二章 本土への橋頭堡
1942年6月16日 フィリピン ルソン泊地
この日、日米連合軍による一大反攻作戦が行われようとしていた。去る4月10日、アメリカからドイツへの貿易船が誤ってソ連海軍潜水艦によって撃沈されてしまい多数のアメリカ人乗員が犠牲となった。これを吉として、ルーズベルトは演説。国民もそれを望んだことで、42年4月15日を持ってアメリカ合衆国はソビエト連邦へ正式に宣戦布告した。当のソ連はというと、ドイツ軍の猛攻をモスクワで食い止めて戦線は膠着。スターリングラードで激戦が行われていた。そんな中、日米連合軍も動き出し新たに再編成された艦隊で本土奪還のための要衝、沖縄攻略を目指すことになった。中国では、一時日本が消えたことで共産党がソ連の支援を受けて大陸を乗っ取ろうとしたがドイツの侵攻を受けてソ連がそれどころではなくなるとまた押し返されまた、中華民国も連合国へ加盟し外満州の奪還に向けてソ連に二正面作戦を強いていた。今のところ、東西両戦線で敵を押さえつけているがアメリカが来るとなると話は別である。本来は対立するはずの連合国と枢軸国が一緒になってソ連を攻めているのだ。しかもそのうち1カ国はどちらにも属さないくせに本土奪還を目標に牙を剥いたのだ。複雑怪奇としか言いようがない。
4月20日 戦艦大和 日米連合艦隊司令室
(では、作戦会議を始めさせて頂きます。攻略目標は沖縄、ここを3ヶ月以内に攻略し日本本土奪還の橋頭堡とします。当然、ソ連海軍はそれを阻止するため基地航空隊と空母戦力を駆使して仕掛けてくるでしょう。両軍の空母戦力は以下の通りです。)
日米連合艦隊が
正規空母9隻
ソ連海軍が
正規空母7隻
ここで、ニミッツが発言する。
(空母数だけ見れば、まだ我が方にも勝ち目があるように見えますが実際はここに沖縄の航空戦力も加わってくる訳ですな。)
(その通り。沖縄の有力な飛行場は少なくとも6つ。これら全てを空母戦力だけで撃滅するの不可能です。そのため、戦艦隊も使って艦砲射撃を実施します。艦砲射撃を行うのは、読谷、嘉手納、伊江島です。他の3つは機動部隊によって空襲します。)
(ちょ、ちょっと待ってください。それら全てを艦砲射撃せよと仰るのですか?)
(やはり厳しいですか?)
(いくら味方の空母がいるとはいえ、我々は敵地深くに突入するのです。航空援護がなくては、もし見つかった時になぶり殺しにされてしまいます。)
(そもそも敵艦隊は空母を出す必要は無いのでは?)
ここで、アメリカ空母部隊を指揮するスプルーアンス中将が胃を唱えた。
(それは...つまり?)
源田実が聞き返す。
(そもそもの話、それだけ大規模な飛行場がいくつもあるなら空母を出してまで防衛する必要は無いでしょう。彼らとて、正規空母は全体で9隻、そのうちの4隻は欧州へ払っていますからこの7隻以外に正規空母は無いわけです。軽空母も太平洋方面は4隻と確認されています。未成の新型空母があるかもしれませんが、現時点では確認されていません。空母が出てくる可能性は低いのではないかと。)
(しかし、空母というのはどこにいるかが分からないからこそ効果を発揮するのです。いるかどうかわからない、いたとしてもどこのいるのか、ソ連海軍もそのことは理解しているはずです。もし出てこないとしても、攻撃隊のうちの半分は対艦装備にしておくべきです。)
ここで、山本五十六が発言した。
(確かに、出てこないという可能性も充分有り得る。敵にとっては、日本本土に上陸さえさせなければ良いのだから。しかし、源田くんの言ったように敵空母がでてきた場合対地兵装のみでは柔軟に対応できない。戦場という場所は何が起こるかわからないものです。ですから、私としては米海軍にもそのようにして頂きたい。と思っている。)
(うーむ...。)
ニミッツも納得しつつはあるようだ。しかし、艦砲射撃を行うとなると機動部隊に組み込んでいる戦艦とは別に用意しなくてはらない。となると、アメリカの標準型戦艦しか選択肢に残らない。現在、即応可能なのは
戦艦コロラド
