事件後
※河原崎沙衣は父子家庭です。
俺はいつの間にか人間の言葉を取り戻していた。ほんと、無意識の内に。
あの事件から5日過ぎた。
フラッシュバックする。切れ切れの場面。
*
ミツハシさんと俺が脅されてる河合を目視してから事故に至るまで、1分もかかってないと思う。
俺の目に焼き付いている。
犯人の狂気の目の色も、フロントガラスから宙に飛ばされたミツハシさんの姿も、河合の鬼の形相も。
俺をボンネットに乗せた車は、生け垣に突っ込んだ。
それが良かったらしい。生け垣がクッションとなったことで、俺はだいぶ助かったっぽい。頭へのダメージがほとんど無くて幸いだったと言われた。
車のバンパーと生け垣に挟まれ右足のスネを骨折。握りしめてたワイパーで、右手に深い切り傷を負ったくらいで済んだ。手の傷は、ほぼ自分で作ったものだ。夢中でフロントガラスを叩いた時に。
さすが子どもは回復力が違うらしい。あちこち痛むけど、日に日に回復に向かってる。ちゃんと松葉杖も使えてる。
*
今日は河合の両親が俺の見舞いに来るという。別に来てもらわなくてもいいんだけど、断るのもそれはそれで意思表示になってしまうから受けることにした。
「父さん、俺はあの日は本当にあそこで河合さんとばったり会ったんだ。俺がこうなったのは河合さんのせいじゃないよ」
「そんなことはわかっている」
事前に親にはそう言っておいたけど、割り切れてはいない感じ。俺の怪我は、河合の巻き込まれだと思ってるから。
俺の病室に見舞いに来た河合の両親は随分と恐縮し、顔色も消沈していた。
河合の両親は平謝りでお気の毒。河合は全く悪くないし、単なる犯罪被害者なのに、謝りに来なきゃなんないなんて、世の中理不尽だよな。
俺の家族は複雑な気持ちのようだ。頭では100%犯人のせいだって分かってるのに、心はそうもいかないらしい。
「河原崎さん・・・この度はご子息が美咲を助けるためにこの様なことになってしまい、重ねてお詫びを申し上げます」
揃って頭を下げる河合の両親。
「いえ、悪いのは犯罪者だ。美咲さんがご無事なことが幸いです。ただ、うちの息子の意外な勇気には驚きましたけどね・・・」
俺の父さんの胸中は複雑なのは明らか。口調に現れてる。俺の無謀にも呆れている。
河合の両親は、俺の父さんと少し捜査状況や娘の近況を話してから話して帰って行った。
俺の心はだいぶ落ち着いて来たけれど、聞けば河合はそうでもないらしい。
検査入院だけで済んだ河合は今は家で療養中。軽いむち打ちと打撲で済んだという。警察の事情聴取が一通り済んで、今は部屋に籠もって誰とも口を聞かないらしい。
父さんは河合の両親が帰った後、持ち帰る俺の洗濯物をビニールバッグに詰め込みながら言った。
「おまえも明日には退院だぞ。登校は困ったな。当分車椅子と松葉杖だし。荷物もあるし。お父さんも送り迎えの余裕は無いし。タクシーか?」
「それは大丈夫。持田が迎えに来てくれる。車椅子押してくれるって。松葉杖だったら荷物持ってくれるって。雨だったら持田とタクシーで行く」
「おまえの友だちが? 申し訳ないけど助かる。なにかお礼をしないとね」
「なら、俺に1万円くれよ。俺が直接お礼しとくから。他にも数人が交代で来てもいいって言ってくれてるし」
「1万だと? ったく、抜け目がないやつだ。手伝って下さったおうちには、父さんが後ほどカタログギフトを贈るから大丈夫だ」
「はぁ〜? そんなの中学生喜ばないし。そんなんで喜ぶの親の方じゃん!」
「退院は明日10時だぞー。無謀なお前のせいで、あー忙しい忙しい。じゃあなっ」
扉はぴしゃっと閉じられた。
その瞬間、相部屋の複雑骨折のお兄さんは呟いた。
「親って勝手だよな〜」
───同意。
*
今振り返ると、よくもあんな無謀なこと出来たよなって自分でびっくりする。
勇敢なミツハシさんに感化されて無我夢中だった。
ミツハシさん、河合のことが大好きだったんだろうな・・・
だからって死んじゃだめだった。
俺、もっともっとミツハシさんと仲良くなりたかった。
ミツハシさんのこと1日に何回も思い出して、その度に犯罪者のしたことに腸が煮えくりかえってる。
当分、いいや、一生この怒りは収まることがないと思う。
俺は事故の直後、束の間だけど気を失っていたようだ。
気づけば人が集まって来ていて、俺は誰かの上着を敷いた道路に横たえられていた。すぐ横では、動かないミツハシさんを膝に抱いた河合が座り込んでいるのに気がついた。
