謝罪と無言
河合も驚いてるけど、俺だって驚いてる。
────なんで河合がミツハシさんを抱っこしてんの? もしかして河合の猫?
河合に聞きたいけど聞けない。今は人間語が喋れない。ならばミツハシさんに聞きたいとこだけど、クラスメイトの前で猫語を使う訳には。
ミツハシさんは彼女に大人しく抱かれて、嬉しそうに小さく喉をゴロゴロ鳴らしてる。
ガチで戸惑う・・・
まず持って昨日の放課後の去り方からして、ここでばったり会ったことも気まずい!
───けど、それは俺の方だけだったようだ。
「びっくりしたぁ・・・おはよ、河原崎。偶然だね!」
屈託ない笑顔で俺に話しかけて来た。
コイツ昨日の放課後、俺を怒らせたこと忘れてんの? それとも、河合にとっては気に留めることでも無かったってこと?
ここでガガッと文句の1つも言いたいとこだけど、今の俺は黙ってるしかない。
「あんたずいぶん早起きじゃん。ねえ、今この辺から猫の声がしたんだけど、見なかった? この子お返事してたし、お友だちかも」
その猫の声は俺だ。言えないけど。
俺は、ブンブン首を横に振った。だって人間語、喋れないし。
「・・・河原崎? あんた変じゃない?」
───まあな。俺はへんてこりんになって取り込み中だ。
心の中で呟く。
「・・・どうかしたの?」
向かい合う俺たちの間に沈默の調べ。
「・・・ねぇ?」
河合と俺の間に微妙な空気が流れ始めたが、俺にはどうすることも。
頭上、あちこちからの小鳥たちのさえずりが響いてる。早朝の新緑の木漏れ日が揺れて───
次第に河合の眉間に、ムムッと力が入ってくのが見て取れる。
((((;゜Д゜))) なんかヤバそう?
「人があいさつしてるのになんで口きかないの? 河原崎、感じわるぅ〜!」
どうしていいか分からず、所在なく上むいて下向いて右手で頭をポリポリ掻いた。逃げるのも嫌だし。
「・・・あっ、わかったぁ〜! 河原崎は昨日の放課後のこと根に持ってんだ? あれは別に河原崎をからかったんじゃないよ? マジで羨ましかったから言ったのに。傷ついたなら謝る。ごめんなさい」
ミツハシさんを抱いたままペコリと小さく頭を下げた。
───なんだか意外。
河合って意外としおらしいとこあんだな。クラスでは、高飛車グループの女子なのに。
学校で会うのとちょっと違う河合。態度も姿も。
二つに結んだ髪は下ろされて、サラサラそよ風に揺れてる。
ショートパンツからスラッと伸びた白い脚と裸足のサンダルにドキっとする。
俺は下向いてるけど、河合が俺の顔をじっと見てるのがわかる。
───もういいよ。許す!
けど、言えんし。けど、なんとか伝えなきゃ!
俺は思い切って顔を上げた。
したらそこには、俺が想像してたのと違う表情をした河合がいた。
「なんなの? 私、ちゃんと謝ってるのにナニ、その態度!? 河原崎なんかもういいよ! バイバイッ!」
クルリと後ろを向いて歩き出した。
なんだよ、やっぱいつもの河合じゃん! 俺が黙ってんのもアレだけど。
『待っ・・・』
思わず猫語が漏れて、口を押さえた。
河合が、ピタッと足を揃えて止まって首だけちらりと俺に振り向いたその刹那、ミツハシさんが河合の腕の中から急に飛び降りた。
「あっ、待って! みけかわ! 今日はまだ・・・」
ミツハシさんは、着地した一歩からの見事なジャンプで俺の胸に飛び込み俺に抱っこされた。
『貸しが増えたのである』
俺の頬をペロッとひと舐めし、ミツハシさんはニヤニヤしてる。
「・・・!!」
河合がまたもや目をでっかく開いて俺を見てる。
ミツハシさんって河合の猫なのか? 本名は「みけかわ」なの? 聞きたいけど聞けない。けど、次の河合の一言でそれは知れた。
「もしかして、みけかわって河原崎の猫だったのッ!? 河原崎にすっごく懐いてるね」
───ううん、違うけど。
「そっか。私が自分の猫みたく勝手に抱っこしてたから怒ってたの? ならまた謝るよ。ごめんなさい。だったら言えばいいのに。私はみけかわには絶対悪いことはしてないから安心して。だってみけかわは、私の心の支えだもん」
───どういうこと?
俺は無言のまま首を傾げた。
「・・わかった。河原崎は私と口をききたくないくらい怒ってるのね? 勝手に名前までつけて呼んでたわけで。いいよ、喋らなくても。なら、そのままでいから私の話を聞いてくれる? 言い訳みたいに思うかもだけど」
俺は頷いた。
「・・・ありがとう。なら、あっちのベンチに座ろ?」
河合の揺れる髪を見ながらついて行く。
『沙衣殿、この娘は、とある恐怖に囚われ、悩みを抱えているのだ』
俺の耳元でミツハシさんが囁いた。
*
緑道の片隅。2人並んで座るベンチ。
通り過ぎる犬の散歩のおじさんが、俺たちをチラ見して通り過ぎて行く。
もしかして子どもが早朝デートしてるって思われてたりして? いや、姉弟に見えてる確率の方が高いよなw 自虐。
2人座ったはいいけど、お互いにぎこちなくって河合は黙ったまま。
どうもこれから話すことは切り出しにくいみたい。
ミツハシさんは空気を読んで、俺から河合の膝に乗り換えた。
河合に喉を撫でられて、嬉しそうにゴロゴロしてるミツハシさんは、こうして見ると普通の猫っぽい。
すぐ横から見る河合の横顔は、いつもとは違った印象。
緊張してるのか、長いまつ毛が小さく揺れてる。きゅっと結んだ唇。
コイツ、黙ってればメチャ美少女だってことに今 気がついた。口が悪くて損してるタイプだよな。
「・・・かわいいね、この子。本当はなんて名前なんだろう? あ、河原崎は私には教えたくないか。取り敢えず『みけかわ』って呼んでもいい? ずっとそう呼んでたから。三毛猫でかわいいって意味だよ」
俺は複雑な気持ちでコクリと頷いた。俺の猫じゃない。
河合はミツハシさんとの付き合いが長いらしい。俺はついさっき出会ったばかり。
「この子、三毛猫のオスでしょ? すごく希少な子だよね。ほんと、ここで最初に見かけた時はびっくりした。私、誘拐されちゃわないか心配してたんだよ? 野放しにして大丈夫なの? けど、そのおかげで私はこの子と知り合いになれてラッキーだったけどね」
ミツハシさんて希少な猫? そうだったんだ。
河合は遠い目をしながら、無意識に膝上のミツハシさんの背中を撫でてる。
「オスの三毛猫はね、不思議な力を持っているって昔から信じられているでしょう? だからもしかしたら私がここでこの子と出会っえたのって、神様が悩んでる私のために遣わせてくださったのかもって思ったの・・・」
目を瞑って、河合の膝の上で寝てるフリしたミツハシさんが、薄目で俺を見てフフッと笑った。
とにかく聞いてやんよ。ミツハシさんと河合の物語を────