無詠唱
「今更後悔しても遅い。ここでお前は殺されるのだから」
カイトは部屋の端に追い詰められた。机等を利用するはずが、考えを読まれた事で、先に逃げ道を塞ぐ壁として使われてしまった。
その机を飛び越えようとした時点で、隙だらけになり、剣の餌食になる。
何の考えなしに突撃すれば、迎撃されるのも目に見えて明らかだ。
死神の目を持ってしても、この狭さで連続で避け切る事も不可能だろう。
「この状況から抜け出すのは」
『いや……これで良かった。この位置なら、侵入者はキスを確認するため、後ろを振り向かなければならない』
キスがいる位置は、侵入者の真後ろ。彼女はあの場から一歩も動いていない。
カイトを囮にして、逃げ出す事も可能だったが、流石に侵入者はそれを許さないだろう。
不意討ちをするにしても、魔法でなければ、侵入者の方が早く動き、返り討ちに遭うのが目に見えている。
とはいえ、侵入者も後ろを気にする必要が出てくる。キスが一歩でも動けば、後ろを振り向かざるを得ない。
それよりも先に侵入者はカイトを殺せばいい。
カイトはキスを守ろうとしたが、逆に彼女がカイトを助けるのか。
魔法使いは従者を駒扱いしている。
侵入者が従者であれば、それはないと判断するだろう。まして、キスの事を知っているのなら、尚更だろう。
カイトを殺すタイミングが一番隙が出来ると、侵入者は考えていたのだろう。
だからこそ、気付くのが遅れた。カイトも分かってなかったのもあるだろう。
キスから無数の鎖が出現。それは赤の従者を捕らえた鎖の魔法であり、灰色の侵入者の腕を第一に絡め取り、剣をその手から引き剥がした。
魔法の鎖は剣で斬る事は出来ないが、鎖は物に触れる事は出来る。
「……何故だ」
侵入者が驚くのも無理はない。カイト自身もそうだからだ。
キスから詠唱の言葉は聴こえてこなかった。彼女であるなら、侵入者に対して何か言いそうなものの、今も声を発していないのだ。
『彼女の性格からして、何かするつもりではいるのだろうとは思ったが』
死神はキスの性格からして、何か仕掛けるつもりだと予想していたようだ。下手にカイトへ伝えて、彼女の行動を確認するように動いてしまわないようにする必要があった。
「けど……どうして……キス様はまだ声も出せないようなのに」
『そもそも、魔法に詠唱は絶対に必要なものなのか? メアリの共感魔法は詠唱なしで、自然に出てしまうと。それは詠唱なしでも、魔法は使える事になるのではないか?』
メアリの共感魔法は条件は必要となるが、詠唱なしで自動的に使われる。
つまり、魔法には魔力が必要なだけで、詠唱は必ずしもいるとは限らない。
発動するための短縮行為や魔力の低減、想像しやすくするための公式なのかもしれない。