ミツハシさんが死んでしまったのは明らかなようだった。信じられなかった。さっきまで普通に俺と喋っていんだから、なおさら。
一方で河合が無事にここにいる事実に、ホッとしていた。
────遠くに聞こえ始めた重なるサイレンの音。
痛みで動けないまま、ミツハシさんと河合を求めて手をずらした。
気がついた河合が俺の手を握った。
「・・・か、河原崎まで・・・死んじゃだめ・・・やだよ・・ヤダ・・・ギャァァァーーー!!!!」
いきなり河合は悲鳴の様な叫び声を上げ続けた。こらえていた糸が切れてしまったんだ。
俺が救急車に乗せられるまで、悲痛な叫び声は止まることなく響いてた。
*
あれから河合とは会ってはいない。
お見舞いのメッセージの誰にもリプしてないみたい。二日前にDM送った俺にさえ。
あいつ、大丈夫かな? 心の傷が深いんだろう。あんな恐ろしい目にあったんだから。
ほんとに拉致されていたら、命だってどうなってたことかわんないわけで・・・
けどその夜、河合から返事が来てることに気づいた。俺に話したいことがあるらしい。
俺だってミツハシさんに頼まれた河合への最後の言葉を伝えなきゃなんない。
話せそうな雰囲気だったら、そん時言えるかも。いや、まだ無理か。
俺たちは明後日の土曜日に、あの場所で会うことになった。河合はあのトラウマの場所に耐えられんのか?
河合とミツハシさんと俺が並んで座った緑道のベンチ。
けれど、それは河合の指定なんだ。
*
時間は土曜日午前6時。
父親には、人が少ない時間帯に学校までの道のりを松葉杖で試してみると言って出て来た。
なんとなく言いづらくて。
約束の時間より5分早目に行ったら、遠目にベンチには誰かが座っているのが見えた。近づくにつれ小さな花束を持っているのがわかった。
河合?
フードを目深に被っていてよくわからない。
俺の気配を感じて、その人はこっちを見た。
「・・・河原崎。来てくれたね。ありがとう」
河合の声。
立ち上がってフードを下げた河合の髪は、思い切りのショートヘアになっていた!
雰囲気だいぶ変わってる。ピリッとしてるというか。
びっくりしたけど、女の子にこういうの、あんま言及しない方がいい?
「・・・久しぶり。おはよ、河合」
間近で顔見たら、目の下に黄色みを帯びたアオタンが残ってる。
またもや犯人に対する怒りがムラムラ込み上げて来た。
「おはよう。呼び出してごめんね。河原崎、痛々しいカッコだね。私のせいで」
「もうそんなに痛くないよ。ギプスって大げさに見えるだけ。どっちかっていうと痒いw」
河合が暗い顔してるから、笑かそうとしたけど完全スベった。
「・・・なんて謝っていいのかわかんないよ。こんなことになるなんて」
「河合のせいじゃない。そんなこと俺が一番よく知ってんじゃん。気にすんな!」
無言で小さく頷いて泣きそうになってる河合。
「・・・今日は、助けてくれてありがとうって河原崎に直接言いたかったんだ」
「どういたしまして。河合が無事で良かった」
ミツハシさんも無事でいてくれたらどんなにか。
「ねぇ、一緒にみけかわのためにお祈りしてくれない? 私、お花持って来たの」
もしかして、河合はまだ俺んちの猫だと誤解してる?
「・・・あの子ね、本当は『ミケ太郎』って名前なんだって」
してなかった!
「エッ?! マジ! ミツハシさんって三橋ミケ太郎?」
「ねえ・・・どうして『三橋』? みけかわの飼い主は佐藤さんだよ。警察の人に教えて貰ったの」
「佐藤さん・・・?」
「あの時も河原崎は『ミツハシさん』って叫んでたよね? だから私、実はあの時、犯人がミツハシって名前で、河原崎の知ってる人かとほんの一瞬勘違いしてあらぬ疑念が浮かんで混乱したけど、河原崎はみけかわをミツハシさんって呼んでたんだよね? 聞いたところによると『ミケ太郎』は人には懐かない子だったって。けど河原崎と私にはすごく懐いていてかわいかったよね・・・。今日はそのことも河原崎と話したくて」
そんなこと言われても。
本猫が、自分は『ミツハシ』だって名乗ってたんだぞ。
しかも河合の頭の中で一瞬でも、犯人と俺が仲間でグルだと過っていたとはな・・・。確かに猫語しか話せず不審な態度をとっていたし、河合が刹那疑ったのもわかるような気もしないでもないけど。
ちょっとショック。




