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1話:最初の任務

 英雄に、憧れた。

 強く、優しく、たくましいその姿に、大きな憧れを抱いた。

 だから私は、目指したのだ。

 私の思い描く、英雄の姿へと。


 これは、英雄を目指して日々、もがき続けた私達の物語。


※※※


「では、左から自己紹介をお願いします」

「は、はいっ!」


 木造の広いロビー。そこに私達三人は立っている。周りには、武装した人たちが十数人程、私達三人を囲むように並んでいる。

 ここはアポロニア王国の王都アポロンにある、賞金稼ぎギルド『ヒーローショップ』の拠点。国内で最も有名なギルドだ。

 右目に黒い眼帯をつけたギルドのスタッフの人、ミリーさんに促され、私は一歩前に出る。そして、大きく息を吸った。


「み、ミモザ・ウィンドミルと申します。レガリア魔術学院を卒業し、こちらの所属となりました。得意な魔法は氷結魔法です。至らない点は何かとあると思いますが、どうかよろしくお願いいたします」


 言い終えながら、ペコリと頭を下げる。

 言えた。多少早口で、とても緊張したが、ちゃんと言えた。

 ひとまずのミッションを終え、身体から力が抜ける。周りから、少しばかりの拍手が聞こえた。


「ミモザは学院卒ではあるものの、実戦経験は無いと聞いています。今後戦闘経験を積み、いち早く戦力になることを期待しています」


 ミリーさんの言葉を聞きながら、自分の番は終わりましたよと伝えるように、一歩後退した。それに続くように、隣の人が一歩前に踏み出した。

 隣の人は赤と紺の見慣れない服装に身を包み、赤い胴当てを着けている。手には、穂先が十字になっている槍を担いでいる。その髪は美しく黒く、頭の後ろでひとまとめに結っている。


「あたしはリンカ・クロサワっていうよ。見ての通り槍使いさ。はるか東の国、ニパングで10年ばかし傭兵をやってたんだ。腕に自信はあるから、荒事は任せてくれよな。よろしく」


 まるで緊張なんかこれっぽっちもしていないよと誇示するかのごとく、リンカと名乗った女性はスラスラと自己紹介を終えた。私の時と同様に、周りから小さな拍手が上がる。


「彼女自身が言った通り、リンカは他二人よりも実戦経験が豊富です。二人の支えになるようお願いします」


 ミリーさんの言葉が終わると、リンカさんも一歩後退した。そして最後の一人が、二歩ほど前進した。

 三人目は、派手な真っ赤なドレスのような服を着ており、腰にはこれまた派手な色合いの一本のショートソードを携えている。桃色のその髪は、左右の高いところで結ばれている。いわゆるツインテールというやつだ。一見すると、とても戦う人には見えない。

 そのド派手な人物は、一呼吸置くと、何故かいきなりポーズを決めた。


「キッラリーン!アポロニアのモブモノ町からやってきた正義のアイドル、チェルシー・ド・スカーレットでーっす!悪い奴らは私がバンバンやっつけちゃうから、よろしくねーっ!」


 一瞬、空気が凍った。辺りがシーンと静まり返る。自己紹介を終えた本人だけは、キラキラと満足げな顔を浮かべているが。


「……チェル・スミスも実戦経験は無いと聞いています。二人の邪魔にならないよう」

「ちょっと!本名で呼ばないでよ!」


 呆れたかのように話し始めたミリーさんに対し、チェルシーさん?チェルさん?は不満げに喚いた。


「私は今日からチェルシー・ド・スカーレットなの!本名はやめてと言ったでしょ!?」

「一応、公式の場ですので」

「それでもよ!ちゃんと芸名で呼んでくれないと、今後」

「これ以上騒ぐなら、こちらにも考えがありますが」


 ミリーさんの左目が、チェルシーさんを睨みつける。その瞳はとても冷たく、恐ろしいものであった。睨みつけられた先ではない私でも、威圧感で背筋が凍りつくように感じるほどだ。


