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【幻風景】幽霊の森

作者: はまさん

 幽霊のいる森がある。森に入ったが最後、誰も帰った者はいない。

 旅の騎士は武勲を求めていた。ならば私が森の中にいるという例の幽霊を退治してやろう。村人たちの噂を聞いて、遂に件の森にたどり着いた。


 時はちょうと宵の口。太陽はとっくに沈み、空が薄暗くなりだした頃合い。恐れを知らぬ若い騎士は、ためらうことなく森に立ち入る。

 それにしてもボンヤリした森だった。夕刻から夜になろうとする、時間のせいだけではない。なにもかも存在感が薄い。


 森の中は普通だった。怪物のようにねじくれた、特に変わった古木があるわけではない。凡人が突っ立っているような、代わり映えもしない木々が規則的に並んでいる。

 枝も葉も多くも少なくもない。かろうじて、木陰から夜空の見える程度。ずっと同じ光景が続く。つまらない森だった。


 同じ光景が続いていたから、騎士はすぐ自分がどれだけ進んだか。森のどこにいるのか、分からなくなった。

 分からないのは場所だけではない。


 目に入る視野全てが幽けて見える。ボンヤリ、白みがかってきた。

 霧が出てきたか。手を振っても変わらない。

 目がおかしいかと擦っても同じ。まるで眼球の表面に薄い皮膜が張り付いて、取れなくなったようだ。


 いつまでも夜の深まる気配はない。うすら暗いまま。見上げれば相変わらず、夜空は見えるが、月も星もない。のっぺりと印象のない闇。

 気づけば騎士は自分の手が透けていることに気づいた。いや自分自身、全身が透けている。まるで薄ら白い光景に、自分自身が溶け出したようだ。


 なのに恐くない。ただ「そうか」と思うだけ。

 きっと自分は森の木々のように突っ立っているだけの存在になるのだろう。

 騎士であるとも、どうして森へ入ったかも、彼は忘れかけていた。


 と突然、森全体がざわめく。東の空が明るくなり、朝日が差し込んできた。

 太陽の光を受けて、枝が、葉が、木々が、森が苦しげに身をよじらせて苦しむ。

 木の擦れるような悲鳴。あまりの音に鼓膜を破りそう。

 

 騎士はうわっと両手で塞いだ。同時に一瞬だけのまばたき。

 その一瞬の間に森はなくなる。

 騎士は草原に立っていた。露に濡れた草葉に、すっかり高くなった日。


 騎士は得心がいった。あれは幽霊の棲む森ではない。

 かつて存在した、森そのものの痕跡、死せる森の幽霊だったのだ。


 もう少し日の出が遅ければ、自分は森もろとも冥府へ連れて行かれていただろう。

 騎士は我が身の幸運を神に感謝するしかなかった。

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