戦艦メリーランド
戦艦カリフォルニア
戦艦ネバダ
戦艦オクラホマ
戦艦ペンシルベニア
戦艦アリゾナ
戦艦テネシー
となっている。奇数になっているから、ここに戦艦長門を編入することにした。これで3つの隊に分けることが出来る。分けた上での編成は以下の通りである。
第一部隊
戦艦長門
戦艦ネバダ
戦艦カリフォルニア
第二部隊
戦艦コロラド
戦艦ペンシルベニア
戦艦オクラホマ
第三部隊
戦艦メリーランド
戦艦アリゾナ
戦艦テネシー
となっている。機動部隊は、
日本海軍
第一航空戦隊
空母 紅龍(元レキシントン)
空母 雲龍(元サラトガ)
第二航空戦隊
空母翔鶴
空母瑞鶴
空母飛龍
米海軍
第16任務部隊
空母ヨークタウン
空母エンタープライズ
第17任務部隊
空母ホーネット
空母ワスプ
となっている。もし敵に空母がいれば、これまでに無い空母決戦になるだろう。これらは、それぞれ日米で役割分担して敵飛行場を空襲する。また、現地の制空権奪取後には後方で控えている南洋諸島からの日米連合地上軍が上陸作戦を行う手筈だ。
6月19日 朝5時30分 沖縄北飛行場
朝っぱら、けたたましく空襲警報が鳴る。それを聞いて、兵舎から次々とソ連軍兵士が飛び起きる。緊急発進の待機組は、すぐに戦闘機に乗り込みエンジンを掛ける。
(ズリョート!)
離陸を意味するロシア語で、機体が上がっていく。向こうの空に黒い点が現れ始めた。
日本海軍 攻撃隊
(敵戦闘機が上がってきます!)
(今更遅い!飛行場は破壊させてもらうぞ!)
この半年間で、日本海軍は空母艦載機を大幅に更新し補充の効かない九九艦爆、九七艦攻は練習機扱いになり艦上戦闘機はまだ零戦であるものの艦爆はSBDドーントレス、雷撃機はTBFアヴェンジャーに変わっている。ただ、飛龍に関してはアヴェンジャーが重量の関係で発着が難しいため偵察用の九七式4機を除けば攻撃機体はSBDドーントレスしか搭載していない。それでも、爆装量は断然SBDの方が多いから問題はない。
(対空砲火が上がり始めたぞ。当たるなよ。)
紙装甲の九九艦爆よりはSBDの方が防弾性能も上だから幾分か安心できるが、対空砲は子弾を飛ばしてくるからそれに絡め取られてしまえば単発機なんて一瞬のうちに砕け散る。
アヴェンジャー隊が水平爆撃で日本軍の800kg爆弾を投下する。アヴェンジャーとは言うものの、日本海軍はこれに二式艦上攻撃機の名前も付けている。SBDにも一式艦上爆撃機と名前をつけて正式な採用機であることを示している。
(よしっ!弾薬庫をやったようです!大爆発です!)
空港も穴ぼこだ。零戦は、上がってきた敵機の相手をしているようだ。心無しか、零戦が苦戦しているように感じる。なにしろ半年もなんの改良も加えられていない機体だ。彼らも対策を覚えたのかもしれない。
(艦爆隊が突っ込みます。)
SBDドーントレスが反転急降下で、格納庫や燃料庫目指して突進する。
ソ連軍対空砲陣地
(撃て撃て!飛行場を死守するんだ!)
(敵2機撃墜!)
日本軍艦爆隊
(高度80!70!60!50!40!)
(てっ!)
SBDから454kg爆弾が投下される。その力も利用してすぐに上昇に移る。
(くーーーっ...。よしっ。どうだ?)
(命中です!駐機してる機体が吹き飛びました!)
(効果大だ。)
ソ連軍沖縄守備隊本部
(しかし、驚きましたね。まさか、空母の1隻もよこさないとは。その代わり、旧式戦艦と鹵獲戦艦で艦砲射撃に来るだろう部隊をたたけだなんて無茶ですよ。)
(上からしたら、俺らはやっぱり捨て駒さ。キュウシュウに日米連合が上陸する時にゃ朝鮮半島の支援も貰えるんだから護りやすい。そこに空母を加えて、一気に撃滅するつもりに決まってる。)
(そうですか...。)
(そう落胆するこたない。ドイツのヤツらとは違うらしいぞ。日本人っていうのは。それにアメリカ人もいるから、間違ってもあんな家畜以下みたいな扱いはされないだろう。)
(なら安心ですが...もしや大隊長、無条件降伏するつもりでいます?)
