時間切れ
『君を殺さずに帰したとしても、何も変わる事はないか。間違ってはいないが……生活は一変するぞ』
カイトだけが生き残ったとしても、従者以下になるのは確実。この出来事を言ったところで、主を裏切った事になり、誰も雇う事はないだろう。
メアリの親友でさえ、引き取る事は拒否するはず。戻ったところで、ろくな事にはならないのだ。
『それは彼女達も同じ事だ。他の従者達も主を恨んでいたとしても、いなくなれば、生きる術も無くなるはず。帰ったところで、居場所はない。館の主も先が無ければ……』
「拒否します。メアリ様が戻らなければ意味がないですから。……それは貴女も分かるのではないでしょうか」
「……壱なら、そう答えるわよね。主にも恵まれ、生活も快適。それが無くなる可能性もあるんだから。恵まれていた分、昔には戻りたくない気持ちは分かるわ」
三は彼が残る理由を履き違えているいるのだが、納得している。
「主を戻すと言っても、信じられないだろうし。それが……」
三は余計な事を言いそうになったのか、口を閉じた。それだけでなく、カイトに向けたボウガンを下ろした。視線も斧から外れる。
「残念だけど、時間切れだわ。まぁ……ここから離れる選択を選ばなかったし、勧誘も拒否したわけだから」
「……これは」
カイトの背中にボウガンの一矢が刺さる。即死を避けるためか、脇腹部分に。
臓器の損傷もないのは、矢が細く、短い。三の持つ矢とは別の矢のようだ。
当然、その矢を放ったのは三ではなく、別の誰か。
『すまない。彼女に気を取られ過ぎていた。まさか、もう一人ここに来ていたなんて』
時間切れという言葉から、最初からこの場にいたわけではなく、後から来た事になる。
だが、赤の侵入者である十がここに来る可能性は低い。
館の出入口は結界がまだ残っているはず。一階から来るのは難しいだろう。
だとすれば、零。地下から外に出てくる箇所がある。三がこの場にいるのだから、十二分にありえる事なのだが。
零がここに来た時点で、メアリを監視する人物がいなくなるのではないだろうか。
館の主であるゴールド=ゴールがメアリの監視役になるはずがない。
その時点で継承権争いの終了を意味し、ルールも消えてしまう。
つまり、魔法回数制限が無くなる事になり、キスやメアリが反撃するチャンスが生まれる事になる。
「安心して。従者の部屋で使った元になった睡眠薬を矢に塗っているだけ。さっきも言ったけど、殺すのは禁止されているから」
カイトは矢が撃たれた方向を見る事も出来ず、倒れ込む。
従者の部屋で使用されたのは睡眠ガスだが、今回はその元となった睡眠薬の原液が矢に塗られている。
ガスでは眠りに時間が掛かったが、直接体内に入ると別。
彼に毒耐性があっても、それ以上に強かったという事なのだろう。