「……今は我慢しまーす」


 チェルシーさんもその冷たさに怖気ついたのか、静かに引き下がった。

 ミリーさんは一つため息をつくと、私達の方へ向き直る。


「……以上三名が、本日より我が『ヒーローショップ』に所属となります。いち早く戦力になれるよう、皆サポートをよろしく頼みます」


 最後に軽く拍手が起こると、周りの人達は各々バラけていく。

 なにはともあれ、ついに憧れた、このギルドへ所属できたのだ。ああ、これで私の夢にまた一歩近づけた。そう考えると、大きな期待と、少しの不安で胸がいっぱいになる。


「えーと、改めてよろしくお願いします!リンカさんとチェル……シーさん!」


 とりあえず、本日一緒に所属となった二人に挨拶をした。

 事前からミリーさんに伝えられていたことなのだが、私達三人は、しばらくチームを組んで任務に当たる事になっている。


「あはは、リンカでいいよ。お硬いのは無しだ。よろしくね、ミモザとチェルシー」

「私もチェルシーでいいわよ!まあ、私の引き立て役としてせいぜい頑張ることね!」


 リンカはニッコリと笑いつつ、そしてチェルシーは胸を張りつつ、こちらに応えてきた。チェルシーの言い方には少し疑問符が浮かんだが。


「では、早速ですが、あなた達に最初の任務を与えます。これが依頼書です」


 ミリーさんが眼帯をクイッと直しながら、リンカに何やら書類を渡してきた。それを私とチェルシーが両端から覗き込む。


「あなた達の最初の任務は、伝令です。今から渡す封書を、隣町で任務に当たっているメンバーへ届けてください」


※※※


「はぁ、なんでこんな簡単なことを私がしなきゃいけないのよ」

「まぁまぁ、最初だし仕方ないよ」


 プリプリと怒っているチェルシーを宥めながら、私達は街道を歩いていた。

 目的地である王都の隣町までは、徒歩で片道約三時間くらいの距離がある。街道に沿っていけば、道に迷うこともまずない。

 今日の天気は、雲一つない快晴だ。暖かな日差しと、少し冷たい風が心地よい。


「新入りってのは、まぁ大体はこんなもんさね。簡単な雑用から始まって、少しずつ大きな仕事を任されるようになっていくってもんよ」

「そうだよチェルシー。入っていきなり悪の親玉を倒す、なんてことはまずないよ」


 学院時代でも、入りたての頃は勉学の他は先輩から頼まれる雑用ばかりであった。どこの組織も基本的にはそうであろう。

 チェルシーは組織的なものに属したことがないのだろうか。


「ちぇー!理解はできるけど、納得はできなーい!あーあ、私的にはもっとド派手な任務がしたいなぁ!」


 王都を発ってからずっと、この調子である。だが、気持ちはわからないまでもない。


「チェルシー、私だって、もっと目立つような任務をしたいとは思ってる。でも、今はまだその時ではない。我慢の時なのよ」


 実際そうなのだ。私も、私の夢のために、いつか大きな仕事を成し遂げたいという考え自体はある。だが、何にしても下積みは大切である。


 「そうそう。簡単な仕事もできない奴に、おっきな仕事なんて任せられないってことよ。ミモザの言う通り、我慢我慢」

「むー……」


 頬を膨らませるチェルシーに対して、リンカはあくびをしている。呑気だが、今のところ特にトラブルもなく進行しているので、飽きが来ているのであろう。


「ならばせめて、何かしら事件が起こってくれないかしら!伝令のために歩いている私達の目の前で、凶暴なモンスターに襲われている人が現れる、とか!」

「……チェルシー、そう都合よく事件なんか起きな」

「キャー!!」


 チェルシーに呆れかけていたその時、突如大きな悲鳴が響き渡った。

 慌てて悲鳴の方へと顔を向けると、街道から大きく外れた場所に、女性であろうか、人が一人しゃがみ込んでいる。