(当たり前だろ。アメリカを敵に回したどころか、ドイツや中国に直接攻撃を受けてるソ連は終わりだ。負ける戦いに配下の奴らを巻き込むほど馬鹿じゃねえ。それも捨て駒だ。)
(そ、そうですか...。)
(別に通報してもいいんだぞ?俺はお前を殺したりはしない。)
(いえ、我々は大隊長の指揮下です。大隊長の命令に従います。)
(...そうか。分かった。)
朝7時21分 戦艦大和
(偵察機からは未だないのか?)
(はい、敵空母どころか敵艦の発見報告もありません。)
日米機動部隊の目標である飛行場三ヶ所は第一次攻撃で効果充分と見なされソ連海軍機動部隊を捜索していた。道中、敵機からの攻撃がありはしたものの日米双方被弾報告は無い。
艦砲射撃部隊 第一部隊旗艦 戦艦長門
(電探に感あり!大型艦3!中型艦4、小形艦10乃至12!方位320!速力20ノット!本艦隊と反航戦の形を取っています。)
亡命している日本海軍艦艇全艦に増設されたSGレーダーが反応する。
(空母なしで、良くも気づかれなかったな...。ここに来るということは、ガングート級か?あんな型落ち中の型落ちを出してどうするつもりだ...。いや、とにかく叩くぞ。)
艦隊各艦で合戦準備のラッパが鳴らされる。就役して22年、ついに長門に砲戦の機会が訪れたのだ。
距離が縮まってくると、防空指揮所から艦影の報告が来る。
(敵大型艦はガングート級2隻、扶桑型戦艦1隻!)
(なにっ!?)
艦長が思わず聞き返す。扶桑型戦艦は35.6cm砲を12門持つ戦艦だ。姉妹艦の山城は大破着底したが、扶桑は放置されていた。それを鹵獲するだけでなく使用できるレベルまで持っていったのか。しかし、気を取り直す。敵がなんであろうと、破壊するのみ。
(主砲、右砲戦!砲戦距離2万4500!射程を活かして、敵1番艦を仕留める!)
艦隊配下の米海軍水雷戦隊が突入していく。
(目標、敵一番艦、右砲戦、距離2万5000。)
射撃指揮所から復唱が帰ってくる。
米海軍 第27駆逐戦隊
(バーク大佐、敵駆逐艦です。)
(よし、やってやるぞ。右砲雷撃戦用意!)
彼、アーレイ・バーク大佐の率いる駆逐戦隊は7隻、敵戦艦に魚雷をお見舞すべく本隊から離れて突撃を開始したのだ。
(魚雷を撃つまでは死んでも死に切れるもんか!)
艦隊の周囲に連続して水柱が立つ。止まることは無い。こちらも5インチ砲で撃ち返す。
(駆逐艦ダイソン被弾!)
(動けるならまだいける!)
(敵駆逐艦1隻炎上!)
(よし...いいぞ。)
敵本隊にたどり着けるかどうかはまだ、分からなかった。
ソ連海軍 戦艦クルスク(元扶桑)
(しかし、古いなこの艦は。)
艦長が言う。戦艦扶桑は、旧式も旧式だ。無理に近代化改修した結果、艦橋が異様に高くなり横から見た時のバランスも悪くなった。姉妹艦の山城は軍港内で大破着底したが扶桑は佐世保にいて攻撃をほとんど受けずに放置された。そして、進軍してきたソ連軍に鹵獲され朝鮮半島へ。そして、ウラジオストクでソ連仕様に改修されたのだ。主砲弾の直径が35.6cmとクロンシュタット級、スターリングラード級重巡と同じなため弾薬の互換性があった。
(敵艦発砲!)
(なにっ!?もうか!)
(はいっ!)
(くそぉ...。だが、初弾から当たることなどは滅多にない。確実に距離を縮めるぞ。)
(了解。)
予想通り、砲弾はクルスクの右舷のだいぶ前方に弾着した。
(敵艦さらに発砲!)
(躊躇いがないな...。)
(別にそんな目的で持ってきた訳では無いが、敵にはこれが元自国の戦艦だと分かっているはずだ。だが、躊躇いなく撃ってくるということはそれはそれとして認めキッパリ割り切っているのだろう。心苦しさというのはあるかもしれないが、それでこそ軍人である。敵艦の2射目も空振りに終わった。そして、4射撃目が放たれた頃にクルスクも敵戦艦1番艦を射程に抑えたようだ。
(撃てっ!)
