。
だが、普通の十手持ちではない。ただひとり、将軍家から直々に授けられるという『永十手』持ちなのである。
しかも彼の身分は武士で、幕府から扶持米八百石まで貰っている。 岡田三九郎蓬――。それが彼の名である。
「お、旦那ぁ、来てますぜ」
「あわてちゃいけませんよ、この引きだと鯉かねぇ」
浮きの振動に気づいた余之助を制すると、よもぎは慎重に餌を食わせた。
突然、鯉特有の強い引きが、チャチな釣り竿を極限までしならせる。
よもぎは巧みに竿を操り、糸が切れないようたぐり寄せた。
「おっとっと、こいつはでかいねえ」
「見事釣り上げたら、油揚げがたっぷり入った鯉こくをお願いしますよぉ」
「ああ、いいともさ」
「よっしゃっ、旦那! もう一息だっ!」
「耳元でうるさいねえ」
むしろ、見ている余之助の方が興奮しているようだ。
その時、よもぎの耳はかすかに響く鋭い金属音を捕らえた。
竿を地面の竿挿しに挿し込む。同時にキセルから火種を落とすと草履で踏みつけ、すばやく手ぬぐいに包んで懐にいれる。
「旦那!」
余之助にも聞こえたらしい。目を見開いてこちらを見ている。
「ついておいで」
「へいっ!」
返事を耳にすると、よもぎは全力で奔り出した。
* * *
音は、裏手の屋敷からのものだった。かなり立派な門構えである。
よもぎは、走りながら呼吸を整え、左手の親指で刀の鯉口を切る。
門内に入ると、屋敷まで五十歩はあろうかという大きな庭が広がる。その奥からは複数の侍の怒声と、刃物が擦れる音があがっている。
「余之助、佐竹さんに知らせを」
「合点で!」
余之助はくるりと振り返ると、あっという間に走り去った。
屋敷に火の手は上がっていないようだ。最も、今の建材では火が付きにくいのだが。
夜闇の中で、建物の奥の方で刀を打ち合わせたのか白い火花が散ったのが見えた。
よもぎは、すらりと刀を抜いた。月の光に反射し、銘刀山浦真雄二尺三寸が一瞬煌めく。
その瞬間、奥から怒声が響いた。
「薫様! 薫様を守れ! ぐあっ!」
そちらを見ると、門から走り去ろうというのか、四人の覆面姿の男がこちらへ向かってくるのが見えた。一番体の大きな男は、肩に何かを担ぎあげている。よく見ると、小柄で袴姿のこざっぱりとした男のようだった。大男の背中へうつぶせに、ちょうど腰の辺りで折れるように担がれている。
(顔は見えねえが、若衆か?)
男は気を失っているのか、ぐったりとしている。後ろでまとめられた髪が、柔らかくふわふわと揺れていた。
よもぎは、ちょうど門と賊の中間で立ちはだかる形となった。
四人はこちらを見咎めたのか、急に立ち止まった。ひとりの賊が、そのまま進み出る。
「どけ!」
覆面でくぐもった声と、意味なく振り回している刀が、よもぎを威嚇する。
よもぎはそれを見ながら、わざとゆったりと声を発した。
「穏やかじゃありませんねえ、押し込みにヒトさらいですか?」
「どかねば斬る!」
激高した覆面男が、刀を突いてきた。
よもぎは一歩踏み込み、右へ半身になる。
かわされた剣が延びきり、男の体が泳ぐ。
左腕は、がら空きになっている。
そのまま下から斜めに真雄を斬り上げた。
「うがっ!」
男の刀が、あっけなく左手首から斬り飛ばされる。
倒れこむ男。左腕を押さえて、奇声を発しながらのたうち回る。
仲間の覆面が駆け寄った。
「血止めすれば助かりますよ」
よもぎは返り血すら避けた。威嚇のためニヤリと笑ってみせる。
「……恐ろしい腕前だな。何者だ?」
斬られた仲間に駆け寄らなかった男。長身でただひとり袴姿の覆面が、鯉口を切りながらつぶやく。覆面のせいでくぐもってはいるが、低く響く声だ。
「秘密ですよ。他人の屋敷を襲うようなヒト達に名乗ったら、ウチも襲われそうでねえ」
「道理だな。だがワシは誰も殺してはおらんぞ」
「そりゃまた、どうして?」
「弱いものを殺しても仕方あるまい。貴公のような達者なら別だが」
袴の覆面が、刀を抜いて構える。声は笑っていても隙がない。
「だが、今はあまりに時間が無い。そこを退いてくれぬか。死合いたいのは山々だがな」
その男は、低い声でつぶやくように言う。
「残念ながら、これもお役目でしてねえ」
それを聞き咎めたか、駆け寄った覆面がこちらに振り向いた。
「貴様、公儀の犬か!」
「ま、見ての通り犬ビトですから」
