真夜中に再会
「河原崎先生、このような症状ですがお受けしてよろしいですか? 初診の猫ちゃんです」
受け付けが電話で受けた飼い主からの説明によれば、ぐったりしているわけではないが、眠ったまま目を覚まさないという症状だ。
だが、くすぐると薄目を開け手をバシッと払われるという。飼い主によれば呼吸は普通。体温も平常。
緊急に診察を受けるべきかどうかは分からないが、診てもらえるなら診て欲しいという問い合わせ。
夜中に診察してくれる動物病院はそうそうない。ここの近郊で探せば、この病院が一番にヒットするだろう。
「夜間料金の説明をして了承されるなら構いませんよ。脳に何か起こっている可能性もありますが、緊急かどうかは獣医が診ないと分かりません。知らぬ間に人間の薬を飲み込んでしまったのかも知れないですね・・・」
「了解です。飼い主様は診て貰えるなら1時間以内に来院するそうです」
*
およそ30分後。
俺は診察室のデスクで文献を開き、症状に可能性のある部分を読み返していたら、飼い主が必要事項を記入した後、受け付けが聞き取った症状を記入した問診票が回って来た。
飼い主さん、1時間以内ってことだったけど随分早かったな。
猫の名前は「河合三葉」というオスの、元は保護猫の飼い猫だ。病院では飼い主の苗字を付けて記入することになっている。間違いを防ぐために。
問診票を読みながらマスクを装着。
「河原崎先生。三葉ちゃんと飼い主さん、お通しますね」
「ええ、お願いします」
受け付けに促され、待合室と診察室を隔てるドアが開いた。
この飼い主は飼い猫のために車を飛ばして慌てて来たのだろう。部屋着の様な着のみ着のままに、パーカを羽織った様な無造作な格好だ。院内サンダル履きのすらりとした生脚が、診察室の明るいライトに眩しい。
キャップに髪を無理やり押し込んで目深に被っているし、化粧する間も惜しんで駆けつけたようだ。
飼い主さんってそうなんだよな。ペットは家族同然なんだ。
だから俺はいつだって飼い主だけが知り得る普段のペットの様子と、今回の症状の経過を質問で引き出し、細心の注意を持って診察しなきゃなんない。
「先生。こんな夜分に申し訳ありません。この子のことよろしくお願いします。心配で居ても立ってもいられなくて、夜間診察してくれる病院を探してここを見つけたんです。緊急かどうかも分からなくて行くかどうか迷ったんですけど」
「心配でしたね。えっと、三葉ちゃんと飼い主さんの関係は良好ですか?」
「私、ずっと猫を飼いたかったんですけど、やっとこの子だって子に出会えて、最近飼い始めたばかりだったんです。引き取り手のない保護猫をもらい受けたんです。どの家に行っても懐かなくて返されてたという気難しい子だったそうなんですけど、私にはとてもいい子です。こんな奇病にかかるなんて、もしかして私の飼い方が何かいけなかったのかもしれない・・・この子にもしものことがあったら私・・・」
震える声は真剣だ。
「わかりました。まずは緊急性があるか確認してみましょう。今のうちに体重を測定しておきましょう。ケージをこの体重計の上に置いて下さい」
猫入りのケージのまま重さを測り、その後猫を出してケージの重さを測り、猫の体重を把握する。
眠ったままだと言うし、猫自身から直接症状を聞けないのは厄介だな。俺の密かなる特権が使えない。
診察台に移し、ケージから眠っている猫を引っ張り出し、様子を確認する。
(・_・) ・・・?
ただ寝ているようにしか見えない。お腹を触診しようとしたら、手をバシッと払われた。
この子、なんだか意識があるみたいな? 気のせいか。
よくいる白黒のハチワレだ。男の子。体形も普通。心音も肺音も濁りはなく問題なし。体温も正常。
今すぐどうにかなってしまう状態ではないようだが、隠れた病気を持っている可能性がある。まずは飼い主さんから詳しい話を。この飼い主さんは、テーブルの上に薬などを置きっぱなしにしていて、この子が食べてしまったのかも知れない。
「えっと、特に今のところは、緊急性は感じられませんが、明るい時間にもう一度来院して頂いて詳しい検査を検討された方がいいと思います。病気が隠れている場合もありますので。取り敢えずこの子のお話聞かせて頂きますね。こちらに座って下さい」
俺は小さなデスクでメモを取りながら、向かい合わせで膝を合わせて腰掛けている飼い主に質問し、メモを取る。
あれこれ質問し、たくさん喋って、喉が渇いて声が掠れる。ここんとこ10日出勤続きで疲れがたまってる。この夜勤が開けたらやっと2連半休だ。
「う、ううん・・・すみません、喉がちょっと、失礼します」
マスクを外し、ペットボトルの水を飲む。
ん? 飼い主の女性が俺が飲む様を凝視してる。これくらいは許してくれよ。
けど、世の中こんなことにもクレームつける人もいるんだよな・・・
「・・・あの、先生。ちょっとよろしいですか?」
「はい・・・?」
(ー_ー;) 来たか?
