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記憶継承者 〜前世の技術で異世界サバイバル〜

作者:

プロローグ


「また残業か……」

 佐倉陽介は、深夜のオフィスで青白いモニターを見つめながら、何度目かのため息をついた。IT企業のシステムエンジニアとして働き始めて五年。気づけば、家と会社を往復するだけの日々が続いていた。

 納期は明日。バグは山積み。そして、体は限界を訴えている。

「……もう少しだけ」

 キーボードを叩く指が、突然止まった。胸に鋭い痛みが走る。視界が歪み、床が近づいてくる。

 ああ、これが噂に聞く過労死というやつか――。

 意識が途切れる直前、陽介はそんなことを考えていた。


◇ ◇ ◇


 目を開けると、見知らぬ天井があった。

 いや、天井というより、藁葺き屋根の裏側だった。木の梁が露出し、隙間から差し込む光が埃を照らしている。

「……ここは?」

 起き上がろうとして、陽介は驚愕した。自分の手が、明らかに子供のものになっていたのだ。

「よう、起きたか。また変な夢でも見てたのか?」

 振り返ると、粗末な服を着た中年の男性が立っていた。日焼けした顔、たくましい腕。農民、だろうか。

「お前も十八歳になったんだ。そろそろ一人前として働いてもらわねえとな」

 十八歳? 俺は三十歳で死んだはずだが――。

 混乱する思考の中、記憶が二重に存在することに気づく。佐倉陽介としての三十年の人生と、この世界で生きてきた十八年の記憶が、同時に頭の中に存在していた。

 ここはアルティア大陸、ルーンハイト王国の辺境にある小さな村。この世界には魔法が存在し、人々は魔力を使って生活している。


そして――俺は魔法が使えない。


転生者としては致命的な欠陥を抱えたまま、陽介の第二の人生は始まった。



第一章 魔獣襲来



陽介が十八歳の誕生日を迎えた夜、それは起こった。

「魔獣だ! 魔獣の群れが村に向かってくる!」

見張り台からの叫び声に、村中が騒然となった。陽介は家を飛び出し、村の入口に向かう。

そこには、信じられない光景が広がっていた。

森の奥から、巨大な狼のような生物が数十匹、こちらに向かって走ってきていた。体長は優に三メートルを超え、赤く光る目が殺意に満ちている。

「村の結界が破られた! 魔法使いの皆、防衛魔法の準備を!」

村長の指示で、魔法が使える村人たちが前に出る。しかし、その数は十人にも満たない。これだけの魔獣を相手にするには、圧倒的に戦力不足だった。

「くそ、こんな時に……」

陽介は歯噛みする。魔法が使えない自分には、何もできないのか。

いや、待て。

前世の記憶が、脳裏に浮かぶ。化学の知識。物理の法則。そして、人類が魔法なしで築き上げた文明の数々――。

「村長! 時間を稼いでくれ。十五分でいい!」

「陽介? お前、何を――」

「説明している暇はない。信じてくれ!」

陽介は村の工房に駆け込んだ。ここには、農具や生活用品を作るための道具が揃っている。

必要なものは、硫黄、木炭、そして硝石――。

この世界にも火薬の原料となる物質は存在する。ただ、誰もそれを組み合わせて武器を作ろうとは考えなかった。魔法があれば、そんなものは必要ないからだ。

だが、魔法が使えない陽介には、これしかなかった。

