4話:熊狩
「おはようございます、ミリーさん」
「おはようございます、ミモザ。昨晩は良く眠れたでしょうか」
賞金稼ぎギルド『ヒーローショップ』に所属しての二日目の朝。まだ朝の早い時間帯ではあるが、私はギルドに来ていた。この時間だと、ギルド内も人は疎らなようだ。
「はい、良く眠れました。初任務ではしゃいじゃって、ちょっと疲れていたみたいです」
「そう、それは良かった。私達の仕事は身体が資本です。今後も睡眠時間は確保するようにしてくださいね」
ミリーさんは右目の眼帯をクイッと直した。ミリーさんの過去の経歴はわからないが、何故眼帯をするようになったのか、少しばかり気になった。気になっただけで、それ以上のアクションは取らなかったが。
「今日も、ミリーさんの方から何か任務を言い渡される感じでしょうか?」
ギルドに所属したての初心者の賞金稼ぎは、しばらくはギルドからの指示で動くことになっている。自由に仕事を選べるのは、もっと経験を積んでからとのことだ。
「ええ、その通りです。今回は討伐任務を頼もうと考えています」
「討伐、ですか。チェルシーが喜びそうですね」
昨日の帰り道、チェルシーと少しばかり会話していた。会話と言っても、ほぼ一方的にチェルシーが喋っていた感じだが。
チェルシーは、戦いで名声を得たいとのことだ。そのためにも、雑務よりは戦闘系の任務をやりたい、とまくしたてるように喋っていた。
「チェルですか。彼女も実戦経験はほぼないので、できれば初めのうちは大人しくしててほしいのですが」
ミリーさんはため息をつきつつ、一枚の紙を差し出してきた。
「リンカとチェルが来たら改めて話しますが、今回の任務についてです。あなた達には、熊の討伐をお願いします」
「熊ですか?急に難易度が上がりましたね…」
害獣の討伐も、賞金稼ぎの大事な仕事の一つだ。だが、昨日の書状配達に比べたら、熊の退治は任務のランクとしては高めである。
「確かに、ミモザとチェルにとっては難しいでしょう。ただ、リンカがある程度なら対処できそうなのと、別のベテランが援軍に来てくれるとのことなので、あなた達でも問題ないという判断です」
「ベテラン、ですか?」
「ええ。ミラルという戦士なのですが、現在別の任務に従事しています。合流は現地になりますが、サポートをしてくれるとのことです」
ミラル。その名前の人物は知っている。同じくヒーローショップ所属の賞金稼ぎで、『バケモノ女』という物騒な二つ名で呼ばれている有名人だ。ただ、知っている情報はそれくらいで、容姿や実際の強さまでは知らない。
「そうすると、そのミラルさんと合流後に討伐開始、となる形ですね」
「はい、それで問題ありません。ただし…」
ミリーさんが眼帯をクイッと直す。そして、キッと左目で睨んできた。
「チェルの先走りには厳重な注意を。彼女一人で突っ込まれると、いくらベテランのミラルとはいえサポートが困難になります」
「あぁ…はい、引き止めておきますね…」
確かに、熊に一人で突撃されるとたまったものではない。羽交い締めしてでも引き止めよう、心の中でそう誓った。
「とりあえず、事前に話しておくことはこの辺りです。後ほどリンカとチェルが来てからも同じ話をしますが、質問はその時にでもお願いします」
「はい、ありがとうございます。では、二人が来るまで待っていますね」
ミリーさんへ一礼した後、近場にあった椅子へと向かう。
「バケモノ女、かぁ。どんな人なんだろう」
後ほど出会うベテラン戦士への思いもはせつつ、近場にあった手配書に手を伸ばすのであった。
※※※
「いたいた、あいつだね」
ギルドを出発して約一時間ほど、熊の目撃情報のあった目的地へとたどり着いていた。
「うわぁ、大っきい…あんなの、本当に私達で倒せるのかな…」
熊から離れた位置で様子を見ているのだが、ここからでもわかるくらいに大きな個体だ。
「ふっふーん、あれくらいが私にとってちょうどいいのよね」
チェルシーが胸を張っている。その自信はどこから来ているのか。
「チェルシー、熊と戦ったことあるの?」
「ないわよ!本物の生きてる熊自体初遭遇だわ!」
本当にその自信はどこから来ているのか。
「あたしだって、熊狩りは初めてなんだけどねぇ…さて、目標は見つけたし、後はその、ミラルさんだっけ?そのベテランさんの到着を待つばかりだねぇ」
「そうだね。目印に狼煙を炊いてるし、すぐ見つけられるかなとは思うけど」
狼煙は炊いた、討伐対象も発見できている。あと問題があるとすれば。
「ねえ、私達だけで倒しに行かない?私達なら楽勝よ!」
チェルシーの制止だ。
「だめだよチェルシー。ミリーさんから、絶対に先走らないよう口酸っぱく言われていたじゃない」
「そうだそうだ。いくら三対一だとしても、獣の運動能力を舐めちゃいけないよ」
私に続いて、リンカも制止に参加してくれている。この調子で、ミラルさんが来るまで引き伸ばさねばならない。
「でも、そのベテランの人が来ちゃったら、その人頼りになっちゃうでしょ?いつかは私達だけで任務をこなさなきゃいけなくなるんだし、その時が今に早まっただけってことにならないかしら?」
