⒈20代無職男性の場合
初投稿です
やっぱりゲームは最高だ。
ダメ人間である俺「阿野ケント」の存在を忘れさせ、VRMMO(仮想現実大規模多人数同時参加型オンラインゲーム)の『ヴァルモ』界最強プレイヤー「エイト」にしてくれる。
ゲーム内では、みんなが俺に話しかけて、ちやほやしてくれる。
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『ヴァルモ』をプレイする前、俺は現実で誰からも相手にされなかった。
引きこもりのゲームオタク。不養生でまともに運動していない身体。両親は株で稼いだ金さえ送っとけば無干渉。
お手本のように孤独で、怠惰な生活だった。
そんなある日、数少ないゲーム仲間から『ヴァルモ』のことを聞いた。
五感全てを使うゲーム。
興味が湧いた。
空気清浄機はあれど、外の空気はもう何年も吸っていない。日の光もほとんど浴びていない。
日光に当たらないのは人間の精神衛生上良くないとも言うし、その意味ではこのゲームは俺にとって最適だろう。
現実世界で外に出るのは億劫だ。早速ネットで注文してみる。
数日後、大きな段ボール箱が届いた。
中にはかなり大きく近未来的なヘルメットのようなものが入っていた。
他にはケーブルたくさん、説明書。
「組み立てめんどくさいなぁ」
ケーブルを繋ぐのにかかること15分。重いヘルメットをゲーム部屋まで運ぶこと5分。この時点で疲れた。
「これでクソゲーだったら掲示板にボロクソ書いてやる…」
制作会社の設計を恨みつつ、水を一口。
「楽しみだな」
VRゲームはやったことあるが、VRMMOは初めてだ。
どれほど現実を忘れさせてくれるのか、見ものだな。
俺はパソコンのソフトを起動し、ヘルメットを被った。
音声案内と映像が流れる。
「おお、すげえ」
〈この度は、VRMMO『ヴァルモ』をお買い上げいただき、誠にありがとうございます。ヴァルモは、五感全てをゲーム内に没入させるシステム上、利用規約への同意が必須です。よくお読みの上同意される際は「同意します」と発声してください〉
利用規約なんてあんな長々とした当たり前のことばかり書いた文、誰が読むんだろう。
俺はもちろん読まない派だ。
「同意します」
〈ありがとうございます。アバターはこちらでよろしかったでしょうか?〉
ゲームの醍醐味のひとつ、アバター。
現実でどんなに不細工でも、アバターはかっこよくできる。天才的な発明だと思う。
別端末であらかじめ設定しておいた金髪緑目のイケメン魔法使い。
他のゲームでは剣士を使うが、これはVRMMO。
現実のステータスが影響を及ぼすとは思い難いが、万が一に備えての魔法職だ。
「はい」
〈ありがとうございます。本ゲームには痛覚設定がございます。プレイに支障を起こさない程度ですが、オフにしますか?〉
なるほど痛覚設定か。オンオフができるのはありがたい。
うーん痛いのは嫌だけど…
「いいえ」
やっぱりゲーマーとしては完全な状態で攻略したいからな。
〈ありがとうございます。設定は以上です。ゲームからの緊急離脱はステータスからできます。
それでは、『ヴァルモ』の世界をお楽しみください〉
その音声を最後の目の前は真っ暗になり、頭に微量の電気が走った気がした。
次に目を覚ましたのは、大草原の中の道の上だった。
身体が軽い。
草の香り。足裏の硬い道の感触。見覚えのないロープと杖。
…どうやらここはゲームの中のようだ。周りに他のプレイヤーはいない。
徐々に興奮が込み上げてくる。
「うおおおおお!!!」
すごい!これはすごい!
本当にゲームの中にいるように、頬に風があたる。
第一印象は最高だ。次にステータスの確認をしよう。
「ステータス」
よく漫画で見たみたいに、目の前にウィンドウが現れる。
名前はエイト。これは全部のゲームで使い回してる。
レベルは1。当然。HPもMPもよくみる値。
使える魔法は身体強化、ファイア…あーやっぱり俊敏さに欠けるな。
使えば使うほどレベルアップするようだ。
ステータス内容はよくある感じだな。
手始めにそこのスライムを倒してみよう。
ぷよぷよしてかわいいから少し罪悪感が湧くけども。
杖を向けて、「ファイア」と言う。杖の先から火の玉がでて、スライムに当たった。
〈hit!〉と文字が出て、スライムが消滅する。
「かなり弱いな」
これなら痛覚設定の実験もできそうだ。もう一体のスライムに近づく。
スライムが俺に体当たりをしてきた。
「いてっ」
100中10のHPが削られた。あまりダメージがなくてよかったけど…
「意外と痛いな…」
一度だけ経験があるからわかるが、大型犬に体当たりされたくらいの衝撃だった。
痛覚設定やっぱりオフにすればよかったな…
この調子で大丈夫なのだろうか。先が心配になってきた。
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__などと杞憂していた時期もあったな。
このゲームで俺がトップに立てたのには、『ヴァルモ』のある仕様にある。
それは、魔法の組み合わせ。
レベルが低い魔法でも組み合わせることで相乗効果を起こし絶大な力になる。
俺の初期魔法だと、身体強化にファイアをかけて燃える拳。
最近だと、ブラックホールに風魔法を合わせて移動させたり吸い込みを強くしたり。
魔法の組み合わせを最初に見つけたのが俺だった。
そこから俺は、未発見の魔法を使う魔法使いとして有名になった。
チートを疑われそうになったから、仕方なく種明かしをしたわけだが。一人旅だったので、これしか疑いを晴らす方法がなかった。
この組み合わせを見つけるのが得意だった俺は次々に魔物や違法プレイヤーを倒し、『ヴァルモ』内で最強に上り詰めた_というわけだ。
「ヴァルモ最高〜…」
1年経つ頃には、現実にいるよりも『ヴァルモ』にログインしている時間が圧倒的に多くなっていた。
食事も睡眠もゲームの中でできる。
最初はゲームしながらでも外に出て体を動かした気分になりたいだけだったのに。
もう現実に戻りたくない。
このままずっとゲームの中で生きたい。
このゲームがサ終した日には、俺の生きがいがなくなってしまう。
ステータスの最近追加された設定(この機能が実装されたことで不要なログアウトが減った)でパソコンの通知を見ると、親からの連絡が大量にあった。
…なんだよ。仕送りしてやってるのに今更心配か?
預金の残高はまだある。金が尽きたわけでもないだろうに。
「…『ケント』を思い出させないでくれよ」
俺は現実から目を逸らすように、ステータスを閉じた。
刎麵娘月ですよろしくおねがいします
かしこ