少年少女の帰結点
三葉は最近お気に入りだという洗濯かごに入って休んでる。中毒症状も全く無いし、ほぼ問題なさそうだ。チョコを避けてカリカリを食べていたってのは本当だろう。
*
私的な行為だし診察料の受け取りを断ったところ、その代わりに河合が作る夕食をご馳走になることになった。
作るのは市販のルーを使ったカレーとサラダ。料理は得意ではないらしいけど、彼女が作ってくれるだけで特別美味しい気がした。
食後は是非とも俺に味わって欲しいという秘蔵赤ワインを俺の為に出してくれた。お取り寄せだというローストビーフに、手製のアボカドディップを添えて。
彼女の部屋は間接照明で、明かりを少し落としたら小洒落たバーの雰囲気になった。テーブルにはアロマキャンドルが揺れる。
「素敵でしょ? こんな風にして、たまに友だちとか、1人でもよく家飲みしてるの」
グラスに慎重にワインを注ぎ、俺に手渡した。
夕食作りの前に彼女はマキシ丈のノースリーブニットのワンピースに着替えていて、髪を結びアップに纏めた姿の色香に内心ドギマギしてる。
ソファに並んで座ってカンパイ。
カチリと鳴った、恋のスタートを告げるグラスの音。
先ほどのキスは、その場の雰囲気でなんとなく、みたいなのとは違う。
「ねえ、私のこと名前で呼んでみて・・・」
小首を傾げながらの憂いの瞳を向けられ、心臓がドキドキ始まって、俺は28にもなっていると言うのに、ウブな少年と化している。
「なんだか照れるな。えっと、美咲さん・・・」(〃ω〃)
「んー・・・『さん』は他人行儀じゃない?」(u_u*)
他人行儀か。呼び捨てにってこと?
最初って照れて言いにくい。きっと次回会う時には、それが普通になってしまうんだろうけど。
「じゃあ、美咲?」
「うん、今日は本当にありがとう。沙衣。あなたは、運命が私に与えてくれた人だと思うの。だからきっとこうなることに私は逆らえない」
「・・・俺と付き合うのは成り行きで、美咲の意思じゃないってこと?」
俺が得た謎解きは誰にも話していないけど、彼女にも感じてることがあるのだろう。
美咲は亡くなった祖母の強力な守護下にあり、その強き力は俺の人生にまで介入している。
俺はそれを全面受け入れることになった。
美咲に惹かれてる俺。中学生の頃にはハッキリ分からなかった想いは再会によって蘇っている。
「ううん、そういうんじゃない。私、全力で沙衣を独り占めにしたいと思ってる。だから私はあなたとキスしたの。他の女の子たちに負けたくなくて。その独占欲は醜いのは知っているし、実は私はとても打算的なの。けど、そんな私を沙衣に好きになって欲しい」
美咲ほどの美人なら、俺にこだわらなくてもいくらでも相手はいるはずなのに。
「それは光栄だな。俺はそんなにモテてはいないけどね。こうなる前から俺は美咲に惹かれてたって覚えておいて・・・」
先ほどのキスを思い出し、彼女の唇にどうしても視線が向いてしまう。
同級生から今、恋人に変わりつつある二人の関係をもっと急速に深めたい気持ちが抑えられない。
これ以上ここにいたら俺はきっと────
しばし歓談してから俺はソファから立ち上がった。
「じゃ、俺はそろそろ帰るよ。もう10時過ぎてるし。三葉は大丈夫そうだけど、不安なことあったら俺に連絡して。戸締まり、内鍵をしっかりな。主錠は明日にでも早急に変えないとダメだ」
「帰るのね・・・うん。わかった」
美咲も立ち上がった。
しばしの別れを惜しむかのように、お互いの目と目が合った。
不意に仄暗いオレンジ色の灯りの部屋の中で、バルコニーに面した窓のレースカーテンがフワリと膨らんだ。
深海魚のヒレのように優雅になびくレースのドレープは、何かを囁いているかのようだ。
ロマンティックな夢の中に立ってるみたいな不思議な感覚。
テーブルの上のアロマキャンドルが風に煽られてフッと消えた。
「あ・・・風が出て来たみたいね・・・」
仄暗さが増した非日常な空間に、心がサワサワする。
ひときわ大きくひらめいたカーテンが、ガラス戸を閉めようと窓辺に近づいた美咲を隠した。
その刹那────
視界がグニャリと歪んだ。
立ち眩み・・・? クラクラクラクラ・・・平行感覚がおかしくなった。
何とか収まって目を開けようとしたら、眩しくて開けられない。
薄目を開け、慣らしてから周りを見回す。
────ここはどこだ?
俺の髪を、緑の快風が吹き抜ける。
赤いトンボが一匹、スーッと目の前をよぎった。
目の前に広がる青空。広大な田んぼの緑に風の跡が走る。
俺の後ろには、立派な茅葺き屋根の御屋敷。
その長い縁側には、姿勢良くお座りしてる三毛猫が一匹。
────俺を見てる?
