第4話 光に愛された者と、愛されなかった者
~マルティナ~
「姫さま……!」
会議室に割り込んできたドレス姿の美しいその女性を見て、ルイーズは思わず声を漏らした。
「私たちが人間達を霧の外へ追い払ったら、そのあと彼らはどうなるのです?」
彼女は入ってくるなり、円卓にタンッ、と両手をついて私たち全員を見渡した。
とても強く真剣な眼差しだった。
いつもの愛らしく人懐っこい表情は、完全に鳴りを潜めている。
「姉さま。聞いていたのですね……」
そう言った私は、明らかに困った顔をしていたことだろう。
「何をしに来られたのです、姫様。今は軍事会議中ですよ」
キロンは憮然とした表情で姉さまを睨んだ。
しかし、彼女は動じない。
「あら、『ニヴルヘイム』の軍事会議は“強者”から順に参加権が与えられるはず。私だって入れるはずでしょう?」
「何をおっしゃる……貴女は姫殿下ですぞ」
「そんなこと言ったら、同じ王女のマルティナもここにいるじゃない」
姉さまは私を顎で示した。
「いやしかし、マルティナ様は姫殿下であられると同時に軍事副総長でもありますから……」
「関係ないわ。私にも発言権があるはずよ。違う?」
尻すぼみになるキロンの言葉を、姉さまは強い口調でバッサリと切った。
そして父上をその大きな瞳で見つめる。
「……いいだろう、我が娘よ」
父上は大きなため息を一つついてから、ルイーズに視線を送った。
それは「娘の質問に答えてやれ」という意思表示だった。
ルイーズは頷いてから、彼女に向き直って答える。
「……人間の集落には幼子もおりました。加えて霧の外には彼らと敵対する人間達が近隣の街や村を全て占拠しているのを確認しております」
ルイーズはそこで少し言葉を切ってから、ゆっくりと続けた。
「つまり霧の外に出れば……魔物に喰われるか人間に殺されるかの違いこそあれ、数日で……全員が死ぬことになりましょう」
「それじゃあ、私たちが殺すのと同じじゃない!」
「それは違う!」
悲鳴じみた声を上げる姉さまに、ルイーズが何か答えるより先にキロンが口を挟んだ。
「魔物の脅威は我らとて同じこと。ただおのれの身を護るだけの力があるか否か。“無力”はそれだけで罪です。まして同族同士の争いなど、我らの知ったことではない。愚かな人間どもの“業”だ。これもやはり奴等自身の罪です」
「戦う力がないことも、大人たちが起こした戦争も、子どもに罪はないわ!」
「……姫様」
キロン将軍はゆっくりと首を振った。
「そもそも、光の寵愛を受けた者どもと光に拒まれた我々とは、相容れぬ者同士。決して手を取り合えぬ運命なのです」
静かだが強く重い口調で、彼はそう言い切った。
姉さまはキッとキロンを睨んで何か言おうとしたけれど、ふいに視線を落とした。
そして呟くように言う。
「魔物にも『闇に魅入られし子ら』にも襲われて、『光に祝福されし子ら』からも疎まれるなんて……それじゃあ私たちは一体何者なの……?」
「……」
重苦しい空気が、会議室を支配した。
ルイーズもレノラも私も、一様に視線を円卓に落とす。
誰も何も言わない、いや言えないけれど、姉さまの言いたいことは分からなくない。
けれど、それでも。
「……それでも……例え神の祝福がなくても」
やがて、姉さまは自らもたらした沈黙を自分で破り、もう一度口を開いた。
けれどその瞳は、私とは全く違う答えを見つめていた。
「少なくとも私たちは争うことの虚しさを知っているわ。……話が通じるなら、共存の道を探るべきよ」
「姫様……」
レノラが、姉さまの美しく愛らしい瞳を見つめて静かに言った。
「……お優しい姫様のお気持ちは分かりますわ。ですが、霧の内側の彼らの存在そのものが、すでにわたくしたちの国を、この『ニヴルヘイム』を脅かしているのもまた確かなのです」
そうなのだ。レノラが言うことは正しい。
私も頷いてから口を開いた。
霧の外の話とは言え、姉さまより軍部に身を置く私の方が、人間に関する情報にはいくらか詳しい。
「彼らの中には、我が国の秘宝——『黄金の魔剣』を欲する者も多くいると聞きます。人間同士の争いが激化している最近は、特に。……姉さま。私も彼らに霧の外へ出て行ってもらうのは、やむを得ない措置であると考えています」
「『黄金の魔剣』?そんなもの、欲しいならくれてやればいいじゃない」
しかし姉さまは、さも「くだらない」と言うように首を振った。
「姫様!」
キロンが非難の声を上げる。
「『ニヴルヘイム』の王家が九百年間代々守ってきた秘宝ですぞ。何故人間などにくれてやらねばならんのです」
キロンの言うことはもっともだ。
「まだ盗られるとも分からないのに、彼らを見殺しにする理由にはならないわ!」
姉さまが凛とした瞳でキロンを睨み返す。
「姫様。今、霧の中にいる彼らにはその気がないかもしれません。でも、もし……もしもこの場所が……わたくしたちのことが知れれば、いずれ不届きなものの耳に入らないとも限りません」
レノラは諭すように言った。
いつも穏やかで主張も少な目な彼女も、珍しく今回は引かない。
レノラは我が一族の中でも、特に勘が鋭い。
きっと言葉では説明し尽くせない、何か言いようのない不安が彼女の胸の奥で渦巻いているのだろう。
——彼らは危険だ、と。
「そんなの、ただの憶測でしかないわ」
しかし姉さまは全く納得しなかった。
「……姫さま。ひとつ、よろしいでしょうか」
私とレノラ、そして恐らくキロンの三人が、なおも姉さまを説得する言葉を探していたとき。
ふとそう言ったのは、それまで静かに成り行きを見守っていたルイーズだった。




