目と耳
「零!!」
カイトは思わず叫んだが、赤の侵入者が零に追撃はしなかった。いや、出来なかったが正解だろう。
「……大丈夫。といっても、奇襲も失敗したんだけど」
『彼女の動きは洗練されていた。君もあのように動けるなら』
「動けませんよ!! 零が凄いだけです。あれで戦闘が苦手なんて……侵入者はそれ以上なのは確かですね」
零は斧の攻撃が防がれる事は予想済だった。片手に持ち、斧が弾かれるまでが布石。いや、後退する事までが演技だったかもしれない。
攻撃が失敗し、反撃の隙が出来る。そこを侵入者を狙うのは当然であり、意識は攻撃に向くはずだと、零は考えたのだろう。
彼女は見えない箇所からナイフを飛ばしたのだ。見えない箇所というのは、斧を持つ手の反対。左腕の袖からだ。
零は斧だけでなく、ナイフを隠し持っていたのだ。下手したら、燕尾服の裏やスボンにも用意していてもおかしくはない。
予想外のところからの飛び道具。それを剣の刃部分で体に触れるのを阻止したのは、侵入者の技量の高さが窺える。
『そうだとすれば、君は彼女のフォローに回るしかない。攻撃を誘い、それを避ける。下手に攻撃すれば……耳の集中は下がるが、避けるタイミングは私が教える』
カイトが零のように攻撃を仕掛ければ、返り討ちに合うのは、先程の零と侵入者の戦闘で理解した。
それなら、カイトが出来るのは回避に徹する。相手が攻撃を仕掛けるよう、彼は前へ行かなければならない。
死神も黒の侵入者への警戒を少し下げ、目の前にいる赤の侵入者からの攻撃に集中する。
目だけで反応出来なければ、攻撃の始まりを耳が感知する。どれだけ早く、カイトに知らせれるかどうか。彼の反射神経も重要になってくる。
『先程の零の攻撃で、侵入者の意識、視線は彼女の方が強くなったはずだ。だからこそ、君が前に出ろ。一人だけに意識を向けさせるな。常に頭を使わせるんだ』
ニ対一での強味。意識を分散させる。相手の強さが上であれば、駆け引きで上回るしかない。
「……行きます!!」
『下がれ!!』
カイトが気を引き締めて、一歩を踏み出した直後、死神の声が響く。
彼がたった一歩踏み込んだだけで、赤の侵入者が反応し、剣を突き出した。
その行動にカイトはゾッとする。もう一歩踏み込んでいたら、確実に死んでいた。
死神の声に反応して、カイトもバッグしたが、そのタイミングは遅かった。無事でいられたのは燕尾服に付いた主の加護。
剣先は燕尾服に当たりはしたが、反発した形になり、バッグステップの距離が広がったのが救いになった。
あの時、侵入者が本気で突き出す事や、追撃でもしようものなら、加護は破られていただろう。
赤の侵入者がカイトに向けた一撃は牽制。いや、二人を相手にするための連続攻撃。
カイトへの攻撃から、零に向けての攻撃へと流れる。
牽制の突きから、横薙ぎに変更し、それを零に向ける。彼女もカイトが動き出すのを見越して、続こうとしていたのだ。