『沙衣殿、お久しぶりである。健勝なご様子で何よりである。いつの間にか随分大きくなられていてびっくりなのである』
『・・・! ミ、ミツハシさんッ!?』
俺は信じられない心待ちで縁側の三毛猫に駆け寄った。
『・・・じゃない』
口調はミツハシさんだけど、ミツハシさんとは別の三毛猫だ。顔や体の模様が違う。
『そうであった。沙衣殿の知っている某はこれであったな』
シルエットが一瞬揺らめいて、俺の知っている三毛猫に変わった。
俺が一生忘れ得ぬ猫、ミツハシさんだ!
『嘘だろ? ほんとのホントにミツハシさんなのかよ?』
思わず抱き上げて、胸にギュッと抱きしめた。
『ミツハシさんのバカッ!! 何やってんだよ! 俺を庇って車の前に飛び出すなんて!! でもって死んでしまうなんて! お陰で俺はあれから寝ても覚めても24時間ミツハシさんのことばっかり考えてたんだぞ! きっと俺は一生ミツハシさんのこと考えてんだ!』
『おお、それは済まなかったのであるw しかしながら、沙衣殿はそのお陰で猫を救う名医になれたのである』
ペロッと俺の頬を舐めた。
『・・・ごめん・・・俺を助けてくれてありがとう。ミツハシさん。俺・・・俺・・・ミツハシさんにまた会えるなんて感激で・・・』
これは俺が脳内で作り上げた夢? 幻想? だとしても、それでも感極まる。
『沙衣殿、某の言葉を約束通り美咲殿に伝えてくれてありがとうなのである。某も沙衣殿には感謝なのである』
『うん、あのミッションはムズかったけど、何とか伝えられたよ』
『某は今や沙衣殿を相当に信頼しているのであ・・あっ! みゃお〜ん、ゴロゴロッ♡』
ミツハシさんが急に甘えた声を出して俺の腕から飛び出した!
『ちょっとそこのあなた。そろそろ私のかわいいミツちゃんを返してちょうだいな』
小学校低学年くらいの可愛らしい女の子が縁側に足をぶらぶらさせながら座っていた。
シュタッと縁側に着地したミツハシさんは、女の子の膝の上で丸まって、得意顔を俺に向けた。
この子、気配もなくどこから来た?
『あなたは知ってるよね? この世には不思議が溢れてるって。この世の理全てを知る人も、星回り全てを支配出来る者も、現在過去未来、世界中探したっていやしないって。私があなたを選んだ訳じゃない。運命がそうしたの。私は願ってただけ。あの子の無事を、幸せを』
三葉の夢に出て来たという、三毛猫とかわいい女の子。
美咲から聞いた昔見た不思議な夢の話。
この子は、美咲のおばあちゃんだ。
これって俺も同じ夢の中に?
河合のおばあちゃんとミツハシさんが住まう摩訶不思議な異空間。
『・・・あなたは・・・美咲の・・・・?』
『未来を決めるのはあなたたちなの。決して私じゃない』
シャーッと響いた大きな音が合図だった。
途端、景色がグニャリと歪んで、俺は再び目眩に襲われた。
渦を巻いた排水口に吸い込まれるような感覚。
グルグルグルグル・・・クラクラクラクラ・・・
収まったのを感じて、恐る恐る目を開いた。
────戻ってる。ここは美咲の部屋だ。
「窓、閉めたよ。今夜は珍しく新緑の香りの風ね」
厚手のモスグリーンのカーテンを閉めた美咲がオレを振り返った。
カーテンを引く音で現実に引き戻されたらしい。
────今のは・・・
女の子に最後に言われた言葉が、頭の中でリフレインしてる。
《未来を決めるのはあなたたちなの。決して私じゃない》
────その言葉を俺に伝える為に?
「じゃ、気を付けて帰って」
「あ、うん」
「心配だから家に着いたら教えてね・・・」
「・・・わかった」
「・・・絶対よ? それまで起きて待ってるから」
俺の唇のラインを人差し指でなぞりながら、潤んだ瞳で言った。
サッと背中を向けて、玄関に向かう美咲。
彼女は蠱惑的な策士。
自尊心高きところもくすぐられる。
甘い声で「お願い、今夜は帰らないで」なんて、決して俺に言わないところがいかにも彼女らしい。
俺は美咲を後ろから抱きしめ、耳に口づけした。
美咲は俺に応える。
こうなることは、俺たちの選択だ。
美咲が図らずも、隣の席の俺に猫語になる呪詛を唱えた中1のあの日────
あの時の幼顔の少年はもうどこにもいない。友人に心のままを素直に晒していた少女も。
俺たちは少年少女から大人の男女に変わった。
彼女にいて欲しい。俺の人生の隣に。猫とともに。
俺たちの長い長い迷走の思春期は、遅ればせながらこの夜に終わり、新たなステージに突入する。
────未来志向。
俺には、未来のビジョンが明確に見えている。
思春期未来志向 《終》 ฅ^•ﻌ•^ฅ にゃ~
後日談があと1話、続いてほんとの終わりです φ(・ω・ )




