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第11話 死すべき運命の女

 ~ザック~



「お母さん!」

「リコっ!?」

「リコ、お前どこ行ってたんだ!」


 西日が差す長屋の中に、突然リコが駆け込んできたときには、広い室内は一時騒然となった。

 当然だ。

 朝突然姿を消した七歳の幼い子どもが、何事もなく無事に帰ってきたのだから。


 動ける大人たちが村中を探していたが、今の今まで見つからなかった。

「さすがに森の中はないよな!?」「まさか霧の中へ迷い込んでしまったのか!?」と村中大騒ぎだったところだ。


「……たく。心配したんだぜ、リコ」


 オレは溜め息をついてから、リコの額を指で軽く弾いた。


 半日もの間姿を消していた幼いガキが、怪我一つなく元気に帰ってきたのだから、そりゃ誰だってほっとする。

 怪我がない割にやけに服が汚れていたけど、土遊びでもしてたのか、コイツ。


 あと、オレの目の錯覚かもしれないが、長屋に駆け込んできたリコの身体の周りに、薄っすらと暗い靄みたいなものが見えたのは何だったのだろう。

 部屋に入ると同時に、蒸発するように消えて行ったみたいだったが。


 それに男どもが村中探していたというのに、リコが長屋に入るまで誰も気づかなかったと言うのも、少し奇妙といえば奇妙だ。


 でもまあ、そんなことは今はもうどうでもいい。

 とにかく()()()()()()無事でよかった。


「心配かけてごめんなさい!……お母さんは、大丈夫!?」


 リコは素直に謝ってから、すぐに母親の方に顔を向ける。


「大丈夫よ……」


 リコの母親は寝床から上半身を起こし、精一杯の笑顔で返した。


 オレは改めて「母親だな」と、当たり前のことを思った。


 大丈夫なわけはない。

 紫色の斑点は今や顔にまで広がっている。

 もはや手の施しようがない。


 可哀想だが、これがこの女の運命なのだろう。

 微笑んでいるその顔にも、死相がくっきりと浮かんでいる。


 『学者』の魔法やら医術やら薬草術やらで痛みや苦痛はできるだけ抑えているが、それでももう、喋るのがやっとなはずだ。


「『学者』の見立てじゃ、もってあと二日って話だ。リコが無事に帰ってきただけ良かったな。……死ぬ前に、ちゃんと顔を見れて」


 オレは隣のジェラルドにだけ聞こえる声で言った。


 当然、七歳の少女はそれを知らない。

 オレ達大人が話していないからだ。


 リコは母の顔を心配そうにのぞき込んでから、腰に付けた粗末なポーチから、おもむろにごそごそと何かを取り出した。


「お母さん、これ飲んで」


 それは、透明なガラスの小瓶だった。

 中の黄色い液体が、淡く光っているように見える。


「リコ……これは?」


「おくすりだよ!もらったの。お願い、飲んで!」 


 どうやら回復薬(ポーション)のようだ。

 オレには見覚えがない色だったが、そもそも毒消しの回復薬(ポーション)は種類が多いし、オレの専門外だ。


 ”もらった”と言っているから、村の誰かにせがんで分けてもらったんだろう。


 小規模とは言え、ここにも三千人近くの人がいる。

 オレ達がリコを探している間、この子はこの子で、解毒のポーションを持っている奴を探し回っていたのかもしれない。


 けど、どうせ無駄だ。


 すでに解毒の回復薬なんていくつも試してる。

 飲ませたものの中にはかなり貴重なポーションもあった。


 でもこの集落にある手持ちでは、この毒は治らない。

 今更、何を飲んでも気休めにしかならない。


「……うん、分かったわ。ありがとう、リコ」


 それでも母親は、幼い娘に微笑んで小瓶を受け取った。


 しかし、やけに上等な瓶だな。

 どこからもらったんだろう。


 しかも中の液体はただの解毒用のポーションにしてはやけに輝きが強い。


 母親は蓋を開けると、得体の知れないその中身を何の躊躇もなくゆっくりと喉に流し込み、そしてリコの髪を撫でた。


「ありがとう、リコ。きっと効くわ。だってあなたが持ってきてくれたんだもの」


「良かった……これでもう大丈夫だね!」


 リコは母親に向かってにっこりと笑って、その体に抱き着く。

 母親のほうも力の入らない腕で、精一杯娘を抱きしめた。


 よほど疲れていたんだろう。


 母親の胸に抱かれて、リコはすぐに眠ってしまった。



 Ψ Ψ Ψ


 驚くべきことが起った。

 翌朝のことだ。


 リコの母親は、窓から差し込む朝日が顔に当たって目を覚ました。


 やけに爽快な気分だった。

 それがあまりに不自然だった。


「?」


 自分の病床の横の椅子で座ったまま眠っている夫と、同じ布団の中で寝息を立てる娘を起こさないように、そっと半身を起こす。


 体が、痛くない。

 息も苦しくない。

 熱も……特に高いように思えない。


 腕を見る。白い肌だ。

 血管も浮き出ていないし、紫色の斑点も見当たらない。


 寝巻の裾をまくってみる。

 噛まれた傷跡は紅い二つの点となって僅かに残っているものの、昨日まで二倍以上に醜く腫れ上がっていた脛が嘘のように、元の白く細い脚に戻っている。


 カーテンが閉まっていることを確認して、寝巻の中を見る。


「うそ……」


 胸も腹も、腰も脚も。

 見える範囲に、あの紫色の斑点は一切見当たらない。


「ノーラ……?」


 寝巻をはだけて自分の肌を確認していると、衣擦れの音に気付いてリコの父親が目を覚ました。


「あなた……」


「ノーラ……!まさか……!」


 夫は妻の様子に気づき、疲れた目を見開いた。


「治ったみたい……」


 戸惑いの表情を浮かべる妻に、夫は抱き着いた。

 抱き着いて、涙を流し、そして妻の名を繰り返し呼んだ。


「ノーラ!ノーラ!!」


 その声に気づいたのだろう。


「どうした!?」


 カーテンを勢いよく開けて、幹部の内のふたり、ザックとジェラルドが姿を現した。


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