執着の元カレ
これって河合が俺をからかってるか酔ってるかの二択しかないだろ?
彼女は結構飲んでたし、これ以上のアルコールを控えるようにやんわりたしなめたら───
『なあに? 河原崎は酔った私に付け込んで不埒な真似をするような男なの?』
『俺がどうこうではなくて、一般的に男がそんな場になれば理性がどうなるかわかんないだろ』
『ふうん? 私は河原崎だったらかまわないけど。ちゃんと責任とってくれるんなら』
俺に今すぐ抱かれても構わないなんてこと、河合の本心だなんて思わないってば。しかも俺とならデキ婚しても構わないってことだ。
俺をからかってリアクションを見たかっただけだろ?
今ここにいるのは中学生の俺じゃない。わかってんの? 本気出せば、ここで河合を押し倒すことだって可能なんだぞ? 腕力は俺の方が上だ。
不貞腐れた口調で俺が河合の軽口を咎めたのが気に障ったと思われるんだけど、俺が悪いの?
それって俺とはそんなこと絶対あり得ないって思ってるから、言えた冗談だよな?
突如帰ると言って座敷から出て行った。
俺は壁掛けのジャケットとバッグをあたふたと掴んで彼女を慌てて追う。
あ、他の部屋から食器運んで片してるあの店員が俺らに気づいた。
『ダセ。あいつフラれてやんの。フッ・・・』って顔した。
(´д`|||) 御名答だ。コクってさえいなかったのにな。
今日は心の奥底で期待してたんだ。俺としては───
俺が会計の順番待ちしてる間に、河合は店を出て行ってしまった。俺を一度も振り返ること無く。
レジの向かい側隅っこの長椅子に座って食事の順番待ちしている人たちの視線が、俺の背中にチクチク刺さってる。
ああ、誰か教えてくれよ。俺の何がいけなかったの? 俺に奢られるのも嫌だってどんだけ? そこまで拒否られる覚えはないんだけど。
ここに心あらずの状態で会計を済ませ、カードとレシートを財布に突っ込んだ。
「ありがとうございました」
パッと振り向くと、長椅子待ち組が一斉にサッと目を逸らした。
(;´д`) この方ら、何を想像してるのやら。まあ、間違ってはいないかもね・・・
店を出て河合の姿を探す。いくらなんでもこの状態のまま別れるのは良くない。
駅の方に歩いて行った? それともタクシー? 遠くには行ってないはず。
店決めの時にお互いの最寄り駅を教え合っているから、彼女が帰りに何線に乗るのかは分かる。
河合が直帰するなら行くであろう方角に小走りで進む。
───見つけた!
彼女は綺麗だし人混みでも目立つから、遠目でも直ぐにわかった。ちょうど今、大きな横断歩道を渡ってる。
「すみません、ごめんなさい! 通りますッ!」
俺は人を肩で避けながら追いかけた。チカチカ始まった高架下の横断歩道を強引に渡り切った。そこはもう駅構内へ続く。
「待って! 河合!!」
俺の声が聞こえてるはずなのにシカトして改札に向かってる。
「待てってば!」
やっと追いついて肩に軽く手をかけると、パシッと振り払われた。
「なんですか? 私、忘れ物をした覚えはありません」
冷たい横顔が発する事務的な言葉と、親しみを無くした口調に俺は傷つく。
彼女のカツカツした歩調は止まることはない。
「まだ俺ら肝心な話が残ってる」
河合がササッとICカードをバッグのポケットから取り出したので、俺もスマホを手に用意。
改札に入る彼女を追って、俺も入る。
構わずどんどん進む河合。
成り行きで俺も電車に乗ってしまった!
流石に電車内では話せるわけもなく無言のまま。河合がドア付近に立ち、窓の外を見つめてるアンニュイな横顔をチラ見してる男が数人。
エロい目で河合を見んなよ。
視界をわざと遮るように河合をカバーするよう立ち位置を変えた。
河合は俺に対し向きの角度を変え、完全背中を向けた。
耳の産毛が見えるほど側に立っているのに、俺らの間に出現した見えないバリア。
悶々と堂々巡りの考え事してるうちに、そのまま彼女の最寄り駅に着いてしまった。
・・・どうしよう ((((;゜Д゜))) このままでは俺は家までついて行ってしまうストーカー男。
引きどころを逸してしまってる。
改札を出て数分歩くと、マンションとアパートが混在するエリアとなった。コンビニの駐車場の前に差し掛かった時、河合がピタッと立ち止まった。きっともうすぐ河合のマンションについてしまうんだ。
こんなとこまでなにげついて来てしまったけど、俺が引くタイミングが出来たと言える。
前方を見つめたまま、黙ってジッと立っている後ろ姿に声を掛けた。
「ごめん。こんなところまでついて来てしまって。俺、戻るから、落ち着いたら連絡して。じゃあな」
くるりと踵を返した時だった。
「どうしてあなたがこんなところにいるの? 今ごろ何しに来たというの?」
河合が強張った冷たい口調で言った。
「えっと、だから俺は帰るって───んっ?」
そう言いながら再び振り向いた俺の背中に、河合が隠れるように回り込んで来た。
一瞬何が起きたのか理解出来なかった。
俺の足元を覆う、誰かの黒い影。
影を辿って目線を上げると、そこには爽やかなビジネマン役の新人タレントみたいなイケメン男性が立っていた。
「思いの外、今日の美咲の帰りが早いから会ってしまっただけだよ? 再会はもう少しだけ先の予定だったのに」
「どういうこと??? 私の帰りの時刻を知っているかのような発言ね。気持ち悪い。それにあなたと再会の予定なんて私には全くありませんけど?」
なんだ? (;・∀・) 突如現れた男性と河合が諍いをはじめた。
「ったく冷たいな美咲は。僕という恋人がいながら誰? このヨレヨレのダサい男?」
河合と俺を見比べ、蔑んだ目で俺の爪先からてっぺんまで目線を這わした。
なんなんだよコイツ? 河合の恋人? 河合はいないって言ってたよな?