よもぎのヒトを食ったような回答に、袴姿の覆面は低く笑い出した。
「くくく、貴公とは一緒に飲んだ方が面白そうだ」
「そりゃどうも」
若衆を担いだ大男が、こちらを睨みつける。
斬られた男に駆けよった男は、今にもこちらに飛びかかってきそうだ。
どれほど軽口を叩いてみても、よもぎにそれほどの余裕があるわけではない。何しろ、多勢に無勢だ。
しかも、ひとり凄腕がいる。その立ち振る舞いを見る限り、恐らく実力は自分と互角。であれば、数が多いほうが有利に決まっている。
よもぎの柔らかい毛に包まれた背中を、冷たいしずくが伝う。
ただ、余之助が与力の佐竹を連れてくれば、状況は逆転する。それまで時間稼ぎが出来ればよもぎの勝ちである。軽口もそのための策だった。
「つまらん仕事だと思ったが、どうしてどうして、貴公のような使い手とやれるなら、悪くない」
「アタシは、一介の町道場で、目録程度の腕前ですよ」
嘘ではない。よもぎは、師匠から目録しか受けていない。
「そうか、ならばさぞかし凄まじい道場なのだな」
さも楽しい、と言わんばかりに、袴の男が刀を抜き、正眼に構える。
「アタシの趣味じゃないんですがね」
「まあそう言うな。『売られた喧嘩は高く買う』のがお江戸の流儀だろう」
「アタシは『君子危うきに近寄らず』って言葉のほうが好きでしてね」
よもぎは軽口を叩きながらも、油断なく時間を稼ぐ。
「この痩せイヌめが! 皆で押し包んで斬り捨ててくれる!」
臥した男に駆け寄っていた覆面が、立ちあがって甲高い声で吠えた。
その時。
夜の闇を貫くように、耳に突き刺さる独特な笛の音が響いた。
「呼子!?」
甲高い声の覆面が、愕然としたような声でわめく。
「……やっと来ましたか」
よもぎは、わざと相手に聞こえるようにつぶやいた。
「なるほど、貴公はこれを待っていたというわけか」
袴姿の覆面が、悟ったようにつぶやく。
「というわけで、大人しくしてもらえませんかね。悪いようには、多分しますけど」
またも、ヒトを食った言い方をしてみる。これで思惑通り反応すれば。
「おっ、おのれ!」
「まあ待て。ここは逃げの一手だ」
激昂する仲間をなだめるように、袴の男が刀を降ろした。そして、よもぎに向き直ると、さも残念そうにつぶやいた。
「仕方ない。貴公との決着は、また改めるとしよう」
「アタシ的には御免こうむりますよ」
呼子は、いよいよ近づいてくる。他の覆面たちが慌て始めた。
「いくぞ」
ひとり泰然とする袴の男が、皆を促した。
左手を失い血まみれになった男を、無事な二人が抱え起こす。
肘下から手ぬぐいできつく縛ってある。一応の血止めにはなっているようだ。
袴の男を先頭に、覆面達は小走りを始めた。
よもぎからは、できるだけ遠く廻りこんで、やり過ごそうとしている。
だが袴の男だけは、よもぎの横へ来ると、ぴたりと足を止めた。そのまま刀を構え、他の覆面達を首だけで先に促した。
あからさまによもぎを警戒しているのだ。
よもぎは眉ひとつ動かさない。
最後に、若衆を担ぎ上げた大男が、よもぎの横を通りすぎた。
よもぎが舌打ちすると、ピクリと体を震わせて足を急がせた。
それを愉快そうに目を細めて見る袴の男。
よもぎが動けば、すぐに斬り合いになるだろう。
だからよもぎは動かない。
覆面達が門の所へ近づくと、袴の男も刀を構えこちらを向いたまま、距離を取るようにじりじりと動き出す。
一度に斬りこめない間合いまで来ると、袴の男も後ろ走りをはじめた。
追いかけるように歩き出すよもぎ。だが、その顔にあせりはない。
「うあっ!」
「なんだ!?」
その時、門の外から叫び声が上がった。
覆面の男が、驚いたように門に向き直ると、全力で駆け始めた。
よもぎも一緒に走り出す。口元に、信頼と安心の柔らかい笑みを浮かべて。
前を行く袴の男は、門をくぐると、慌てて辺りを見まわした。
「ど、どうし……むっ!? ぐあっ!」
すると、急に叫び声を上げて、前へ倒れこんだ。
ようやくよもぎが門まで来ると、先ほど倒れこんだ袴の男の他にも、覆面の男達が地面を転がっている。
奴らは目許を抑え、必死に手でこすっているが、覆面からしたたり落ちてくる薄赤い液体を、どうすることも出来ない。
「旦那、何とか間に合ったようで」
左の闇からよもぎに声がかかった。
「様子を見て呼子を。出過ぎました」
「いやいや、助かったよ」