 その周囲には、大きめの狼らしき姿が数匹、女性を取り囲むように睨みつけている。

 自分の記憶に間違いがなければ、あれはダイアウルフだ。


「まさか本当に……!ミモザ、チェルシー!行くよ!」

「はいっ……って、あれ!?」


 リンカの言葉に応えるも、チェルシーがいない。


「よく聞け狼達よ!我が名はチェルシー・ド・スカーレット!悪を滅する者なり!」


 チェルシーは、名乗りを上げながら、一人足早に突撃していた。


「あのバカ!一人で突出するな!ミモザ、追うよ!」

「は、はい!」


 リンカと私も走り出す。が、リンカもチェルシーも足が速い。運動が苦手な私は追いつけない。どんどん距離が離れていく。


「それでも、この距離なら……!」


 私は一生懸命に走りながら、魔法触媒の杖を構え、頭の中でイメージを練る。空気中の水分から、熱を奪うようなイメージを。

 杖の先に、先の尖った氷の塊が生成されていく。

 『アイスニードル』、初級の氷結魔法だ。


「い、いっけぇ!」


 私の気合とともに、氷の矢が飛んでいく。氷はリンカ、チェルシーを追い越し、見事狼一体の横腹にに突き刺さった。急所に当たったのだろうか、狼はその場に倒れ込んだ。


「ナイスミモザ!そのまま援護を頼む!」


 女性を取り囲む狼の群れの注意が、女性からこちら側へ変化する。それと同時に、先走ったチェルシーが女性の側へとたどり着いた。


「さあ、狼たちよ、かかってきなさい!」


 余裕があるのか、チェルシーがビシッとポーズを決めた。何をしているんだこの人は。

 そんなチェルシーに、狼の一体が飛びかかる。


「危ない!」

「スカーレット・スラーッシュ!」


 襲いかかった狼を、チェルシーは何やら叫びながら斬り捨てた。斬られた狼は、首元から大量に出血しながら倒れこむ。

 更に別の狼が、チェルシーへと襲いかかる。


「スカーレット・スラーッシュ!」


 またもや叫びながら、チェルシーは狼を斬り伏せた。


「あれ……チェルシー、もしかして強い?」


 第一印象から、ただのふざけた人物のようにしか思えていなかったが、チェルシーは意外と腕が立つようだ。

 そんなチェルシーの背後へ、別の狼が飛びかかる。


「後ろがガラ空きだよ!」


 ようやっと追いついたリンカが、チェルシーに襲いかかろうとしている狼を槍で一突きし、ぶん投げる。投げられた狼は、仲間の方へとふっとんでいった。

 流石に形勢不利と判断したのであろう、狼達は、キャインキャインと泣き叫びながら、明後日の方向に撤退していく。


「はぁ……はぁ……か、勝てた……」


 ヘロヘロになりながら、私もようやく、二人の元へとたどり着く。チェルシーは勝ち誇ったように、胸を張っていた。


「ふっふーん!見たか、狼どもめ!これが正義のアイドル、チェルシー様の実力よ!」


 満足気に笑みを浮かべるチェルシー。

 そんなチェルシーの元へ険しい顔のリンカが近寄ると、唐突に拳骨を食らわせた。


「いったぁ!ちょっと、何すんのよ!」

「判断が早いのは良いけど、一人で突っ込むのは危ないでしょうが!現に後ろ取られてたじゃないか!」

「気づいてたわよ!全部私がやっつける気でいたし!」

「はぁ……こんな猪突猛進娘と組むことになるとは……」


 プリプリ怒るチェルシーに対して、リンカは呆れるように首を振っている。


「えーと……うん、危ないのは良くないよね……喧嘩も良くないけど」


 そんな険悪な二人の側で、入り込めない私は空気に徹していた。

 初任務の道中からこれで、こんな三人でこの先やっていけるのか。私の夢への不安は大きくなっていくのであった。


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