35.6cm砲弾が合計6門発射される。まずは、交互撃ち方で偏差をとるのだ。
(初弾全弾遠!)
と言ったところで、明らかに今まで経験したことの無いような衝撃がクルスクを襲った。敵艦の射撃だ。これがナガト型の主砲の威力か...。この距離での砲戦なら、装甲貫通など容易いだろう。
(3発命中!右舷対空砲の一部と射撃指揮所がやられました!)
1度命中弾を出されたら、こちらが1発でも当てない限り当てられるばかりだ。今度は後ろに続くアメリカ戦艦の砲撃も来始めた。こっちのガングート級はどうやらまだてこずっているらしい。やはり、使い捨て艦隊に変わりはないようだ。
(艦長、左舷前方から米海軍水雷戦隊!)
(な、なにっ!)
(転舵しています!魚雷を発射した模様!)
(ちくしょう!取舵いっぱい!)
気付かなかった。いや、対応できると思っていた。やはり噂通り、昔から海軍大国の海軍には叶わなかったか。数分後、クルスクの左舷に合計5本の水柱がそそり立ち、ガングート級もネバダとカリフォルニアのアウトレンジ戦法によってひねり潰された。日本側に被弾はなく、文字通りのパーフェクトワンサイドゲームであった。
6月19日には、日米連合軍がアメリカ戦艦の艦砲射撃支援の元上陸作戦を展開。8月8日には、組織的抵抗はほぼ無くなった。しかし、たかだか使い捨ての部隊がやられただけで戦局に影響はなく独ソ、中ソの膠着状態は続いていた。やはり次は、日本本土及び朝鮮半島に上陸する必要性がある。
沖縄戦展開中 6月20日
(なるほど、扶桑が...。)
(はい、止むを得ず...撃沈しました。)
(いや、君の判断は正しい。戦場では、迷う暇は無いからな。)
長門艦長の謝罪に山本五十六は優しく返す。
(そこで、進言なのですが。)
(ん?)
(日本本土に無傷で取り残されている大型艦を整理しませんか?そうすれば、何が鹵獲されている可能性があるのか分かるはずです。)
(ふむ...確かに...。そうすれば予め対策も出来るというわけか。分かった、考えておこう。)
(ありがとうございます。)
一方、日本海軍でも深刻な問題が立ちはだかった。それ即ち、主砲弾の不足である。戦争再開の半年前に艦隊各艦は、近代化改修を実施し対空火器を全てアメリカ製に換装。電探も設置された。しかし、主砲弾だけはどうしようもない。41cmも46cmもアメリカでは製造されていないのだ...。
某日 長崎県佐世保市某所(日本人民共和国)
(本当にやるんですね?)
(えぇ。これだけの乗員です。それに私たちとしてはもうあのような光景は見たくありません。)
この者が言う光景とは、無傷、もしくは軽微な損傷で軍港内に置いていかれた軍艦がソ連に連れていかれたり旗をソ連海軍の旗に付け替えられているところである。半年間ずっと耐えてきた。そして、日米連合軍が沖縄をほぼ完全に奪還したという確定情報を手に入れたのだ。まさに、本土に残る部隊にとっては希望の光であった。そして、考えていることは軍艦の奪還および逃走であった。
(分かりました。では、我々で考えた作戦をご説明します。)
ゲリラ化した陸軍、海軍陸戦隊混成部隊の隊長が言う。
(まず、空襲警報が鳴ったらそれが日米軍が来た合図です。我々は、先行して佐世保軍港に突入。突破口を開きます。そして、あなた達の乗る軍艦の近くでめいっぱい旭日旗を振り回して味方だと知らせます。縄を断ち切ったらあとはあなたたちの出番です。陸は抑えますが、脱出は日米連合軍本隊によります。)
(もし、味方が気付かなかった、もしくは間に合わなかったら?)
(そこは賭けです。元々この作戦自体、無理のあるものです。全ての保証はできません。)
(....わかりました。ご協力ありがとうございます。)
感謝の言葉を言われて、隊長は表情を崩して険しい表情をしている水兵に言った。
(どういたしまして。健闘を祈ります。)
(はい!)
半年間待ち続けた末、ついに本土奪還作戦を行うことになった亡命政府。日米連合軍として、本土上陸の橋頭堡とするため沖縄上陸に向けて海軍を結集させるが...