手際よく材料を調合し、簡易的な爆弾を作り上げる。前世で趣味で読んでいた化学の本の知識が、今こそ役に立つ。

「できた……!」

陽介は十個ほどの爆弾を抱えて、村の入口に戻った。

魔法使いたちの防衛魔法は、すでに限界に近づいていた。魔獣の群れは、今にも結界を突破しようとしている。

「みんな、伏せろ!」

陽介の叫びに、村人たちが地面に伏せる。彼は爆弾に火をつけ、魔獣の群れに向かって投げつけた。

一秒、二秒――。

轟音とともに、夜空に火柱が上がった。

爆発の衝撃で、最前列の魔獣が吹き飛ぶ。続けて二つ目、三つ目の爆弾が炸裂し、群れに混乱が走る。

「今だ! 魔法で追撃を!」

村長の号令で、魔法使いたちが一斉に攻撃魔法を放つ。混乱した魔獣たちは、次々と倒れていった。

十分後、すべての魔獣が討伐された。

呆然とする村人たちの中、村長が陽介に近づいてきた。

「陽介……今のは一体?」

「俺なりの魔法です。科学という名の」

陽介は疲れた笑みを浮かべた。これが、自分の武器。前世の記憶という、最大の財産――。

第二章 王都への招待

魔獣討伐から三日後、村に見慣れぬ馬車が到着した。

王国の紋章を掲げた豪華な馬車から降りてきたのは、銀の鎧に身を包んだ若い騎士だった。金髪碧眼の端正な顔立ちに、鍛え抜かれた体。二十歳前後だろうか。

「辺境の村で魔法ならぬ力で魔獣を退けた若者がいると聞いた。佐倉陽介殿は、おられるか?」

騎士の名はルーク・ヴァルター。王国騎士団の若き天才剣士として名高い人物だった。

「俺が佐倉陽介だが」

「初めまして。王女アイリス様の名代として参った」

ルークは丁寧に頭を下げた。その態度に、村人たちがざわめく。

「王女様が、この村の若造に興味を?」

「王都まで同行願いたい。アイリス様が、あなたの力を直接見たいとおっしゃっている」

陽介は一瞬躊躇したが、すぐに決意を固めた。この村にいても、前世の知識を活かす機会は限られる。王都なら、もっと多くのことができるはずだ。

「分かった。行こう」

◇ ◇ ◇

王都ルーンハイムは、想像以上に発展した都市だった。

石畳の大通り、立ち並ぶ商店、行き交う人々。そして、至る所で使われている魔法の光。

「魔法文明……か」

陽介は感嘆の声を上げる。前世の科学文明とは異なるアプローチで、人々は豊かな生活を営んでいた。

王城は、都市の中心にそびえる壮麗な建造物だった。白い大理石の壁、青い屋根、そして無数の塔。おとぎ話に出てくるような城が、現実に存在していた。

「アイリス様がお待ちです。こちらへ」

ルークに案内され、陽介は謁見の間に通された。

玉座に座る王ではなく、その横に立つ少女が、陽介を見つめていた。

金色の髪を後ろで結い、深い青の瞳を持つ少女。華奢な体つきだが、その眼差しには強い意志が宿っている。年齢は十七歳くらいだろうか。

「初めまして、佐倉陽介。私がアイリス・フォン・ルーンハイトです」

王女の声は、思いのほか親しみやすいものだった。

「光栄です、王女殿下」

陽介は膝をつく。この世界の礼儀作法は、転生時の記憶に含まれていた。

「堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。あなたが使った『魔法ならぬ力』について聞かせてください。それは本当に、魔力を使わずに実現できるのですか?」