闇からにじみ出てきたのは、先ほど別れた余之助だった。
余之助はよもぎの背後に廻り込むと、肩越しに耳元へささやいてきた。
「佐竹様も、おっ着けいらっしゃいますよ」
おそらく自分の声も存在も、男達に悟られないようにという配慮だろう。さすがに用心深い。
「そうかい、ありがとうよ。さすがだねえ」
よもぎにはわかっていた。あの呼子は、急いで佐竹のもとに行き、引き返してきた余之助の仕業だろうと。
佐竹が手勢を連れて、八丁堀からこんなに早く到着することは無理だが、元が忍びで盗賊だった余之助の足なら可能な話だ。
だから、覆面達に聞こえるようにつぶやいたのだ。
こうして男達が転がっているのも、余之助お得意の、うずらの卵に細工を施した目潰しの礫術だろう。だから礼を言う。
良く見ると、最後の男の刀が赤く染まっている。これで打ち払おうとしたのだろうが、そのまま卵がつぶれて中身が顔に振りかかったのか。運の無い奴らだ。
「旦那、こいつらふん縛りますかい?」
余之助が、そのまま耳元でささやいてくる。
「いや、泳がせよう」
「合点で」
素早い打ち合わせで、余之助が再び闇に溶け込んだ。
よもぎは、男達の横に倒れ伏す若衆を見つけると、ためらい無く胴に手をまわし、肩に担ぎ上げる。まあ若衆とはいえ、男の扱いなんてこんなものでいいだろう。
(男とは思えないほど軽いですがね)
そのまま足音も立てずに、門の横へ三十歩ほど歩くと、若衆を降ろし藪の中に身を潜めて気配を消した。
改めて若衆を見る。全く目覚める気配はない。
濡れたような長い黒髪を馬の尻尾のように後ろでまとめ、眠っていても、まるで絵姿から抜け出てきたかのように、妙に凛とした色気がある。
暗がりにも鮮やかな白い肌。頬は精気を無くし蒼ざめているが、そこには全く毛がない。犬族系や猫族系ではない。
女のような長いまつげがふるふると揺らぎ、低めの鼻嶺は柔らかく息づき、つややかな桃色の唇が半開きになって、まるで誘っているようだ。
美童ってやつかね、と思う。女形でもさせたら、さぞかし似合うだろう。
(さて、これからどうしようかねえ)
とりあえず、この若衆を確保しなくてはならない。佐竹の協力が必要になるか。
(そう言えば、さっき守れとか言う声が聞こえたね。確か、薫様、とか)
この若衆の名前だろうか。男でも女でもおかしくない名前だ。
(真ン中っぽいこの若衆には、似合いの名だろうよ)
思わず口元が笑みで歪む。
そんなことを考えていると、ようやく覆面男たちが動き出した。
「ああっ、いない! いないぞ!」
男たちは目を手ぬぐいでこすりながら、必死に辺りを見回している。
まさに傍から見ているのだが、滑稽この上ない。よもぎの口元は、さらに釣り上がる。
三人が覆面に手をかけた。腕を無くし、一人苦しむ男の分も外してやる。
袴の男は犬族らしい。突き出た鼻と鋭い牙を持つ口元、顔を覆う短い栗毛が特徴的だ。声の甲高い男は猿族か。大男は熊のようだ。腕を無くした男も猿族らしい。種族的にはバラバラだが、様子を見ていると、それなりに仲間意識はあるようだ。
「仕方ない、このまま報告するしかあるまい」
袴の男が、いかにも無念そうに言うと、皆がうなずく。
「御前のお怒りをこうむる事になるかもしれませんが」
猿顔のひとりが、声を少々震わせながら言う。
「仕方あるまい。だが、殺されるようなことはなかろう」
「御前はともかく、あの商人は」
「あやつは表立っては動かんよ。そういう奴だ」
吐き捨てるように袴の男が言う。
「このまま姿を晦ますというのは?」
再び猿が言うと、皆も同意する。だが、袴の男だけは首を横に振った。 「いや、一応は雇われた身だ。筋だけは通そう」
(御前に商人か。どうも面倒な話になりそうだねえ)
よもぎはあごの裏を指でなで上げた。こうしていると、やわらかい毛が引っ張られる感触で頭が刺激される。いろいろ考えるときの癖だ。
「どちらにしても、早くここを離れねばなるまい」
袴の男が、そう言って議論を締めると、男たちがゆるゆると動き出す。
そのとき、フワッと風が起きた気がした。顔をそちらに向け、うなずいてみせる。
(頼んだよ)
余之助が尾行を開始したらしい。相変わらず気配はない。
ようやく男たちの姿が見えなくなると、よもぎはその場で立ち上がった。そして、倒れ付したままの若衆の姿を見下ろすと、ため息をついた。