「あの、すみません。人違いだったら申し訳ないのですが、私が入る時、確か河原崎先生って呼ばれてましたよね? もしかして、河原崎沙衣先生ですか?」
「ええ、そうですが。私、前にもどこかで診察しました? 他の病院に呼ばれて応援に行くこともあるので」
思ってたのと違ったようだ。けどこの人、なんか俺に怒ってるよな? 何で? 怖いんだけど。
「・・・河原崎、久しぶり。私、河合美咲よ。やあね、その問診票にも飼い主の欄に私の名前は書いてあるでしょう? なんで気がついてくれなかったのよ!」
「・・・エッ! 河合ってあの河合・・・?」
「・・・なんだか嘘みたい。今は真夜中12時過ぎてるし、今日は奇遇にもみけかわ記念日だよ」
椅子からずり落ちそうになった。
飼い主の住所名前は重要事項じゃないからつい見逃していた。いつものことだけど。
「へッッッ?! マジ!? これホントに河合?」
「これって何よ。失礼ねッ!」
目深に被ったキャップをサッと取ると、長い髪がバサッと肩に下りた。
目の前にあったのは、俺の知ってる昔の面影を残しつつ美しい女性となった紛れもない河合美咲だった!
「私たち、年1のDMだけで、あれ以来会ってなかったもんね。18の時の中学の同窓会以来だよね・・・」
「・・・そうだな。懐かしい」
「河原崎、ひどいよ・・・」
「えっ?」
河合が怒りのオーラを発しながら涙ぐんでるッ?! なんで俺がひどいの?
「私たち指切りしたよね? 一緒に虹を見たよね? あの日のこと忘れたとは言わせないわよ!」
「俺、忘れてなんかいないって・・・」
「私、河原崎が夢を叶えて私と会ってもいいって言ってくれるのを今年こそ、今年こそってずっと待っていたのに、みけかわ記念日にDM送っても毎年素っ気ないリプばかりだった。河原崎はとっくに夢は叶えているじゃない! 私はいつまで待てば良かったの? 中1の12歳から河原崎のこと待ち続けて私はもう27歳なのよ? 今年で28だよッ?! 私が余計に待ちに待った時間を返してよッ!」
わわ! ((((;゜Д゜))) 河合、めちゃ怒ってるじゃん! ど、どうしよう・・・
「エッ、まあ・・えっと・・・その・・・俺はまだ未熟者で一人前ってわけではなかったから・・・」
「私はあの時の指切りの約束を守ってた。覚えてるんだよね? 河原崎が夢を叶える日が来るまで、私からはキミの秘密を詮索しないっていう約束よ! それをいいことに河原崎ったらヒドイ!」
「ゴ、ゴメンて・・・」
「ごめんでは済ませられないわ! 思うに、こんな奇妙な再会は、みけかわのおぼし召しじゃないの?」
「お、落ち着け、河合! 今は三葉ちゃんが先だし」
受け付け兼、共有の助手シフトの女性スタッフの西田さんが、河合の興奮した声を聞いて診察室を覗きに来た。
「河原崎先生・・・お手伝い要りますか?」
「あ、いや。何でもないから1人で大丈夫です」
「でも・・・」
心配げに俺に視線を送ってる。
ヤバい飼い主に絡まれたと思ってる。稀にいるんだよな。診察に因縁つけてくる飼い主。
「西田さん、この方は私のただの昔の知り合いなので、大丈夫です」
「ちょーっと待った! ただの昔の知り合いってナニッ!? 私たちそういう簡単な仲じゃないでしょ?」
河合の気の強さは健在のようだ。
「・・・!」
西田さんが息を飲んだのがわかった。
あああ・・・やめて、河合ったら。 (´Д`|||) そんな誤解されそうな言い回し・・・
『簡単な仲じゃないって』俺たち確かにそうなんだけど、西田さんが想像したのって、たぶん実際とは全然違う。
それまで心配げに西田さんが俺に送っていた視線は、ドン引きと軽蔑のまなざしに変わり、パタンとドアは閉められ、彼女は静かに消えた。
院内スタッフの間に、俺の妙な噂があっという間に広がって行くのだろう・・・