「ならねぇよ」
リンカの雑なツッコミが入る。言わんとしていることはわからないでもないが、指揮命令が最優先事項だ。
「もう、二人とも意気地なしなんだから!上司が怖いからって戦いを放棄するの!?」
「いや、放棄しているわけではなくて…」
「…待って二人とも。あの熊、こっちに来ていないか?」
「え?」
慌ててチェルシーから、熊がいた方へ目を向ける。確かに、先程見たときよりも影が大きくなっている。
そしてその影は、急にさらに大きくなりだした。
「ヤバい!来るよ!」
巨大な黒い塊が、こちらを目掛けて突っ込んできた。
「危ない!」
間一髪、熊の突撃を躱すことができた。
慌てて体勢を立て直し、通り過ぎた熊の方へと体を向ける。
「グルルルル…」
眼の前に、巨大な獣が立っている。その鋭い目つきで、こちらを睨みつけている。
ちらりと、熊の前足に目を向けた。鋭く黒光りした巨大な爪が生えている。こんなもので引っ掻かれたら、たまったものではない。
「ちっ、あの距離なら大丈夫と思ったけど、見通しが甘かったか」
リンカが槍を構え、熊と対峙している。その姿を見て、自分も杖を構えた。
「ふっふーん、そうこなくっちゃ!」
チェルシーも剣を構えているが、やけに楽しそうだ。
「行くわよ!チェルシー・スラーッシュ!」
「バカ!突っ込むな!」
チェルシーは叫びつつ、熊へと斬り掛かった。だが熊は、その斬撃を腕でガードした。
「効いて…ない!?」
厚い毛皮に防がれたのか、熊は無傷のようだ。熊の鋭い瞳が、チェルシーの方へと向けられる。
「一撃でなんともないなら、何度でも!チェルシー・ラッシュ!」
チェルシーが、今度は素早い連続斬りを披露した。だが、やはり熊には効いていないようで、全て腕でガードされている。
「くそっ、こうなったら仕方ない!」
しばし様子見していたリンカも、チェルシーの連撃に合わせて槍での攻撃を開始した。熊がガードしている腕の隙間を目掛け、素早く突きを繰り出している。
しかし、熊は動じない。チェルシーの斬撃も、リンカの刺突も、全くと言っていいほど効果がないようだ。
「わ、私も!」
二人の連撃につい見惚れてしまったが、私も攻撃に参加しなくては。頭の中で大気が冷えるイメージを練り上げ、杖へと伝播させる。そして、その冷気で空気中の水分を凍らせる。
「アイスニードル!二人とも避けてぇ!」
私の掛け声に合わせ、二人は熊から距離を置く。それにタイミングを合わせて、魔力で練り上げた氷塊を熊目掛けて発射した。
「これで少しでも…え…?」
氷塊は熊に着弾した。したのだが、弾かれた。少しでもダメージを与えたかったのだが、私のアイスニードルでは、熊の毛皮を貫くことなど叶わなかったようだ。
「グルルルル…」
熊は両腕のガードを解くと、改めてこちらを睨みつけてきた。
「グオォォォォ!」
凄まじい咆哮が響き渡る。耳に、身体にその巨大な振動が伝わってくる。
「あ…あ…」
私の脚が震えている。逃げなければ、そう頭が判断しているのに、恐怖で動くことができない。
「こうも攻撃が効かないとは…」
「ふ、ふーん!中々やるじゃないの!」
リンカとチェルシーがなにやら喋っているが、理解ができない。眼の前の恐怖に五感が全て持っていかれている気がする。
「…ミモザ?おい、ミモザ!」
リンカが叫んでいるのが、聞こえたような聞こえなかったような。熊がその太い腕を、こちらを睨みつつ振り上げた。
(私、死ぬのかな?)
それだけ、冷静に考えがついた。
「ゥオリャァ!」
熊の腕が私へ目掛けて振り下ろされた、と同時に、何やら影が、私の背後から突っ込んできた。
「グオ!?」
突っ込んできた影は、そのまま熊の懐へと潜り込む。そして、熊の顎目掛けて掌底を叩き込んだ。
人間だ。人間が熊に、素手で勝負を挑んでいる。
掌底を入れられたクマは、その巨体のバランスを崩した。
「これで…くたばりな!」
熊に潜り込んだ人間は、背負っている物体に手を伸ばした。見慣れない形状の武器、と言っていいのか。
そして、その物体を思い切り振り、熊の胸へと一撃を叩き込んだ。
「グオォォォォ!」
断末魔だろうか、熊は大きな雄叫びをあげると、その場に崩れ落ちた。
「ふう…この害獣が、面倒かけさせるんじゃないわよ」
「そ…即死…」
「ミモザ!大丈夫か!?」
駆け寄るリンカの声で、やっと意識が戻ってきた。熊は心臓を貫かれたのか、ピクリとも動かない。
「う、うん、大丈夫、なんともないよ」
「全く、多分ミリーさんからは先走るなと言われてるはずだったんだけどねぇ」
「す、すみません。助けていただきありが…」
屠った熊をゲシゲシと蹴っている人物に、お礼を言おうと向き直る。綺麗な金色の長い髪を携えており、すごく整った顔立ちをしている。先程認識できなかった武器だが、これは武器ではない。つるはしだ。
この容姿と得物には、見覚えがある。六年前のあの日、確かに見た人物だ。
私が、いつかその横に並びたいと願った人物。
「…あのもしかしてあなた…」
「うん?知り合いだったかな?」
六年前、私の故郷を襲った盗賊の集団を、たった一人で壊滅させた賞金稼ぎ、その人だった。




