取捨択一
「用があるのはコイツだけだ。お前は主を捜すために逃げても構わないぞ」
侵入者のマスクを声を変成させるだけではなく、沈黙の影響を与えないようだ。
剣はキスに向けたまま、首で部屋の出口を教える。そこにドアらしき物がなく、絵があるだけ。
この部屋も絵画室同様、回転するのかもしれない。
カイトがそちらに目を向けた時、その隙に攻撃を仕掛けなかったのは、侵入者は彼を逃がすつもりではいるのだろう。
「命約もなく、魔法も使えない。見捨てる事は可能だ。コイツはお前の主ではないだろ」
ディアナやアルカイズも殺されている以上、侵入者は魔法使いに対してなのかもしれない。
だが、カイトがメアリを助けに行く許可を出す事に疑問が生じる。
魔法使いに対してではなく、キスに対してなのか。侵入者自身もコイツと口にしている。
『君はどうするつもりだ。キスを置いて、この場から逃げるのか』
カイトは出口となる絵の方へと体を向ける。
キスもそれに対して、文句の一つでも言いそうなものだが、何の反応を示さない。声を発せなくとも、態度で分かりそうな物なのだが。
彼女の視線は侵入者を捉えたまま。詠唱出来ないはずなのだが、口元が僅かに動いているようにも見える。
「お前の行動は間違ってない。コイツを助ける筋合いはないからな」
侵入者はカイトが背中を向けたところで、背後から剣を振り下ろす事はしなかった。
彼がキスを助けるとはせず、メアリを優先すると分かっているようでもある。
「……あります!!」
カイトは絵の前で止まっただけでなく、侵入者の方へ振り返り、斧を投げた。
絵の方へ向かったのは逃げるためではなく、隙を作るため。
普通に戦えば、圧倒的にカイトが不利な状態。キスを守りながらとなれば、尚更だ。
だとすれば、隙を作っての一撃に賭けるしかない。不意討ちをするなら、接近するよりも、投擲するのが一番。
失敗すれば、カイト自身無防備な状態になってしまうのだが。
「万が一の可能性はあると思ったが……お前には毒の耐性があるようだな。そのお陰で反応出来たぞ」
侵入者はカイトが投擲した斧を、剣で弾き落とした。奴が彼の行動に反応出来たのは声。
沈黙状態であったはずだが、カイトは毒耐性があり、僅かな時間で元に戻った。
それをカイト自身は気付いておらず、声に出してしまっていたのだ。
それだけではなく、カイトがキスを助ける事も視野に入れていたようだ。
主を守らず、他の主を優先する事は、普通の従者ではありえない。
その行動が出来るのはメアリとカイトの主従関係、メアリがどのような人物なのかを知っていなければ無理なのではないだろうか。