アイリスの瞳が、好奇心に輝いている。政治的な駆け引きではなく、純粋な知的好奇心からの質問だと、陽介には分かった。

「はい。俺の力は科学と呼ばれるものです。魔法とは異なる法則で、この世界を理解し、利用する技術――」

陽介は、化学反応の基礎、火薬の仕組み、そして前世の文明について語り始めた。

アイリスは、目を輝かせながら聞き入っていた。

第三章 科学と魔法の融合

王都での生活が始まって三ヶ月。

陽介は王城の一室を与えられ、さまざまな発明品を作り上げていた。

簡易的な発電機、電灯、そして通信機の試作品――。

「すごい……光の魔法なしで、こんなに明るく照らせるなんて」

アイリスは、白熱電球の光を見つめながら感嘆の声を上げる。彼女は毎日のように陽介の工房を訪れ、科学の原理を学んでいた。

「これは電気という現象を利用しているんです。魔力とは別の、自然界に存在するエネルギーの一つ――」

「電気……面白いわ。魔法とは全く異なる発想」

二人の間には、いつしか友情以上の感情が芽生えていた。

陽介にとって、アイリスは前世でも現世でも初めて心を許せる相手だった。彼女の知的好奇心と、純粋な心に惹かれていた。

アイリスもまた、政治の道具として扱われることに疲れていた中で、陽介との時間は唯一の安らぎだった。

「陽介」

「はい?」

「あなたが時々見せる寂しそうな表情……それは何故なの?」

鋭い質問に、陽介は言葉に詰まる。

「……俺には、この世界の人間にはない記憶があるんです。別の世界の、別の人生の記憶が」

「転生者……なの?」

「ご存知でしたか」

「古文書で読んだことがあるわ。稀に、別の世界から魂が移ってくることがあるって」

アイリスは陽介の手を握った。

「大変だったでしょう。二つの人生を同時に抱えて生きるなんて」

その温かさに、陽介の心が震えた。

「でも、転生してよかった。あなたに会えたから」

「私も……あなたに会えてよかった」

二人の距離が縮まろうとした時、扉が勢いよく開いた。

「アイリス様! 大変です!」

飛び込んできたのはルークだった。彼の表情は、いつになく深刻だった。

「北の遺跡から、異常な魔力反応が観測されました。そして――」

「そして?」

「遺跡の奥に、陽介殿が作ったものと酷似した装置が発見されたと」

陽介とアイリスは、顔を見合わせた。

第四章 古代文明の真実

北の遺跡は、王都から三日の距離にある古代都市の跡地だった。

千年前に滅んだとされる古代文明の痕跡が、今も地下深くに眠っている。

「これが……その装置?」

陽介は、遺跡の最深部で発見された機械を見つめていた。

それは、紛れもなく発電機だった。しかも、陽介が作った試作品よりはるかに洗練された設計の――。

「なぜ、古代文明が現代の技術を?」

「いいえ、逆よ」

背後から、聞き慣れぬ声がした。

振り返ると、銀髪の少女が立っていた。外見は十六歳ほどだが、その瞳には、人間のものとは思えない深さがあった。

「あなたは?」

「エリザベス・ノーア。この遺跡の、最後の管理者」

少女は淡々と語り始めた。

「古代文明は、実は『未来』からやってきた人々が築いたものなの。時空の歪みによって、遙か未来の人類がこの時代に飛ばされた――」

「未来……?」

「彼らは科学技術を持ち込み、この世界に文明を築いた。でも、この世界の魔力との相性が悪く、文明は崩壊した。残ったのは、魔法を使える人々だけ」

エリザベスは、陽介を見つめた。

「そして、文明の崩壊を防ぐため、彼らは『計画』を残した。定期的に、科学知識を持つ魂を転生させる計画を」

「俺が……その計画の一部?」

「そう。あなたは選ばれた記憶継承者。科学と魔法を融合させ、文明の循環を断ち切るための鍵なの」

陽介の頭に、さまざまな記憶が流れ込んできた。それは前世でも現世でもない、古代文明の科学者たちの記憶だった。

彼らの願い、絶望、そして希望――。

「文明は、一つのアプローチでは限界がある。科学だけでも、魔法だけでも不十分。両方を理解し、融合させることで、真の進歩が生まれる」

エリザベスの言葉に、陽介は頷いた。

「でも、それを邪魔する者がいる」

突然、遺跡全体が揺れ始めた。

「やはり来たか……彼が」

第五章 決戦

遺跡の入口から、黒いローブを纏った男が現れた。

「久しぶりだな、エリザベス。そして――記憶継承者よ」

男の声には、狂気が混じっていた。

「お前は……もう一人の転生者?」

「その通り。だが、俺はお前とは違う。この世界を、科学の力で支配する。魔法などという非論理的なものは、排除する!」

男は古代の装置を起動させた。遺跡中の機械が一斉に動き出し、強大なエネルギーが集束していく。

「これは……核融合炉?」

陽介は愕然とした。古代文明が残した最終兵器。制御を誤れば、王国全体を吹き飛ばす威力を持つ――。

「ルーク! 民を避難させろ!」

「了解した!」

ルークは騎士団を率いて、周辺の避難を開始する。

「アイリス、エリザベス、力を貸してくれ!」

「もちろんよ」

「任せて」

三人は装置に向かって走った。

陽介は前世の知識を総動員して、装置の制御パネルを操作する。アイリスは魔法で暴走するエネルギーを抑え、エリザベスは古代の言語でシステムに命令を送る。

「科学と魔法の融合……これが答えか!」

陽介の操作に、アイリスの魔法が反応する。電気回路に魔力が流れ込み、装置が安定していく。

「馬鹿な! 魔法と科学は相反するものだ!」

「違う! 両方とも、この世界を理解するための手段だ。対立するものじゃない!」

陽介の言葉に、装置が応答した。

暴走は収まり、エネルギーは安全に放出されていく。

「そんな……俺の計画が……」

男は崩れ落ちた。

エピローグ

事件から一ヶ月後。

陽介は王城の新設された「科学魔法融合研究所」の所長に任命されていた。

「これからは、科学と魔法を組み合わせた新しい技術を開発していくの?」

アイリスが、研究所の設計図を見ながら尋ねる。

「ああ。魔力で増幅された電気、科学的に最適化された魔法陣……可能性は無限大だ」

「素敵ね」

アイリスは陽介の手を取った。

「この世界に来てよかった?」

「ああ。前世では味わえなかった、本当の生きがいを見つけられた」

陽介は空を見上げる。

前世の記憶は、呪いではなく祝福だった。二つの世界の知識を持つことで、誰も見たことのない未来を創造できる。

「陽介」

「ん?」

「これからも、ずっと一緒にいてね」

「もちろんだ」

二人は笑顔を交わす。

記憶継承者・佐倉陽介の第二の人生は、今、本当の意味で始まったのだった。


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