見知らぬ俺に常識無き不遜な態度。
「私たちはとっくの昔に別れましたよね? もう恋人関係ではありません。何しにここへ? それにこの方はヨレヨレでもダサくもありません! 私の大切な人に失礼なことを言わないで!」
河合は、元カレらしき高身長オシャレイケメンをスパッと斬り捨てた。
『私の大切な人』って言葉がズキュンって俺の心臓に来たけど、たぶん『命の恩人』って意味だよな??? 変に期待すると後で痛い。
この男、自称河合の恋人ってことだ。ヨリを戻したくて元カノの家の周りうろつくとは、本物ストーカーを見てしまった!
声を荒げること無き彼らの応酬が続く。
内容さえ聞き取れなければ周りから見れば、ばったり会って世間話する人たちだろう。通行人は、全く我関せずで通り過ぎて行く。
実際は、俺を間に挟んで修羅場の二人。俺は河合の盾状態。
「僕たちは終わってないよ。あの猫さえいなければ俺たちはまた元通りだから。美咲は必ず僕に戻って来るってわかってる」
「私は三葉ちゃんがいない世界には戻れません。あなたとは復縁もありえません」
「そうかな? 猫なんて簡単に死んでしまうと思うけど? あの猫が死んでしまったら美咲は寂しくなって僕を必要とする。ベッドで一人寝は寂しいだろ?」
「いいえ不必要です。私はあなたの動物への命の軽視がたまらなく嫌いなの。それに私の三葉ちゃんに縁起でも無いこと言わないでいただけますか? もう二度と私の前に現れないで下さい。今度現れたらあなたの名刺を提出してストーカーとして警察に相談するわよ? 警察から上司に電話が入るかもね? ご自慢のキャリアは大切になさった方が良いのでは?」
「チッ、美咲は不機嫌になると、相も変わらず傲慢で非道い女になるんだな。けど、気が強くて気まぐれは魅力の内。そして顔と体は最高だ。 そこのあんた、深入りする前に美咲と別れた方が身のためだ。どうせあんたみたいな普通の男ではこの女を制御出来ないと思いますよ? お気の毒に、そのうちしょーもない理由ですぐに捨てられるはずだ。クックック・・・」
「篠崎さん、見も知らぬ方にも失礼です。それに私はこの方とそのような関係ではありません」
淡々と言い返す河合。
「フッ・・隠さなくても。これからコイツを部屋に連れ込むんだろう? 美咲は今夜このダサ男とヤるの? クソビッチお姫様だな。美咲が俺に戻って来た時にはその分お仕置きしないとだな? じゃ、それまでサ・ヨ・ナ・ラ」
増悪を浮かばせながらニヤついた端正な男の顔を不気味に思う。言ってることも常軌を逸してる。
「おい! あんた、どういうつも────」
河合は、言い返そうとした俺の腕をグイッと引っ張った。
「・・・さあ、行こう」
俺を促し、男の横を通り越して行く。
俺の腕を掴むその指は震えてる。強がっているけど、怖いのだろう。
元カノの家まで押しかけて暴言吐くなんて。
「河合、大丈夫?」
「・・・ごめんなさい」
涙を溜めた目の焦点は、空に合わせてる。
間を置いてから振り返ると、あの失礼な男は通りに消えていた。
「ヤバい男だな、今の人」
「あんなこと言う人だったなんてびっくりよ。二月前に別れてから、今まで一切接触はなかったのに今ごろになって。不気味だわ・・・」
「もうどこかに行っちゃったみたいだけど、河合が部屋に入ったの確認してから帰る。心配だし」
「・・・河原崎、ありがとう。下らないことに巻き込んで、暴言を受けさせたこと謝罪します。ごめんなさい。急に気分を変えて帰ったことも併せて謝るわ」
河合の部屋に向かうエレベーターの中で、目をそらしたまま彼女は言った。
河合が昔馴染みの俺に会って、楽しげにビール飲んでた理由が、たぶんだけどわかったような気がした。
別れ話も揉めたに違いない。ずっと気持ちが沈んでたんだ。
あの男のせいで・・・
不穏になって来ました・・・( ´ー`)φ




