お前
キスの許可を得た時には、カイトの体は黒い穴に触れていた。
そして、すぐに視界が開けた。死神が言うように、目の前に謎の人物が立っていた。距離的に、鏡から少し離れている。
剣を振り下ろすためでもあるのだろうが、相手が出てきた時の事も考えての事だろう。
謎の人物はマスクで素顔が見えない。だが、カイトとそれは一瞬目が合った。それが功を奏したのかもしれない。
相手は何の躊躇いもなく振り下ろす事はせず、登場したのがカイトだったせいなのか、戸惑いを見せたのだ。
一方で、カイトは体当たりをする事を決めており、迷いはしなかった。
「ぐっ……」
カイトと謎の人物はぶつかったのたが、倒れる事はなく、後ろに下がるだけで留まってしまっている。
直後、キスも鏡から無事に出る事が出来た。
「壱の言う通りね。本当に待ち伏せしてるとはね」
キスは鏡から出てきた事で、魔法の膜は無くなり、次の魔法が詠唱可能になっている。とはいえ、すぐに唱えるつもりはないようだ。
相手が剣を持っている以上、魔法使いではないと踏んだのだろう。
魔法使いと従者では、どちらが勝つのか決まっているようなものだ。
だからこそ、相手も不意討ちで決めようとしたはず。
「それで……アンタには色々と聞かないとね。逃げる場所はないんだから。私の質問に素直に話すのなら、楽に殺してあげるわよ」
キスはカイトを盾にして、謎の人物……灰色の侵入者に告げる。
館外では黒と赤の侵入者に逃げられたが、この場所で逃亡は難しいだろう。
カイトは灰色の侵入者から目を離す事はないが、何処かの部屋だとは分かる。
ドアも侵入者の後ろにはなく、あるのは本棚。この部屋は第二の書斎。キスの読み通りなのかもしれない。
「……何故、お前がここに来る」
灰色の侵入者が口を開く。マスクも魔導具の一つのようで、声が歪になっている。
侵入者が見るのはキスではなく、カイト。
燕尾服の色からしても、キスと別の従者だと分かるだろう。
だが、どの鏡に誰が入るのかは、分からないはず。カイトが来てもおかしくはないはず。
それにキスとカイトが一緒に移動する事は、零の耳にも入っている。彼女が侵入者に連絡していない証拠であり、彼女自身でない事も分かる。
『コイツはカイトの事を知っているのか?』
死神は侵入者の言動が気になったようだ。
侵入者が館内からメアリ達を覗いていたとして、カイトの事を『お前』と呼ぶだろうか。
さも知っているかのような呼び方ではないか。