⒊ 邂逅
ログイン直後、視界が鮮やかに切り替わった。
目の前には広大な草原。空はどこまでも澄んでいて、風が髪を揺らす感覚すらリアルすぎる。
「わぁ……ほんとに、入ったんだ」
アバターの姿はまさに“理想の私”。
長身、赤髪、引き締まった脚に鋭い視線。そして背中には銀色に光る双剣。
「うん、最っ高にカッコイイ!」
しばらく草原を走り回ったり、装備をいじったり、市場で買い物をしたりして楽しんでいたが、やがて……
「──あ、いた〜!!」
広場で掲示板を見ていると、後ろから声がした。
振り返ると、ゴテゴテとした鎧の中身までうるさそうな男性アバターが立っていた。
名前欄を見ると、やたら長くてキラキラしたギルド名が付いている。
「……え?」
「やっぱりそうだ。絶対そうだって!びぃたむちゃんでしょ!?配信見てるよ~!今から俺とデュオ組もうよ!」
「……い、いや私、じゃなくてアンタ、人違いで──」
「ううん、絶対そう。声もアバターも一致してるしさあ?ってか、まじで俺、びちゃみん筆頭名乗っていい?」
「えっ、アバター…?」
「配信の切・り・忘・れ♡」
「一番最初にびぃたむを見つけたの俺だし、ゲーム内でデートくらいしてくれてもよくね?」
「なっ…!?」
ステータス画面を開くと鬼のような通知。
同業者からの配信切り忘れの連絡…
設定から慌てて配信を切る。この機能神すぎか…!
って、そんな場合じゃない。
ヤバい。めちゃくちゃやばい。
このままだとログインのたびに追い回される可能性がある。 配信外のプレイなんだから、こっちの自由にさせてほしい。
あとVR空間とはいえファンと接触するのは結構キツい…!
「……すまない、ちょっと用事を思い出したから──」
「えー!?なになに、オレなんか悪いこと言った?てか逃げるとかひどくない?」
逃げても逃げても、追いかけてくる。
私の管理不足が原因だけど、ログイン初日に、まさかのストーカー……!
そのとき──
白い煙が急に視界を覆う。
「っ、なにこれ——!?」
逃げようとしても人が多くて動けなかった私の周りに、ふわりと煙が広がる。
視界が真っ白になったその時__
「こっち」
低く、抑えた声がした。
「えっ?」
驚く間もなく、手首を掴まれる。
力強いけど、痛くはない。混雑した広場から、煙の中を抜けるようにして引っ張られた。
振り返ると、後ろにはもう誰もいない。視界の隅にいた厄介オタクの姿も、すっかり消えていた。
「……逃げ切れた」
そう呟いた彼は、金髪の魔法使いアバター。
鋭い目元、ぶっきらぼうな雰囲気。
でも__
(……この人が、助けてくれたの?)
「ああいうの多いからな、初ログインの女アバターには」
まあ、私の場合はそれ以外の理由もあるんだけど…
「君、初心者だろ。クエストがあるからうちのパーティーに入ってくれないか」
「え? クエスト……?」
「“初心者を連れてダンジョン攻略”って条件。今やってる。……嫌だったら断ってくれてもいい」
説明はそっけないけど、たぶん——いや、絶対、助けるための建前だ。
声のトーンは淡々としているのに、不思議と怖くない。
「……いや、行きます。行かせて下さい」
「なら、これ」
手渡されたのは、淡い霧のようなケープ。
装備欄に表示された名前はレアアイテム〈雲隠れのケープ〉。
「つけて。しばらく追われにくくなる」
言われるままに装備すると、身体がほんのり霞がかる。
「すご……」
「……行くぞ」
ぶっきらぼうなその声に、私は素直に頷いた。
まだ名前も知らないけど、この人が、私を救ってくれた。
・
・
(うわ俺結構カッコつけちゃったけど大丈夫かな…キモがられてないかな……)